Physical Therapy Japan
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Practical Reports
Experience Using an Immersive Virtual Reality Assessment Aid for Patients with Left Unilateral Spatial Neglect:
Difference Between Three-dimensional Evaluation and Desk Evaluation
Kentoaru Uno Yuuta MishimaMakoto YazuKiyohiro Ogawa
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2024 Volume 51 Issue 4 Pages 119-124

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Abstract

【目的】半側空間無視(Unilateral Spatial Neglect:以下,USN)に対する評価は近位空間の机上評価だけでは十分ではなく,遠位・近位両空間の評価を実施する必要がある。今回,右被殻出血発症後にUSNを呈した患者に,没入型バーチャルリアリティ(Virtual Reality:以下,VR)を用いてUSN評価を行い,知見が得られたため報告する。【方法】患者にはUSN評価の一般的な机上評価と,ヘッドマウントディスプレイを装着し,VRを用いたUSN評価を行った。VR評価は,患者を中心に0.5 m~1 m, 2 m~6 mの間隔で設定された7距離の同心円上にオブジェクトがランダムに出現し,それが見えたかどうかの測定を行った。【結果】机上評価では,USNを認めなかったが,頸部固定位でのVR評価では,近位空間から遠位空間に向けて無視面積が拡大する傾向を認めた。【考察】没入型VRによる三次元評価は,二次元のUSN評価では見落とされていた遠位空間無視の測定が可能であり,USNの評価として有効であることが示唆された。

はじめに

半側空間無視(Unilateral Spatial Neglect:以下,USN)とは,脳出血や脳梗塞などの脳血管障害を起因とする高次脳機能障害の一つである。USNは,大脳半球病巣と反対側の刺激を報告すること,反応すること,向くことの障害であると定義されている1。USNを発症すると,病巣と反対側の空間を無視することで,様々な情報を見落とし,日常生活動作(Activities of Daily Living:以下,ADL)やリハビリテーション(以下,リハ)場面で様々な問題や危険を引き起こし,回復の阻害因子となっている2

USN症状は多くの場合,患者の身体中心を軸に左側を無視する「身体中心無視」と焦点を当てた物体の中心を軸に左側を無視する「物体中心無視」が発症するといわれている34。加えてこのUSNの病態は,空間領域からサブタイプに分類される。身体を中心とした空間表象は,自己身体空間(personal space),身体表面から手をリーチングした数十cmの範囲で身体を取り巻く近位空間(peripersonal space),そして手の届く範囲より外の遠位空間(extrapersonal space)の3つに区分される5。これらの無視症状について,USN患者のうち53~71%は近位空間無視あるいは遠位空間無視のどちらか一方を呈していることが報告されている6。そのため,USNに対する評価は,近位空間である机上の評価だけでは十分ではなく,遠位空間無視も考慮した遠近両空間の評価を実施する必要がある。

現状のUSN評価では,行動性無視検査日本版(Behavioural Inattention Test:以下,BIT)が広く用いられている。しかしながら,従来のUSN症状の評価手法の大半が,机上による紙面テストであり,この評価方式では,症状の記述として不十分であることが指摘されている7。また,実際の生活空間に即した形においても,Catherine Bergego Scale(以下,CBS)などを用いた観察的評価が主であり,近位空間無視や遠位空間無視といったUSN症状を定量的に評価することが実現されていなかった。

近年,この課題に対して様々なソリューション機器が開発され,タッチパネルPCを用いて,視覚探索過程を評価する方法なども考案されている8。また,日本作業療法士協会出版の脳卒中に対する作業療法ガイドラインの中では,半側空間無視の改善または軽減としてバーチャルリアリティ(Virtual Reality:以下,VR)を利用した訓練(推奨グレードC1)が挙げられる9など,USNに対する評価・治療は変化してきている。脳神経筋センターよしみず病院(以下,当院)では,机上評価ではできなかった三次元評価が可能である,VR型半側空間無視リハビリ支援システム(システムネットワーク(株),Vi-dere)を導入している。そこで今回,USNを有する症例に対して没入型VR支援機器を用いた近位・遠位空間,高低位空間などの三次元評価を行い,BITなどの机上評価との差異に関して新たな知見が得られたため報告する。

