抄録
イチヤクソウ属植物は0.005mg程度のごく小さい種子を生産する。このタイプの種子を持つ多くの植物は、菌類従属栄養性植物であり、発芽の際に必要な養分の貯蔵物質を持たないかわりに、菌との共生発芽を行っていることが知られる。イチヤクソウ属植物については、菌類従属栄養生活をする可能性が推察されてはいるが、その種子の散布後の動向や、発芽の観察例もほとんど報告されていない。そこで、イチヤクソウ属植物の種子発芽への、菌類の関与を明らかにすることを目的として、ベニバナイチヤクソウの種子を様々な条件の土壌に埋めた。その後、発芽が見られたものの形態観察と、定着していた菌のrDNAのITS領域のシーケンスを行い、菌の種同定を行った。その結果、シラカンバとベニバナイチヤクソウを生育させたポットの土壌中に埋めた5つの種子小包のうち3つで、24週後に発芽が観察された。発芽した幼植物体はうすいクリーム色で、根のように見られるものが伸長しており、様々な発達段階のものが観察された。1500µm以上に伸びたものでは分枝がみられた。発芽している種子の全てで、葉などの形成は全く見られなかった。これらの幼植物体を顕微鏡下で観察したところ、表皮細胞の内部にコイル状の菌糸の充満が確認された。この菌糸の侵入は発芽直後から観察され、伸長した根状の幼植物体の表皮細胞中にも菌糸コイルが確認された。皮層細胞では菌糸は見られず、澱粉粒と思われるものが確認された。これら幼植物体の表面には、菌鞘などの形成は見られなかった。1つの種子小包内から得た5個体の幼植物体に定着している菌について、ITSのシーケンスを行ったところ、全てが同じ配列を持ち、検索の結果Sebacina sp.か、その近縁な種であることが示された。以上から、ベニバナイチヤクソウの種子は少なくとも担子菌類の一種と共生発芽する可能性が高いと考えられる。