民族學研究
Online ISSN : 2424-0508
共通性と共同性 : HIV とともに生きる人々のサポートグループにおける相互支援と当事者性をめぐって(<特集>危機に瀕した人格)
佐藤 知久
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2002 年 67 巻 1 号 p. 79-98

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抄録

合衆国ニューヨーク市におけるHIV感染は、貧困・薬物使用・移民流入といった国内的・国際的な政治経済的構造と関連して生じていると指摘される。画期的な新薬の登場によってHIV感染は慢性病化したが、その分HIVとともに生きる人びと(PWH)はより多くの支援を必要とするようになり、近年、当事者自身による相互支援を目標としたセルフヘルプ・グループ(SHG)活動の有効性が注目されている。だがSHGにPWHのケアを一任することは、問題解決を当事者努力の問題へと還元し、かれらをマジョリティとは異なる共同性をもつ集団、別の共同体として見る視点を助長しかねない。本稿はこうした観点から、SHG活動において相互支援に貢献するかれらの当事者性とは何であり、いかなる意味でこうしたグループが「共同性」を持つと述べることができるのかを明確にすることを目的とする。調査したグループの参加者(計40名)は、民族的背景・性的指向性・経済環境において多様であり、まずは既存の社会的属性を基盤とした共同性を持たない。その上でかれらは、ライフストーリーのなかに埋め込まれた具体的・断片的な個々の経験についての語りあいを通じて経験と感情の共通性を形成し、それを参照可能なリソースとして相互支援を行っていく。その過程でかれらを、民族的少数者として凝集する過程にある集団だと解釈する可能性が示唆されるが、参加の動態に関する分析によって、こうした観点は退けられる。また疾患の意味をめぐる新たな価値観、すなわちHIV感染そのものについての対抗的言説の形成もそこには確認されず、語りの内容における共同性に関してもその不成立が認められる。だが本稿は、こうした共同性の不成立にもかかわらず、かれらが個別的経験を語り続け、見解が対立する際にもその対立を維持しながら語りを続ける行為こそが、かれらの集団的共同性を支えていると指摘する。

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© 2002 日本文化人類学会
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