Host: Association of Next Generation Scientists Seminar in The Japanese Pharmacologigal Society
社会や孤独から受けるストレスは、抑うつや不安亢進など認知情動変容を引き起こし、精神疾患病態に深く関わる。ストレスを受けた動物や精神疾患患者ではミクログリアを起点とする脳内炎症が生じ、情動変容の原因となることが示唆されている。しかしストレスによるミクログリアの変化の実態は不明である。我々はマウスの社会ストレスモデルを用い、前頭前皮質、側坐核、運動野・体性感覚野、海馬、視床下部からミクログリアを単離し、一細胞RNA-seq解析に供した。その結果、ストレスが複数の脳領域のミクログリアに共通した遺伝子発現変化を誘導すること、この広域的変化の一部はストレス感受性の個体差と相関することを見出した。前頭前皮質と側坐核のミクログリアの遺伝子発現をより深い深度で調べたところ、ストレスによるミクログリアの遺伝子発現変化には、両方の脳領域で生じる広域的変化と脳領域選択的な局所的変化に分類され、この広域的変化には、急性ストレスとストレス感受性に対応して慢性ストレスに応答する変化と、慢性ストレスのみに応答する変化が存在することを見出した。これまで当教室ではミクログリアの活性化における自然免疫受容体TLR2/4の重要性を示していたことから、TLR2/4-DKOにおけるストレスによるミクログリアの遺伝子発現変化を調べたところ、広域的変化のうち、慢性ストレスのみに応答する遺伝子発現変化のみが消失することを見出した。さらに、これらの転写制御のメカニズムに迫るため、スーパーエンハンサーのnucleosome-free領域に濃縮する転写因子結合モチーフを解析したところ、広域的変化と局所的変化には異なる転写因子が関与し、広域的変化のうち急性ストレスとストレス感受性に対応して慢性ストレスに応答する遺伝子発現変化にはグルココルチコイド受容体が関与することを見出した。以上の結果は、血液由来の複数のストレスシグナルが、グルココルチコイド受容体とTLR2/4を経由してミクログリアの転写・エピゲノム状態を変化させ、認知情動変容を促す可能性を示唆している。本シンポジウムでは、これらストレスによるミクログリアの転写・エピゲノム変化について最新の知見を紹介し、精神疾患病態への関連性を議論したい。