日本農村医学会学術総会抄録集
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第55回日本農村医学会学術総会
セッションID: sympo2
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シンポジウム2
地域住民の立場から
佐伯 晴子
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抄録

 風が吹けば桶屋が儲かるが,研修医制度が新しくなれば病院の医師が減る!? 
 「病院から医師が消える」新聞やテレビの報道で最近よく目にするニュースです.この背景にどのような問題があるのか,どうしてこの問題が急にクローズアップされるようになったのか,私たち一般国民には詳しい事情はわかりません.ただ,命を授かり,産み育て,共に生き,そして看取るという人生の営みを普通に行なうということが,どうやら私たちの国では難しくなっているようです.  
 しかし,何もかもが便利に豊かになったはずのこの国で,どうして基本的な命の営みの支えが揺るいでしまうのでしょう.戦争をしているわけでもなく,災害で国中が壊滅的な被害を受けたわけでもなく,野球もサッカーもドラマもお笑いも,平和にテレビを賑わせているというのに,経済も少し持ち直して新卒者の就職もよくなったといわれるのに,なぜ医療は利用者にとって不便で不安が募るものになっていくのでしょうか.  
 地域病院から医師が消える背景には,大学病院の研修医が従来の人数から激減していて,労働力として不足しているために大学が派遣先から医師を引き戻すからだ,と報道されます.産科に限ったことではありません.外科,麻酔科,小児救急以外に,内科もごっそり医師が抜けてしまい,規模を縮小したり閉鎖に追い込まれているということです.地域住民としては,この結果をもっぱら「受ける」しかありません.「○科はなくなりましたので他をさがしてください」と「なくなった」という報告を受けるしかないのです.  
 そもそも地域住民と病院の関係が一方的でよいのでしょうか.医師がごっそり辞めるというのが地域住民の了解を得ずに可能であっていいのでしょうか.大学や病院の事情,医師個人の事情もあるでしょうが,大事なものが置き去りにされてはいませんか?  
 確かに研修医が一定の能力を身につけるために,大学に限定されずに修練の機会を増やすには新研修医制度は役立っているのかも知れません(そう期待せざるを得ません).しかし,この研修先を自分で選ぶマッチングという仕組みが,パブリックな人材としての医療者を,よりプライベートな個人の自由に任された職業にとらえるよう促したと私は思っています.私は数年前まで新しい研修医向けの講演で「皆さんにとって学生時代に大学は利用するところだったかもしれませんが,病院は患者さんが利用するところです.患者さんにとって利用しやすい,利用してよかったと思えるような医師になってください」と話していました.しかし,この新研修医制度になってから,白々しくて言えなくなりました.患者や地域住民および病院は,若い彼らに利用されるところでしかないと感じるからです.  
 彼らにとって利用価値のあるところには誰もが行きたがり,利用価値がないと判断するところは見向きもしない,その結果が最近の医療の姿「住民不在」であるのなら,地域住民と病院が築いてきた信頼は崩れて当然です.そして,研修医がこの国の人の幸せを願いパブリックな人材として働くように育ててこなかった,大学教育の責任は重いと言えます.

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© 2006 一般社団法人 日本農村医学会
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