Japan Marketing Journal
Online ISSN : 2188-1669
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Review Article / Invited Peer-Reviewed Article
A Study of the Concept of Design in Design-Driven Management
Rui Mao
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2022 Volume 42 Issue 1 Pages 81-89

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Abstract

デザインの名を冠した様々概念が発散し注目を集める中で,デザインという言葉の多義性が理解の混乱を招く恐れがある。日本ではデザインに対する一般的な理解は「意匠」という狭い定義に留まる一方,デザイン研究において拡張された定義が定着しないため,「デザイン経営」の概念に対して違和感や認識の齟齬が生じる。したがって,本研究の目的は,経営の文脈で多義的に使われるデザイン概念を概観し整理したうえで,デザイン経営研究の課題を提示することにある。具体的には,既存研究におけるデザイン概念の拡張を時系列に確認し,その多義的な概念を,成果物としてのデザインとプロセスとしてのデザインとを両極とする連続体上に位置づけ,整理する。定義を明確にすることにより,デザイン経営研究の範囲と成果の測定について検討し,将来の研究課題を提示する。

Translated Abstract

The ambiguous nature of the word “design” has caused confusion in understanding as various design-related concepts have emerged and attracted attention. Furthermore, the general understanding of design limited to the narrow definition of “Isyou” in Japan, and the instability of the extended design definition in design research has led to misperceptions and discrepancies in understanding of the concept of “design-driven management”. Therefore, the purpose of this research is to present issues of design-driven management research after providing an overview and organizing design concepts that are used ambiguously in the context of management. This paper reviews the expansion of design concepts in previous literature and positions and organizes ambiguous concepts based on the viewpoint that design is output or process. This approach contributes to understanding of the research scope and performance evaluation of design-driven management by clarifying the definition of the design concept.

I. はじめに

本研究の目的は,経営の文脈で多義的に使われるデザイン概念を整理したうえで,デザイン経営研究の課題を提示することにある。

近年,通信技術の進化やグローバル化の進展に伴い,経営環境の見通しがつかず意思決定が難しくなる中で,創造的思考の重要性が指摘されている。こうした状況下で注目されているのが,デザイン思考(Brown, 2008)やデザイン・ドリブン・イノベーション(Verganti, 2009),デザイン態度(Michlewski, 2008)といった,デザインの名を冠した様々な概念である。これらの概念または方法論は人間の創造性を促すことができ,不確実性が高く予測困難な時代にうまく対応できる方法だと捉えられており(Morinaga, 2021),理論的な議論や実務的な実践が様々な業界において活発に行われている。

しかし,これらの議論にはいくか問題点が存在すると指摘されている。一つはデザインの定義が揺らぎ(Washida, 2014),概念が発散する傾向にあり,収束の見通しが立たないことである(Morinaga, 2021)。デザインという言葉がきわめて多岐にわたる意味を持つことが,理解の混乱を招く原因だと捉えられる。それゆえ,「デザインとは何か」,すなわちデザインの概念を詳しく検討しない限り,デザイン思考などの思考法を企業経営に実装することが困難であり,たとえそれが実装できたとしても十分な効果を得られないだろう。特に日本では,デザインに対する一般的な理解が「意匠」という狭い定義に留まる一方,デザイン研究における拡張された定義が定着しないため,企業競争力の強化に資する経営手法である「デザイン経営」に対して違和感や認識の齟齬が生じてしまうのだと指摘される(Nagai, 2021; Washida, 2021)。

したがって,本稿では「デザインとは何か」という問いに焦点を当て,経営学においてデザインはどのように取り扱われているのか,というデザイン概念を概観しながら整理することを通じて,デザイン経営研究の課題を提示する。本研究では,既存研究におけるデザイン概念の拡張を時系列に確認し,その多義的な概念を成果物としてのデザインとプロセスとしてのデザインとを両極とする連続体上に位置づけ,整理する。定義を明確にすることにより,デザイン経営研究の範囲と成果の測定について検討し,将来の研究課題を提示する。

