Niigata Iryo Fukushi Gakkaishi
Online ISSN : 2435-9777
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2023 Volume 22 Issue 3 Pages 130-134

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「ちょっとお伺いしたいのですが」

私達の全ての仕事は、一本の電話、一通のメールから始まります。

不安そうな声、電話の向こう側は、国内はもちろん、日本から遠く何万キロも離れた諸外国からの場合もあります。

弊社は1998年4月に宮城県仙台市で誕生した救急救命士(以下 救命士)・看護師等の医療スタッフで編成された「患者搬送事業所」いわゆる「民間救急会社」であります。

民間救急とは行政救急隊が行わない、いわゆる下り転院搬送、通院、入退院、外出の支援等を民間の企業が行っているものですが、この中には、患者さんが地元を離れ事故や病気に遭い、故郷の医療機関に転院・退院する事案もあります。弊社では現在国内外に4拠点を構え約30名のスタッフが全国・全世界へ患者さんの医療搬送を行っております。

2021年は5851件の患者搬送を行っており、おもに地元宮城県内での搬送業務が主軸であります。

移動手段も様々で、患者搬送車いわゆる車両、新幹線、航空機、フェリーを使用する場合も御座います。(写真1、2、3)

搬送の内訳と致しましては転院が65% 通院が10% 入退院が24%、その他(外出介助)1%となっており(表1)昨今増加しております、新型コロナウイルス感染症の患者搬送案件は2021年1月~12月末までの実績が2650件でありました。(資料1)

対応する患者さんの年齢も新生児から高齢者、疾患も様々であります。私達は、離島を含め創業から2006年までの間に47都道府県全国全ての地域へ(からの)患者搬送業務を行い、国境を超える国際患者医療搬送は(以下 国際搬送)35ヶ国80以上の都市で活動を行っております。(写真4、5)

2018年以前は平均して月に3件程度の国際搬送を行っておりましたが、近年はコロナ禍の影響で国際搬送が減少しており、2019年以降の新型コロナウイルス感染症パンデミック下では年間3件ほどの国際搬送を行っており本年は6件の国際搬送を行っております。

弊社に採用されてからの標準的な教育体制についてお話を申し上げます。(資料2)

弊社採用後1ヶ月程度は、初任者研修となり通常2名体制の搬送チームに同乗し3名体制で、患者搬送業務の概要、流れ、医療機器の取り扱い、患者、御家族への接遇等を学んで戴きます。その後3ヶ月程度は、上席の救命士と搬送チームを編成し2名の体制で現場活動を行い、日常の業務、来訪者、電話対応も学んで戴きます。この間「研修日誌」を作成し勤務した一日の反省点、学んだ点について記載、これをもとに当日の指導者とカンファレンスを行い改善点を考察し翌日の案件に備えて参ります。

その後、採用職員は弊社の介護施設で2ヶ月程度勤務していただきますが、ここでは排せつ介助、移乗、食事介助、高齢者への接遇、並びに在宅医療全般を学んで戴きます。

特に新卒の救命士の方々は、医療・救命についての知識は持ち合わせておられますが、高齢者、要介護者への教育は受けておらず今後現場対応して行かなければならない高齢者の長時間搬送時の介護技術を身につけて戴きます。

採用後、6ヶ月これらの研修が滞りなく修了致し、特に問題行動がなければ、本人と話し合いを行い正社員となり搬送業務に従事致します。

私達の基本的な職員育成の方針は、

「救命士である前に医療人であり、医療人である前に社会人である」

すなわち、患者搬送業務や医療に特化した教育だけではなく、社会人としての教育に力を入れております。

その後、6ヶ月~1年は、上席の救命士・看護師と共に主に宮城県、東北地方中心とした患者搬送業務を行い引き続き搬送業務の実践を学び、経験値を増やしていきますが、この期間は「自分が携わる現場」という視点から、会社内、自分の周囲で行われている他の事案、先輩諸氏が扱っている様々な案件が、第一報から完結まで、どのような流れで動いていくかを、情報を共有し自らもシミュレーションしながら学習して頂きます。

特に、重症疾患の長距離搬送、医療用チャーター機事案、緊急搬送等、私達現場部隊だけではなく多くの関係者が関わる事案となり、この複雑な事案を完遂するために、どのような手順で連携・段取りを取っているか、搬送事案のどこに重点を於いてコーディネイトしているかを現場の推移と共に学習して頂きます。

およそ1年間は、これらの現場業務を通して更に経験知をかさねますと、3年目以降は、国内の長距離患者搬送を自らコーディネイトし完結するまでを上席救命士が助言監督のもと実施して参ります。

国内搬送の事案を単独で立案・完遂することを繰り返し、様々な搬送のノウハウを取得し、気力・体力・精神力が充実している職員がいよいよ海外搬送に従事する事となります。

リーベンの門をくぐってから約5年、単調な搬送の繰り返し、コツコツと日々精進してきた者が世界に羽ばたいていきます。(写真6)

弊社では、1人の救命士が1人前となり担当搬送時案を行うため、長い年月をかけて人材の育成を行いますが、ここで大切な事は、患者さんの重症度、案件の遠い近いにかかわらず、事案情報の社内共有化であります。

担当する職員は患者の現在の状態、環境、を提供された診療情報をもとに考察を繰り返し、転院前転院後のそれぞれの病院と十分に協議、同時に社内でもどのような搬送が最も患者さんにストレスなく実施出来るかを協議致します。カンファレンスには担当になっていない救命士も参加し、それぞれが経験した過去の類似事案を情報提供し検討を重ねます。

