Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Book Review
Kondo, K., & Nakami, S. (2019). Omnichannel and Customer Strategy. Tokyo: Chikura Shobo. (In Japanese)
Narimasa Yokoyama
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2021 Volume 40 Issue 4 Pages 104-106

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I. はじめに

本書は,巷で話題のオムニチャネルを多面的な切り口から理解しようとする労作である。「多面的」には,環境,市場,技術,消費者,企業行動が含まれる。テーマの社会的な重要性や内容,執筆陣の努力投入量を考えると,「日本マーケティング本大賞2020(日本マーケティング学会)」の受賞も納得である。本書の構成は非常に明瞭で,オムニチャネルに関する5つのリサーチ・クエスチョン(以下,RQと表記)に対して8つの章で回答する構成となっている。5つのRQとは,①オムニチャネルの本質は何か,②オムニチャネルとはどのような環境のもとで生成したのか,③オムニチャネル環境において消費者はどのように変容し,どのように行動するのか,④小売企業はオムニチャネル戦略をどのように戦略的・組織的に推進するのか,⑤オムニチャネルの成果はどのような指標で評価され,それはどのような成果をもたらすのか,である。

II. 要約

第I章では,オムニチャネルの定義からはじまり,取引主体,取引対象,取引相手,取引様式,そして取引の場の再編についての考察を通じてRQ①に対する回答が与えられる。その回答とは,オムニチャネルは市場ゲームとしてのマーケティングに大きな転換を促すマーケティング・イノベーションとして位置づけられる戦略であり,その本質は,企業主導のマーケティング戦略ではなく顧客に焦点を当てた顧客戦略である,ということである。

第II章では,小売市場の推移などのマクロデータやオムニチャネルの生成におけるエポックメイキングな事例であるメイシーズ(Macy’s)の紹介,デジタル環境の進展による企業と消費者の関係の変化の考察を通じてRQ②に対する回答が与えられる。その回答とは,小売業を取り巻く市場・競争環境の劇的変化,すなわち,スマートフォンなどの普及によりいつでもどこでも消費者が商品・サービスの情報を収集し購買決定できるユビキタス環境の出現(と,そのもとでの企業の競争行動)がオムニチャネルを生み出した,である。

第III章では,オムニチャネル・カスタマーへと変遷する消費者を既存研究がどう捉えようとしてきたのか,どう捉えるべきだと論じているのかを紹介した上で,消費者の一連の買物行動をカスタマー・ジャーニーとして捉え,そこでの顧客経験,行動を捉えることの重要性を議論している。RQ③に対しては,消費者はマルチチャネル・ショッパーからオムニチャネル・カスタマーに変化し,オンラインとオフラインのメリットを使い分けショールーミングやウェブルーミングと呼ばれる行動をとると回答している。

第IV~VII章はRQ④と対応している。第IV章では,オムニチャネル時代に小売企業のブランド戦略はどのような位置付けにあるのか,第V章では,オムニチャネルの管理について,オムニチャネル組織と他の組織,顧客,そしてサプラヤーの関係が議論される。続いて,オムニチャネルでは情報流だけではなくそれ以外の流通フロー(商流,物流)にも着目する必要があるという前提のもとで,第VI章ではオムニチャネル化のSCM(物流)の戦略と課題が,第VII章では決済の戦略と課題がそれぞれ議論される。RQ④に対してはそれぞれ,オムニチャネル時代では小売企業のブランド戦略を中心に推進する(第IV章),さまざまな障壁があるオムニチャネルのマネジメントには組織能力に着目して推進する(第V章),オムニチャネル化により生じた情報流,商流,物流の分離に伴う課題解決のために「店舗のショールーム化」を推進する(第VI章),オムニチャネル化に伴う電子決済の普及は企業にとって顧客インサイトを高め顧客関係の強化を推進する(第VII章),という回答が与えられる。

最後に第VIII章では,オムニチャネル時代の成果指標の現状と今後,成果指標のフレームワーク,成果指標の先進事例が議論され,それらを受けてRQ⑤に対して,「売上=評価」という思考から脱却し,人を軸とした指標,成果の範囲拡大,そして行動と態度の指標の統合が求められるという回答が与えられる。

III. 講評

本書のすばらしい点は,深い見識とシャープな洞察が惜しげもなく含まれていることである。各章では既存の学術研究が手際よくまとめられ,その上での著者自身の考察が含まれ,要所で鍵となる事例がピンポイントで紹介されている。このような編成は,研究会でたくさんの議論を重ねてきた執筆陣にしかできない芸当だ。しかし,評者に課せられた役割として,本書に望まれる点についても指摘しておきたい。本書の性格上,避けられない問題ではあるが,端的に,本書は「わかりにくい」という問題を抱えている。評者の考えでは,それは3つの要因から生じている。

第1は,「内容の網羅性」から生じるわかりにくさだ。本書は全8章28節で構成され14名の著者が名を連ねている。切り口の多様性を確保するために各分野に精通した著者を集める必要があり,そのこと自体は本書の大きな価値である。しかし,結果として,各セクションの内容は高い専門性を有することになり,そのすべてに精通しているわけではない読者にとって難解な部分がどうしてもでてきてしまう。加えて,執筆陣の多くは(字数制限が厳しい学術誌に掲載する)論文を書くトレーニングを積んだ研究者であるため,一般読者が必要とする説明を省略しがちであることも関係しているかもしれない。

第2は「本質を捉える」という本書の狙いと関連している。本書の議論は,オムニチャネルの本質を見通すという目的のもとで小売業に焦点を定めているが,小売業は製造業などと比べて多様性に富むビジネスである。扱う商材,ビジネスの仕組み(業態),消費者の買い物行動はさまざまだ。それを「小売業」とひとまとめにして抽象的に議論が展開されることが多いので,その議論は具体的にどのような小売業によく当てはまる話なのかがわかりにくい。小売業一般として議論できる部分とそうでない部分の切り分けも読者に委ねられていることが多い点も,理解に力を要する理由であろう。

第3は,「出版を急いだ」ことにより,文章と内容にわかりにくさが残ってしまった点である。まず文章については,多くの執筆陣を擁する本書では節や項ごとに筆者が頻繁に変わるため,文章のタッチがしばしば変化する。結果として,読者は文章のリズムやクセを見通しにくく,それが通読する際のわかりにくさにつながっている可能性がある。内容については,評者の力量が足りないためだと思われるが,精読してもどうしても理解が及ばない箇所がいくつかあった。議論の展開の妥当性という点で,他の進め方も選択肢としてあったかもしれない。

IV. おわりに

評者の役割上,いくつか(無理難題の類の)要望を記させていただいたが,それらは評者のわがままな願望にすぎず,本書がもつ価値を損ねるものではない。複雑化する社会を理解し続けながら生きていかなければならない者にとって,本書はオムニチャネルに関わる動向を理解する力強い助けになってくれるだろう。オムニチャネルに興味がある人は,研究者・実務家を問わず,ぜひ通読することをお勧めしたい。その際には,一気に読了するよりは,各章各節・項の内容を吟味しながら,場合によってはGoogle検索等を活用しながら,じっくりと読み進めることをお勧めしたい。

 
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