II. デザイン概念の拡大

デザイン(Design)の語源は,イタリア語の「ディセーニョ」(disegno)という概念に由来する説が存在する(Hauffe, 1995/2007)。designという言葉は元来,具体的な形を生み出すこと,または最終物が出来上がる前の段階にある計画,着想,考案または意図をする行為,あるいはその行為の結果として表現されたものを指すと思われる(Nagai, 2021)。

その後の近代デザインの発端と発展を遡ってみると,デザインの意味は技術や経済,社会の状況を含めた,その時代の特徴を反映することが窺える。以下の節では,欧米と日本におけるデザイン概念の違いを概観し提示することで,欧米におけるデザイン概念が拡張していることに対して,日本では輸入語としてのデザイン概念に関しては言葉の分化傾向が存在することを示した上でその影響を検討する。

1. 欧米におけるデザイン概念の変化

近代デザインの原点は,19世紀中頃の思想家であり芸術運動家でもあったウイリアム・モリスの思想にあると考えられる(Nagai, 2021)。モリスの思想において,デザイン概念は装飾という意味合いが強く,物の形態,模様,スタイルの美的価値を強調したと捉えられる。その後,ヨーロッパを中心とした「アール・ヌーヴォー」,いわゆる「新芸術運動」においてもデザインの概念は装飾の側面を強調していたと考えらえる(Abe, 2012)。

それに対して,1907年に設立されたドイツ工作連盟を中心とする芸術運動は芸術と工業,手工芸の融合と工業化の進展を認める一方,実用性や合理性に欠ける形式的な装飾に反対し,装飾芸術は標準化による大量生産を前提とすべきだと主張している。この主張の意義は,デザインの目的は単純にものの製造ではなく人間の生活のためであることを指摘した点にあると考えられる(Yabu, 2016)。つまり,ここで言うデザインは標準化による大量生産を通じて安価かつ美しいものを創造する民主的な芸術であり,いわば人間中心のデザインであると捉えられる。ドイツ工作連盟の理念を引き継ぎ,1919年ドイツに設立された総合的造形教育機関のバウハウスでは芸術と技術の統合を強調し,デザインの機能的側面や合理的側面を追求し,デザインを芸術と近代機械産業の結合物と位置付けた(Abe, 2012; Yabu, 2016)。

一方,大量生産や大量消費が進んだ1920年代のアメリカで誕生したインダストリアル・デザインにおいて,デザインは豊かな社会の実現に貢献するビジネスとして発展してきた(Abe, 2012)。アメリカの大量生産においては「形は機能に従う」に代表される機能主義の思想が普及していた。この機能主義を徹底的に表現し大成功を収めたのがフォード社のT型車である。その後,機能以外の要素を求め始めた消費者ニーズの変化に対して,GM社はデザインによる計画的陳腐化を通じて記号的価値を提供し,新たな需要を喚起させ成功を収めた。つまり,アメリカのインダストリアル・デザインにおけるデザインの意味は機能的価値や記号的価値を提供することを通じて人の需要を喚起させる行為であると考えられる。そこで,それまでに無視されてきたデザインによる記号的価値の提供の重要性がようやく経営者に問題視されるようになり,デザインを一つのマーケティング要素と見做された。ここで初めて経営とデザインの関係が確立されたと指摘されている(Abe, 2012)。

このように,欧米のデザイン史の発展から見ると,産業構造の変化の影響を受けて,デザインの概念は物品の形や色などの形式的な装飾,あるいは美的価値を創造することから,人間中心の考えを取り入れ始めた。そして,機械との融合を通じて創造する民主的な芸術を意味するようになった。それに,機能的価値や記号的価値の提供によって需要を喚起する行為という捉え方と経営との関係の確立から,デザインの対象や特徴は時代の変化に応じて変化し拡張していることが窺える。

