2025 Volume 52 Issue 5 Pages 259-266
【目的】要支援高齢者は,歩行によって胸椎後弯角が増大する傾向がある。本研究は,要支援高齢者105名を対象に,歩行による胸椎後弯角の変化に関連する身体的因子を検討した。【方法】胸椎後弯角変化量を従属変数,脊柱アライメント(胸椎後弯角,腰椎前弯角),関節可動域(胸椎伸展,腰椎伸展,股関節伸展),筋力(脊柱起立筋,腸腰筋,大腿四頭筋),徐波化の有無(脊柱起立筋,大腿四頭筋)を独立変数として重回帰分析を実施し,年齢,性別,疾患を共変量として調整した。【結果】性別(β=0.30),骨粗鬆症(β=0.24),腰椎伸展可動域(β=−0.22),股関節伸展可動域(β=−0.28),大腿四頭筋筋力(β=0.25),大腿四頭筋徐波化(β=0.19),脊柱起立筋徐波化(β=0.22)が,胸椎後弯角の変化と有意に関連していた。【結論】歩行により胸椎後弯角は,骨粗鬆症を有する者や女性に増加しやすく,腰椎および股関節の伸展可動域が大きく,大腿四頭筋筋力が強いほど増加しにくい傾向があり,脊柱起立筋および大腿四頭筋の徐派化が生じると増加する可能性が示唆された。
Objective: In older people requiring minimal assistance, thoracic kyphosis posture tends to be exacerbated by walking. The aim of this study was to investigate the factors influencing the change in the thoracic kyphosis angle with walking. A total of 105 older people requiring minimal assistance participated in the study.
Method: Multiple regression analysis was conducted using the change in the thoracic kyphosis angle as the dependent variable. Independent variables included spinal alignment (thoracic kyphosis angle and lumbar lordosis angle), joint range of motion (thoracic extension, lumbar extension, and hip extension), muscle strength (erector spinae, iliopsoas, and quadriceps), and the presence of slow waves (erector spinae and quadriceps muscles). Age, sex, and comorbid conditions were adjusted as covariates.
Results: Significant predictors included sex (β=0.30), osteoporosis (β=0.24), lumbar extension range of motion (β=−0.22), hip extension range of motion (β=−0.28), quadriceps strength (β=0.25), erector spinae slow wave (β=0.22), and quadriceps slow wave (β=0.19).
Conclusion: The thoracic kyphosis angle was more likely to increase in women and those with osteoporosis and less likely to increase with greater lumbar and hip extension ranges of motion and stronger quadriceps strength. Conversely, fatigue of the erector spinae and quadriceps muscles tended to increase the thoracic kyphosis angle during walking.
