PLANT MORPHOLOGY
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The benefits of wide-range imaging by electron microscopy
Noriko Nagata
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2024 Volume 36 Issue 1 Pages 53-60

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Abstract

電子顕微鏡は光学顕微鏡に比べて著しく視野が狭い.これを克服する術として,自動でタイリング撮影し画像を結合する方法が開発され,高解像度を保ったままの広域イメージング像を得ることができるようになった.樹脂切片に対する広域イメージングは,透過電子顕微鏡 (TEM) と走査電子顕微鏡 (SEM) のどちらでも可能であるが,高倍率を極めたいなら広域 TEM が,簡便さと立体構築を求めるなら広域 SEM がよいだろう.今や広域かつ三次元の画像を自動取得することも可能であり,画像ビッグデータが容易に手に入る時代となった.本稿では,筆者が取得した実際の広域画像を示しつつ電子顕微鏡の広域イメージングがもたらす恩恵やその活用法について論じる.

Translated Abstract

Electron microscopes have a significantly narrower field of view than optical microscopes. To overcome this limitation, an automatic tiling and image merging method has been developed, which enables to obtain wide-range high-resolution images. Wide-range imaging of sections can be performed with either transmission electron microscopy (TEM) or scanning electron microscopy (SEM). The wide-range TEM is recommended if high magnification is desired, while the wide-range SEM is recommended if simplicity and three-dimensional construction are desired. Nowadays, it is possible to automatically acquire wide-range, three-dimensional images, and big data images are readily available. In this paper, I discuss the benefits of wide-range imaging by electron microscopy and its applications, showing actual wide-range images.

はじめに

「視野が狭い」とは言い得て妙な表現である.考え方の幅が小さいという意味の慣用句であるが,文字通りの場面にも当てはまる.見える範囲が狭まると全体像がわからなくなり,目の前にあるものに囚われて思い込みで判断し,視野が狭くなってしまうかもしれない.電子顕微鏡は「視野が狭い」顕微鏡である,と言ったら読者に怒られるだろうか.

筆者は植物オルガネラを研究対象としており,多細胞植物における複雑なオルガネラ分化の全貌を捉えたいと思っている.固着生物である植物は,外的刺激に応じて自らの生理機能や形態を容易に変化させる分化可塑性をもつ.植物オルガネラもまた,組織や細胞に応じて機能的・形態的に様々に分化し,植物の分化可塑性を支えている.このオルガネラの形態を捉える上で,電子顕微鏡観察は非常に有用な手法である.必須であると言っても過言ではない.

筆者が電子顕微鏡で初めてオルガネラを観察してから,30年ほどが経過した.長い付き合いだからこそわかる電子顕微鏡の欠点,それが「視野の狭さ」である.逆の言い方をすれば,この視野の狭さを克服できれば,今まで気づけなかったことに気づき,見えなかったものが見えてくるはずである.本稿では,電子顕微鏡の広域イメージング手法について紹介し,その応用がどのように我々の「視野を広げる」のかについて議論したい.

透過電子顕微鏡(TEM)の広域イメージング構想

透過電子顕微鏡(TEM)は広い領域の観察が不得手である.TEM観察をしていると,大海原で迷子になってしまったかのような感覚に陥ることがある.TEMでは,低倍モード(Low-Mag)と高倍モード(High-Mag)との間に大きなギャップがあり,Low-MagからHigh-Magに変えた途端,自分がどこにいるのか分からなくなってしまうのである.高い解像力を保持したまま広い領域を眺めたい,とは電顕屋なら誰しも一度は願ったことがあるのではないだろうか.手動で少しずつ視野を移動しながら何枚も撮影(タイリング撮影)し,それを印刷して重ねながら並べていくという作業をおこなった者もいたはずである(図1A).言わずもがなのこととして,それには莫大な労力と時間を費やした.

図1 電子顕微鏡の広域イメージングの構想と概念図.(A) 手作業で行う電子顕微鏡画像の広域把握.手作業だと膨大な時間と労力を要する.(B) 広域TEM像自動取得システムの概念図.コンピュータ制御により自動でタイリング撮影・結合が可能なシステムを構築した(豊岡ら2014).(C) オルガネラマップの概念図.Googleマップの航空写真ビューのように,多細胞生物の器官・組織・細胞にズーミングして高解像のオルガネラ画像にアクセスしたいと構想した.

