抄録
〈移動・居住形態〉研究は,先史時代の〈狩猟採集集団〉がいかなる地理的範囲をどのように移動し,広義の居住地点ではどのような活動が繰り広げられていたのかを復元するものである。方法論的な課題は,地理的景観内に散在する各地点から読みとられる活動の内容を,遺跡間変異としてどのように統合し解釈すべきか,という点に集約される。考古学的記録の形成過程を考えるかぎり,一回性の強い行動の痕跡を集積するといったアプローチではなく,〈狩猟採集集団〉がある地理的範囲内で複雑かつ多岐に繰り広げていた行動連鎖のなかに認められるパターンに着目すべきである。そうしたパターンは,ある地理的範囲のなかで累積的に形成された考古学的記録のなかに,われわれが観察しうるような何らかの傾向性をのこすと考えられる。本稿では,行動連鎖のパターンを反映する傾向性を,考古学的記録からどのように摘出すべきかに関して,北西ヨーロッパの中石器時代と日本の後期旧石器時代および縄文時代初頭を対象とした移動・居住形態研究をレヴューするなかで議論することとした。
北西ヨーロッパと日本における移動・居住形態の研究動向は,動物遺存体・石器組成・遺跡規模・石器製作工程のいずれの検討に立脚しているのかに応じて整理可能である。北西ヨーロッパでは季節的な標高移動を想定する仮説が多い。それらは,広域に散在する考古学的記録のなかの傾向性に着目し,活動の季節差とその空間的配置を重視しているものである。仮説の提示にあたって指摘されている〈相互補完性〉は,今後も遺跡間接続の問題を考えていく際に有効な分析視座となりえよう。日本の研究では,縄文時代初頭の〈定住論〉の動向に端的にあらわれているように,個別遺跡の検討結果から全体的な状況までが推測されている場合が多く認められる。複数遺跡間の関係性を解明していくためには,遺跡間接続することになる対象をどのようにして措定すべきか,どのような操作によって遺跡間接続が立証できるのか,考古学的記録の多様な側面を包括的に説明しうる仮説をどのように構築すべきか,という点についての議論が重要であることを指摘した。