Nihon Shishubyo Gakkai Kaishi (Journal of the Japanese Society of Periodontology)
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Effects of diabetes on periodontal regeneration therapy: findings from basic research
Takahiro BizenjimaAtsushi Saito
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2023 Volume 65 Issue 1 Pages 9-16

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要旨

糖尿病の高血糖状態は細胞や組織に様々な影響を及ぼす。創傷治癒遅延や術後感染リスクを有する糖尿病患者への歯周外科治療の影響については不明な点が多い。近年,歯周組織再生療法は材料・薬剤や術式が進歩し,全身状態に問題がある歯周炎患者に対する再生療法について,様々な基礎研究が行われている。本稿では糖尿病と歯周組織再生について,実験モデルや成長因子を使用した基礎研究に焦点を当てて解説する。

はじめに

わが国の糖尿病患者数は,生活習慣と社会環境の変化に伴い急速に増加しており,成人の約5人に1人が糖尿病あるいは耐糖能異常を有する状態であるとされている1)。また糖尿病は重篤化すると神経障害,腎症,網膜症などの細血管障害と呼ばれる合併症を引き起こす2)。糖尿病は歯周病のリスクファクターであり,糖尿病罹患患者に歯周病が高い頻度でみられることから,歯周病は糖尿病の第6の合併症であるとされている3)。これまで両疾患に関する情報が蓄積され,糖尿病と歯周病は双方向の関係性があると考えられている4)。したがって,糖尿病患者に対する歯周治療の重要性が増してきており,歯周組織再生療法を含めた更なるエビデンスの構築が急務である。しかしながら,糖尿病が歯周組織再生に及ぼす影響についての報告は限られており,標準的治療法は確立されていないのが現状である。近年,歯の保存に対する国民のニーズ,再生医療への期待が高まる中で,糖尿病をはじめ,全身状態に問題を有する歯周炎患者に対する歯周治療の明確な指針が必要とされている。

本稿では,現在までに行われてきた糖尿病と歯周組織再生療法に関する研究と我々の関連研究の取り組みについて紹介し,安全で効果的な歯周組織再生療法の展望について論じたい。

糖尿病と歯周病

糖尿病は持続する高血糖状態を特徴とし,様々な合併症を伴う疾患である。現在までに数多くの研究において糖尿病による高血糖状態は,歯周組織に悪影響を及ぼすことが指摘されてきた。糖尿病と歯周病に関する重要な報告として,米国アリゾナ州のピマ・インディアンを対象とした大規模疫学調査が挙げられる。ピマ・インディアンは2型糖尿病の高い発症率で知られており,35歳以上の50%が糖尿病であるとの報告がある5)。15歳以上のピマ・インディアンを対象とした研究では,健常者と比較し,糖尿病患者での歯周病罹患率はおよそ3倍であり6),1,000人に対する1年あたりの歯周病の発症は,健常者と比較し,糖尿病患者で2.6倍高頻度であると報告されている7)。歯周病が糖尿病に与える影響として,Taylorらは,2型糖尿病のピマ・インディアンを5年間調査したところ,重度歯周病が不良な血糖コントロールと関連していたと報告している8)。わが国における調査では,歯周組織が健康な者に比べ,歯周病患者は高血糖を含むメタボリックシンドロームをより多く発症すると報告されている9)。またIwamotoらは歯周治療によって2型糖尿病患者の血中TNF-α濃度が有意に低下し,HbA1c値も有意に改善すると報告した10)。さらにMunenagaらは歯周病を有する2型糖尿病患者に対し,非外科的歯周治療と抗菌薬併用の効果を検討したところ,抗菌薬を併用した歯周治療がHbA1c改善に有効であることを見出し,生体に炎症が波及する糖尿病に対しては,炎症を極力低下させるような歯周治療が有効であると報告した11)。このように糖尿病と歯周病は病態,治療において双方向性の関係にあると考えられる。

糖尿病モデル動物

これまで,糖尿病の病態を再現するモデル動物を用いた研究によって,多くの有益な知見がもたらされている。古典的な糖尿病モデル動物は1960年代から報告されており,Eliassonはラットに膵島β細胞を特異的に破壊するストレプトゾトシン(STZ)を投与するモデルを報告した12)。このモデルはいわゆる1型糖尿病であるが,STZの投与のみで容易に糖尿病を発症させることができる。また,生後1日あるいは2日のマウスやラットへ投与することにより,インスリン分泌障害を持つ2型糖尿病モデルを作製することも可能である13)。比較的安価に作成でき,糖尿病発症後の代謝もヒトと似ている14,15)ことから,現在でも糖尿病研究において使用頻度が高いモデルである。1型に対して2型糖尿病は環境因子と遺伝因子が関与した多因子疾患であり,その発症メカニズムは複雑である。2型糖尿病のモデルも研究が進み,現在では自然発症型の肥満を伴うOLETF(Otsuka Long-Evans Tokushima Fatty)ラットや,日本人の糖尿病患者で最も多いタイプである,非肥満でインスリン分泌低下型のGK(Goto-Kakizaki)ラットなどが用いられるようになった。糖尿病合併症の病態解明にはこれらの実験動物を用いるが,全ての合併症を発症するモデルは少なく,研究目的に応じた選択が必要である。