筆者が電子顕微鏡と出会った頃は,ネガや印画紙と格闘していたものだが,21世紀に入り急速にデジタル化が進んだ.コンピューターの高速化・大容量化が進み,ビックデータを扱える時代となったことから,それまで「手動」で行っていたタイリング撮影を,「自動」でおこなえるのではないかと着想した.理化学研究所の豊岡公徳博士の誘いを受け,「広域TEM像自動取得システム」の開発に着手したのが2010年のことである.翌2011年には自動撮影・結合のシステムはほぼ完成した(図1B).筆者らが使用したTEMは日本電子(株)製のJEM-1400であり,自動タイリング撮影には数値解析ソフトウェアMATLAB(MathWorks社)と,MATLABプログラムによりTEMを遠隔操作するソフトウェアJEM Toolbox(システムインフロンティア社)を用いた.画像の自動結合は,パブリックドメインのソフトウェアImageJを機能拡張することによっておこなった.このシステムの開発の過程と詳細については既に報告済みであるのでそちらを参照されたい(Toyooka et al. 2014, 豊岡ら 2014).このシステムの完成を受け,Google マップのように自在にズーミングができるオルガネラマップが作れるのではないか,という筆者の夢が俄に現実味を帯びてきたのである(図1C).

TEM広域イメージングの優れた解像力

超広域TEM画像の一例を紹介する.図2の画像は,日本女子大学の今市涼子博士らから提供されたイワヒメワラビ根端の切片を用いて撮影したものである.今市博士らは,手動で根端全体を網羅的にTEM撮影し,原形質連絡の密度を割り出し(図1A),分裂組織の原形質連絡ネットワークの観点から進化について論じた(Imaichi et al. 2018).イワヒメワラビ根端を二重固定後に樹脂(Quetol-812)包埋し,1 µm厚の切片にトルイジンブルー染色をして,光学顕微鏡で観察したものを図2Aに示す.図2Aの続きの連続切片を80 nm厚で切り出し,単孔グリッドに載せ電子染色を施して,TEM(Low-Mag)撮影したものが図2Bである.拡大画像を確認すると,TEMであっても低倍(Low-Mag)撮影では,光学顕微鏡像とあまり変わらない解像度しか出ないことがわかる.図2Bと同一切片を,「広域TEM像自動取得システム」(豊岡ら2014)を用いて,TEM(High-Mag)の自動タイリング撮影をおこなったものが図2Cである.TEM(High-Mag)の部分拡大像(図2C3)は,同じ領域を撮影した光学顕微鏡像(図2A3)やTEM(Low-Mag)像(図2B3)と比較すると解像度が格段に高く,色素体やミトコンドリア,ゴルジ体などのオルガネラの他,原形質連絡やリボソームなども明瞭である.なお,TEM(High-Mag)の撮影枚数は13,650枚にも及んだが,撮影時間はわずか14時間ほどであった.帰宅する前に自動撮影のスクリプト実行を仕込んでおけば,翌朝には撮影が終了している効率のよさである.どの部分にズーミングしても高い解像度の画像が得られる優れものであり,これにより組織・器官全体に及ぶオルガネラの網羅的な解析が可能となった.

図2 光学顕微鏡像とTEM 像の解像力比較.イワヒメワラビ根端を二重固定(アルデヒド及びオスミウム酸)し,樹脂(Quetol-812)に包埋した. (A) 光学顕微鏡像.樹脂切片(1 µm厚)をスライドガラスに載せトルイジンブルー染色を施して撮影した.(B) TEM(Low-Mag)像. Aの連続切片(80 nm厚)を単孔グリッドに載せ電子染色を施して撮影した.(C) TEM(High-Mag)のタイリング撮影像.Bと同じ切片に対して広域TEM像自動取得システム(豊岡ら2014)を用いて撮影・結合した.撮影倍率は8,000倍,撮影枚数は13,650枚.(1) から(3)にかけて,黒四角領域を拡大して示す.g, ゴルジ体; mt, ミトコンドリア; pt, 色素体(プロプラスチド); 矢尻, 原形質連絡. Bars = 100 µm (A1, B1, C1); 10 µm (A2, B2, C2); 1 µm (A3, B3, C3).