脊柱には,頸椎前弯,胸椎後弯,腰椎前弯といった生理的弯曲が存在する。これらの弯曲は加齢に伴い変化し,高齢者の約60%に脊柱の矢状面アライメントの変形が認められると報告されている1)。こうした脊柱アライメントの変化は,単なる外見上の問題にとどまらず,歩行速度やバランス能力の低下と関連し,日常生活動作(Activities of Daily Living:以下,ADL)を制限する要因となる2)3)。
なかでも胸椎後弯角は,50°を超えると転倒,骨折,死亡のリスクが高まることから,脊柱アライメントの重要な指標とされている4)5)。この胸椎後弯角の増加は多因子性であり,年齢,椎体骨折,椎間板変性などの因子と関連していると報告されている6)7)。しかし,椎体骨折は後弯角増加の要因の40%未満にとどまり8),椎骨のBone Mineral Density(BMD)や椎体高の割合との相関も中程度に過ぎないことから9),胸椎後弯角の変化には器質的な因子だけでなく,他の身体的因子が関与している可能性が示唆される。
臨床現場では,通所介護施設を利用する要支援高齢者において,歩行時の不良姿勢の訴えや歩行練習後に胸椎後弯角の増加が認められることがある。先行研究では,脊柱変形を有する成人において,歩行の継続により胸椎後弯角が悪化すること10)11),また,腰椎後弯角の増大がエネルギー効率の低下や筋疲労と関連する可能性が報告されている12)。過度な後弯は,過剰な筋活動を要し,非効率なエネルギー消費を招くとされている13)。しかし,高齢者を対象とした歩行時の胸椎後弯角の変化に関する報告は限られている。
高齢者は,加齢に伴う筋力・柔軟性の低下や骨密度の減少により,脊柱アライメントの維持が困難となりやすく1),歩行中に胸椎後弯角が増大することでバランス能力の低下を招き,転倒リスクが高まる可能性がある。実際,脊柱アライメントの変化は転倒リスク因子の一つとして報告されており5),歩行時の胸椎後弯角の評価は,転倒予防やADLの維持において重要な指標となり得る。
歩行時に胸椎後弯角を維持するために,脊椎,骨盤,下肢の代償作用が働くが,その程度は脊柱や下肢の関節可動域(Range of Motion:以下,ROM),筋力に依存するとされている14)。しかし既存の研究の多くは,脊柱変形を有する成人を対象としており,要支援高齢者の身体的特性を十分に考慮した研究は少ない。また,体幹伸展筋の筋力や筋持久力など,局所的な指標に焦点を当てた研究が多く,脊柱のROMや下肢の筋力,筋持久力といった代償機能に関与する多様な因子を包括的に検討した報告は限られている。加えて,腰椎前弯角および胸椎後弯角は,加齢,性別,脊椎病変などの因子からそれぞれ異なる影響を受けることが示されており15)16),これらを独立した変数として扱う意義がある。また,短時間の立位姿勢では代償作用により胸椎後弯角が一時的に維持される可能性があるため,胸椎後弯角の評価には歩行などの動作を伴う状況を考慮する必要がある。そこで本研究では,要支援高齢者を対象に,歩行前後の胸椎後弯角を測定し,歩行による胸椎後弯角の変化に関連する身体的因子を検討することを目的とした。
本研究は横断研究である。なお,本研究は東京都立大学荒川キャンパス研究倫理委員会の承認(承認番号:22059)を得た上で,事前に対象者に研究趣旨と方法を口答と書面で説明し,書面での同意を得て実施した。
2. 対象者対象の取り込み基準は,(1)リハビリセンターRe:ACTIVE(通所介護施設)に通所する要支援者,(2)65歳以上85歳未満,(3)厚生労働省の「障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)」がJ1からJ2の者とした。除外基準は,(1)身体に神経症状を有する者,(2)脊柱および下肢に整形外科的な手術の既往を有する者,(3)歩行時に腰痛および下肢痛がある者とした。
3. 研究の手順1)基本情報の収集,測定手順対象者の基本情報として年齢,体重,身長,主な疾患,既往歴を問診により収集した。その後,脊柱アライメントおよびROMを測定した。続いて,10分間の連続歩行を実施し,歩行中の筋電図を測定した。歩行終了後直ちに,再度脊柱のアライメントの測定を実施した。筋力の測定は,疲労を考慮して別日に実施した。
