Japan Marketing Journal
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Book Review
Terasaki, S. (2021). Consumer Cognitive Structure in a Multicultural Society: Globalization and Country Biases. Tokyo: Waseda University Press. (In Japanese)
Ikuo Takahashi
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2022 Volume 42 Issue 2 Pages 84-86

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本書は,多文化社会下にある消費者の認知構造について,理論と実証の両面からアプローチした研究書である。その原形は,著者の博士論文とのことである。多文化社会とは,様々な文化的特徴を有する民族が,お互い多様性を尊重し平等に共存していく社会を指し,多文化主義政策を採用している国としてカナダとオーストラリアがしばしば取り上げられてきた。評者である私自身もかつてカナダ・モントリオールにあるコンコーディア大学で在外研究に取り組んでいたことがあるが,まさに今述べた多文化社会の定義を体感することができた。19世紀には英領カナダ州の首都でもあった同地には,多くの国からの移民がおり,世界各国のレストランが存在するだけでなく,大学内でも様々な文化的背景をもつ人々が研究室を構えていた。そこでは,訪問教員である私にまで卒業式のセレモニーに専任教員と同様のガウンを着て参列を求めてくるなど,まさに平等に扱って頂いた。かつて日本消費者行動研究学会の20周年記念大会に招聘した同校のM. Laroche教授は,定期的に文化とマーケティングに関する国際的な研究学会(Royal Bank International Research Conference)を開催しており,本書の中にたびたび文献が引用されているM. Cleveland教授は,私が滞在していた当時,M. Laroche教授の忠実な教え子(大学院生)であった。

研究者の業績には,その人柄や経歴が反映されると言われることがある。小難しい表現をするなら,研究活動にも経路依存性が存在するということである。本書の著者は,イギリス留学の際に多文化社会での生活を体験しており,序章部分で「大学院留学経験を通して培った問題の捉え方をベースに書かれたと」と述べているが,研究テーマに関する着想や問題意識,分析結果の解釈などにもそうした経験が反映されているのかもしれない。

加えて,本書では,各章の研究課題に対して,それぞれ膨大な先行研究を渉猟し,科学的な方法で研究がなされており,学術的な作法に則った著作に仕上げた筆者の力量が容易に確認できる。その証拠に,本書は,本年5月に開催された日本商業学会全国研究大会で学会賞(奨励賞)を受賞している。

以下に本書の内容について触れてみる。本書は,4部(9章)および序章,終章で構成されている。序章では,本書の目的と構成が,問題意識とその背景に続いて述べられている。本書が扱うカントリー・バイアスとは,国家に対して消費者が抱く先入観を意味し,そこでは,社会的アイデンティティ理論に依拠しつつ,それを肯定的(好意的)なものと否定的なものに峻別・整理している。

第1部(多文化社会を捉える視点)は,3つの章からなり,まず,第1章は,「ポジティンブなカントリー・バイアス」と題し,先行研究に基づいて,消費者アフィニティ,消費者コスモポリタニズム,消費者世界志向の3つを肯定的な(すなわち,好意的な)バイアスとして提示する。第2章「ネガティブなカントリー・バイアス」では,反対に,消費者エスノセントリズムと消費者アニシモティを否定的なバイアスとして取り上げ,先行研究の議論を整理する。第3章「プレイス・リレーテッド・コントラストの生成と展開」では,そうしたカントリー・バイアス研究が生まれた背景について,従来から盛んに行われてきたカントリー・オブ・オリジン(原産国)研究との異同と,それがカントリー・バイアス研究へと移行していった経緯がとりまとめられる。

第2部(グローバルとローカルの相互作用に関する研究)は,3つの章で構成され,異文化に対する開放性・多様性の受容を意味するコスモポリタニズムに焦点を当てる。これらの章は,後に続く経験的研究への橋渡しとして位置づけられている。まず,第4章「研究の目的と概要」では,社会学やマーケティングの視点から消費者コスモポリタニズムに関する先行研究がレビューされ,残された課題と次章で展開される独自の調査研究方法について述べられる。第5章「分析結果」では,グラウンデッド・セオリー・アプローチによって,消費者コスモポリタニズムの先行要因(直系の家族,後天的な国際的社会ネットワーク,教育環境と海外留学,パーソナリティ)と調整要因(教育ママ,適応ストレス,ナショナル・アイデンティティの再考)がそれぞれ抽出されると共に,両者の因果関係についてもインタビュー・データを用いて提示される。第6章「コスモポリタン的表象」は,日本のCCGI(同一性コスモポリタン消費者)に対するインタビュー調査によって得られた質的データの分析によって,文化的アイデンティティ,西洋製品嗜好,オーセンティックな経験というコスモポリタン的表象が検出されると共に,それらとコスモポリタニズムとの関係性についても明示している。

第3部(カントリー・バイアスと意思決定方略)は,コーズ・リレーテッド・マーケティング(CRM)を研究対象にし,消費者コスモポリタニズムと解釈レベル理論の関係性を考慮に入れながら理論的実証的検討がなされている。これらの章には,CRMにおける効果的なマーケティング・コミュニケーションを探るという研究意図がある。まず,第7章では,CRMの支援対象と支援内容に関して操作した3つの実験の目的とその概要が述べられ,続く第8章では,分析結果が示される。その結果,消費者コスモポリタニズムは,CRMの評価に正の影響をもつことと,支援対象が仮に国外であったとしても,解釈レベル理論が示唆するように,コスモポリタニズムと支援対象との心理的距離の遠近を操作することによって,効果的なコミュニケーションが期待できることが示される。