2017年には日本電子(株)から,JEM-1400 Flashに搭載された超広視野モンタージュシステム「Limitless Panorama (LLP)」が販売され,難しいプログラミングをおこなわなくとも,誰でも簡便に広域TEM像が得られるようになった(図3).さらに,SiN Window Chip (JEOL) という支持膜つき試料台を併用すると,より簡便さが増す(Konyuba et al. 2018).筆者らが当初広域TEM像を撮影した際には,単孔グリッドにフォルムバール支持膜を貼ったものを使っていたが,支持膜のタワミ,ヨレ,破けなどにはしばしば悩まされたものだった.その点,SiN Window Chipは窒化ケイ素 (SiN) を支持膜に用いており,高い強度を保証している.1×2 mm2もの広い観察領域が確保されており,連続切片を載せる際にも便利である(図3C).専用のリテーナーを用いることで,光学顕微鏡と電子顕微鏡の相関顕微鏡法(CLEM法)も容易になる(Haruta et al. 2019).

図3 高強度の窒化ケイ素 (SiN) を支持膜に用いたTEM広域イメージング. SiN Window Chip (JEOL) と超広視野モンタージュシステム 「Limitless Panorama (LLP)」(JEOL) を利用した.シロイヌナズナの葯を二重固定(アルデヒド及びオスミウム酸)し,樹脂(Spurr)に包埋した.(A) 専用リテーナーへのチップの搭載. (B) TEM試料ホルダー (EM-21010) に装着されたリテーナー部分. (C) TEM(Low-Mag)像. チップのSiN膜全体(2mm×1mm)に4枚の連続切片(60 nm厚)が載っている. (D) TEM(High-Mag)像. JEM-1400 Flash (JEOL) に標準搭載されている超広視野モンタージュシステムを用いて広域撮影を行った.撮影倍率は8,000倍,撮影枚数は870枚.p, 花粉粒(雄性配偶体); t, タペータム細胞. Bar = 50 µm. (E) 広域撮影像の一部拡大(Dの白四角領域). el, エライオプラスト; ta, タペトソーム. Bar = 2 µm.

筆者が行った具体的な観察例を示そう.シロイヌナズナの蕾を二重固定し,樹脂(Spurr:ポリサイエンス社)に包埋した後,60 nm厚の切片をLLPシステムにて撮影した画像が図3Dである.葯が丸ごと1つ写り込んでおり,容易に全体像が把握できる.葯最内層にあるタペータム細胞の一部を拡大すると,エライオプラストとよばれる脂質を溜めた色素体と,タペトソームといわれる小胞体由来の特殊な脂質系オルガネラが,高解像度で明瞭に写っている(図3E).このように,器官・組織の一部にしか存在しないオルガネラを捉えたい時などに,広域イメージングは威力を発揮する.なお,図2と図3は全体を把握するために倍率8,000倍で撮影したものだが,数万倍撮影の方がよりTEMの解像力が活かされるだろう.後述する走査電子顕微鏡(SEM)広域イメージングよりも,TEM広域イメージングの方が高分解能だからである.

大きな切片を用いた連続切片作製上の工夫 

一昔前までは,連続切片といえばTEM観察に持ち込むことが常識であり,そのためには長年の修行と卓越した職人技が必要というイメージであった.しかし,SEMで切片を観察する技術が台頭してきたことにより,連続切片観察へのハードルは一気に低くなった(豊岡2020).SEM切片観察の原理や手順,注意すべき点等については,筆者が以前に本誌に報告した総説を参照されたい(永田 2020).本稿では,連続切片SEM法(アレイトモグラフィ法)においても,広域イメージングが有用であるという観点で議論する.

TEMを用いた連続切片観察では,グリッドの大きさの制約があるため,試料をより小さく,幅を細く面出しし,なるべく枚数を稼ぎたいという事情があった.先に紹介したSiN Window Chipであっても,観察領域は最大辺2 mmしかなく,大きな切片ならば数枚しか載せられない(図3C).SEMを用いた切片観察の最大の利点は,スライドガラスのような大きな基盤を使用できることである.基盤が大きいのであれば,切片もなるべく大きく,連続切片はなるべく長くしたいという欲が生まれるのは当然である.予算に余裕があるのであれば,ライカ製のアレイトモグラフィ向けウルトラミクロトーム(ARTOS 3D)などを活用するのも一案であろう.本稿では,汎用的なウルトラミクロトームを用いた,大きな切片の超薄連続切片作製上の工夫について紹介する.

