抄録
本稿の目的は、企業情報システムの戦略的価値について既存研究のレビューを手がかりに考察することである。
Carr は、企業向けソフトウェアの汎用化やクラウドコンピューティングの台頭による企業情報システムの戦略的価
値の低下を一貫して主張してきており、特に企業IT の戦略的価値に関する論争のきっかけとなったCarr(2003)の論
文「ITDoesn’t Matter」とこれに続くCarr の論文等1を手がかりとする。
Carr(2003)[1]は、IT は電気や水道のようにコモディティ化が進行してきたため、競争優位性の条件としての希少性
が失われ、もはや戦略的な重要性は低下してきており、これからのIT 投資は、攻めから守りへ、つまり投資を抑制
し、リスクが減じた段階まで購入を控え、IT による機会でなく、脆弱性に焦点を合わせることを主張した。実践的
にも、企業IT や企業IT 部門をノンコアと位置づける企業も散見される。
本稿では、Carr の一連の主張に対する批判的検討を手がかりに、Carr の論拠における前提の問題点、IT の希少性
が競争優位性を担保し、またIT による競争優位性は容易に複製されるというCarr の前提には慎重に考慮しなけれ
ばならない点があることを示す。