没入型VRによる三次元評価システム説明

本装置の評価システムはヘッドマウントディスプレイ(Head mounted display: 以下,HMD)(Qculus Rift, OculusVR, LLC.,United States),PCから構成され,VR空間はUnit(Unity, Unity Technologies, United States)を用いて構築される(図1A)。VR内では,評価システムに用いる仮想空間が提示され,被験者は一人称視点から観察する(図1B)。また療法士はPCのディスプレイから表示を確認できる。

図1 Vi-dereの構成

A:VR測定風景.被験者はHead mounted displayを装着する.被験者にVR空間で提示されている仮想空間が,検者確認用displayに映し出される.B:VR空間では,評価システムに用いる仮想空間が提示され,患者は一人称視点から観察できる.USN評価時には赤色の無機質なオブジェクトがランダムに出現し,被験者に見えたかどうかを口頭で確認しながら評価を行う.

本評価システムでは,患者の近位空間および遠位空間における無視領域の変化を記述するため,被験者を中心に手の届く距離(近位空間)を0.5, 1.0 mに設定し,届かない距離(遠位空間)を2.0, 3.0, 4.0, 5.0, 6.0 mに設定された7距離の同心円を設け,それぞれの同心円上にオブジェクトがランダムに出現するように設定されている(図2A)。患者の回答結果に応じて,各オブジェクトの座標位置が記録される10。また,患者の身体正中位を0°とし,−90°から+90°の11段階で偏角を測定されている。さらに目線の高さを基準に−4°,0°,+4°の3段階の高さによる測定が設定されており,上から高い空間(以下,High位),目線の高さの空間(以下,Middle位),低い空間(以下,Low位)と設定されている(図2B10。本システムにおける測定方法は,ランダムに出現する赤色の無機質なオブジェクトが見えたかどうかを口頭で回答する方式を用いる。

図2 物体表示位置・高さ設定(文献10より引用)

A:患者の近位空間および遠位空間における無視領域の変化を記述するため,被験者を中心に手の届く距離(近位空間)を0.5, 1.0 mに設定し,届かない距離(遠位空間)を2.0, 3.0, 4.0, 5.0, 6.0 mに設定された7距離の同心円を設け,それぞれの同心円上にオブジェクトが出現するように設定されている.患者の身体正中位を0°とし,−90°から+90°の11段階で偏角を測定されている.B:目線の高さを基準に−4°, 0°, +4°の3段階の高さによる測定が設定されており,上から高い空間(High位),目線の高さの空間(Middle位),低い空間(Low位)と設定されている.

症例紹介

症例は40歳代男性。右利き。

【病名】右被殻出血。

【障害名】右被殻出血後遺症。

【既往歴】高血圧症,高脂血症,慢性心不全,慢性胃炎。

【現病歴】20XX年Y月Z日に発症し,A病院へ救急搬送。同日に右被殻出血と診断(図3)され,内視鏡下血腫除去術を施行。Z+16日後にB病院へ転院。その後,Z+51日後にリハ継続目的にてC病院へ転院し,身体機能やUSNなどの高次脳機能に対するリハを行い退院。退院後の在宅生活中に身体機能が低下したため,リハ目的で当院へ入院となる。発症より359日が経過している。

図3 本症例の頭部CT画像

被殻出血を呈し,血腫が大きかったため,上縦束領域への損傷が確認され,USNが生じる可能性は大きい.

