抄録
本『研究報告』第三十八号掲載分に引き続き、幕末維新期の儒学者である楠本端山の漢詩に訳注する。本稿分も端山および宋明儒学者一般の漢詩の特徴がよくわかる作品である。中国の文学や思想を背景としてそれらが解釈されなければならないことも、これまで紹介した作品と同様である。本稿では二つの作品に訳注した。どちらも政務から離れた生活を題材としたものである。このような場合、宋明儒学者の詩は内容が類型化しやすい。すなわち花鳥風月と自分とのかかわりをうたう。静かに落ち着いて暮らしている自画像を描く。当然、言語表現もそれらに見合ったものとなり、一見のどかな光景がそこに現出されている。ただし、そののどかさは単に一時的な心境ではない。儒学者としての志や在るべき人生そのものの表出という意味を持っている。すなわち、元来は政治家でありながら政治世界に浮沈するのをよしとしない矛盾とも言える生き方が提示されているのである。儒学者はさまざまな人物や思想、言語と交渉してきた。彼らの詩にみられる言語空間は、長い歴史の問に練りあげられてきたのである。詳しくは【注】に挙げた資料を見ていただきたい。