2025 Volume 52 Issue 1 Pages 28-36
【目的】理学療法士が獲得すべきコンピテンシーとして臨床推論能力が上位に挙げられるが,その能力を評価することは難しい。本研究の目的は,臨床推論における課題を理解し解決策を提案するために,評価項目を抽出することである。【方法】症例報告会で交わされる会話を録音し,逐語録を作成した。分析は内容分析法を用い,6ステップ,Toulmin’s model of Argumentに基づき分析した。【結果】7つのカテゴリー,45のサブカテゴリーが形成された。6ステップに示されている項目は全て抽出された。6ステップに含まれない項目として環境設定,推論の確からしさや確率,反証における除外条件に関する項目が新たに抽出され,Toulmin’s model of Argumentに基づき分類できた。【結論】症例報告会でのやり取りは臨床推論の正当性を論証する項目で構成されることが明らかになった。今後,これらの知見を基に臨床推論評価尺度を開発する予定である。
Objective: Clinical reasoning skills are one of the most critical competencies that physical therapists must acquire; however, they are challenging to assess. We aimed to identify the assessment items to understand clinical reasoning issues and propose solutions.
Methods: Conversations during case study meetings were recorded and transcribed verbatim. The data were analyzed using the content analysis method and classified according to Six-step and Toulmin’s argument model.
Results: The data were classified into 7 categories and 45 subcategories. All items indicated in the Six -step were extracted. Items not included in the model, such as those related to the environment setting, probability of the claim, and exception conditions in which the claim does not apply, were newly extracted and classified based on the Toulmin’s model.
Conclusion: Physical therapy case study meetings consist of items used to assess the validity of clinical reasoning. Based on these findings, we plan to develop an assessment scale of clinical reasoning skills.
理学療法士(Physical therapist:以下,PT)はウェルネス,フィットネス,健康増進,病気や障害の予防と管理など,社会において特異的な役割を果たしており,PTの専門知識は,患者の動作障害を最適化することで活動の強化や質の高い社会参加を導くとされている1)。それらを実現するためにPTが獲得すべきコンピテンシーとして臨床推論能力が上位に挙げられている2)。臨床推論は臨床上の問題を解決するために重要であり,また重要な情報の見落としなどのエラーを減らし,患者の安全を確保するために不可欠である3)4)。そのため臨床推論能力の獲得は世界中の理学療法入門レベルの教育において中心的な学習目標となっている3)。しかし,2019年の日本理学療法士協会の3942人を対象としたアンケートでは,16%が臨床推論を知らないと回答しており,日本のPTは養成校の増加などにより若年化が進んだことで,初学者を教育する側でさえ,臨床推論の実施が困難になりつつあるという見方もできる5)6)。その背景には学力低下,臨床実習環境の変化などが影響している可能性がある7)。実際,現状の臨床実習では症例を担当する機会が減少している可能性があり7),そのために学生が症例報告書を作成し,症例発表をする機会も減少傾向にあると考えられる。