糖尿病が歯周組織治癒に及ぼす影響

糖尿病が歯周組織治癒に及ぼす影響の検討は1990年代より行われている。糖尿病はコラーゲン代謝能の低下,白血球の機能低下,さらには微小循環障害による血行不良等により,患者において創傷治癒の遅延や術後感染のリスクが高く,歯周治療の予後に影響を及ぼす20)。糖尿病による過剰な炎症性サイトカインの発現が歯周組織の創傷治癒を遅らせ,感染を助長すると考えられている21)。2000年代以降,歯周組織再生療法が広く臨床応用されるにつれ,糖尿病モデル動物を用いた再生療法に関する研究も報告されてきた。糖尿病と歯周組織の創傷治癒,再生療法に関する主な研究を表1に示す。CorrêaらはSTZ誘発糖尿病ラットの開窓状歯周組織欠損部に,エナメルマトリックスデリバティブ(EMD)を応用し,組織学的に評価した結果,糖尿病は歯周組織欠損部の骨形成と骨リモデリングに悪影響を与え,新生骨の骨密度の低下を引き起こすと報告した22)。Shirakataらは糖尿病ラットの骨内欠損にEMDを応用した結果,糖尿病群での新生セメント質形成は認めず,再生は限定的であったと報告した23)。一方,Takedaらは,STZ誘発糖尿病ラットにおけるEMDでの歯周組織再生療法をin vitroin vivoで観察し,糖尿病状態であっても,EMDはAkt/VEGFシグナル伝達を介して歯周組織の再生を促進する可能性を報告した25)。さらにTakedaらは同じモデルを用いた実験で,高血糖による歯周局所での酸化ストレス亢進をEMDが治癒の初期段階で減少させていることを報告した26)。このように,糖尿病状態下の歯周組織欠損に対するEMDを用いた再生療法の効果についての報告は多いが,未だ統一見解には至っていない。

表1

糖尿病が歯周組織の創傷治癒,再生療法に及ぼす影響に関する主な基礎研究

FGF-2が糖尿病状態の歯周組織再生に及ぼす影響

我々は,STZ誘発糖尿病ラットに外科的に作成した歯周組織欠損に塩基性線維芽細胞増殖因子(FGF-2)を応用し,治癒に及ぼす影響について検討した27)。STZを筋肉内投与し,早期の糖尿病状態であることを確認した後に,上顎第一臼歯近心に歯周組織欠損を作成し,対照側にはhydroxypropyl cellulose(HPC),実験側には0.3%FGF-2+HPCを応用した。術後2週,4週で安楽死させ,マイクロCT撮影後,検体を採取し,H-E染色,増殖細胞核抗原(PCNA),血管内皮細胞増殖因子(VEGF),α平滑筋アクチン(α-smooth muscle actin;α-SMA)による免疫染色を行った。

組織学的観察では,糖尿病ラットにFGF-2を応用した群で,HPC応用群よりも新生骨形成量が増加した(図1-f,l)。またFGF-2応用群では,糖尿病ラットも含め欠損部の根面に対し,斜走する歯根膜様のコラーゲン線維束が観察された(図1-k,l)。新生骨形成に関しては,マイクロCTにおいても同様の所見が認められた(図2)。骨梁構造解析の結果では,健常群と比較して糖尿病群で新生骨の体積,骨梁幅が減少し,両群ともFGF-2の応用で有意に増加した(図3)。PCNAによる免疫染色では糖尿病群に比べて健常群で新生骨周囲の結合組織に陽性細胞が多く観察され,FGF-2の応用で両群ともPCNA陽性細胞が増加した(図4-c,d)。HPCのみの応用では,健常群に比べて糖尿病群でVEGF陽性細胞の増加を認めたが,FGF-2応用によって両群とも同程度の発現を示した(図4-g,h)。糖尿病における微小循環障害は創傷治癒に悪影響を及ぼすことが明らかになっている30)。先行研究では,歯周炎に罹患した糖尿病患者の歯周組織で,VEGFの発現が上昇したという報告がある31,32)。糖尿病群での無秩序なVEGF発現は,局所の低酸素ストレスや血管変性の結果によるものと考えられ,FGF-2はそれを制御することが示唆された。α-SMAは血管壁や周皮細胞のマーカーとして知られているが,FGF-2を応用することでα-SMA陽性血管が増加した(図4-k,l)。これは,FGF-2が糖尿病による局所の異常血管新生を制御し,生理的な血流を伴う,機能的血管形成に関与していることを示唆している。以上より,FGF-2の応用は糖尿病ラットにおいて,細胞増殖を促し,血管新生を制御することにより歯周組織の治癒を促進することが示唆された。現在,我々は糖尿病状態でのより効率的な歯周組織再生療法の確立を目指し,2型糖尿病モデルラットを使用し,足場材料である自己組織化ペプチドや脱タンパクウシ骨ミネラルとFGF-2を併用した歯周組織再生療法の研究に取り組んでいる。創傷治癒遅延が生じている歯周組織に対し,成長因子を適正な時期に適正量徐放する担体としての役割をもつ足場材料が理想的である。現在はそれぞれのFGF-2の徐放能の違いについてin vitroにて検討し,in vivoにて形態学的,病理組織学的に評価を行っている。最近の研究では活性酸素種除去能力と抗炎症活性を有する新規足場材料の開発が進んでおり,糖尿病患者への応用が期待される33)