【神経学的所見】意識状態は清明。左上下肢不全麻痺あり。Brunnstrome recovery stageは手指I,上肢I,下肢II。感覚障害は中等度鈍麻。

【神経心理学的所見】BITでは通常検査143/146点,行動検査80/81点とUSNカットオフ値を大きく超えていた(図4A, B, C)が,日常生活上に現れる無視症状の評価として用いられるCBSにおいては観察評価5/30点,自己評価3/30点と軽度USNを認め,病態失認は2/30点であった。減点の内訳は「足が引っかかる」,「車いすのフットレストをぶつける」などの評価項目において減点を認めた。改訂長谷川式簡易知能評価スケール(Hasegawa Dementia Rating Scale-Revised:HDS-R)は29/30点,減点の内訳は「物品記憶課題」1点であった。意思疎通は可能であった。対座法を用いた視野評価では同名半盲の所見は無く,白内障や緑内障などの既往歴もなかった。

図4 発症から360日後のBIT試験結果

A:線分抹消試験,B, C:模写試験(花,時計),D:線分二等分線試験. BITでは通常検査143/146点,行動検査80/81点とUSNカットオフ値を大きく超えていた.

【ADL】運動麻痺は重度であり,USNも認め,移動は病棟内車いす駆動にて自立,食事は自立であったが更衣や排泄動作などのセルフケアは軽介助で,機能的自立度評価法(Functional Independence Measure:FIM)では,運動項目58/91点,認知項目33/35点,総合計91/126点であった。日常生活上でのUSNの影響を疑う現象は,車いす駆動時に左側のフットレストをドアや壁などにぶつける,左足がしっかりフットレストに乗っていない,左側の髭の剃り残しや,左側の身の回りの物を探し,気づくことが苦手であった。左側のフットレストをドアや壁にぶつけてしまう現象は,人通りの多い病院の廊下では認めず,自室内で時折みられていたため,車いす駆動は自立としている。

本研究はヘルシンキ宣言に基づき,対象者には本研究について紙面を用いて十分な説明を行い,同意を得た。また,本研究は脳神経筋センターよしみず病院倫理委員会の承認(承認番号:No.04-01)を得て実施した。

没入型VRによる三次元評価システムを使用した症例評価結果

測定は頸部固定位,頸部フリー位の2つの肢位で行った。まず,頸部固定位にて測定した結果を図5に示す。図5に示すダイアグラムは高さごとに分け,上からHigh位,Middle位,Low位における認知および無視面積を表している。本症例に関しては,BITでは満点に近い評価結果であったが,三次元評価を行った結果,High, Middle, Low位の全ての高さにおいて近位空間から遠位空間に向けて無視面積が拡大する傾向が確認された。特にLow位ではHigh, Middle位よりも遠位空間の無視面積が大きかった。

図5 VR評価の無視面積(頸部固定位)

ダイアグラムは高さごとに分け,一番上の図から,高い空間(High位),目線の高さの空間(Middle位),低い空間(Low位)における認識および無視範囲を表す.また半円形の手前部分が近位空間であり,奥が遠位空間となる.黒色部分が認識面積を表し,斜線部分が認識できていない面積(無視面積)を表している.三次元評価を行った結果,High, Middle, Low全ての高さにおいて近位空間無視は確認されなかったが,遠位空間に向けて無視面積が拡大する傾向が確認された.特にLow位ではHigh, Middle位よりも遠位空間の無視面積が大きかった.

次に頸部フリー位での測定結果を図6に示す。頸部フリー位での測定では,Low位の近位空間以外,無視領域はほとんど認められなかった。

図6 VR評価の無視面積(頸部フリー位)

頸部フリーでの測定では,Low位の近位空間以外,無視面積はほとんど認められなかった.

考察

本研究では,没入型VRによる三次元評価システムを使用し,近位・遠位空間における無視症状の定量化・視覚化を試みた。その結果,頸部固定位での測定では,机上検査であるBITでは捉えられなかった遠位空間や高低位空間の無視領域を把握することが可能であった。本症例は白内障や緑内障の既往は無く,同名半盲の所見も認めなかった。また,図5からも分かるように認識できない面積が左側にのみ偏っていることからも視野障害の可能性は低いと考えられる。

USNの無視症状について,USN患者のうち53~71%は近位空間無視あるいは遠位空間無視のどちらか一方を呈していることが報告されている6。本症例の頸部固定位での三次元評価では,近位空間は認識できていたのに対し,遠位空間では無視を認めた。従来のUSN症状の評価手法の大半が,机上で行う紙面テストであり,この評価方式では症状の記述として不十分である7との指摘を支持する結果となった。つまり,近位空間であるBITなどの机上評価では無視を認めず,遠位空間評価も測定できるVR評価では無視を認めたこととなる。