症例をベースとした学習は,PTの臨床推論を学習する方法として有効な方法である8)。Hawksらのレビューの中で臨床推論の教授法として報告されている論文数は,非同期型の個人学習が3番目に多く,次いで大人数のグループ講義,そして症例をベースとした学習が最も多く,この学習方法が世界共通の取り組みであることを示している9)。一方で臨床推論という概念は,日本のPTに共通の理解がまだないのが現状である10)。そのため臨床推論の評価も難しいという現状がある。しかし,これはPT特有の問題ではなく,医師や看護師などにおいても同様にその評価は難しいと言われている11)12)。臨床推論の評価法として,Multiple choice questions(多肢選択問題),Extended matching items(多肢選択問題より多くの選択肢が与えられた問題),Patient management problems(一つの症例に関して関連する知識を問う問題),Script concordance tests(問題の中に診断仮説を挙げ,新たな情報が付け加わった時に診断仮説の確からしさがどう変化するかをみる評価法),Self-regulated learning microanalysis(臨床活動の振り返りについて面談する評価法)など,様々な方法が研究開発され提示されている。しかしDose評価(現場での振る舞いの評価)の種類が少ないことや11)13),PTにおいてはいずれの評価も定着していないなどの課題がある。
臨床推論の評価が難しい理由として,症例固有の個別性が高いことによる症例特異性と分野が広範囲であることの2つの特徴により,評価の妥当性と信頼性がトレードオフの関係にあることが指摘されている12)。具体的には被評価者が脳卒中患者の治療ができても,パーキンソン病患者の治療ができるとは限らない。この場合,脳卒中患者の治療に関しては高い信頼性があるかもしれないが,パーキンソン病など他疾患の治療が上手くできるとは限らないため,全体としての妥当性は低くなる。一方で,一般的評価や治療技術があったとしても,脳卒中患者に適切に実施できるとも限らない。つまり,幅広い範囲に対応できる高い妥当性を目指すと,脳卒中のような特定の領域における信頼性が低くなる可能性がある,ということである。臨床推論の本質は個別的であり,状況を見て臨機応変に行われるものである10)。臨床推論の実態を知るためには,個別的に症例を通して理解することが最良の方法であり,そのために症例報告会を行うことの有用性が報告されている8)10)。たしかに評価の妥当性は低いかもしれないが,症例報告を繰り返し評価すれば信頼性の問題は解決できる可能性がある。また忙しい医療現場において,実践的で,患者のためになるということで症例報告が実施されてきたと考えられる。
症例報告の評価法は,大西らが提案しているものの,少ないのが現状である14)。大西らの評価法は症例報告の内容を指導者が5段階に評価するものであるが14),指導者の主観による判断が多く,観点の難しさや評価手順が明確でないことなどが指摘されている15)。既述したように臨床推論の実態を知るためには症例報告会が適していると思われるが10),症例報告会を分析した先行研究は見当たらない。
そこで本研究では,症例報告の場で何が議論されているかを明らかにすることで,臨床推論の評価に必要な項目の抽出を試みる。具体的には,症例報告会で行われている議論を論理性の観点から分析し,PTの臨床推論に必要な要素を探求し整理する。これにより,将来的に臨床推論の評価尺度を開発するための基礎が築かれ,PTが臨床現場で遭遇する複雑な症例を効果的に分析し,より質の高いケアを提供できる可能性が高まる。本研究の目的は,PTが臨床推論を行う上で直面する課題を理解し,解決策を提案するために,症例報告に基づく臨床推論の評価に必要な項目を抽出することである。
本研究は,著者が主催する症例報告会の中で交わされる会話を分析した観察研究である。対象は,症例報告会に参加したPT 69名であり(平均経験年数:10.1±6.6年,男性57名・女性12名・男女比1:0.21,平均年齢:33.1±7.5歳),各報告会における場の設定としては表1の通りである。本研究で対象とした症例報告会は全5回であり,いずれも前半に発表者1名が自身の担当症例について,一連の理学療法の流れを説明する形式で行われた。後半は,5回のうち4回が参加者との質疑応答を行う形式で実施され,残りの1回は発表者が提示した検討事項に基づきグループディスカッションを行う形式で実施された。なお,発表資料は報告会の開催前に参加者に配布されている。
形式 | 実施回数 | 参加人数 | 参加者の経験年数 | 症例 | |
---|---|---|---|---|---|