2. 日本におけるデザイン概念の変化

日本でのデザインという言葉の意味の変遷を検討していく。デザインという西洋の概念が日本に輸入される前に,「たくむ」や「たくみ」といった大和言葉がデザイン行為やそれと隣接した言葉として既に存在していた(Higuchi & Miyazaki, 2003)。その類義語として,漢語の「意匠」という言葉がある。

「意匠」という言葉は1888年に明治政府が発令した『勅令第八十五号意匠条例』の中で英語のdesignの対訳語として正式に確定された(Higuchi, 2016; Yabu, 2016)。「意匠」は「心中に工夫をめぐらすこと」「こころの中で計画を練ること」と解することができる(Higuchi & Miyazaki, 2004, p. 5)。なお,英語designの語義には「意匠」と「設計」の二つの意味が含まれ(Higuchi & Miyazaki, 2008),明治中期までの「意匠」は英語designの一つの語義としての意味合いに該当していた(Higuchi, 2016; Higuchi & Miyazaki, 2007)。つまり,カタカナでいうデザインは人間が創案する思考行為またはその結果を意味する意匠の部分のみを指し,設計という意味を含まれないと受け止められる。

さらに,明治中期からの日本では工業を美術工業と実用品工業に分類する動きが見られる(Yabu, 2016)。美術工業品とは元々江戸時代以前から上層階級の装飾的需要を満たすために輸出する工芸品であり,実用品は機械工業における一般大衆向けの日常生活品を指す。この実用品工業と美術工業の分離やドイツ芸術運動の影響を受けて,「意匠」はそのまま現在のデザインの意味として普及する一方,「設計」は機械工業や建築業の分野に残り,デザインという言葉と引き離されたと指摘されている(Washida, 2021)。

デザインの意味が狭くなることによって,それがビジネスに及ぼす影響の範囲も狭まる。デザインを企業経営に導入する際に,製品の外観を工夫することに限定され,デザイン価値の過小評価が生じると推察できる。したがって,上述した日本語における概念の分化の存在は,経営上のデザインに対する理解の不一致,さらにデザイン経営という概念の認識不足につながると考えられる。

III. 経営文脈におけるデザインの捉え方

本節では,企業経営におけるデザイン概念について検討する。経営の文脈において,デザインは概ね「成果物」(outcome)と「プロセス」(process)として取り扱われる(Talke, Salomo, Wieringa, & Lutz, 2009)。例えば,Walsh(1996)はデザインを,製品の形(form)と機能(function)に関わる様々な意思決定,言い換えれば製品開発のプロセスに関係する活動を意味する同時に,その結果としての製品そのものを指すと定義づけた。また,デザインは構造的制約や機能的制約および象徴的制約といった各制約間の統合を実現した形または人工物を作り出すプロセスとされている(Borja de Mozota, 2003)。

成果物としてのデザインとプロセスとしてのデザインを使った経営学の概念を紹介・検討することで,デザイン経営という概念との接点およびその研究範囲を明らかにする。

1. 「成果物」としてのデザイン

「成果物」という意味でのデザインとして,新製品開発プロセスによって最終的に生み出された生産物または製品の外観そのものがよく取り上げられる(Eisenman, 2013)。

ドミナント・デザイン論が提唱され始めて以来(Abernathy, 1978; Abernathy & Utterback, 1978),多様な産業においてその存在や影響が検証され,イノベーションや技術経営の領域において脚光を浴びてきた。ドミナント・デザインとは,4年以上連続で50%以上の市場シェアの獲得を特徴とし(Anderson & Tushman, 1990),技術と市場という要素の相互作用によって誕生したデザイン方式である(Utterback, 1994)。ある製品カテゴリーにおいて,投入される製品はドミナント・デザインに従わないと市場に受容されない(Abernathy, 1978; Utterback & Suárez, 1993)。Anderson and Tushman(1990)Utterback(1994)によると,ドミナント・デザインは一概に技術的ないし科学的に最先端なものではなく,市場における利害関係者の相互作用による産物とされている。