図1

健常群,糖尿病群の歯周組織欠損部にFGF-2を応用した術後2週のH-E所見(文献27

(a,b)欠損部は新生結合組織で満たされた(×25;スケールバー:500 μm)。(c,d)糖尿病群において歯根に沿った上皮の深行増殖を認める(×50;スケールバー:200 μm)。(e,f)健常群と比較し,糖尿病群で新生骨の形成量が少なかった(×50)。(g,h)欠損部は新生結合組織で満たされており,糖尿病群においても新生骨の形成を認めた(×25)。(i,j)FGF-2が両群ともに上皮の深行増殖を抑制した(×50)。(k,l)FGF-2を応用した健常群は他のどの群よりも新生骨形成量が多かった。糖尿病群ではHPCと比較し, FGF-2を応用することでより多くの新生骨形成を認めた(×50)。

図2

マイクロCTによる3次元構築画像(術後2週,4週)(文献27

(a,c)糖尿病群と比較し,より多くの新生骨形成を認めた。(b,d)糖尿病群で新生骨形成の低下が認められたがFGF-2の応用で新生骨形成量が改善した。

図3

歯槽骨欠損部に形成された新生骨の骨梁構造解析(文献27

マイクロCT撮影後,3Dソフトウェアにて骨梁構造を解析した。

(a)新生骨量体積,(b)骨梁数,(c)骨梁幅,(d)骨梁間隙

(n=10)P<0.05 P<0.01

図4

術後2週の免疫染色像(新生骨上部の結合組織部分をランダムに選択)(文献27

(a~d)PCNA,(e~h)VEGF,(i~l)α-SMA

(a,b)健常群でより多くのPCNA陽性細胞が観察された。(c,d)FGF-2の応用で両群ともPCNA陽性細胞が多く観察された。(e,f)健常群と比較し糖尿病群でより多くのVEGF陽性細胞が認められた。(g,h)FGF-2を応用することで,両群とも同等のVEGF陽性細胞の発現を認めた。(i,j)糖尿病群ではα-SMA陽性血管の発現が減少した。(k,l)FGF-2を応用することで両群ともα-SMA陽性血管が増加した。

手術テクニックによる対応

糖尿病による創傷治癒遅延,易感染性への対策として,手術の侵襲を最小にすることも考えられる。最近の報告では,健常者を対象とした改良型低侵襲外科テクニック(M-MIST)とFGF-2による再生療法は,術後12ヶ月において臨床パラメータの改善と手術時間の短縮が期待できることが示唆された34)。またMizutaniらは低侵襲歯周外科手術(MIST,M-MIST)にEMDを応用することで,2型糖尿病患者であっても,健常者と同等の歯周組織再生が期待できることを報告した35)。再生材料・薬剤の効果的な組み合わせと,可能な限り低侵襲なフラップデザインの選択が,糖尿病状態の歯周組織における再生療法を成功に導く可能性もあるため,その治癒過程の詳細を明らかにする基礎研究も必要と思われる。このような治療コンセプトは,糖尿病などの有病者だけでなく,今後増加が想定されている高齢者のような侵襲を限定すべき患者に対しても有効な治療アプローチとなる可能性がある。

おわりに

糖尿病と歯周病の関連については知見が積み上げられてきているが,効果的な歯周治療の提供に関する情報は未だ不足しており,課題は多い。糖尿病による高血糖状態が歯周組織再生に及ぼす影響については以前から報告されているが,その多くは血糖コントロールがされていない状態での検討である。実際の臨床では糖尿病患者に歯周組織再生療法を実施する際,血糖コントロールが適切になされていることは必須条件である。したがって,治療薬などで高血糖状態を改善した糖尿病モデルでの再生療法の知見も必要である。今後は,再生療法のエビデンスとともに,糖尿病治療薬が歯周組織治癒に及ぼす効果についてのエビデンスを構築していくことが,困難とされている糖尿病患者への歯周組織再生療法の治療戦略の確立につながると考えられる。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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