単一施設内の症例報告会 | 対面 | 3回 | 8–10名 | 1–22年目 | 脳疾患 呼吸器疾患 |
多施設合同の症例報告会 | オンライン | 1回 | 14名 | 1–28年目 | 運動器疾患 |
多施設合同の症例報告会 | 対面 | 1回 | 14名 | 1–25年目 | 脳疾患 |
各報告会における参加者の発言は,全てICレコーダーにて録音した。一症例報告会あたりの所要時間は約60~120分であった(期間:2023年3月~8月)。
分析については,内容分析法を用いて行った。乙幡は,内容分析は質的研究法の中では一般化・普遍化を目指す立場にあり,調査結果の再現可能性を目指すことは目的によっては意義があると述べている16)。本研究は症例報告に基づく臨床推論の評価に必要な項目を抽出することが目的であり,研究結果の再現可能性を目指す必要があるため,内容分析を採用した。
分類に関しては,理論背景として,症例報告会を議論の場であると仮定し,Toulmin’s model of Argument(以下,Toulmin’s model)をベースとする17)。ここでいう議論や論証を英語で表すとArgumentであり,JenicekによるとArgumentとは,ある主張を支持し,正当化するためにデザインされた考察を提案,定義,説明し,評価するプロセスであると述べられている18)。また医学におけるArgumentとは,医療者や患者が,あらかじめ設定された目的と目標をもって内省または対話を行うことであり,その目的は健康問題の理解を深め,地域医療や公衆衛生における患者やその他の集団のケアにおいて正しい決定を下すことであると言われている18)。一方同じ議論を表すDiscussionは取り立てて結論が出なくても,また何かを決めることができなくても問題はないと言われており19),自身が行う意思決定を正当化することが求められるArgumentとは区別されている。
Toulmin’s modelでは,立証しようとする主張または結論をClaim(以下,クレーム),結論の根拠として訴える事実をData(以下,データ),結論へのステップが適切かつ正当なものであることを示すための論拠をWarrant(以下,ワラント),そしてワラントの裏付けをBacking(以下,裏付け)と呼ぶ17)。さらに,このステップに保証が与える強さを示すための修飾語(限定語)をQualifier(以下,限定語),保証を覆さなければならないような反証をRebuttal(以下,反証)と呼ぶ17)。本邦において,このToulmin’s modelをPTの教育現場に展開している,木村らの6ステップの概念をもとに分析を実施する20)。6ステップは理学療法の臨床推論を細分化し,Toulmin’s modelをクレーム,データ,ワラントの3つに簡略化し理学療法の教育場面に適用させている20)。3つの要素に簡略化する理由については,Toulmin’s modelでは,クレーム,データ,ワラントが主要な要素とされ,裏付け,限定語,反証は下位区分とする見解が複数報告されていることによる21–23)。裏付けについては,Toulmin自身が後の著書で議論モデルから削除し,その意義をワラントに含めるよう議論モデルを修正している24)。限定語はクレームを修飾するため22),クレームに包含される可能性がある。反証は,論証のどの要素にも組み込むことができるとする文献もある23)25)26)。3つの要素に簡略化された6ステップの各項目は,ステップ1(事前準備):医師の処方を確認する,医学的情報収集,疾患の基礎知識の確認,ステップ2(目標の抽出):疾患に基づいた一般的評価,主訴や社会的背景の聴取・チーム方針の確認,疾患や障害の予後予測,ステップ3(仮説の立案):目標に即した詳細な評価(動作分析),動作障害を理解するための情報収集,ステップ4:問題点の抽出と優先順位の決定,ステップ5(治療プログラムの立案・実施):治療対象の整理,治療の根拠となる情報収集,ステップ6(効果判定・今後の方針):初期評価時に行った評価項目の再評価,治療結果を考察するための情報収集とした20)。
分析初期には,6ステップに基づき演繹的アプローチでクレーム・データ・ワラントに大きく逐語を分類した。分析後半には6ステップでは分類困難なものに対し,より詳細に分類するため帰納法的にToulmin’s model(クレーム・データ・ワラント・限定語・反証)に基づいた分類を行い,カテゴリー名・サブカテゴリー名を生成した。なお,裏付けについては既述した通り,ワラントに含めて分類した。全て逐語録として文字に起こし,「PTによる臨床推論」に関するキーワードを抽出した。個々のキーワードを内容の類似性により帰納法的に分類・抽象化し,コードを作成した。続いて,コード間を比較し類似のものを集めてサブカテゴリーを作成した。さらにサブカテゴリー間で比較を行い,最終的な内容のカテゴリーを抽出した。
