2026 Volume 68 Issue 2 Pages 85-94
本報告は,右片麻痺および全失語症を有する広汎型歯周炎(ステージIII,グレードC)患者に対して,視覚的支援および個別的セルフケア指導を組み合わせた患者中心の歯周治療を行い,著明な炎症指標の改善と心理的変化を認めた症例である。歯科衛生士による継続的支援と多職種連携が,セルフケア行動の促進および生活の質(以下,QOL)の向上に寄与する可能性を示唆した。
This case report describes a patient-centered periodontal treatment approach for a female patient with right hemiplegia and global aphasia following a cerebral hemorrhage who presented with generalized periodontitis (Stage III, Grade C). Dental hygienists supported the patient using visual feedback, individualized oral hygiene instructions, and interdisciplinary collaboration. This treatment approach yielded significant improvements in important periodontal indices (PCR, BOP, and PISA), increased patient motivation, and enhanced oral function and aesthetics. These findings suggest that personalized care and the use of adaptive tools are crucial for improving the oral health and quality of life in patients with physical and communicative impairments.
歯科医院を訪れる患者の中には全身疾患を抱える方も多く,歯周病治療を行う上で患者の全身状態や服用薬の把握は欠かせない1)。そのため,歯科衛生士には全身管理を考慮した適切な対応が求められる。特に脳血管疾患(脳卒中)は要介護の主な原因の一つであり,厚生労働省の調査(2022年)によると要介護の主な原因の第2位が脳血管疾患であり,その割合は19.0%に達している2)。また,2020年の調査では脳血管疾患で治療を受けている総患者数は174万2,000人にのぼる3)。 脳卒中の後遺症は多様であり,構音障害,片麻痺,嚥下障害,認知機能の低下など,患者ごとに異なる課題を抱える4)。したがって,歯科衛生士には各患者の状態に応じた個別の口腔ケア支援が求められる。脳血管疾患の予防には高血圧や糖尿病などの基礎疾患の管理が重要であり,さらに食事,運動,喫煙,飲酒などの生活習慣を見直すことが健康維持に不可欠である5)。本症例は,言語的表出が困難な全失語症患者に対し,非言語的支援と視覚的ツールを駆使しながら歯周治療を成功に導いた事例である。脳出血後遺症(失語症・右側片麻痺)を持つ女性患者に対し,患者中心の歯周治療を実施した。患者は2019年4月に脳出血を発症し,回復過程において口腔内環境の改善を求めて当院を受診した。右手の不自由さ,構音障害,コミュニケーションの困難さを抱える中で,歯科衛生士は患者が取り組みやすいセルフケア方法を提案し,信頼関係を築くことで治療を円滑に進めることができた。また,短期目標として「出血のない健康な歯肉」,長期目標として「歌唱活動の継続」を患者と共有し,達成感を得ながら治療を進めた点が特徴的である6)。本報告では,患者の心理的変化やセルフケア支援の工夫を含め,脳出血後遺症を持つ患者に対する歯周治療のアプローチについて考察する。
56歳女性,職業は歌手。2019年に脳出血を発症し,要介護2・障害等級2級(身体障害者手帳による)の認定を受けている。後遺症として右片麻痺および全失語を認め,現在もリハビリテーションを継続している。内服薬は,降圧薬(アムロジピンベシル酸塩,ノルバスクⓇ OD錠5 mg,ファイザー株式会社,東京,日本),脂質異常症治療薬(アトルバスタチンカルシウム水和物,リピトールⓇ錠10 mg,ファイザー株式会社,東京,日本),抗てんかん薬(レベチラセタム,イーケプラⓇ錠500 mg,ユーシービージャパン株式会社,東京,日本)を服用している。
2. 主訴左上補綴物の脱離および左下臼歯部の咀嚼困難
3. 口腔内初診所見(2021年10月)プラークコントロールレコード(以下PCR):69.2%,出血点数率(以下BOP):71.2%,Periodontal Inflamed Surface Area(以下PISA)7,8):1,420.9 mm2。全顎的にプラーク付着,歯肉の発赤および腫脹を認め,特に11・12間で自然出血が顕著であった(図1)。エックス線所見では,全顎的な水平性骨吸収と臼歯部歯槽硬線の不明瞭化,26(D)・27(M)部の排膿,46(M)の歯根膜腔拡大像を認めた(図2)。