また,Low位では,より遠位空間の無視を認めた。本症例のCBS上では,「足が引っかかる」,「車いすのフットレストをぶつける」などの評価項目において減点を認めた。人体には歩行などの移動を行う際に,動作パターンの乱れが予見されるとき,そうしたことが起こらないように,未然に対処するシステムが存在する11。たとえば,歩いていく先に溝があった際に,その溝を安全にまたぐことができるように,少し早い段階で歩幅や歩行速度を調節しておくといったことに役立つ。主として視覚情報に基づく状況把握に重要な役割を果たす。このようなシステムはフィード・フォワード制御,予測・予期機構11からなる。視覚情報は,遠方の状況をもっとも正確に伝える情報である11とされる。VR評価結果から,本症例は頸部左回旋などの代償を行わないと遠位空間の認識は困難であった。日常生活上での車いす移動を考えた場合,左側遠位空間に障害物や人などがいた場合はそれを認識できておらず,その空間に車いす駆動で近づいて行った場合,急に目の前に障害物や人が出現(認識)することになる。これが本症例の日常生活上の「車いす駆動時に左側のフットレストをドアや壁などにぶつける」などの現象に繋がっていると思われる。このため,USNに対する評価は,近位空間である机上の評価だけでは十分ではなく,遠位空間無視も考慮した遠近両空間の評価を実施する必要があり,本症例からはLOW位の評価の必要性が示唆された。

以上により,没入型VRによる三次元評価システムを使用することにより,二次元でのUSN評価では見落とされていた遠位空間や高低位空間の無視範囲が測定でき,USNによる日常生活上での潜在的な危険性を把握できる可能性がある。

次に頸部固定位での測定では無視領域を認め,頸部フリー位で無視領域を認めなかった現象について述べる。これは視野確保に意識を向けることができれば,頸部左回旋の代償機能を用いて遠位空間にも注意を向けることができたためであると考えられる。

USNの責任病巣として,頭頂,後頭,側頭葉と前頭葉の離断部,上縦束など様々な部位が報告されている12。本症例は被殻出血を呈し,血腫が大きかったため,上縦束領域への損傷により,USNが生じる可能性が高い。USNに対するリハアプローチにはTop-downアプローチとBottom-upアプローチがある13。前者は聴覚や視覚などの手がかりによって,自発的空間探索を促すものであり,後者は受動的な刺激により,無意識に無視側へ注意を向けさせるものである13。現在までのところ,両者ともにUSNのリハに一定の効果があることが認められている14。本症例は回復期リハにてTop-downアプローチとBottom-upアプローチが行われており,症例自身がUSNを有していることを理解していた。普段の日常生活では必要以上に頸部を左回旋させ左側の認識を高めていた。このため,本症例には潜在的にUSNが残存しているが,頸部左回旋での代償を習得しており,日常生活においてUSNの影響を最小限に留めていると考えられる。しかし,視野確保への意識が薄まっている状況だと,車いすの左側のフットレストをぶつけてしまうなどの現象が起こってしまうことに配慮しなければならない。また今回の頸部固定位,頸部フリー位の評価結果から,USNは代償可能な障害であることも示唆され,USNを呈する患者へTop-downアプローチやBottom-upアプローチなどを行うことにより,症状が改善または代償可能なものになることも示唆されると思われる。

以上のことから,没入型VRによる三次元評価システムは,二次元のUSN評価では見落とされていた無視範囲の測定が可能であり,USNの評価として有効であることが示唆された。さらに,VRによるUSN評価はHMDを装着することにより外界を遮断できるため,注意障害などによりBITなどを実施困難な患者においてもUSN評価が行いやすくなることが想定される。今後は本症例の経過について報告することと並行し,さらに測定症例数を増やし,BITやCBSとの比較などからVR評価の妥当性の検討を行う必要がある。

利益相反

本研究において,開示すべき利益相反に相当する事項はない。

文献
 
© 2024 Japanese Society of Physical Therapy

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