Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
Print ISSN : 0389-7265
Book Review
Ishii, H. (2020). Consumer Sensory Perception and Evaluation: The Science of “Just Because” in Buying Behavior. Tokyo: Chikura Shobo. (In Japanese)
Takashi Niikura
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2022 Volume 41 Issue 3 Pages 115-117

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I. 本書のねらい

知的探求は,素朴な疑問に端を発している。マーケティング研究においては,あるマーケティング現象へのちょっとした気づきや,その現象の背後に潜む要因やメカニズムへの小さな問いかけであることが多い。研究者に関わらず,マーケティングに携わる者にとって,大切にしたいものである。

著者の場合,「近年,多くの購買意思決定場面において,消費者は「何となく」情報を評価し,製品を選択している」という現象への気づきがあったようである。そして,「しかしながら,「何となく良い」という消費者の評価には,本当に理由がないのであろうか。こうした評価の背景には何かしらのメカニズムが存在しているのではないだろうか」という研究への問題意識が芽生えたようである。この問題意識から,都合317頁にも及ぶ大作を出版するまでに至ったのである。素朴な疑問とは,何と力強いものであろうか。

本書では,消費者行動研究における近年の潮流が,情報やアイデアの消費という概念的消費(conceptual consumption)に移行してきたことを踏まえ,その概念的消費研究へのアプローチである「流暢性の消費」と「適合の消費」に着目する。そして,これらのアプローチに共通する「適切であるという感情(“feeling right”)」を研究の立脚点とする。そこで,「「何となく」,「直感的に」下す好ましい評価について,「適切であるという感情(“feeling right”)」から把握できるのではないか」という半ば確信的な考えのもとに研究が進められる。本書を通じてポイントとなるのは,適切な情報の組合せである「情報適合性」という視点である。本書では,従来の研究に比べ,より「包括的な適合性」が検討される。また,マーケティングにおけるデザインの重要性を認識し,デザイン評価のもつ不明確さという点も,「何となく良い」の問題意識と共有化されると考える。さらに,感覚マーケティングに関する知見を援用し,視覚とそれ以外の感覚の適合性についてもメスを入れる。

II. 本書の構成と概要

本書は大きく3部から構成されている。第I部は「消費者評価の向上メカニズムの検討―情報適合性の視点から―」,第II部は「感覚マーケティングと消費者評価―複数感覚における情報適合性―」,第III部は「消費者や製品の特徴に基づく適合性―制御焦点理論による理解―」である。

第I部は,第1章「消費者行動研究における流暢性の議論」,第2章「パッケージ上のレイアウトと消費者評価」,第3章「デザインの対称性と消費者評価」により構成される。第II部は,第4章「感覚マーケティングにおける適合性」,第5章「ブランドネームのサイズと響き」,第6章「消費者の個人特性と感覚マーケティング情報の適合性」,第7章「複数感覚の適合性と消費者の個人特性」から構成される。第III部は,第8章「制御焦点理論と適合性の接点」,第9章「適合性の調整変数としての制御焦点」,第10章「制御焦点とパッケージの情報量の適合」,第11章「制御焦点に基づくマーケティング情報の適合性」,終章「本書のまとめ」で構成される。以下,各章の概要を説明する。

第1章では,消費者行動研究の中心に位置づけられる情報処理パラダイムにおける評価に焦点を当て,評価を向上させる流暢性という本書の中心となる概念を取り上げ,消費者行動研究における流暢性についてレビューされる。流暢性は,マーケティング情報から生じるケース(その特徴,接触機会,マーケティング情報内の適合)と,消費者要因との適合性(状況要因,行動との適合性,処理方略との適合性)から生じるケースがある。また,非流暢性による影響も検討される。第2章では,マーケティングにおけるパッケージの重要性に着目し,パッケージ研究を概観したうえで,店頭での情報接触と脳の半球優位性との関係が考察される。実験的手法により,パッケージのレイアウトにおいて流暢性の高低を操作し,記憶・評価・支払意図額への影響が調査される。また,個人差要因として関与の調整効果も検討される。第3章では,デザインの重要性を指摘し,パッケージ・デザインのもつ対称性を取り上げ,その位置づけとそれがもたらす概念(安定,秩序,動きのない)が検討される。そして,流暢性の観点から,パッケージ・デザインにおける言語情報と特定デザインとなる対称性との概念的な適合性が評価に影響を及ぼすという視点で実験が行われる。ここでもまた,個人差要因に注目し,認知欲求の影響が検討される。

第4章では,感覚マーケティングに焦点を当て,店舗雰囲気要因を足がかりに,視覚,聴覚,嗅覚,触覚について言及される。そして,適合のもつ多義性を整理すべく,マーケティング情報間の適合性(感覚情報間の適合性,製品特徴と感覚情報との適合,店舗特性と感覚情報との適合)と,消費者特性との適合性(年齢と感覚情報との適合,性別と感覚情報との適合,文化と感覚情報との適合,状況と感覚情報との適合)が識別される。さらに,検討課題について,概念間の流暢性を特定化する関係性のあり方(類似関係か補償関係か),感覚刺激のもたらす感覚過負荷の状態が指摘される。第5章も同様に感覚マーケティングの視点から,ブランド要素間の適合性が議論される。特にブランドネームとパッケージ・デザインとの概念的な適合に着目し,特定の音から特定の意味や属性の連想が生まれると主張されるサウンド・シンボリズムに依拠した実験が行われる。第6章では,触覚のもつ影響力から感覚マーケティングを捉え,思考・感情・行動は,感覚経験や身体的状態に強く影響されると主張される身体化認知理論の重要性が指摘される。そして,特に「重さ」に関する感覚としての知覚品質に焦点を当てた実験が行われる。ここでも,個人差要因を認識し,接触欲求の差異による影響が考察される。第7章は,前章をさらに拡張して,「重さ」がもたらす連想内容の拡張性を考慮し,触覚と視覚という異なる感覚間の適合を取り上げた実験が行われる。また,サウンド・シンボリズムにより連想される「重さ」と視覚の関係,さらに聴覚から連想される「重さ」概念と視覚の適合性を調査する実験が行われる。