第4部(消費者認知構造の複雑性)を構成する第9章「カントリー・バイアスの構造的把握」では,外国に対して相反する態度である消費者アフィニティと消費者エスノセントリズムについて,両者の弁別妥当性や購買意図や製品判断に及ぼす影響,さらには調整要因(マクロ的な国家イメージ,ナショナル・アイデンティティ,規範的影響)の効果について,上海の消費者を対象としたアンケート調査データを用いて分析が行われる。その結果,消費者アフィニティと消費者エスノセントリズムは,一次元の両端を意味するものではなく,互いに独立であるため,両者のスコアが共に低いというアンビバレントな消費者が存在しうることが明らかにされる。また,両者および調整要因が,購買意図および製品判断に及ぼす影響についても,例えば,消費者エスノセントリズムとナショナル・アイデンティティが相俟って消費者反応をネガティブに導くことなどが示される。そして,終章では,本書の要約と今後の研究課題が述べられる。

本書の特長を挙げるなら第1に,その体系性にある。異文化的(cross-cultural)ないしは多文化的(multicultural)視点からの消費者行動研究の成果が,近年,数多く発表されてきた。しかしながら,取り上げられる構成概念は多様で,しかも,研究方法も定性的なものから定量的なものまで実に様々である。さらに,特定の文化を事例的に取り扱うものも少なくなく,まさに,研究成果が混沌としているのが現状である。本書は,国に対する好意的な消費者態度と否定的な態度をカントリー・バイアスと捉え,その概念整理と製品態度や購買への影響,それに調整要因の効果を明らかにするという作業を通じて,消費者の認知構造の解明を試みる。著者も述べているように,先行研究では,類似した構成概念も多く,多様な研究成果が断片的に発表されてきたため,それらをすべて網羅することは容易ではない。しかしながら,本書は,上記のような概念を体系的かつ統合的に捉えた貴重な研究成果であり,この領域の理論的発展に寄与するものと考えられる。

第2に,グローバル・マーケティング研究に関する優れた教材となりうる点である。少し調べただけでも,多文化社会という言葉を含んだ書籍は,実に多くあることが分かる。しかし,マーケティングや消費者行動の領域に限って言えば,本書はオリジナリティの点で希有の存在と言えよう。本書がきっかけとなって,多文化社会やカントリー・バイアス研究に取り組もうと考える学生(特に留学生)が多く出てくるのではないであろうか。また,そうした学生にとって,適宜付録として掲載されている構成概念と測定尺度のリストは大いに参考となるはずである。

また,グローバル・マーケティング論や国際マーケティング論の担当教員公募情報をしばしば目にするが,それを専門とする研究者が元々少なく,どの大学も人材確保に苦労しているようである。ただ,研究者が少ないことは,研究のニーズが少ないことを意味しているわけではない。むしろ,ビジネスがグローバル化しつつある今日では,この領域を研究教育できる人材へのニーズは非常に高い。そうした人材にとっても,本書は貴重な教材になるはずである。

第3に,実務的にも貢献すると考えられる点にある。グローバル企業にとって文化の壁を乗り越えることは,あまねく重要な課題である。コーラ,ハンバーガー,醤油,かにかまぼこなどが国境を越えた事例は身近であり,当時の苦労話はビジネスの成功談として語り継がれている。そうした成功事例の陰で,壁を乗り越えることができなかった失敗事例も数多く存在するはずである。そこでは,研究者が生み出した理論的知見と実務家の取り組みが相互作用しながら,共に発展していくというのが理想的な姿と言える。カントリー・バイアスに関する本書の知見はまだ限られた範囲のものとはいえ,それらは,企業が文化の壁を乗り越える際に何らかのヒントをもたらすかもしれない。そうした意味において,グローバル企業が,カントリー・バイアスをいかに捉え,具体的にどのような戦略を実施し,業績に結びつけているのか,企業側の対応に関する研究も今後期待したいところである。

この原稿を執筆している2022年6月現在,急激な円安が続いている。コロナ禍が収束し,海外との往来が平時に戻るとするなら,円安はかつてのように多くの訪日観光客を呼び込むはずである。他方で,日本からの海外旅行は,円安の影響でしにくくなり,円をそのまま使える国内旅行に目が行くようになるかもしれない。すると観光地で,訪日観光客と日本人(あるいは,日本で働く外国人)が,相まみえる機会が増えるはずである。その時,日本人が抱くカントリー・バイアスがこの多文化社会の中でどのように働くのかということは,とても興味深い。そうした観光地においても,冒頭の定義にもあるように,内外の観光客や地元住民,それに観光産業に従事する人々が,お互いの文化的多様性を尊重し平等に共存していく関係が成立していることを願うばかりである。

本書は,まさに時宜にかなった研究の成果であり,この領域における著者の今後の研究の発展を予見させる一冊と言えよう。

 
© 2022 The Author(s).

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