抄録
暗色雪腐病菌(Racodium therryanum THUEM)は通常,林床の腐食層に生息し低温,多湿の積雪環境下で活発に活動する。本菌はこれまでに有性世代が発見されておらず無胞子菌糸体のみが知られている。北海道においてはトドマツやエゾマツなどの針葉樹の他に広葉樹の種子,稚苗に感染し枯死に至らしめることから,森林の更新阻害要因として注目されている。道内では広い範囲に分布すると推定されているものの地域的な変異についてその詳細は明らかになっていない。そこで本研究では,本菌の病原性の違いや遺伝的な地域的変異について明らかにすることを目的とした。
 北海道内の5地点で,エゾマツ種子を冬期間にエゾマツの林床に設置し,春に回収して暗色雪腐病菌を分離・採集した。さらに1地点からは苗畑のアカエゾマツの稚樹葉部から採集した。苗畑産は1系統,その他5産地は2系統ずつの暗色雪腐病菌についてITS1fとITS4でrDNAの5.8Sを含むITS領域のシーケンスを行った結果、各産地内では塩基配列は289bp中で2塩基が異なる99.3%相同から100%一致した。各産地間でも塩基配列に大きな差はなく,最大でも4塩基の違いにより98.6%相同であった。RAPDおよびISSR-PCR解析の結果では産地間で遺伝的に異なる系統が生息しており、少なくとも3つのクラスタに分かれることが明らかになった。病原性の比較は,シャーレ内で予め本菌を蔓延させた上に表面殺菌処理をしたエゾマツの種子を播種し,0℃で一定期間培養した後に種子活性試験を行うことで評価した。本菌を採集した5産地と同じ地点から採集した各5産地由来のエゾマツ種子と総当たり組み合わせで感染させた。その結果,全ての産地のエゾマツ種子に対して,活性喪失をもたらす効果すなわち病原性の強い系統と,逆に弱い系統が認められた。これはDNA解析によるクラスタと一致した。