抄録
現在および近未来の小-中規模の量子コンピュータは環境との相互作用の影響による計算ノイズの影響が無視できない。計算ノイズの影響を削減するために、複数の量子ビットで論理ビットを符号化し、冗長性を用いてエラーを検出/訂正する量子エラー訂正が歴史的に長く研究されてきた。しかしながら、量子エラー訂正を量子ビット数が十分でない現状の量子デバイスで実行するのは非常に負荷が大きい。一方、比較的最近提案された量子エラー抑制は、量子デバイスに対しての負荷を最小限に抑えながら正確な計算結果を引き出すための手法の一群を指し、量子エラー訂正が難しい現在の量子デバイスを用いて有用な計算を行うためには必須の手法となる。また、量子エラー抑制は計算ノイズを抑えるという実用的な目的のみならず、 非マルコフ物理や量子推定理論などの関係が指摘されるなど、量子情報理論的な進展も著しい。また、量子状態と古典のテンソルネットワークを組み合わせて計算を行うハイブリッドテンソルネットワークという 手法も、量子エラー抑制と関係が深い手法として知られている。この手法は量子ビット数が限られた現在の量子デバイスを用いて大規模な量子系のシミュレーションを行うために有用であり、非常に注目されている。このノートでは量子エラー抑制を理解するための基礎から、量子エラー抑制法の主要な手法と最近の発展、およびハイブリッドテンソルネットワークなどの周辺分野の解説を行う。本ノートは筆者が執筆したNTT 技術レビュージャーナルの内容をもとに、加筆・修正を行い、量子力学に詳しくない初学者でもこの分野に参入できるようにとの意図をもって執筆した。