分析の過程で信頼性を確保するため,分析結果と逐語録との照合を繰り返し行い,解釈が忠実に行われるよう努めた。さらに,医療者教育・質的研究法を熟知した者2名(教員歴14年,15年の大学教員。医学教育分野において大学院生・学部生指導を実施),理学療法教育・質的研究法を熟知した者1名(PT臨床経験23年・教員歴15年の大学教員。複数の大学院生・学部学生への質的研究指導歴あり),そして筆頭著者の合計4名で複数回の議論を重ね,抽出・命名されたカテゴリーに対してコンセンサスを得た。意見の不一致が生じた場合は,理学療法教育・PTの臨床推論を熟知した者1名(PT臨床経験16年・教員歴10年の大学教員。臨床実習における症例報告の指導,臨床推論の授業を担当)と協議し,意見が一致するまで繰り返し検討した。
倫理的配慮として,参加者に対して同意説明文書および口頭による十分な説明を行った。その後,参加者に自由意思による同意を文書で取得した。なお本研究は岐阜大学医学部・赤穂中央病院双方の倫理審査委員会の承認を受けている(承認番号:岐阜大学2022-241,赤穂中央病院20230213)。
内容分析により,1166のキーワードが抽出された。なお,1–5年目のPTによるキーワードが723(62.0%),6年目以上のPTによるキーワードが443(38.0%)であった。これらのキーワードを類似性に従って分類した結果,306のコードが抽出された。次にコードから45のサブカテゴリーが形成され,さらにサブカテゴリーから7つのカテゴリーが形成された。研究の枠組みを整理するために,カテゴリー及びサブカテゴリーによる分類の大枠を表2に示した。なお,主なキーワードやコードについてはAppendix1,カテゴリー及びサブカテゴリーにおける各用語の説明はAppendix2として添付する。分析結果が理論的飽和に達したか否かについては,既述の分析チームで検討したところ,カテゴリー及びサブカテゴリーは飽和に達していると判断した。しかし,コードに関しては,理学療法が対象とする全ての疾患が含まれていないことから,まだ他に含まれるべきコードが存在する可能性があると考えられ,飽和に達していないと判断した。
カテゴリー | サブカテゴリー | サブカテゴリー別記録単位割合(%) | カテゴリー別記録単位割合(%) | |
---|---|---|---|---|
1 事前準備 | データ | a)医学的情報 | 8.7 | 10.0 |
ワラント | b)疾患の知識 | 1.3 | ||
2 目標の抽出 | データ | a)一般的情報 | 3.2 | 21.7 |
b)社会的情報 | 3.3 | |||
c)一般的な理学療法評価(心身機能・初期評価) | 5.3 | |||
d)一般的な理学療法評価(機能的制限・初期評価) | 0.4 | |||
e)一般的な理学療法評価(活動・初期評価) | 1.3 | |||
f)一般的な理学療法評価(初期評価) | 0.2 | |||
ワラント | g)目標設定の根拠(知識) | 0.6 | ||
h)目標設定の理由(考え) | 0.3 | |||
i)疾患や障害の予後予測 | 2.5 | |||
限定語/反証 | j)目標設定における妥当性の検討 | 0.1 | ||
クレーム | k)目標の抽出 | 4.5 | ||
3 仮説の立案 | データ | a)目標に即した詳細な理学療法評価(初期評価) | 4.6 | 10.6 |
ワラント | b)評価の根拠(知識) | 0.9 | ||
c)評価選択の理由(考え) | 0.8 | |||
d)仮説立案の根拠(知識) | 0.8 | |||
限定語/反証 | e)仮説が成立するかどうかの検討 | 0.2 | ||
クレーム | f)仮説の立案 | 3.3 | ||
4 問題点の抽出と優先順位の決定 | ワラント | a)問題点を整理した根拠(知識) | 0.1 | 3.0 |
b)問題点を整理した理由(考え) | 0.1 | |||
限定語/反証 | c)問題解決における実現可能性の検討 | 0.1 | ||
クレーム | d)問題点の抽出 | 1.5 | ||
e)問題点の整理 | 1.2 | |||
5 治療プログラム立案・実施 | データ | a)治療対象の確認 | 0.5 | 13.8 |
ワラント | b)治療の根拠(知識) | 2.1 | ||
c)治療選択の理由(考え) | 0.1 | |||
限定語/反証 | d)治療における実現可能性の検討 | 2.1 | ||
クレーム | e)治療プログラム立案 | 0.9 | ||
f)治療の実施 | 8.1 | |||
6 効果判定・今後の方針 | データ | a)理学療法再評価 | 16.4 | 39.9 |
