Japan Marketing Journal
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Book Review
Ono, J., Ogawa K., & Morikawa, H. (2021). Service Excellence: Handbook of Japanese Customer Satisfaction Index. Tokyo: Japan Productivity Center. (In Japanese)
Shoji Yamamoto
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2023 Volume 42 Issue 3 Pages 93-95

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I. 顧客満足の重要性

1. JCSIのガイドブック

(1) 顧客満足の意義

本書は2007年の開発段階から13年間の成果を元にしたJCSI(日本版顧客満足度指標)のガイドブックとして書かれたものである。文字通りこの期間に行われた開発から調査,分析,改善というプロセスについて理論的な基礎,応用事例等を説明することを目的としている。

社会科学において社会的に有用な指標を開発することは,社会を理解する上で必須のものである。マーケティング研究でも消費者行動を理解するための尺度が考案され,顧客満足もその一つである。顧客満足は顧客が製品を購入したり,サービスの提供を受けたりした際に感じる心理的な状態であり,幅広く企業経営に利用されてきた。本書では,1部で開発経緯を2部で調査と分析の結果を扱っているが,この部分は90年代以降のサービス品質や顧客満足に関する研究の概観ともなっており,大学院生にとっても参考になるだろう。

サービスは購入後,使用してみてから初めてその品質が理解されるので,サービス提供側は顧客満足をブランドの評価として重視している。また,再購買意図や他者への推奨の起点ともなっており,顧客満足を指標化して利用することは,マーケティング戦略を策定する出発点と考えられている。

(2) JCSIの開発と実践

もちろん個別企業の業績改善も重要であるが,JCSIはアメリカで使われているACSIと同様に政策的な意味合いもあり,わが国のサービス産業の生産性を高めることも役割としている。そのため,JCSIはSPRING(サービス産業生産性協議会)が実施母体になっており,多様な産業間の比較,産業内であっても他社との比較によってより良い経営の実践を得られるような汎用性の高い指標の開発が行われてきた。

JCSIでは,他社の努力も自社の指標に反映されており,自社の相対的な位置関係も理解できるように工夫されている。JCSIで基本6指標(p. 88)と呼ばれるCSIに関する理論モデルと尺度が理解できれば,ある程度この仕組みは理解できるだろう。こうした尺度間の関係と構造が指標を計算する基本になっているのでガイドブックとしては最も力を入れているところでもある。

こうした性格を持つ指標なので,経済指標としての意味合いも持っており,我が国の企業が提供するサービスの競争力の変化を推し量る上でも有用な指標となっている。

(3) 理論的な発展

前述の理論モデルを発展させた拡張モデル(p. 175)で説明されるのは利益への連鎖である。こうした調査をする場合に企業からは,どの様な利益があるのかという質問は必ず提出される。もちろん費用が掛かるので,何故顧客満足が利益に繋がるのかという納得のいく理論的説明が必要である。その説明のためにサービス品質と顧客経験が重要な概念として取り上げられている。

2. サービス品質と顧客経験

顧客満足が利益に繋がるための最も重要なピースは顧客経験であり,本書ではこの経験に影響する要因を丁寧に取り上げている。顧客経験の積み重ねが「顧客資産」として知られているものである。この顧客資産に繋がる流れの中で購買行動の決め手となるのは品質と価値(費用対効果)であると規定されている。

JCSIでは,CSIとは別にSQIという業種毎に設定された計測項目でサービス品質を計測している。各項目は購買に関わるプレステージ,コアステージ,ポストステージという3段階に分けて計測されており,探索,購入,使用というそれぞれの段階での評価が得られるように工夫されている。

これによって「カスタマージャーニー」全般にわたって品質評価ができるようになっており,例えばEコマースなどの顧客経験にも対応可能である。この点は,従来考えられている取引時点での経験からプロセスの把握を重視したものとなっている。もちろん物的な提供物の部分と従業員に関する部分に分かれた項目になっている点は従来の考え方も踏襲している。

II. 顧客満足と企業業績

1. 利益を生むための顧客満足

(1) 継続購買が利益を生む

前述したように顧客満足が利益に繋がるためには,条件が複雑であり影響する要因はいくつも考えられる。顧客経験の継続が利益に繋がるのではないかという主張は以前からなされてきたが,本書では理論的な予測を,データを使って丹念に実証しており,良い顧客経験が利益に繋がることを示している。顧客満足から利益への連鎖が幅広い業種で実証されていることは,JCSIの大きな成果であろう。

