2023 Volume 43 Issue 1 Pages 4-6
Psychological ownership is one of the fundamental notions in marketing and consumer behavior. This idea has increasingly attracted researchers’ attention over the past decade due to the proliferation of digital goods and the sharing economy, both of which are challenging the conventional understanding of “ownership” of products. In this special issue, we shed light on psychological ownership toward various products, such as digital cash, online content, and pop groups, with the aim of gaining a deeper understanding of the mechanism, antecedents, and consequences of psychological ownership.
消費者の製品・サービスの購入に伴うモノの「所有」は,長らくマーケターにとって重要な目的の一つと考えられてきた。しかし,近年のシェアリングエコノミーの台頭により,所有しない消費者行動が可能となり,「所有から利用」への消費者行動の変化が注目されている(Bardhi & Eckhardt, 2017)。また,デジタルテクノロジーの発展は,物質型から体験型へのシフトを促し,本やCD,DVDなどの有形財を購入することによって消費されていた文学や音楽などのコンテンツを,無形財として楽しむ行為が普及して久しい。
モノを所有せずに利用する場合でも,消費者は消費する対象物を「自分のモノである」と感じることができるのだろうか。あるいは,触ることができない無形財を消費する文脈においても,消費者は無形財に対して「自分のモノ」と感じるのだろうか。また,「自分のモノ」であるという感情は,現在の環境下において消費者の消費行動にどのように影響を与えるのだろうか。
本特集号のテーマは心理的所有感(Psychological ownership)である。心理的所有感とは,「個人が所有の対象(物質的または非物質的であっても)またはその一部が‘自分のもの’であるかのように感じている状態」である(Pierce, Kostova, & Dirks, 2001, p. 299)。
Morewedge, Monga, Palmatier, Shu, and Small(2021)は,心理的所有感に関連するデジタル技術主導による消費は2つの次元,すなわち(1)法的所有型から法的アクセス型へ(図1の縦方向の矢印),(2)物質型から体験型へ(図1の横方向の矢印)に沿って進化していることを指摘している。図1はMorewedgeらの図(p. 198)に基づいて,筆者が和訳し作成したものである。なお,各象限には事例が示されているが,各象限内の相対的な位置には意味がない。図1の事例を見ると,多様な製品・サービスにおいて消費形態の選択肢が広がっていることが理解できる。
消費の進化
出典:Morewedge, Monga, Palmatier, Shu, and Small(2021)の図1をもとに筆者作成
*著者追記
こうした消費行動の変化は,「自分のモノ」という感情の根幹を変え得る変化と言える。実際,この10年間は心理的所有感に関する特集号が複数の学術誌で編纂され,心理的所有感に関する包括的な議論が活発に行われている。我が国においても心理的所有感に関する研究は増加傾向にある。こうした背景から,今回は「心理的所有感」を本誌の特集テーマとして設定し,最新研究を集めてこの領域の理解を深めることとした。本特集号の招待査読論文の執筆者たちは,マーケティングおよび消費者行動,消費者心理の気鋭の研究者たちである。以下に本特集号の論文の概略を紹介する。
第一論文は菅野佐織氏による「マーケティングにおける心理的所有感の研究―近年の研究のレビューを中心に―」である。同論文はマーケティングにおける心理的所有感に関する研究レビューであり,2015年以降の48本の論文を対象にレビューを行うことで,心理的所有感研究の現状と今後の方向性を検討している。心理的所有感の度合いは心理的所有感を抱く対象の特性によって大きく影響を受けることは想像に難くない。菅野氏の論文ではデジタル財,AIロボット/ARなど幅広い対象における心理的所有感の研究動向と,心理的所有感の影響要因に関する最新の研究動向が示されている。こうした先行研究から導き出される研究課題は,心理的所有感を対象として研究を進める研究者にとって指針となるはずである。また,本特集号の他の論文の理解を深めるための優れた導入部であり,ガイドとなっている。
第二論文は井上淳子氏・上田泰氏による「アイドルに対するファンの心理的所有感とその影響について―他のファンへの意識とウェルビーイングへの効果―」である。同論文では「推し」と呼ばれるアイドルの応援行動に焦点をあて,「推し(ヒト)」を対象とした心理的所有感の構造を明らかにしている。図1の事例の中では音楽や動画が対象として類似しているが,本論文はアイドルの有形・無形のコンテンツではなくアイドル自体を対象として検討している。本論文は心理的所有感の対象をヒトに拡張し,近年注目を集める「推し」「同担」といったアイドル応援特有の現象に着目している点が非常にユニークであり,アイドルに特化した心理的所有感の尺度を新たに構築しているという点で理論的な貢献がある。近年,「推し」を持つという消費行動は幅広い世代に広がっているという。「推し」を持つ読者は本論文の研究成果を自分ゴトとして読むことができるものと考える。
第三論文は北澤涼平氏・小野晃典氏による「コンテンツビジネスの消費者としてのファン・マニア・オタク―リキッド/ソリッド消費と個人的/集団的所有感に基づく考察―」である。図1は法的所有型から法的アクセス型,物質型から体験型への進化が描かれているが,当然のことながら左下のソリッド消費が消滅したわけではない。それではどのような消費者が,どのような場合に,どのような消費形態を選択するのだろうか。本論文の研究対象はアニメ,音楽,マンガであるが,これらのコンテンツは様々な形態で消費者に提供されている。本論文においては四つの実験からコンテンツにおける心理的所有感とリキッド・ソリッド消費の関係を解明している。本研究は優れた心理的所有感の研究であるが,それだけでなくコンテンツビジネス,リキッド消費,経験消費の各研究領域の発展にも寄与する理論的貢献の高い研究となっている。
第四論文は井関紗代氏による「コントロール欲求の個人差が音楽配信サービスへの心理的所有感に及ぼす影響―利用頻度の調整効果に着目して―」である。著者の井関氏は気鋭の消費者心理学,消費者行動,認知心理学の研究者であり,日本語版心理的所有感尺度の開発者のひとりである。心理的所有感の動機としては,効力感,自己同一性,居場所の獲得,刺激が挙げられている。本論文では心理的所有感の根底にある動機としてコントロール欲求に着目し,音楽配信サービスに対する心理的所有感の醸成にどのような影響を及ぼしているかについて検証している。本論文も音楽コンテンツを研究対象としており,井上・上田論文や北澤・小野論文と合わせて読むと,コンテンツビジネスにおける心理的所有感の理解がより深まるであろう。
第五論文は西本章宏氏・勝又壮太郎氏による「消費者のメンタルアカウンティングにおける心理的所有感の価値拡大効果―決済手段が選択可能な状況下でのWTPとWTAの測定と分析―」である。我が国においてもキャッシュレス決済が普及しつつあるが,本研究では決済手段に着目し,決済手段に対する消費者の心理的所有感が,決済手段の選択と支払意思額(WTP)と,受取意思額(WTA)に及ぼす影響を明らかにしている。図1には物質型(有形)の現金と経験型(無形)の電子マネーが登場するが,「お金」もまたデジタル技術の進化で新たな形態が生まれた事例のひとつに数えられる。決済手段が消費者の支払い行動に及ぼす影響については,「支払いの痛み」および「支払いの利便性」が媒介変数として議論されてきたが,本研究においては新たに「決済手段に対する心理的所有感」という視点を導入しているという点で,この領域の理論の発展に貢献する優れた研究と言える。
以上紹介してきたとおり,本特集号は五つの優れた研究論文によって構成されている。本特集号が読者の知的好奇心を大いに刺激し,心理的所有感を対象とした新たな研究が生まれることを願っている。