Abernathy and Utterback(1978)はドミナント・デザインの出現に伴い,急進的プロダクト・イノベーションの発生頻度は低くなる一方,改善や精緻化をはかる漸進的プロダクト・イノベーションと漸進的プロセス・イノベーションの発生頻度が高まると示唆を与えた。また,Suarez and Utterback(1993)によると,ネットワーク外部性が作用する場合,ドミナント・デザインの出現がもたらす規模の経済性への影響性が強まり,存続企業数は著しく減少する。加えて,ドミナント・デザインの確立はイノベーションを普及させる方法のみならず,新技術の採用とそれによる大量生産を促す前提条件でもある(Anderson & Tushman, 1990)。それゆえ,ドミナント・デザインの確立は技術に関わる不確実性を解消でき,技術躍進における重要な分岐点であると受け止められる。

このように,ドミナント・デザイン論において,「成果物」としてのデザインは重要な経営要素と見做され,技術と市場の相互作用によって生まれたこの標準的かつ支配的な「仕様」あるいは「意匠」は優れた新技術がもたらす効果以上に企業に競争優位性を生み出す場合があることが示唆された。

マーケティング分野においてもデザイン研究がある。,Bloch(1995)はデザインを製品のフォルム,特定の感覚的な効果を達成するために,デザインチームによって選択され,全体として多様な要素を融合し表出させたものと捉えている。加えて,Kuriki(2006)Mizukoshi(2008)はマーケティングの文脈におけるデザインの意味の一つとして,「意匠」として捉えている。意匠としてのデザインというのは,一般的な意味での「機能性や審美性などの諸要素をコーディネートし,造形する行為」としてのデザインを指す。つまり,デザインは既に与えられた物あるいはフォルムやシェイプを意味しており,まさしくここでいう「成果物のデザイン」の意味に当てはまる。この意味でのデザインに関する議論は,主にデザインに潜む美的感性による効果に焦点を合わせ,マーケティング研究,特に消費者行動研究から窺うことができる。例えば,デザインが消費者認知の変化に与える影響に関する研究(Creusen & Schoormans, 2005; Oppenheimer, 2005)や,デザインよる消費者選好の変化をモデル化した研究(Bloch, 1995)などがある。

このように,ドミナント・デザイン論や多くのマーケティング研究で示されるデザイン概念は主に「成果物としてのデザイン」という側面に注目し,企業経営における経営資源の一つとして捉えられている。

2. 「プロセス」としてのデザイン

成果物のデザインが経営資源として重要視される一方,プロセスとしてのデザインに関する研究も多く見られる。Walsh, Roy, Bruce, and Potter(1992)によるデザインの定義に従うと,デザインは創造性(creativity),複雑性(complexity),折衷性(compromise),選択性(choice)という4つの本質的な特徴を持つプロセスである。創造性とは,かつて存在しなかったものを創り出すこと,複雑性とは,多様な要素または条件を考慮に入れた上で意思決定するプロセスであること,折衷性とは,複数の,場合によって対立する要件間の均衡をとる必要があることをそれぞれ指す。例えば,コストとパフォーマンス,審美性と使いやすさなどの要件間のバランスはデザインする際に考慮しなければならない。最後に,選択性とは,基本構想から色や形の細部まで,あらゆるレベルで課題に対して考案した様々な解決策から最適解を選択する必要があることを意味する(Walsh et al., 1992)。これはデザインが製品の形や外観,いわゆる「成果物としてのデザイン」のみならず,製品開発プロセスにおいて最初段階のアイディア構想から最終段階の製品仕様の決定に至るプロセス全体を包含することを示している。