初診時の口腔内写真
全顎的にプラークの沈着と歯肉の発赤・腫脹を認めた

初診時X線 歯周基本検査表
総歯数:26本 BOP:71.2% PCR:69.2% 4 mm以上:34%
水平性骨吸収と臼歯部歯槽硬線の不明瞭化,排膿および歯根膜腔が確認できる
広汎型歯周炎(ステージIII,グレードC)9)
5. 歯科衛生診断脳出血後遺症による清掃不良が歯周炎の進行因子となり,炎症の悪化が全身状態に悪影響を及ぼす可能性が高いと判断した。
6. 治療計画(1)歯周基本治療,(2)再評価,(3)歯科衛生士による支援,(4)補綴・修復治療,(5)再評価,(6)サポーティブペリオドンタルセラピー(以下SPT)への移行。
7. 患者の目標設定短期目標:炎症の軽減と出血のない歯肉の獲得。長期目標:人前で口を開けて歌うことによるQOLの向上を図る。
8. 治療経過と結果本症例では患者の口腔清掃の容易性を考慮し,適切な清掃補助器具を選定・提案するとともに,短期目標として上顎前歯部の炎症改善を設定して治療介入を行った。初診時は浮腫性歯肉,発赤および腫脹を認めたため(図3-A),プラークコントロールを目的にセルフケア指導を実施し,操作が比較的容易で習得しやすいスクラッビング法を推奨した。効果的なブラッシングを支援するため,歯ブラシ(TePe SoftⓇ)および歯ブラシ用グリップ(TePeⓇ Extra Grip)(いずれもTePe Oral Hygiene Products AB,Malmö,Sweden)を用いて把持性を高め,卓上鏡でセルフケアの実践を促した。初期介入後も腫脹と出血が残存したため,歯科医師と協議のうえ補綴処置の一環として暫間被覆冠(プロビジョナルレストレーション)へ変更し,歯間部の清掃性に配慮した設計を依頼した。並行して歯肉の炎症改善を目的にスケーリングを実施し,次段階ではブラッシング法をバス法へ変更して数週間観察したが,バス法は習得が困難であったため,音波電動歯ブラシ(SonicareⓇ;Philips,Amsterdam,Netherlands)のInterCareⓇブラシヘッドを導入した(図3-B)。導入後,歯肉の引き締まりと炎症の軽減を認めた10,11)。なお,補綴装着に適したレベルには至らず,とくに歯間部に歯肉形態の不整を認めたため,プラーク蓄積リスク回避の観点から継続観察と管理が必要と判断した。一方,歯肉の改善に伴いセルフケアの意識が向上し,患者は歯間清掃の追加を希望したため歯間ブラシ(CPS prime09/011Ⓡ;Curaden AG,Kriens,Switzerland)を適合させ,手指の操作性を考慮して柄の長いタイプを用いた。CPS primeはシリンダー型ブラシにより歯肉縁下(コル部)まで清掃可能であり,補綴周囲の清掃性に優れる。細径ワイヤーにより歯肉への刺激が少なく,手指の不自由な患者でも使用しやすい点も利点である。本症例でも導入後に発赤・腫脹の改善を認めた。臨床的アタッチメントレベル(以下CAL)に有意な変化は認めなかったが,歯肉退縮に伴いプロービングデプス(以下PD)は減少し,出血所見は消失した(図3-C)。PCRは69.2%から18.3%へ,BOPは71.2%から5.1%へと著明に改善し,歯周炎による全身炎症負荷を反映するPISAは1,420.9 mm2から58.3 mm2へと約96%の減少を示した(図4)。一方でPCRは改善したものの,HbA1cに顕著な変化は認めなかった12)(図5)。今後も口腔衛生の維持とセルフケアの質的向上を継続し,全身状態とくにHbA1cの良好なコントロールを通じて歯周組織の長期安定化を図る必要がある。PISAの著明な減少から,音波電動歯ブラシの導入およびセルフケア意識の向上が歯周組織の改善に寄与した可能性が示唆された。また,歯間ブラシ併用により清掃の質が向上し,患者の積極的なセルフケア姿勢が確認できた。これらの介入により歯周組織の安定が得られたため,補綴装着後の審美性・機能回復を見据えて歯間乳頭の回復促進を目的に第二の暫間被覆冠を作製し,歯槽骨頂からコンタクトポイントまでの距離に配慮して(1)清掃が容易であること,(2)歯間乳頭の回復(creeping)を促す形態であることの2点を満たすよう形態を再設計した。過度な圧迫を避けるため歯間ブラシは1段階小さいサイズへ変更し,音波電動歯ブラシは継続使用とした。暫間被覆冠装着後は3か月間の経過観察を行い,歯間乳頭の回復状況を評価して補綴装着前の最適な歯周組織の確立を図った。さらに,発声時の空気漏れへの配慮として歯間空隙の調整も併せて実施した。以上より段階的な用具選定と清掃性に配慮した補綴前処置が,片麻痺患者における炎症改善および口腔機能の回復に寄与したと考えられる。