第8章では,以降の章で展開される制御焦点理論に着目し,適合性との接点が探られる。消費者の処理目的となるモチベーション要因に位置づけられる制御焦点理論の概要とレビューが展開される。そして,制御焦点の生起を,マーケティング情報と消費者要因に求めた識別がなされる。さらに,マーケティング情報による制御焦点と消費者要因による制御焦点を制御適合とする近年の研究の流れが考察される。第9章では,個人差要因である認知欲求や接触欲求がマーケティング情報間の適合を調整する効果をもつのと同様に,個人特性となる制御焦点がこうした調整効果をもつという主張のもとで,第5章で行われた実験の再分析と追加的分析,第7章の実験2の再分析と追加的分析が行われる。第10章では,パッケージに掲載される情報量に着目し,制御焦点との関係が考察される。情報処理における情報量と評価との関係を踏まえ,制御焦点理論と情報処理のあり方との関係が論じられ,評価方略(処理スタイル/ヒューリスティクス)と「情報過剰感」への影響を調査する実験が行われる。第11章では,消費財カテゴリーにおけるPOP広告に着目し,書体デザインとなる手書きと活字が伝達する連想や概念を取り上げ,制御焦点理論との関係が考察される。ここでは,チェーン展開するスーパーの店舗における店頭実験が試みられる。終章では,本書の成果と今後の課題が要約される。

III. 本書の貢献と今後への期待

本書の貢献は,大きく3つあると考えられる。第一に,丹念な先行研究のレビューを踏まえ,独自の仮説に基づいた精力的な実験を積み重ねることにより,消費者の感覚と評価との新たな関係を数多く明確化している点にある。そこでは,様々な要因に関する組み合わせの適合について,著者なりの工夫が多々あり,まさに「包括的な適合性」が検討されている。第二に,感覚マーケティングの視点をもち,感覚情報と情報処理との関係を明らかにしている点である。情報処理研究では従来,視覚情報のみに焦点を当てた研究が主流であったが,本書では,視覚とそれ以外の感覚との適合性を考慮しながら,情報処理の枠組みを大きく拡張していった。このことは,情報処理研究の発展に大きな一歩を提供したと考えられる。第三に,具体的かつ明確な実務的インプリケーションを示唆している点である。マーケティング分野では,情報処理研究は基礎研究であるとの批判的な意味合いで位置づけられることがあるが,本書には基礎研究という性格も多分にありながら,実務への応用研究としての意味が十分に見いだされる。

しかしながら,いかなる良書でもそうだが,本書にも課題は残されている。今後のさらなる研究への期待として以下に記しておく。まず,適合(性)概念と流暢性概念との関係,これらと目的変数との関係の特定化である。本書では,様々な情報や要因などの組合せが適合(性)概念として扱われているが,これらは対象の状態を示すものと考えられる。これに対して流暢性概念は,「流暢性とは情報や刺激を処理したり,経験したりする際に感じる容易さのことである」とあるので,消費者の主観的な知覚容易性を示すものである。「適合による流暢性」と繰り返し記述されているように,そこでは,組み合わせが適合すると流暢性を高め,目的変数となる評価を高めるという論理展開が成り立つ。したがって,流暢性概念は,適合(性)概念と評価を媒介する要因になると考えられるので,これらの関係を明確に特定化することによって,「何となく良い」のメカニズムが明らかになり,問題意識への答えがより明確になるかと思われる。次に,各実験で使用される目的変数(従属変数)間の関係についてである。再生,知覚品質,高級感,評価など様々な概念が測定されるが,これらをまとめて,「何となく良い」を構成する「評価連続体」と仮定し,そこに各概念を位置づけることによって,それぞれの組合せの適合が,どの概念レベルまで影響をもたらすかという視点で捉えることができる。こうした影響の度合いが明らかになると,「何となく良い」が,どのレベルまでの「何となく」なのかが特定化できるうえに,より実務的インプリケーションも大きくなると考えられる。最後に,買い物のスマートさへの拡張である。加速化するデジタル変革から現在のマーケティングに求められているものの一つは,買物のスマートさをいかに提供できるかであろう。一回の買物におけるスマートさは,一購買あたりの手続きに期待される知覚的な流暢性と捉えることができる。この手続きを構成するのは,商品検索,支払方法,配送方法といった小売企業に求められる様々な流通機能である。したがって,これらの流通機能の組合せの適合や,これらと消費者要因との適合を組み込んだ実験などに展開できると,さらなる学術的かつ実務的インプリケーションが期待できるであろう。

良書の証でもあるように,本書は2020年日本マーケティング学会「日本マーケティング本 大賞2020 準大賞」と2021年日本商業学会「学会賞・奨励賞」の受賞作品である。

 
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