ワラント | b)再評価の根拠(知識) | 0.7 | ||
c)再評価の選択理由(考え) | 0.2 | |||
d)再評価内容を解釈するための知識 | 0.7 | |||
e)今後の方針を決定するための根拠(知識) | 1.3 | |||
f)今後の方針を決定するための理由(考え) | 0.9 | |||
限定語/反証 | g)効果判定の確からしさの検討 | 0.1 | ||
h)今後の方針における妥当性の検討 | 4.2 | |||
クレーム | i)効果判定 | 4.3 | ||
j)今後の方針 | 11.1 | |||
7 環境設定 | データ | a)環境設定の理由(データ) | 0.4 | 1.0 |
ワラント | b)環境設定の根拠(知識) | 0.1 | ||
c)環境設定の理由(考え) | 0.1 | |||
限定語/反証 | d)環境設定における妥当性の検討 | 0.2 | ||
クレーム | e)環境設定 | 0.2 | ||
計 | 100.0 | 100.0 |
表2の1列目に示したカテゴリーは臨床の各ステップを示し,同時にToulmin’s modelのクレームを示している。2列目のサブカテゴリーは議論された内容を示し,Toulmin’s modelのデータ,ワラント,限定語と反証に分類した。
6ステップに示されている項目は全て本研究のカテゴリーやサブカテゴリーとして抽出された。しかし,木村らの6ステップに含まれないものが2つ確認された。1つ目は,症例報告会において病棟における移動手段の選択など環境設定の議論が確認された。これは6ステップにないカテゴリーであり,表2の通り「環境設定」のカテゴリーとして分類した。
2つ目はサブカテゴリーにおいて,データ,ワラント,クレームのいずれにも該当しないものとして以下のものが確認された。2-j)目標設定における妥当性の検討,3-e)仮説が成立するかどうかの検討,4-c)問題解決における実現可能性の検討,5-d)治療における実現可能性の検討,6-g)効果判定の確からしさの検討,6-h)今後の方針における妥当性の検討,7-d)環境設定における妥当性の検討である。これらは推論の確からしさや確率,反証における除外条件と考えられたため,表2の通りToulmin’s modelの限定語と反証に分類した。例えば「(HOT管理を)リュック型にすることって多分,肩周りの制限はある程度かかるので,多少なりとも支障は出ると思うんですけど…」との発言のように「多分」「多少」という限定語を含む場合など,主張の確からしさを表す内容を限定語に分類し,また「膝伸展不足,スタンプ様の接地(が原因であるという仮説について)は歩行観察上では膝伸展ができているので問題ないかと…」との発言のように,主張とは異なる原因を除外する内容を反証に分類した。なお限定語と反証はともに主張が成立するかどうかの確率を検討するサブカテゴリーとして限定語/反証と,まとめて表記した。
カテゴリーの記録単位割合(表2)では,6効果判定・今後の方針が39.9%と半数近くを占め,次いで2目標の抽出が21.7%であった。一方で,4問題点の抽出と優先順位の決定(3.0%)や7環境設定(1.0%)は低い割合であった。
サブカテゴリーの記録単位割合(表2)では,6-a)理学療法再評価(16.4%),6-j)今後の方針(11.1%),1-a)医学的情報(8.7%),5-f)治療の実施(8.1%),2-c)一般的な理学療法評価(心身機能・初期評価)(5.3%),3-a)目標に即した詳細な理学療法評価(初期評価)(4.6%),2-k)目標の抽出(4.5%),6-i)効果判定(4.3%)の順に高い割合となった。なお,これらのサブカテゴリーは全て,データやクレームに分類された。
Toulmin’s modelに基づいたサブカテゴリー別の記録単位割合(表3)では,データ(44.3%)とクレーム(35.1%)がそれぞれ約4割を占め,高い割合を示した。一方で,限定語/反証(7.0%)やワラント(13.6%)は比較的低い割合となった。
Toulmin’s modelに基づいた項目 | 記録単位割合(%) |
---|---|
データ | 44.3 |
ワラント | 13.6 |
限定語/反証 | 7.0 |
クレーム | 35.1 |
計 | 100.0 |
本研究は症例報告に基づく臨床推論の評価に必要な項目を抽出するために,症例報告の現場でやり取りされた発言をToulmin’s modelに基づき分析した。その結果,その会話が表2の通りToulmin’s model及び6ステップに分類できることが示された。このことより,理学療法の症例報告会には自己の臨床推論の正当性を論証するための項目に該当する発言が含まれることが明らかになり,そしてこれらの項目は臨床推論の評価につなげられることが示唆された。臨床推論の学習において症例報告が伝統的に実施されてきたが,その理由は本研究が示すように自己の思考過程を論理的に内省し臨床判断を“論証”する必要性のためであったと考えられる。