また,プロセスとしてのデザインは,新製品に機能性・審美性・有用性を加えて,新たな意味を創り出すプロセスを含意している(Verganti, 2009)。Verganti(2009)の提唱するデザイン・ドリブン・イノベーション(design-driven innovation)では,デザインは「物に意味を与えるものである」(design as making sense of things)と定義されている。また,市場における利害関係者の相互作用による産物であるとされたドミナント・デザインとは違い,Verganti(2009)はデザイナーを代表とする「解釈者」たち(interpreter)が消費者の生活の文脈を想像して意味を作り出し,製品開発プロセスに取り組むことがデザイン・ドリブン・イノベーションの成功の鍵だと主張している。つまり,製品開発の早い段階にデザイナーがかかわることの重要性を指摘している。つまり,デザイン・ドリブン・イノベーションは技術の革新ではなく,「解釈者」たちの力で製品の意味に画期的な革新を施すことによって,消費者に斬新なビジョンを提供するプロセスである。したがって,デザイン・ドリブン・イノベーションはデザインを通じて新たな意味を創出するプロセスを重視し,それを駆動力とするイノベーションと考えられる。

デザイン・ドリブン・イノベーションから窺えるのは,デザインは創造的なプロセスであり,製品に新たな意味を付与することを通じてイノベーションの牽引力となり得ることである。つまり,「プロセス」としてのデザインの力を強調したのである。また,Walsh et al.(1992)の定義よりも,デザインにおける「創造性」の側面をより強調していると考えられる。

プロセスとしてのデザインは企業経営の文脈において,創造的プロセス・意思決定のプロセス・内部統合プロセス・知識転換プロセスという四つの次元から捉えることができる(Borja de Mozota, 2003)。デザインは他の機能を代替することではなく,マーケティング機能をはじめとする他機能を支援し,各機能の統合を最適化する役割を果たすと指摘した(Borja de Mozota, 2003)。その結果,企業アイデンティティの確立につながり,デザインを通じた企業の経営理念や価値観の構築すこそ,競合他社との差別化と競争優位を確立できると指摘している(Borja de Mozota, 2003)。それに加え,デザインプロセスは知識の転化プロセスと見なすこともできる。デザインに関するノウハウを取得・結合するステップを経て,最終的に具体的な製品やサービスなどの成果物として具現化される(Borja de Mozota, 2003)。

他にも,Kotler and Rath(1984)はデザインをプロセスとして理解し,「製品,環境,情報および企業のアイデンティティに関わる主たる要素,いわゆる性能・品質・耐久性・外観・コストなどを創造的に用いることで,顧客満足や企業利益の最大化を求めるプロセスである」(p. 17)と定義づけた。

3. 「二面性」を持つデザイン概念

サービス・デザイン研究では「成果物としてのデザイン」と「プロセスとしてのデザイン」という二つの側面を含めて議論している。

サービス・デザインとは,サービス・ドミナント・ロジックに沿った概念で,サービス・インターフェイスやユーザー体験およびそれらを実現するための組織と仕組みをデザインすることで,新たな価値の創出を目的とする方法論である(Yu & Sangiorgi, 2018)。サービス・デザインにおけるサービスの意味は消費者が認知する時点からアフターサービスを受ける時点まで,複数のタッチポイントに関わる連続的なユーザー体験を指す(Yu & Sangiorgi, 2018)。それゆえ,店舗内の雰囲気やインテリアなどの最終的に目に見える工夫から,提供側が継続的に提供する体験に至るまでの全てがサービス・デザインの範囲であり,「成果物としてのデザイン」と「プロセスとしてのデザイン」の両方を創り出すと考えられる。