2)脊柱のアライメントおよびROMの測定方法脊柱のアライメントおよびROMの測定には,脊柱形状計測分析器(Spinal Mouse, Index社製)を使用した。本機器の信頼性と妥当性については,先行研究によって有用性が認められている17)。対象者の肢位は自然立位および体幹最大伸展位とし,それぞれの肢位における脊柱の形状を測定した。検者は,第7頸椎から仙骨後面にかけて棘突起付近を,Spinal Mouseのトラッキングホイールで頭側から尾側に向かってトレースした。測定誤差を最小限に抑えるため,自然立位は「前方注視」「上肢は体側」「最大呼気時」と定義した。体幹最大伸展位では,「顎を引き,両手は体側につけて,膝を曲げずに背中を伸ばす」よう統一した指示を与え,標準化された方法で測定を実施した。得られたデータから,計測分析機付属の解析ソフト(SPM6)を用いてそれぞれの肢位における胸椎後弯角および腰椎前弯角を算出した。統計学的解析時の独立変数である脊柱のアライメント(胸椎後弯角,腰椎前弯角)は,自然立位時の胸椎後弯角および腰椎前弯角とした。また,脊柱のROM(胸椎伸展,腰椎伸展)として,胸椎後弯角,腰椎前弯角それぞれにおける体幹最大伸展時と自然立位時の差を算出した。歩行後の測定では,自然立位時のみ歩行前の測定と同様に行った。統計学的解析時の従属変数である胸椎後弯角変化量として,歩行前後の胸椎後弯角の差を算出した。測定はすべて3回実施し,平均値を代表値とした。
股関節伸展ROMの測定では,電子ゴニオメーター(伊藤超短波,イトーeasyangle)を用いた。測定方法は,日本リハビリテーション医学会が定めた方法に準じ,1°刻みで測定を行った。基本軸は,水平器(Tajima BX2-S10M)を用いて確認した。測定はすべて2回実施し,平均値を代表値とした。
3)10分間連続歩行,表面筋電図の測定方法10分間連続歩行では,10 m間隔で目印を配置した歩行路を対象者に10分間連続して往復させた。歩行速度は対象者の至適速度とした。測定前に対象者へ「可能な限り続けて歩いてください」と説明し,試験を開始した。歩行中に腰痛や自覚的症状が発生し,継続が困難であると検者が判断した場合,試験を中止した。歩行継続が困難となった対象者は除外し,解析対象は10分間連続歩行を完了できた対象者に限定した。
歩行中の筋電図(Electromyography:以下,EMG)の測定には,表面筋電計(TS-MYO,トランクソリューション株式会社)を用いた。2組の乾式表面電極センサーを,対象者の右側の大腿四頭筋(大腿中央部の大腿直筋筋線維)と脊柱起立筋(第3腰椎レベルの最長筋筋腹上)の皮膚表面に両面テープで貼付した。皮膚の表面処理および電極センサーの配置は,Surface ElectroMyoGraphy for the Non-Invasive Assessment of Muscles(SENIAM)の推奨18)に従い,サンプリング周波数1,000 Hz,増幅率約237倍で測定を行った。データ処理では,帯域周波数20–512 Hzのバンドパスフィルターを用いてフィルター処理を行った。荒川らの研究19)に基づき,周波数成分の変化による筋疲労の評価を採用した。定量的に分析するために,歩行開始1分後と10分後における,10周期分の平均パワー周波数(Mean Power Frequency:以下,MPF)の平均値をそれぞれ算出し,10分後のMPFの平均値が1分後のMPFの平均値より20%以上低下した場合を徐波化と判定した。EMGデータの取得においては,iPadアプリケーション(TS-MIO)を用いて歩行を撮影し,歩行位相の確認およびEMGデータとの同期を行った。得られたデータから,歩行開始1分後および10分後それぞれにおいてノイズが少なく波形が安定している10周期分のEMGデータを抽出した。抽出したデータを解析ソフト(Lab Chart Ver.8, ADInstruments)でFast Fourier Transform(FFT)を行い,MPFを算出した。歩行開始1分後と10分後のMPFの平均値をそれぞれ算出し,10分後のMPF平均値が1分後のMPF平均値より20%以上低下した場合を徐波化と判定した19)20)。