医学におけるArgumentの必要性は,The LancetのエディターであったHortonによってはじめて報告された。そこで,彼はEvidence based medicine(以下,EBM)の実践は非常に難しいことを報告している。その理由として,臨床医がEBMの実践を含め,臨床推論を効率的に行うための体系的な方法論や手順をトレーニングされていないからだと述べた。その解決策として,形式論理の手法を用いること,具体的にはToulmin’s modelを用いることを提案した27)。その後,Jenicekによってこの主張は啓蒙されてきた。JenicekはArgument based medicineを掲げ,医学分野における臨床推論には議論や論証が必要であり,構成要素としては「根拠,裏付け,論拠,限定語,主張,反証」を挙げ,「それらの妥当性や証拠について説明・評価できる」ことが重要であると述べている28)。また,「完璧な論証とは,批判的に評価されたエビデンスに基づく根拠,裏付け,論拠,限定語,反証,そしてそれらの間の正しい結びつきに基づき,誤診のない推論に由来する主張を立てることである」と説明している28)。本研究の結果も同様に,理学療法の臨床推論においても,意識的に“論証”の構成要素を組み込むことが重要であることを示している。
カテゴリーにおいて多くの項目が6ステップと類似していたが,一方で本研究では6ステップに属さない項目も抽出することができた。その一つ目として環境設定の項目が新たに抽出された(表2)。環境設定の重要性の報告は,特に院内歩行自立度を判断する内容のものが多くみられる29)30)。またTalarskaらが行った移動の自立度と転倒の危険因子に関する調査の中で,環境設定と転倒リスクについて,「高齢者は安全性を考慮せずに活動を行うことが多く,現在の健康状態や心身の能力を考慮していない。予防策の最良の効果は,外的要因と内的要因の両方を取り除くことに重点を置いた多部門的な活動によって得られる」と述べている31)。さらにTakahashiらはPTを対象とした半構造化インタビューを通して「片麻痺患者の病院内での歩行自立度を判断する基準」を調査し,PTが患者の動作を評価することのみでなく,他職種の意見を重視しながら判断していることが多いことを報告している32)。本研究における発言内容の中にも,病棟看護師と連携して環境設定を行う重要性に関する発言が聞かれた。このように転倒の防止を目的として他職種と連携して環境設定を行うことがある。また6ステップはどのように治療を行うか,そして今後の方針をどのように立てるか,という流れで構成されており,現在の病院生活の環境についてどう意思決定するかについては含まれていない。よって本研究で得られた知見は新たな発見である。以上より,病院内における環境設定における議論は,出現確率が最も低かったものの,患者の転倒防止や病棟内生活を考えるうえで重要であることが示唆された。
次に,サブカテゴリーにおいて6ステップで分類が困難なものとして,主張が成立するかどうかの確率を検討する限定語/反証が新たに抽出された(表2)。限定語は,主張の確からしさを表現し,「たぶん」や「きっと」「確かに」などを示す。これは確率を示していると考えられ,本研究ではどの程度実現可能か,妥当かという確率を表す表現を限定語に分類した。反証は,主張とは異なる原因を排除するような条件を示す。本研究では,「膝伸展筋力には問題がなかったのですか」というような主張を明確にするための除外条件の問いかけを反証に分類した。6ステップはそもそもToulmin’s modelをデータ,ワラント,クレームの3つに簡略化して構成されているため,限定語/反証の要素を分類できなかったと考えられる。限定語/反証の出現割合は少ないが,臨床推論の過程においてこのような要素があることを認識しておくことは,臨床推論の質を向上させるために重要である。
カテゴリーにおける記録単位割合については,高値を示したものとして効果判定・今後の方針(39.9%)が挙げられた(表2)。これは今後の方針に含まれる内容に今後の目標設定,仮説立案,環境設定など,多岐にわたる意思決定の段階が該当するためであると推測される。今後の方針について議論する際は,今後のどの意思決定について議論しているのかをよく整理することが重要である。一方で低値を示したカテゴリーは,環境設定(1.0%)と問題点の抽出と優先順位の決定(3.0%)である。問題点の抽出と優先順位の決定が低値であったことについて述べる。問題点の整理にはInternational classification of functioning, disability and health(以下,ICF)が国際的な分類として用いられているが,Pernambucoらの調査ではPT・作業療法士の74%がICFを使用していないと回答している33)。その理由として業務が多忙であることや,患者中心ではなく疾患中心になっていることなどが推測されており33),臨床推論を行う上での課題である。環境設定と問題点の抽出は臨床推論の中で抜け落ちやすい可能性を示唆しており,今後教育モデルを開発する際には,チェック項目に含むことが必要である。