また,Stickdorn, Hormess, Lawrence, and Schneider(2018)はサービス・デザインをマインドセットとプロセスと捉えている。サービスを受けるユーザーの体験を考慮するユーザー中心的側面と,多様なバックグラウンドや役割を持つステークホルダーと協働することによって,全てのステークホルダーのニーズを反映するマインドセットである。プロセスとしてのサービスデザインは,探索―改善―実験という反復的なプロセスを通じて,サービスの提供に関連する一連の要素を統合し,可視化させる行動である(Stickdorn et al., 2018)。したがって,Yu and Sangiorgi(2018)が示したように,サービス・デザインを「成果物としてのデザイン」と「プロセスとしてのデザイン」という二面性を持つデザイン概念と理解することができるにもかかわらず,Stickdorn et al.(2018)による示唆を踏まえて考えると,最終的な工夫よりその前段階におけるマインドセットや関連要素を統合し可視化するプロセスが強調され,換言すれば,「プロセスとしてのデザイン」の側面がより強いと考えられる。

総じて,デザインはサービスプロセスの可視化のように,目に見えないものに形を付与することであり,その行為自体と結果の全てがデザインの範囲に収まると考えられる。つまり,デザインに関する多義的な概念を成果物とプロセスを両極とする連続体に位置付けることで,どの側面がより強いかという割合の違いを反映できる。

IV. 考察

本稿では,デザイン史におけるデザイン概念の変化と,日本語としてのデザインの意味について検討したうえで,経営におけるデザイン研究の多義性を検討した。その結果,その多義的なデザイン概念を成果物としてのデザインとプロセスとしてのデザインと両極とする連続体上に位置づけて整理した。

そこから,本研究の主たる貢献は2つあるとまとめることができる。

第1に,経営文脈における多様なデザイン概念を成果物とプロセスという両極に従って分類できると示唆を与えた。概して言えば,デザインをドミナント・デザイン論やマーケティング研究において製品の形や外観に潜む「意匠」という捉え方のように成果物として受け止められる一方,デザイン・ドリブン・イノベーションが示すようにデザインを製品開発全体に関わる創造的なプロセスとして捉えられる。その上,サービス・デザインが指し示したように,この二側面における強弱の違いによって各デザイン概念の位置付けを明確することで,デザインの定義間の相違を明らかにするための方向性を提示した。

第2に,デザインの定義が異なることはデザイン研究の射程につながると考えられる。デザインを製品の「意匠」,すなわち成果物として扱う場合,デザインは消費者行動に影響する他の要因(例えば,価格や機能など)と同一レベルと取り扱われる。その結果,研究の焦点は「良いデザインは何か」のように,局地的な課題に当てられるようになる。それに対し,デザインをプロセスと捉える場合,デザイン研究の射程が企業経営における意思決定や知識転換及び各職能間の協調といった多岐に渡る課題に広げるようになる。ところが,デザインをこの両極とする連続体から捉える場合,如何にその二側面の強弱を的確に判別するかはまだ検討されていないと見られる。

上記の議論を踏まえて,2つの研究課題を提示しておきたい。

第1に,今後の研究の方向性として,デザイン概念における成果物とプロセスという二つの側面の強弱を評価できる尺度を開発することが挙げられる。その上,デザイン概念を包括的かつ簡潔明瞭に汲み取れるフレームワークを再構築し,その妥当性を検証する余地があると考えられる。第2に,近代デザインの発端と発展の概観によって,デザインの意味は技術や経済,社会の状況を含めた,その時代の特徴を反映することが示されたが,なぜ現代の企業環境において,デザインの意味が狭く定義されてしまっているのか,という課題に関する検討が望まれる。この課題を究明することはデザインに対する理解の深化と企業経営への浸透に寄与すると考えられる。