4)筋力の測定方法腸腰筋,大腿四頭筋,脊柱起立筋を対象に,徒手筋力計(Hand-Held Dynamometer:以下,HHD)µTas MT-1(ANIMA社製)を用いて最大等尺性収縮時の筋力を測定した。測定方法については,腸腰筋筋力は神谷らの方法21),大腿四頭筋筋力は加藤らの方法22)を用いた。脊柱起立筋の筋力測定は,Parkらの方法23)に準じて関節,膝関節90°屈曲位で足底は接地し体幹背側を壁につけた椅子座位にて,両上肢を胸の前で組んだ状態で,壁と体幹背側(Th7レベル)の間に配置したHHDのセンサーに対して,体幹伸展にて圧力をかけるよう対象者に指示して実施した。各測定は2回実施し,目視で明らかな代償運動が確認された場合は測定を中止し,再測定とした。疲労を考慮し,各測定の間には30秒の休息時間を設けた。2回の測定の最大値を代表値として用いて,体重で除した値(kgf/kg)を算出した。
4. 統計学的解析歩行前後における胸椎後弯角および腰椎前弯角の変化を確認するため,対応のあるt検定を用いて比較を行った。また,胸椎後弯角変化量を従属変数とし,脊柱アライメント(胸椎後弯角,腰椎前弯角),ROM(胸椎伸展,腰椎伸展,股関節伸展),筋力(脊柱起立筋,腸腰筋,大腿四頭筋),徐波化の有無(脊柱起立筋,大腿四頭筋)を独立変数として,強制投入法による重回帰分析を実施した。共変量として,年齢,性別,疾患(骨粗鬆症,圧迫骨折)を調整因子として加えた。多重共線性の判定にはVariance Inflation Factor(以下,VIF)を算出した。統計解析はIBM SPSS version 27.0(日本IBM)を用い,有意水準は5%とした。
115名を対象候補者として抽出し,脊柱手術の既往がある者3名,間欠性跛行を有する症例2名,神経症状がある症例1名を除外し,109名となった。さらに,研究参加を拒否した症例1名,測定当日に連絡が取れず測定できなかった症例3名を脱落者とし,最終的に105名を解析対象とした(図1)。対象者の基本属性を表1,各測定結果の結果を表2に示す。

| 性別男/女 | 28/77 |
| 年齢(歳) | 78.6 (5.4) |
| 身長(cm) | 154.8 (8.4) |
| 体重(kg) | 54.8 (10.1) |
| BMI(kg/m2) | 22.8 (3.2) |
| 要支援1/2 | 81/24 |
| 骨粗鬆症の有/無 | 29/76 |
| 脊椎圧迫骨折の有/無 | 19/86 |
平均値(標準偏差),BMI: Body Mass Index.
| 胸椎後弯角(°) | 41.5 (12.0) |
| 胸椎後弯角変化量(°) | 6.0 (5.8) |
| 腰椎前弯角(°) | −12.3 (14.7) |
| 胸椎伸展ROM(°) | −8.8 (9.7) |
| 腰椎伸展ROM(°) | −7.1 (10.5) |
| 股関節伸展ROM(°) | 9.0 (4.0) |
| 腸腰筋筋力(kgf/kg) | 0.25 (0.07) |
| 大腿四頭筋筋力(kgf/kg) | 0.44 (0.12) |
| 脊柱起立筋筋力(kgf/kg) | 0.31 (0.08) |
| 大腿四頭筋徐波化(有/無) | 76/29 |
| 脊柱起立筋徐波化(有/無) | 77/28 |
平均値(標準偏差).ROM: Range of Motion.
対応のあるt検定の結果,10分間歩行の前後で胸椎後弯角および腰椎前弯角は有意に増加した(p=0.001)。胸椎後弯角は歩行前41.5±12.0°から歩行後47.1±14.0°へ変化し,95%信頼区間は−6.7~−4.5°であった。腰椎前弯角は歩行前−12.3±14.7°から歩行後−14.9±17.4°へ変化し,95%信頼区間は0.6~4.6°であった(表3)。
| (n=105) | 歩行前 | 歩行後 | 変化量 | p値 | 95%信頼区間 |
|---|---|---|---|---|---|
| 胸椎後弯角(°) | 41.5 (12.0) | 47.1 (14.0) | 5.6 (5.8) | 0.001 | −6.7–−4.5 |
| 腰椎前弯角(°) | −12.3 (14.7) | −14.9 (17.4) | −2.6 (10.5) | 0.001 | 0.6–4.6 |
平均値(標準偏差).