片麻痺患者に対する清掃支援の工夫と前歯部歯肉の経時変化
A:初診(または介入前)
初診時,前歯部歯肉に浮腫・発赤を認め,片麻痺による把持困難に対し把持補助と暫間補綴の清掃性調整を行った。
B:介入(歯周基本治療)
炎症は軽減したが歯間部に軽度腫脹が残存したため,歯間部清掃の補助として音波振動歯ブラシを導入した。
C:介入後(炎症安定)
さらに歯間清掃法に歯間ブラシを導入した。炎症所見は消失し歯肉は安定した。PDは歯肉退縮に伴い浅化したが,CALに明らかな変化は認めなかった。

PISAの変化
PCRが改善すると,BOPの数値も減少し,PISAの数値も低下することが示された。また,4 mm以上のPPDは,34%から3.2%に改善した。

HbA1cの変化
PCRの数値は下がったが,HbA1cは変化なし。今後口腔衛生の改善に焦点を当て,リスクを最小限に抑え,HbA1cを安定させることを目標にする。
口腔健康の維持および歯科治療の効果を長期的に高めるためには,患者自身が口腔内の状態を理解しセルフケアへの意欲を高めることが不可欠である。本症例では歯科衛生士による患者教育として,視覚的フィードバックとセルフケア支援,適切な清掃用具の提案,具体的な目標設定を組み合わせた介入により,行動変容を促進した。まず,机上鏡を用いて患者が自ら口腔内を視認しながらブラッシング手技と清掃部位を確認できるよう指導し,自己効力感の向上と手技の習得を図った。次いで,プラーク染色剤(Biofilm DiscloserⓇ;EMS, Nyon, Switzerland)によりプラークを可視化し,清掃不良部位の直感的理解を支援した。さらに口腔内カメラ(ADMENIC DVP2Ⓡ;Carina System Co, Ltd, Kobe, Japan)で撮影した高倍率画像を共有し,肉眼では確認困難な部位の視認性を高めた13)。これらの視覚情報に加え,セルフケアの成果はPCRで評価し,プラーク付着の改善度を数値で示した14)。視覚情報と数値評価を併用することで患者は自身の口腔状態を客観的に把握し,治療への理解と能動的参加が促進された。本アプローチは,患者の自己理解と行動変容を支援する有効な手段であり,歯科衛生士による予防的介入の質向上と患者中心の医療の実現に寄与すると考えられる。
(2) 片麻痺に配慮した段階的目標設定とホームケア処方歯周治療の一般的な目標は,出血のない健康な歯肉の獲得である15)。しかし片麻痺患者では清掃能力の低下,全身状態,心理面などの特有課題を踏まえ,患者の希望に沿う段階的で具体的な目標を置いた。短期は焦点部位(上顎前歯部)でPCR<20%かつBOP≦10%を,初期治療開始後6-8週の再評価時点で達成することを目安とし,中期は対象を前歯→小臼歯→大臼歯へ拡張して全顎でPCR<20%・BOP≦10%を目標とした。補綴歯科治療を予定する場合は最終補綴の予後を見据え,全顎的な炎症コントロールを最終目標としつつ,達成可能な範囲から段階的に介入した。 用具は太径グリップ,卓上鏡,音波電動歯ブラシ,歯間清掃具を能力に合わせて選択し,抗血栓療法や降圧薬などの服薬・体調に応じて1回に実施する処置の範囲(上下顎・歯数)や処置時間,器具の出力・圧,麻酔・止血の要否,ホームケア指導の課題数を調整した。抑うつや意欲低下が疑われる場合は無理のない頻度と時間で通院・指導を組み,言語表出が難しい場面では指差しやジェスチャー等の非言語的伝達を併用した16,17)。経過に伴い短期目標を「笑顔で人前に出られる」,長期目標を「右手で歯ブラシを握り自立して磨ける」へと再設定し,患者の主体性を引き出し治療継続とセルフケアの質の向上につながった18)。
(3) 歯周治療を通じた患者の心理的変化とモチベーションの向上治療開始前,患者は歯肉からの出血を日常的な現象と捉え,口腔内の健康に対する関心は乏しかった。しかし歯周治療介入によりセルフケアの重要性を理解し,歯肉の引き締まりや清潔感を実感することで,治療への主体的関与が促進された。とくに鏡の前で歯間ブラシを用いたセルフケア習慣が定着し,清掃効果を自覚したことで,患者自らが治療経過を報告するようになり積極的な行動変容が観察された。さらに審美的な改善もモチベーション向上に寄与した。上顎前歯部の改善により「人前で綺麗に見せたい」という意識が芽生え,治療目標がより明確化された。口腔機能の改善はQOLにも影響し,患者は再び趣味の歌を楽しむ意欲を取り戻し,最終的には失語症患者を対象としたコンサート開催を目標とするまでに至った。このような心理的変化は,歯周治療が単なる口腔健康の回復にとどまらず,患者の精神的・社会的側面にも良好な影響を与える可能性を示唆している19)。本症例を通じて歯科衛生士は,心理的要因への対応が治療成功の不可欠な要素であることを再認識した。身体的回復のみならず,自己効力感や社会参加意欲を促す支援が長期的な治療成果の維持に直結する。今後も患者の価値観や生活背景を尊重しつつ,動機づけを支援する包括的なアプローチが求められる。
(4) 言語聴覚士(ST)の工夫に学んだ歯科衛生士による支援言語聴覚士(ST)と歯科衛生士は,それぞれの専門性を活かして嚥下・咀嚼機能の改善および口腔機能低下の予防に取り組んだ(図6)。失語症により言語指示の理解が難しい場面では,STが咽頭部への注意を高めるうがい練習(「カーカー」)や舌打ち(「チェ・チェ」)などの口腔・咽頭周囲の運動を実施し,嚥下障害に対しては食形態の調整や薬剤の粉砕で誤嚥リスクの低減を図り,頻回のむせにはハミングや腹式呼吸,鼻腔を活用した共鳴練習を併用した20,21)。歯科衛生士はこれらの取り組みと患者の反応を踏まえ,コップを健側口角に沿わせる含嗽法の指導や体幹・頸部の姿勢調整を行い,処置前には舌可動域の向上を目的とした舌ストレッチを実施し,処置中は唾液吸引のタイミングと椅子角度を調整して咽頭部への水分流入を抑制し,口唇周囲筋の機能維持・促進を目的に開閉運動やハミング等の口腔運動を併用した。形式的な合同体制は設けなかったが,患者の状態に即して両職種の介入が重なり合う形で展開され,多角的な支援が実現した。これらのアプローチにより咀嚼動作は徐々に改善し,純音聴力検査(dB HL)では低音域の閾値が左40 dB→35 dB,右20 dB→15 dBへと軽度に改善したが,変化量は小さく臨床的意義は限定的と判断した22,23)。総じて口腔機能への支援が神経系のリハビリテーションにも寄与し得ることが示唆された(図7)。