V. デザイン経営の実務的な課題

アップルやダイソンといった世界の有力企業が戦略の中心にデザインを据えている中,日本ではデザインを企業経営に必要な要素と認識できず,グローバル競争での弱点になっていると指摘されている(Ministry of Economy, Trade and Industry & Japan Patent office, 2018)。こうした背景から,経済産業省・特許庁は2018年に「『デザイン経営』宣言」という政策提言を行い,デザイン経営の重要性を訴えている。デザイン経営とは,「デザインをブランド構築とイノベーションに資する経営資源とみなし,デザインの力を通じて企業競争力を強化するための経営手法」である(Ministry of Economy, Trade and Industry & Japan Patent office, 2018, p. 6)。その具体的な取り組みとして,従来の物品の色や形を整える職人としてのデザイナーを捉え直し,製品開発の下流工程ではなく初期段階から彼らを意思決定に参画させたり,デザイン部門を社長直轄組織に位置付けさせたりすることが挙げられる。換言すれば,デザイナーを物の意匠やスタイリングに関する「成果物」を生み出すという狭義の職能を超えて,彼らの創造性や独特な考え方を企業経営に取り入れ,経営の「プロセス」に参画させる必要性を唱えている。つまり,「デザイン経営」は「成果物」としてのデザインと「プロセス」としてのデザインの両方を取り扱う概念だが,「プロセス」としての側面をより強調する概念であると理解できる。

しかし,2節で確認したように日本ではデザインの意味やその価値に対する捉え方が狭いため,デザイン経営という概念に対して違和感を覚える実務家が多く,社内浸透が上手くいかないと指摘される(Nagai, 2021; Washida, 2021)。つまり,デザイン経営の実装が難航する根本的な問題は,デザインに対する理解が狭いことに所在すると考えられる。多くの企業では,経営上層部のみならず従業員も含めて,「意匠」「もののスタイリング」,いわゆるデザインの「成果物」としての側面やその職能を重視している(Washida, 2021)。それに対し,デザイン思考やデザイン・ドリブン・イノベーション,いわゆるデザインにおける創造性や意思決定の「プロセス」を経営の視野に入れていないのである。

では,なぜ「プロセス」としてのデザインを軽視し,デザインの価値を過小評価するのであろうか。その一因として,「プロセス」としてのデザインの価値を客観的かつ全面的に評価できる指標の欠如が考えられる。例えば,デザイン思考の社内導入は企業経営にどの程度で貢献できたのか,すなわち感受しにくい「プロセス」としてのデザインの価値を客観的に評価する基準は存在しない。それゆえ,日本企業ではデザインの定義を捉えやすい「成果物」としてのデザインと受け入れ,デザインの価値を過小評価しがちであると考えられる。

これらの実務的課題とデザイン研究における課題を踏まえ,2つの研究の方向性を提示する。

第1に,デザイン経営の成果に関する客観的な評価基準の開発が必要となる。本研究ではデザインの捉え方を「成果物」と「プロセス」という二つの側面から議論したが,「成果物」としてのデザインと「プロセス」としてのデザインを如何に評価するか言及していない。この問題が解決しない限り,デザイン経営という概念が十分に理解されず,普及の問題が依然として存在すると見込める。そこで,評価指標の開発に関して,概ね「成果物」と「プロセス」という二つの角度を切り口として検討できると考えられる。

第2に,企業形態ごとにデザイン経営の取り組み方策を検討する必要がある。企業規模ないし社内デザイン組織の存在の有無はデザイン経営の普及方法に影響を与えると考えられる。例えば,デザイン人材が多いあるいは社内デザイン組織を有する大手企業では,組織構造の改制を通じてデザインへの関心度を向上させることができるが,こういった豊富なデザイン資源が備わらない中小企業では全社的にデザイン思考の導入を通じて普及しやすいと考えられる。それゆえ,企業状態の相違に沿って取り組み方を検討することが望まれる。

毛 鋭(もう えい)

中華人民共和国湖北省宜昌市生まれ。青島農業大学卒業後,2017年,一橋大学大学院経営管理研究科修士課程入学。2019年,同大学院経営管理研究科博士課程入学,現在に至る。

References
 
© 2022 The Author(s).

本稿はCC BY-NC-ND 4.0 の条件下で利用可能。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/4.0/deed.ja
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