国際患者搬送の場合、搬送を構築するためには、更なる労力が必要となります。言語・時差・慣習や医療提供の差、特に海外から日本に帰国される患者さんの搬送は、現地の状況が中々見えてこず、搬送を行うのは容易ではありません。

2019年4月23日午前11時頃入電した一本の電話から、国境を越えた救命搬送は始まりました。(写真7)

患者は当時21歳男性、社員旅行でグアム島を訪れ、誤って水深の浅いプールに転落、意識なし、四肢麻痺の状態で救急搬送、理学診断の結果、頸椎の4番から6番の骨折が認められ、当日、頸椎4番から6番の強化融合、並びに5番の緊急椎弓(ついきゅう)切除術を行いましたが、4月20日に右肺虚脱により呼吸不全となりCPRを実施、その後、蘇生し人工呼吸器管理となります。

集中治療室にて管理4月24日に容態は安定、胃ろう造設、気管切開術を行い、人工呼吸器はFI02 70% Peep 8cmにて管理が継続されました。

患者は入院後、低酸素脳症と粘液塞栓症の繰り返しているエピソードから人工呼吸器を装着したまま、医師を含む医療チームの管理で帰国しなければならない状態でした。(写真8)

通常であれば医療用チャーター機にて国際患者移送を構築するところですが、費用負担が大きいため、私達は家族並びに関係者と話し合いのうえ通常のコマーシャルエアラインを利用しての移送を行う事となり、具体的な搬送方法について連絡を取り始めます。

言語や慣習の異なる、日本から遠く2600㌔離れた異国の地で病床に臥している重篤な患者さんが帰国するためには、関係各機関との情報共有が必要不可欠であります。

患者さんが入院中の病院の集中治療チーム、受け入れ先の日本の病院はもちろん、日本国 在グアム領事館、グアムの医療アシスタンス会社、航空機会社の本社の患者サポートセンター並びにグアムの航空機会社支店、等であります。

これらの全ての機関と連絡調整を行っていたのが、現地グアムの病院内にある国際患者サービス部門のマネージャー、国内であれば、さしずめ地域医療連携室であり、私達からの質問や要請はEメールを通じて医療関係者以外も含め全ての関係者に共有され、

「Hi all」で始まる、いわゆるCC(カーボンコピー)され転送された場所は17ヶ所にも及んでいました。

この事で患者さんに関わる情報を患者さんに関わる全ての医師・看護師更には、院内外の関係者に伝達する事が出来、この情報をもとに帰国搬送が構築されて行きました。

事故発生から3週間後の5月10日弊社から派遣した医師・看護師・救命士の3名編成による医療チームにより患者さんは日本航空の飛行機にストレッチャーを装着、人工呼吸器装着のまま成田空港に搬送され、その後陸路で宮城県内の医療機関に搬送されました。移送時間はベットからベットまで14時間、搬送時、患者さんは意識清明、人工呼吸器のモードはSIMV同調モ量設定TV500ml Fio2 70% Peep10cmから12cmでした。搬送完了まで患者さんの上肢の動きは最小限、下肢に動きは見られませんでした。

あの事故から3年半、現在、患者さんはリハビリをしながら車いす生活ではありますが、自ら車を運転するまでに回復を遂げております。(写真9)

本国際搬送時案は、当初、その重篤度から帰国そのものが難しいのではないかという意見が現地からもたらされました。

しかしながら、本人とご家族の強い帰国への希望が、担当医療チームの意識を変え、官民一体で1人の邦人青年を何とか帰国させようという方向に動き始め、無事に帰国する事が出来ました。

しかし、この事が無事に完遂したもっとも大きな要因は何千キロも離れた異国の病院スタッフ、その他関係者と十分な情報の共有が出来、誰もが本移送についてリアルタイムで周知していた事にあります。担当がいないから、私は判らないというとは一度もなく、極めて円滑な情報共有に基づく関係者意識の統一がなされ、その上でそれぞれが行う役割が明確になっていたことにあります。

患者さんの搬送を行っている私達は、要請があれば国内はもちろん世界中どこへでも向かいます、搬送に従事する医療チームはもちろんですが、患者さんに関わる全ての関係者と密に情報を共有しなければ、搬送を行う事は出来ません、更に言うならどんな困難な状況でも患者さんに帰郷して頂くという信念を、移送するチームだけではなく、患者さんが入院されている病院、受け入れ先病院、それぞれの国の関係省庁、航空機会社が強く持ち、同じ意識の方向を向く事が必要不可欠であります。

このこと自体サイエンスティック(科学的)でないように感じますが、そもそも医療は人が人と接する事でなされる仕事であり、形はどうあれ、ここには血が通ったコミュニケーションが必要であります。

今後、医療のタスクシフト。タスクシェアを考えた時、高度な医療教育も大切でありますが、同時に多職種の連携、情報の共有化のシステムも重要となります。

患者さんや家族が何を求め、これにそれぞれの分野がどのように答えていくか、業務の細分化、専門化が推進されれば、なおさら縦横の連携強化が必要かと思われます。

今この瞬間にも、日本全国・海外から故郷に帰りたいという電話やメールが弊社に途切れることはございません。

途方に暮れ、自らに未来はあるのかと病床で自問し、帰郷をあきらめかけている患者さんと家族、藁をもすがる思いでコールする電話の向こう側は、不安な面持ちでいっぱいです。私達はこのような救いを求めている方々、一人でも多くの患者さんが故郷へ戻ることができるよう、引き続き、心技体、充実の職員を育成してまいります。(写真10)

 
© 2023 Niigata Society of Health and Welfare

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