補綴装置装着前後における血圧および聴力変化の観察
血圧上昇は難聴の危険因子である。失語症患者では側頭葉の「聴覚野」の働きが弱いとされる。機能回復治療後,聴力数値に変化があり,今後も観察を継続する。

STおよび歯科衛生士の連携支援内容
2023年5月のSPT(図8および図9-A)では,最終補綴物装着後に脳出血後遺症の状況下でも歯間ブラシおよび音波電動ブラシによるセルフケアが継続可能かを確認した。その結果3か月後のSPTで歯肉の安定を再確認した。次段階として,上顎中切歯間(11・21間)に軽度の歯間空隙を認めたため,歯間乳頭の回復促進と歯肉のクリーピング(creeping attachment)の獲得を目的に歯間ブラシの使用を一時中止し,代替として単束ブラシ(以下ワンタフトブラシ)(ルシェロ ペリオブラシⓇ;GC,Tokyo,Japan)を用いて過度な機械的刺激を避けつつ経過を評価した24)。あわせてプラークコントロールを継続的にモニタリングし,口腔衛生の維持・改善を図った。本アプローチは長期的な歯周組織の健康維持に加え,審美的・機能的回復を促進する戦略的管理の一環として位置づけられる25,26)。

2024年1月(SPT)の歯周組織所見 X線所見,歯周基本検査表
改善点はあるが以前より安定した歯周組織が保てている
総歯数:26本 BOP:5.1% PCR:18.3% 4 mm以上:3.2%