胸椎後弯角変化量を従属変数とした重回帰分析の結果(表4)では,以下の因子が有意に関連していた:性別(β=0.30, p<0.01),骨粗鬆症(β=0.24, p=0.03),腰椎伸展ROM(β=−0.22, p=0.02),股関節伸展ROM(β=−0.28, P<0.01),大腿四頭筋筋力(β=0.25, p=0.04),大腿四頭筋徐波化(β=0.19, p=0.05),および脊柱起立筋徐波化(β=0.22, p=0.02)。自由度調整済み決定係数R2は0.212であり,VIFはすべて2未満で多重共線性は認められなかった。
| 従属変数 | 独立変数 | 非標準化係数 | 標準偏回帰係数(β) | t | 有意確率(p) | Bの95%信頼区間 | VIF | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 偏回帰係数(B) | 標準誤差 | 下限 | 上限 | ||||||
| 胸椎後弯角変化量 | (定数) | −5.76 | 10.59 | −0.54 | 0.59 | −26.80 | 15.29 | ||
| 胸椎後弯角 | 0.06 | 0.05 | 0.12 | 1.10 | 0.28 | −0.05 | 0.16 | 1.49 | |
| 腰椎前弯角 | −0.06 | 0.04 | −0.14 | −1.37 | 0.17 | −0.14 | 0.03 | 1.46 | |
| 胸椎伸展ROM | 0.00 | 0.05 | 0.00 | −0.05 | 0.96 | −0.11 | 0.11 | 1.11 | |
| 腰椎伸展ROM | −0.12 | 0.05 | −0.22 | −2.36 | 0.02 | −0.23 | −0.02 | 1.18 | |
| 股関節伸展ROM | −0.40 | 0.15 | −0.28 | −2.60 | 0.01 | −0.71 | −0.09 | 1.54 | |
| 脊柱起立筋筋力 | −13.21 | 6.85 | −0.19 | −1.93 | 0.06 | −26.82 | 0.41 | 1.27 | |
| 腸腰筋筋力 | −7.97 | 10.40 | −0.09 | −0.77 | 0.45 | −28.62 | 12.69 | 1.94 | |
| 大腿四頭筋筋力 | 12.21 | 5.99 | 0.25 | 2.04 | 0.04 | 0.30 | 24.12 | 2.05 | |
| 大腿四頭筋徐派化 | 2.41 | 1.22 | 0.19 | 1.97 | 0.05 | −0.02 | 4.83 | 1.19 | |
| 脊柱起立筋徐波化 | 2.83 | 1.23 | 0.22 | 2.30 | 0.02 | 0.38 | 5.27 | 1.18 | |
ANOVA<.001, 自由度調整済み,R2=0.212. VIF: Variance Inflation Factor, ROM: Range of Motion.
共変量:性別,年齢,脊椎圧迫骨折有/無,骨粗鬆症有/無をモデルに含めて調整.
本研究は,要支援高齢者を対象に,歩行による胸椎後弯角の変化と関連する身体的因子を重回帰分析により検討した。その結果,性別,骨粗鬆症の有無,腰椎伸展ROM,股関節伸展ROM,大腿四頭筋筋力,大腿四頭筋および脊柱起立筋の徐波化が,胸椎後弯角の変化と有意に関連していた。一方,年齢,脊椎圧迫骨折の有無,胸椎後弯角,腰椎前弯角,胸椎伸展ROM,脊柱起立筋筋力,腸腰筋筋力との関連は認められなかった。これらの結果から,歩行による胸椎後弯角の増加は,骨粗鬆症を有する者や女性でより顕著に生じる可能性が示唆された。また,腰椎および股関節の伸展ROMが大きく,大腿四頭筋筋力が強いほど,胸椎後弯角は増加しにくい傾向があり,脊柱起立筋および大腿四頭筋の徐派化が生じることで,胸椎後弯角が増加する可能性があることが示唆された。
本研究では,要支援高齢者が10分間の歩行を行うことで,胸椎後弯角が平均6°増加することが明らかとなった。この変化量は,スパイナルマウスを用いた先行研究17)で報告されている最小検出可能変化量(2.85~6.17°)の上限に近く,測定誤差の範囲を超えた実質的な変化と判断できる。また,この結果は,Baeら11)による,脊柱変形を有する成人における10分間の歩行後に胸椎後弯角が平均6.5°増加し矢状面バランスが悪化したという報告と一致しており,要支援高齢者においても歩行による胸椎後弯角の増悪が生じる可能性が示唆された。