(2) 購買履歴の活用

JCSIでは,品質の改善と顧客の維持のために調査で得られる顧客からのフィードバックを重視している。これは実務的にも重要な視点であり,維持した顧客からの声を聞くことで素早い対応が可能となり顧客経験の改善には有効であることも示されている。苦情処理ではなくリカバリーへの対応は品質保証でもあり,個別の顧客ニーズの把握にも役立つことが示されている。購買履歴のデータに接続できるフィードバックの内容はJCSIの中でも価値のあるデータと言えるだろう。

2. 品質改善のポイント

JCSIでは,調査結果からサービスをどの様に変えていけば良いのかについてのヒントを提供できるように,最低条件,満足因子,感動因子という3つの属性に分けて品質を構成する属性を分類している。類似の分類は他のモデルでも存在するが,満足という概念を中心において分類しているところにユニークさがある。これは調査から問題を解決するために必要な分析枠組みである。

この様に属性を作り替えるだけでは限界がある場合には仕組みを変化させて,カスタマージャーニーを見直して,オペレーションの変化を提案していく必要がある。この点に関しては第9章を参照されたい。JCSIの基本モデルを使って,収益に結びつけるために利益まで繋げるためのロジックは標準的なものであるが,サービス特有の問題も含んでいる。例えば,「顧客の選別」といったセグメンテーションとは異なる論理が取り上げられており,売上の最大化が必ずしも利益に結びつかないばかりか,顧客満足を低下させかねないことが示されている。

3. コンサルティングの実際

本書の第3部は,1,2部とは異なりJCSIを利用したコンサルティングの実際が述べられている。導入後のプロセスは,実務家にとっては最も知りたいところかもしれない。第3部では,JCSIの調査内容や結果だけでは無く改善を進めるための組織的な取り組みが述べられており,そこで直面する問題についても言及されている。

経営に関する指標をどの様に使って改善策を立てて,実施するかに当たってはその組織の実施力が問われる訳だが,顧客中心主義という言葉だけでは,そのプロセスが進まないことも率直に述べられている。当たり前のことのようだが,利益の伴わない活動に予算は割けないので,組織の変革も含めた提言は現実的なものであり,人の問題に言及しているのはサービスに関する研究が取り扱う経営課題の範囲の広さを示している。

III. まとめ

本書は,400ページというかなりのページからなり,全部を読み通すのは少し骨が折れるだろう。各部の記述は背景に多くの理論と実践があるので,このガイドブックの全てを理解するためには専門的な知識が必要な部分もある。ただし,その全てを理解できなくても,サービスマーケティングに関する基礎的な知識が得られれば,CXやDXと言われる現在のマーケティング,経営の重要な課題を理解するためにそれが欠かせないものだと分かるだろう。顧客満足というキーワードを元にして,現代のマーケティングの基礎になっている理論に触れることができるのも本書の魅力となっている。。

社会科学における尺度や論理の適用範囲には限界があることは確かであるが,都合の良い事実だけで理論を組み立てるようなことをしてしまうと,原因と結果の関係を見極められなかったり,対応策がその場限りになったりする。現実の動きが速い場合や問題解決のための予算が不十分である場合に,JCSIのようなアプローチは敷居が高いと感じるかもしれないが,本書で提示されるようなしっかりと計測されたデータを元にした分析の積み重ねで得られた結果は,多くの事例で参考になり,問題解決のヒントをくれる。何よりも我が国の企業から得られたデータであることは安心して利用することができるだろう。

データには医療,介護,教育といった分野が含まれていないので,人的なサービスを元にした小規模なサービスのデータは含まれていない。しかし,この点は,本書の欠点ではないし,これらの業種を敢えて比較対象とすることで明快さを失うことは好ましいとは言えない。本書で取り上げられてきた70年代以降のサービスマーケティングに関する研究は,元来多様なサービス提供の仕組みを取り扱ってきている。本書で取り上げられている共通した特性や理論的な基盤は広く展開できるものであり,読者がその意味を理解すれば十分に役に立つものとなっている。多くの研究者,実務家が読まれることを期待している。

 
© 2023 The Author(s).

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