数学教育学会誌
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ヨーロッパにおける人体比例論の系譜
数学的知の展開からの一試論
中村 朋子
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2007 年 48 巻 1-2 号 p. 37-55

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抄録

数学教育では,既成の数学的知識を単に移植するのではなく,生徒たち一人一人のなかに各自の数学を造り上げていくことが大切と考える。そのためには,数学の成立過程や背景を知ることは意義深いであろうし,ましてや教える側がそういった認識をもつことの必要性は大きいのではないだろうか。本稿は,ヨーロッパにおける人体比例論の系譜を数学的知の展開から考察し,数学のいわば"具体的な顔"を提示することによって,その一助となることを目指すものである。数学は,その歴史の端緒から今日のごとき「普遍性」を備えていたのであろうか。数学の形成過程を振り返ると,その抽象化・普遍化はいくつかの段階を経て果されてきたことが窺われる。そのような段階的変化はなぜもたらされたのであろうか。その原因を探るには,数学の理論的展開のみならず,その知を育んできた人間営為の歴史全体に眼を向ける必要があろう。なぜならば,数学ーあるいは数学的知ーは,一つにはまさにその「普遍性」のゆえに,他のさまざまな人間営為にとっても決定的な意義を担ってきたと考えられるからである。こうした意味で数学と深い関わりを持つ営為の一つに,人体比例論がある。人体比例論はヨーロッパにおいては古代から論じられてきた伝統的な美術理論の一つであり,その目的は人体の理想の美を決定付けることにある。「理想の美は普遍性を有する」―そこで,その美を把握するために数学が用いられるのである。本稿では数学的知の展開に照らしつつ,古代からルネサンスヘと至る人体比例論の系譜をたどり,各時代における数学的方法―「分数方式」(古代ギリシア), 「モデュール方式」(中世ビザンティン/アラビア), 「図形方式」(中世ヨーロッパ), 「擬似小数方式」(ルネサンス)―に言及する。これら4つの方法とその展開の意味を考察することによって,数学的知が一つの人間営為として,他の人間の諸活動との相互関係の中で展開してきたこと,またそれゆえにこそ豊かな文化的諸相を持つことが示唆される。

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© 2007 (一社)数学教育学会
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