筆者が好んで用いているSpurr樹脂は,粘度が低いために大きな植物試料に対しても樹脂置換しやすく,包埋時の扱いが容易である.その一方で,ダイヤモンドナイフでの削切時に,樹脂同士の粘着が甘くて連続切片がバラバラに散ってしまいやすい.そこで筆者らは,トリミングしたブロックの下面全体に接着剤(ボンドを接着剤うすめ液で薄めたもの)を細い筆で塗り,切り出された切片同士が接着しやすくする工夫をしている.スライドガラスが収まる大きなボートをもつダイヤモンドナイフ(ultra Jumbo:DiATOM社)を使用し,連続切片をできるだけ長く切り出し(図4A),その後注射器や小スポイトでボート内の水を静かに吸って水面を下げると,切片がスライドガラスに貼り付く.表面張力で水を弾くのを防ぐために,スライドガラスにはあらかじめ親水化処理をおこなっておくとよい.また,樹脂ブロックの面は真四角ではなく台形にするか角切りをしておくと(図4B),SEM観察の際に切片の方向を見失わないで済むだろう.大きなボート内でスライドガラスが動いて不安定なことが気になる場合は,階段構造を設けるなどの工夫を施したダイヤモンドナイフ(SYM JUMBO:シンテック社)を試してみるとよいかもしれない(図4C).スライドガラスを乾かし,ウラン・鉛の電子染色を施した後,オスミウムでコーティングし,SEM試料台に導電性テープで貼り付ければ,SEM観察の準備は完了である(図4D).以上の方法ならば,大きな切片を用いた超薄連続切片の作製が可能であり,作業としてもそれほど難しくはない.

図4 連続切片の作製.(A) ダイヤモンドナイフultra Jumbo (DiATOME社) にて連続切片(80~100 nm厚)を作製している様子. (B) 連続切片の拡大(A の白四角領域).樹脂面を左右非対称の台形等にしておくと,SEM観察時に切片の順番や方向を把握する助けとなる. (C) ダイヤモンドナイフSYM JUMBO(シンテック社)にて連続切片を作製している様子.スライドガラスを安定に保持できる階段構造(矢印)がある. (D) SEM試料台にセットされた連続切片の載ったスライドガラス.

SEM広域画像の連続切片観察

昔の汎用型SEMはTEMに比べ著しく解像力が劣っていたものだが,電界放出形電子銃を用いたSEM (FE-SEM) の登場により,また検出器の機能向上も相まって,SEMでも高倍率での観察が可能となった.様々な観察法にSEMが応用されるようになり,樹脂切片をSEMで観察する手法は今や広く普及している(豊岡ら 2020).もともとSEMは,TEMよりも低倍から高倍へのズーミングが容易であることから,広域イメージングをおこなうならばSEMを使わない手はない.筆者らが使用したSEMは日立ハイテク製のSU8220であり,Zigzag機能という,タイリング撮影した画像を自動でつなぎ合わせる機能をもつ.永田 (2020) にも記したが,連続切片の撮影に入る前に,どこかの切片1枚の全体像をタイリング撮影して先に広域画像を入手しておくべきである.筆者は広域画像に対して拡大縮小を何度も繰り返しながら眺め,時間をかけて連続切片の撮像位置を決定している.

手動のシングル撮影で連続切片を撮っていると,少しずつ位置ずれが生じてしまい,立体構築に持ち込んだ際に画像の端が欠けるなどのロスがあって,残念に思うことがしばしばある.また,広い面積に広がっている対象物を撮影する場合は,そもそもシングル撮影では用をなさない.そのような経験を経ると,欲張って広域タイリング撮影と連続切片撮影とを組み合わせたくなってくる(図5A).その膨大な作業を手動で行うのはほぼ不可能だが,連続切片自動撮像機能「Auto Capture for Array Tomography (ACAT)」(Hitachi)の登場によって,今やそれが現実のものとなった.このシステムでは,各切片にひいた基準線をもとに連続切片の同一箇所で自動撮影をおこなってくれる(図5B, 5C).筆者らが,6×6(36枚)の準広域撮影を連続切片110枚におこなった際には,切片の位置登録などの手動の準備に数時間を要するものの,その後の撮影はすべて全自動で70時間ほどであった.このように,二次元の広域イメージングの枠を超えて,いよいよ広域かつ三次元イメージングが気楽にできるようになった(図5A).