SPT時における前歯部歯間乳頭の経時変化
11–21部の清掃方法を調整し,歯間ブラシを中止して単束ブラシ(以下ワンタフトブラシ)を使用し,炎症所見および歯間乳頭形態の推移を評価した。
A:2023年5月(歯間ブラシ中止)
11・21間の歯間空隙に対し歯間ブラシを中止し,ワンタフトブラシへ変更して歯間乳頭のクリーピングを観察した。
B:2023年9月
炎症所見は認められず安定していたため,ワンタフトブラシを継続した。
C:2024年1月
炎症所見は認められず安定していたため,ワンタフトブラシを継続した。
2023年9月のSPT(図9-B)では歯周組織の安定が引き続き確認され,良好な経過を維持していた。歯間乳頭のさらなる回復を目的に,ワンタフトブラシの継続使用を指導し,セルフケアの継続を本人に促した。加えて口腔内の改善は心理的・社会的側面にも好影響を与えており,患者は前向きな姿勢を示し,失語症を有する他者との交流や支援活動への参加が自発的に増加した。
(3) 2024年1月SPT時の評価および今後の展望2024年1月のSPT(図9-C)でも,歯間乳頭形態の改善と歯肉の健康状態の維持を確認した。SPTで設定した短期目標である歯間部の安定については一定の達成が得られた。今後は上下左右の臼歯部におけるプラークの完全除去を重点目標とし,プラークコントロールの質的向上を図る。患者は音楽活動を通じた社会貢献を継続しており「歌による健康の回復」をテーマに医学的視点を取り入れる姿勢も示している。
本症例は歯科治療が口腔健康の維持にとどまらず,患者の心理変化や社会的活動の促進にも寄与し得ることを示唆するものであり,今後は質の高い口腔衛生管理を継続しつつ,患者の健康行動がQOLに与える影響を継続的に評価する必要がある。
本症例では脳出血後の右半身麻痺および全失語症を有する患者に対し,身体的・言語的制約を考慮した患者中心の歯周治療を歯科衛生士が主導して実施した。その結果,口腔内の炎症は大幅に改善し,視覚的フィードバックと用具選択(太径グリップ付き歯ブラシ,音波電動歯ブラシ等)を組み合わせた指導によりセルフケア習慣の定着が得られた。さらに審美・機能の改善に伴って心理面の前向きさや社会活動への参加意欲が高まり,歯科医療が単なる局所の健康回復にとどまらず患者の社会的役割の再獲得に資する可能性が示唆された。これらの所見は脳血管疾患後遺症患者に対する歯周治療の有効性を示す報告27)や,歯周治療がQOLの向上と関連する先行研究19)と整合する。片麻痺患者におけるセルフケア困難への対応としては,把持・操作性に配慮した用具選択の有用性が指摘されており28),本症例でも適切な器具処方と段階的な目標設定が実践可能性を高めた。また失語に対してはジェスチャーや視覚補助等の非言語的コミュニケーションを活用し,意思決定の共有を図ったが,これはリハビリテーション領域の知見とも合致する29)。形式的な合同体制は設けなかったが,主治医・STとの情報共有により服薬・嚥下機能へ配慮した治療調整が可能となり,機能的協働としての多職種連携の有用性を支持する最近の知見30)とも整合した。 一方で,本報告は単一症例であり対照群を欠くこと,並行するリハビリテーションや全身状態の変動など交絡因子の影響を完全には排除できないこと,心理・社会的アウトカムの一部が自覚的指標に依拠していること,観察期間に限界があることが解釈の制約となる。したがって,因果関係の断定は避けるべきであり,効果の一般化には慎重を要する。今後は脳卒中後遺症患者に特化した歯周治療とセルフケア支援の標準化(評価指標例:PCR・BOP・PISAとQOLの併用),多職種連携プロトコルの確立,ならびにSPT期の長期追跡を含む前向き研究の蓄積が望まれる。また他施設共同での症例集積と再現可能な実装手順(用具選択の基準・非言語的コミュニケーション手順・再評価の閾値設定等)の提示により,臨床現場での外的妥当性を高める必要がある。
本症例は脳出血後遺症(右半身麻痺・全失語症)を有する患者に対し,歯科衛生士が患者中心の視点から歯周治療を実施し良好な経過を得た症例である。治療により歯周組織の炎症は大幅に改善し,セルフケア習慣が確立された。また,短期・長期目標の段階的達成を通じて患者の達成感が高まり,社会活動への意欲向上にもつながった。 身体的制約や言語障害を有する患者に対しても,適切な清掃用具の選択や視覚的フィードバックを活用することでセルフケアの継続支援が可能となることが示唆された。さらに主治医やリハビリ職種との連携,および家族との協力を得た多角的な支援体制が治療の成功に寄与した点も重要である。今後は本症例の知見を基に,全身疾患を有する患者における歯周治療の体系化と標準化を図るとともに,患者のQOL向上を見据えた包括的な歯科医療の発展が望まれる。
本症例報告は口頭および書面によるインフォームドコンセントを取得し,個人が特定されないよう十分に配慮した。なお本論文の要旨は,第67回春季日本歯周病学会学術大会(2024年5月)にてポスター発表した内容に一部加筆・修正を加えたものであります。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。