次にサブカテゴリーの記録単位割合についてデータ,ワラント,クレーム,限定語/反証で比較した場合,ワラントや限定語/反証が比較的低い割合を示した(表3)。木村らは著書の中で,ワラントとデータは「研究と臨床の関係」であるとし,研究で構築されたワラントを臨床に活かすことが重要であり,データとワラントを結ぶものが臨床思考過程であると述べている20)。よって本研究のようにワラントの割合が低い症例報告会では,研究で得られた知見を臨床に活かすための思考過程が不足している可能性がある。また木村らは,ワラントは自明である場合,省略されることがあると述べている20)。本研究においても症例報告会の中でワラントが省略されている可能性も考慮すべきであり,今後の症例報告会ではワラントが自明の場合でもできるだけ明示する方が論証という観点では正当性を判断しやすい可能性がある。
限定語/反証の記録単位割合が低かった(表3)ことについては,PTの熟練度の違いに影響を受けた可能性がある。Wainwrightらは「エキスパートのPTは,臨床的判断に至るために様々な知識パラダイムを使用し,統合することを特徴とする『弁証法的推論』を行う」と述べている34)。弁証法についてEdwardsらは,「弁証法とは,どちらかの見解が他よりも本質的に真実であると確立しようとすることなく,矛盾(根本的に異なる推論プロセス間)を調整することを意図した議論である」と述べており35),二面性をもつ推論様式と言える10)。さらに,Jensenらは熟練臨床医と若手臨床医を対象とした質的研究を通して,「熟練臨床医は,すぐには診断がつかないという不確実性を受け入れ,それに応じて計画を立てることができた。臨床症状や徴候を集めるまで,項目を除外するプロセスを実施した」と述べている36)。限定語/反証に該当する内容は,矛盾する複数の側面から思考したり,「不確実性」を受け入れながら意思決定したりすることであり,熟練した高度なスキルが必要とされるため,この思考ができるPTはより熟練した者に限定される可能性がある。本研究では,対象者の経験年数が1–5年目までの熟練度の低いPTの記録単位割合が62.0%と多く含まれているため,限定語/反証の割合が低値を示したものと推測される。
以上のように,症例報告会を臨床推論の観点で分析した結果,論証モデルであるToulmin’s modelにより分類できたことから,理学療法の症例報告会は臨床推論の正当性を論証するための項目で構成されており,これらの項目が症例報告の評価につなげられる可能性があることが示唆された。また,記録単位割合の分布からPTにおける臨床推論の特徴が示され,今後,臨床推論能力を高めるための臨床推論評価モデルを構築するための有益な情報となる可能性がある。
本研究の限界としては,疾患特異性に関することが挙げられる。今回の症例報告会で取り上げられた疾患は脳神経疾患・運動器疾患・呼吸器疾患のみであったため,他の疾患で同様の傾向を示すかどうかの検討も必要である。今後も引き続き症例報告会の分析を行い,コードにおいても飽和を目指す。また,限定語と反証の利用がPTの熟練度や経験年数によって変化するかも今後の検討課題である。加えて,本研究では予防や健康増進に関する症例報告会は対象としていない。本研究で得られた知見の適用範囲としては,疾患を有し,治療目標が設定された患者に対するリハビリテーションの過程であると考えられる。今後の展望として,本研究で得られた知見を基に,著者らは十分な信頼性と妥当性を備えた臨床推論評価尺度の開発を計画しており,臨床推論の評価モデル構築に貢献したいと考えている。
今回の研究は,症例報告会でやり取りされた会話から臨床推論に関するキーワードを抽出・分析した結果,Toulmin’s model及び6ステップに分類できることを示した。また6ステップに含まれない項目も新たに抽出された。理学療法の症例報告会では自己の臨床推論の正当性を論証する項目で構成されることが示唆され,抽出された項目は臨床推論の評価につなげられる可能性がある。
本研究の研究対象者,症例報告会の開催にご尽力頂きました施設・団体の皆様,および研究にご助言頂いた皆様に心より感謝申し上げます。
本論文に関して,開示すべき利益相反はない。