抄録
オランウータンは他の大型類人猿と同様に,毎日新しい巣を作る。巣は快適な休息をもたらし,潜在的な危険(捕食,体温の低下,寄生虫などの病原体)を防ぐ一方,巣作り行動は,認知科学の面からも興味深い行動である。野生オランウータンが巣を作る樹種や場所の選好性に関する研究はあるものの,巣作り行動の詳細に関する研究は少ない。本論文では1頭の野生のオトナ雌が,採食と巣作りの為に大量の枝を運搬した事例を報告する。2010年11月,シーナという一頭のオトナ雌(推定15歳)がブナ科のLithocarpus属の一種を採食していた。夕方,シーナは同じ木に巣を作った後,二股にわかれた枝(大量の果実と葉がついていた)を5本以上,肩にかけて巣に戻った。枝についていたLithocarpusの種子を採食した後,シーナは残りの枝を巣材として使った。シーナは同じ行動-大量の枝を運び,採食した後,巣材に使う-をもう1回繰り返し,巣の中で就寝した。これらの行動は30mほど離れた斜面で観察し,高品質の写真とビデオ映像を撮影した(電子資料1として公開)。オランウータンが1~2本の枝を巣作りや採食の為に運搬する事例は,本調査地でも他の調査地でも観察されている。しかしこのように大量の枝を巣作りと採食の為に運搬するという行動は,他の調査地からは今まで報告されていない。一方,本調査地から約11km離れた場所で,オトナ雄の同じような行動(大量の枝を肩にかけて運び,巣材として使う)が2009年より以前に観察されている。以上より,今回観察された行動は,シーナが新しく始めた行動というより,他個体から伝搬した行動だと考えられる。