図5 SEMを用いた広域・三次元イメージング. (A) 連続切片自動撮像システムを用いた概念図.(B) 電界放出形SEM (SU8220) (Hitachi)にて連続切片を観察.(C) 連続切片自動撮像機能「Auto Capture for Array Tomography (ACAT)」(Hitachi)を稼働中の画面.各切片に基準線を引き撮影切片の位置登録を行う.(D) 広域SEM画像の一例.シロイヌナズナ黄化芽生えの子葉.撮影倍率は10,000倍,撮影枚数は400枚.色素体(エチオプラスト)を赤で示す.Bar = 50 µm. (E) 広域SEM画像の一部拡大.シロイヌナズナ黄化芽生えの子葉細胞内に存在する種々のオルガネラ.mt, ミトコンドリア; n, 核; pt, 色素体(エチオプラスト); v, 液胞. Bar = 5 µm.

広域イメージングの活用法と恩恵

画像ビッグデータが取得できれば,画像を統計学的な解析に供することが可能となる.筆者はこれまでに,電子顕微鏡画像からオルガネラを自動で認識するシステムの開発や,オルガネラが細胞膜からどれくらい離れているかを数値として表示するなどの種々の画像解析法にも関わってきた(Higaki et al. 2015, Akita et al. 2022).電子顕微鏡ビッグデータの取得と活用は、動物の脳神経ネットワークやシナプス解析の分野において特に盛んである(Kasthuri et al. 2015).社会に目をむけても,機械学習やAIの進歩は今や留まるところをしらない(Devan et al. 2019).大規模画像データに実験条件や試料情報をメタデータとして付与し,オープンな画像解析基盤(データベース)を構築・提供する取組みも進められている(久米ら 2017).研究者に支援をおこなう「先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS)」でも,電子顕微鏡支援や画像解析支援が充実しており,専門家でなくとも電子顕微鏡ビッグデータの活用に踏み出しやすい環境が整ってきた.

そこまでの大規模解析ではなくとも,日常の観察レベルで広域イメージングは活躍する.通常のTEM観察で悩まされるのは,研究の対象物がどれくらいの頻度で出現するかを割り出しにくいことである。視野が狭いために,目的とする構造を探しがちになり実際よりも多いと感じてしまうこともあれば,逆に他の構造に眼を奪われ実際にあるはずの目的物を見つけられないこともある.そのような時,広域画像の端から選ぶことなく全てカウントすれば,目的物の正確な数値や割合が得られる.筆者は,シロイヌナズナの黄化芽生え(種子を暗所で発芽生育させた芽生え,いわゆるもやし)の子葉を観察していた際,色素体とミトコンドリアが奇妙な形をしていることに気がついた.これは,従来法のTEM観察を行っていただけでは気がつかず,広域・三次元イメージングに持ち込んではじめて確信が持てたことである.図5Dは,黄化芽生え子葉の広域SEM画像であり,ここにはおよそ1,000個の色素体が写り込んでいる.統計処理を行うには十分な量である.広域SEM画像の一部を拡大してみると,十分な解像度でオルガネラを撮影できていることがわかる(図5E).よく見ると,ミトコンドリアが奇妙な形をしていることに気がつくだろう.次の項目で詳しく紹介しよう.

連続切片SEM法により明らかとなった巨大ミトコンドリアの存在 

筆者らは,シロイヌナズナ黄化芽生えの子葉に巨大なミトコンドリアが存在することを報告した (Fukushima et al. 2022).単に巨大というよりは,ミトコンドリア同士が紐でくっついているような不思議な形をしていた(図6A).しかし二次元画像で紐に見えるということは,三次元ではシートであることを示す.連続切片をSEMで撮像し,ミトコンドリア領域のセグメンテーションを行い(図6B),Image-Pro Premier 3D(現在は最新版Image-Pro 11が販売されている;伯東)を用いて三次元再構築した結果,この巨大ミトコンドリアは扁平な円盤のような形状であることが示された(図6C, 6D).しかし,全てのミトコンドリアが巨大なのではなく,同じ細胞内に通常の大きさのミトコンドリアも共存していた(図6E).巨大ミトコンドリアの大部分を占めるごく薄いシート構造は,外膜と内膜それぞれ2枚ずつから成り,ひだ状のクリステはなく,マトリックスはごくわずかであった(図6F, 6G).さらに,ミトコンドリアのマトリックスで発現するGFP形質転換体を共焦点レーザー顕微鏡で観察したところ,巨大なドーナツ状のミトコンドリア(図6Hの黄矢尻)が確認でき,その他にも小さめのドーナツ状のミトコンドリア(図6Hの青矢尻)や,小さな球状のミトコンドリア(図6Hの黄矢印)が混在していることも確かめられた.このミトコンドリアGFPの観察で,巨大ミトコンドリアがドーナツ状に見えたのは,シート構造にマトリックスがほとんど含まれていないからである.蛍光観察だけでは,このシートが外膜だけから成るのか,外膜と内膜の4枚の膜から成るのかは判断がつかない.解像度の高い電子顕微鏡だからこそ,4枚の膜から成る(図6G)といった詳細なミトコンドリアの形状を明らかにすることができた.