Kendallら24)は,良い姿勢とは,骨盤直立で腹部・体幹・下肢に対して良いアライメントであることと述べており,このような理想的な姿勢は,脊柱の生理的弯曲を保ち,直立姿勢での安定性を確保し,エネルギー効率を最大化するとされている。また,Hollinshead25)は,脊柱の安定には重心線の位置が重要であり,適切に配列されていれば,必要な筋活動は最小限に抑えられると指摘している。これらの知見から,エネルギー効率の観点においても,重心線を適切な位置に維持するアライメントや姿勢が,動作時における安定性の確保において重要であると考えられた。
一方で,原田ら26)は,加齢により姿勢は変化するものの,重心位置自体は大きく変化しないことを報告している。これは,エネルギー効率の低下を防ぐために,身体が重心位置の変化を最小限に抑えようとする適応として,身体分節のアライメント異常に対して隣接関節が補償する代償機構が働いている可能性を示唆している。しかし,この代償機構が限界を超えると,重心線の偏移を補正できず,身体の一部に過剰な力学的負荷が集中し,アライメントや姿勢の維持が困難になると推察される。したがって,本研究で有意に関連が認められた因子は,胸椎への力学的負荷の集中を軽減し,効率的な姿勢の維持に寄与する可能性がある。以下に,統計的に有意であった各因子について詳述する。
1. 性別,年齢,疾患との関連性別に関しては,女性は閉経後のエストロゲン低下により筋力低下の影響を受けやすいことが知られている27)28)。この知見から,女性は胸椎後弯角を維持するための筋力が,男性と比較して不利である可能性がある。また,骨粗鬆症に関しては,椎体の脆弱性が脊柱アライメントの変化を助長する要因となることが指摘されており29)30),本研究においても同様の傾向が示された。一方で,年齢や脊椎圧迫骨折の有無は胸椎後弯角の増加と有意な関連を示さなかった。加齢に伴う筋力や骨密度の低下には個人差が大きいことが報告されており26),本研究の対象者においてもその影響が均一ではなかった可能性がある。また,脊椎圧迫骨折は静的な姿勢の変化には影響を及ぼすとされているが29)30),歩行時の動的な胸椎後弯角の変化に対する影響は明確になっていない26)31)。
2. 腰椎および股関節の伸展ROMとの関連腰椎伸展ROMが確保されている場合,骨盤の前傾が適切に保たれ,重心線の過度な前方偏移が抑制されることで,胸椎への力学的負荷が軽減される可能性がある。先行研究では,腰椎前弯角が減少すると重心線は前方を通過しやすくなり32),頭部重心およびC7 Plumb Line(以下,C7PL)も前方に偏移することが報告されている33)。これらの知見から,腰椎伸展ROMの制限は骨盤前傾の減少を引き起こし,結果として重心線やC7PLの前方偏移を助長し,胸椎に対する力学的負荷を増大させる可能性が示唆される。
また,本研究では股関節伸展ROMが大きいほど,胸椎後弯角の増大が抑制される傾向が認められた。先行研究では,骨盤の前方移動や後傾といった代償機構が重心移動の効率化に寄与し,姿勢保持筋への負荷軽減に関与することが報告されている31)34)。これらの知見から,股関節の伸展ROMが骨盤の動的調整能力を高め,胸椎アライメントの安定化に寄与している可能性がある。
3. 大腿四頭筋筋力および徐波化との関連大腿四頭筋は下肢の主要な伸展筋群であり,膝関節の安定性や支持機能を担うことが知られている27)35)。また,筋力低下が歩行時のエネルギー効率を低下させ,脊柱起立筋への負荷を増大させることが報告されている36)。これらの知見から,筋力低下により下肢の支持機能が不十分になると,代償的に体幹への負荷が増大し,胸椎後弯角の増大を助長する可能性がある。特に要支援高齢者では,加齢に伴う筋力低下のリスクが高く,その影響が顕著であることが示されている37)。