図6 シロイヌナズナ黄化芽生えの子葉に存在する巨大ミトコンドリア.(A) 三次元再構築に用いたSEM像の1枚.巨大ミトコンドリアはごく薄いシート構造 (矢印)を持つ. (B) 89枚の連続切片のデータセット.セグメンテーションされたミトコンドリアをマゼンタで示す. (C, D) 巨大ミトコンドリアの三次元再構築像.(E) 通常サイズのミトコンドリアの三次元再構築像.シロイヌナズナ黄化芽生えの子葉には,巨大ミトコンドリアと通常サイズのミトコンドリアの両方が混在している.(F) 紐のようにみえるミトコンドリア(矢尻).実際には紐ではなくシート構造である.(G) ミトコンドリアのシート構造の拡大像(F の白四角領域).外膜と内膜からなる4枚の膜が確認できる.(H) ミトコンドリアのマトリックスでGFPが発現する形質転換体の共焦点レーザー顕微鏡像.巨大ミトコンドリア(黄矢尻),小さなドーナツ型ミトコンドリア(青矢尻),小さな球状ミトコンドリア(黄矢印)が混在している.Bars = 1 µm (A-F), 10 nm (G), 500 µm (H). Fukushima ら (2022)より引用・改変.

注目できる点としては,全てのミトコンドリアが巨大なのではなく,同じ細胞内に通常の大きさのミトコンドリアも共存していたことである.このように,同じ細胞内に同種のオルガネラが様々な形で含まれるという場面に,筆者はよく遭遇する.オルガネラは,一般的に思われているよりももっと不揃いなものであり,この不揃いさは誤差やデータの振れということではなく,その不揃いさこそが生物の生存戦略として重要なのではないかと筆者は考えている.この不揃いさを表現するのに,広域イメージングは大変有効である.将来的には,画像の自動識別法などが進歩することにより,人では気がつかない情報を抽出することが可能になるかもしれない(Higaki et al. 2015).

広域SEMと広域TEMのどちらを用いるべきか 

TEM像(図2C3, 3E)とSEM像(図5E, 6A, 6F)を見比べていただきたい.どちらも遜色ない画像であることがわかる.同一試料の連続切片をもっと高い拡大倍率で見比べた場合は,TEMの方が分解能は高い(永田2020).しかし,「広域」ということに軸を置くのであれば,使い勝手や簡便さからSEMに軍配があがる.また三次元構築まで行うのであれば,確実にSEMを用いる方がよい.もしSEMの欠点をあげるとすれば,ビームダメージによる画像焼けが,TEMよりも目立つことかもしれない.広域TEM法では,撮影を開始する前に低倍(Low-Mag)で数十分ほど試料全体にビームを当てておくと,ほとんど画像焼けは目立たない.ただし,SEMでもオスミウムコーティングを厚めにすることで,ある程度ビームダメージは軽減できる.

以上のように,若干の特性の違いはあるが,TEMでもSEMでも実際のところは同じような画像が撮れるので,そこまで違いを気にする必要はないだろう.あえて結論を言うのであれば,高倍率を極めたいなら広域TEM,簡便さと立体構築を求めるなら広域SEMである.

Acknowledgments

広域 TEM 像自動取得システムの開発は,理化学研究所の豊岡公徳博士,佐藤繭子博士,東京大学の朽名夏麿博士( 現 エルピクセル ( 株 ))との共同研究です .東京大学の檜垣匠博士( 現熊本大 ),秋田佳恵博士( 日本女子大と北里大を経て現日大 )にもご協力いただきました.イワヒメワラビ根端の切片を提供してくださった,日本女子大学の今市涼子博士,盛一伸子氏( 現慶應大 )に感謝申し上げます.SiN Window Chip を用いた撮影では,日本電子( 株 )の青木遥氏にご協力いただきました.小林恵氏,澤木史江氏,福島早貴氏,高橋綾子氏,大崎有美氏,髙木智子博士をはじめとする日本女子大学細胞生物学研究室及び電子顕微鏡施設の皆様にも厚くお礼申し上げます .

References
 
© The Japanese Society of Plant Morphology
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