大腿四頭筋の徐波化は,筋疲労による筋力発揮の低下を示す指標とされており38),この状態では,膝関節の支持能力が低下し,脊柱への代償的負担が増加する可能性がある36)39)。同様に,脊柱起立筋の徐波化についても,脊柱起立筋の筋疲労が歩行後の胸椎アライメントに悪影響を及ぼすことが先行研究で報告されており12),本研究の結果もこの知見を支持するものであった。また,高齢者では,脊柱起立筋の筋持久力が低下しやすいことが報告されており40),筋持久力の低下に伴う筋疲労が胸椎への負荷を増大させ,胸椎後弯角の維持を困難にする可能性がある。
4. 胸椎後弯角および腰椎前弯角,胸椎伸展ROMが関連しなかった理由先行研究では,胸椎後弯角が大きいほど,胸椎後弯角の頂点と重心線の距離が広がるため,背筋群の過剰な活動が生じることが報告されている26)。この知見に基づき,本研究においても胸椎後弯角が大きいほど歩行時の姿勢制御に影響を及ぼすと予測していたが,統計的には有意な関連は認められなかった。この結果の一因として,高齢者では加齢に伴い胸椎屈曲ROMが減少することが報告されており41),歩行前の胸椎後弯角が大きくても,屈曲ROMの低下により,胸椎後弯角増加量が限定される可能性がある。すなわち,胸椎後弯角が大きくてもその変化幅が小さいため,有意な関連が示されなかったと考えられる。腰椎前弯角についても,個体差が大きい一方で,歩行中の変化が小さかったため,統計的な関連性の検出が困難であった可能性がある36)。
胸椎伸展ROMに関しては,高齢者では加齢に伴う胸郭の柔軟性の低下が報告されており42),これが胸椎の伸展ROMに影響を及ぼした可能性がある。また,胸椎の伸展に関与する筋力には個人差が大きく,本研究でもこのばらつきが測定値に影響を与えた可能性がある。これらの要因により,実際の胸椎伸展ROMと比較して,胸椎を伸展する能力に個人差が生じ,胸椎伸展ROM単独では歩行による胸椎後弯角の変化と有意な関連を示さなかったと考えられる。
5. 腸腰筋筋力,脊柱起立筋筋力が関連しなかった理由腸腰筋および脊柱起立筋は,骨盤および体幹の安定性に関与する重要な役割を担うが,動的な状況においては,これらの筋力が単独で胸椎後弯角の変化に与える影響が限定的であることが報告されている43)。特に高齢者では,これらの筋群の機能低下に伴い,大腿四頭筋や殿筋群などの他の筋群が代償的に活動することが知られている27)35)。これらの知見から本研究の対象者においては腸腰筋および脊柱起立筋の筋力の影響が相対的に小さくなり,他の筋群による代償作用や,歩行中の姿勢制御が複数の筋の協調的な働きによって維持されている可能性がある。
6. 研究限界本研究にはいくつかの限界がある。まず,回帰式の自由度調整済み決定係数R2が0.212と低いことが示されたことである。これは,要支援高齢者における胸椎後弯の代償方法が多様であり,残存機能に応じた代償パターンの違いや本研究で評価されなかった他の要因が影響している可能性を示唆している。次に,脊柱アライメントの測定は静的立位時の矢状面に限定されており,重心位置や動作解析を含む動的評価ができていないことである。そのため,歩行中の胸椎後弯角の変化に関する解釈は推測の域を出ない点も,本研究の重要な限界である。最後に,対象者の既往疾患による影響を完全に調整することが難しく,サンプルサイズの制約により疾患別のサブグループ解析が実施できなかった点が,解釈の一般化を制限する要因となったことである。今後の課題としては,対象者数を増やすとともに,疾患の影響を考慮したサブグループ解析や動的評価を含む3次元的な運動分析を取り入れた研究が求められる。一方で,本研究は要支援高齢者において,持続的な歩行が胸椎後弯角の増大を引き起こす可能性を示した点に意義がある。この知見は,要支援高齢者の転倒予防やADLの維持・向上の観点から重要であるとともに,胸椎後弯姿勢対策の重要な足がかりとなると考えられる。
7. 臨床的意義要支援高齢者における歩行時の胸椎後弯角の増加には,性別や既往歴,代償パターンなど複数の因子が関与しており,これらを踏まえた包括的な評価が求められる。歩行訓練においては,良好な姿勢を維持できる歩行時間や負荷量を適切に設定することが重要である。
要支援高齢者を対象に,歩行による胸椎後弯角の変化と関連する身体的因子を重回帰分析により検討した結果,性別,骨粗鬆症の有無,腰椎伸展ROM,股関節伸展ROM,大腿四頭筋筋力,大腿四頭筋および脊柱起立筋の徐波化が,胸椎後弯角の変化と有意な関連を示した。
本研究に関して,開示すべき利益相反はない。