Journal of Innovation Management
Online ISSN : 2433-6971
Print ISSN : 1349-2233
Articles
Other Comprehensive Income and Equity
Masato Kikuya
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2021 Volume 18 Pages 1-24

Details
要旨

会計における利益観が収益費用利益観から資産負債利益観にシフトした結果として、財務業績の指標値として当期純利益とともに包括利益が重要な地位を占めてきた。包括利益とは、取引およびその他の経済的事象(資本取引を除く)から生じる一定期間における事業体の純資産の変動額である。一定期間の包括利益には、当期損益にプラスされて当該期間に認識された「その他の包括利益」(OCI)も含まれる。わが国では、「その他の包括利益」として「その他有価証券評価差額金」、「繰延ヘッジ損益」、「退職給付に係る調整額」、「為替換算調整勘定」が「損益及び包括利益計算書」または「包括利益計算書」において表示されている。これらの項目は、価格変動・金利変動・為替相場変動のように、経営者がコントロールできない外部的経済事象から生じている。

本稿では、包括利益および「その他の包括利益」(OCI)の本質・特徴を解明した上で、「その他の包括利益累計額」の会計処理(とりわけ表示方法)を理論的に考察する。結論として、バッター資金会計論における持分概念(資産に対する拘束)に基づいて、「その他の包括利益累計額」は「企業体持分」(「資金持分」)として表示する。

Abstract

The view of earnings in accounting shifted from the revenue and expense view of earnings to the asset and liability view of earnings, with the result that comprehensive income now occupies an important position alongside current net profit as an indicator of financial performance. Comprehensive income is the change in net asset of an entity during a period resulting from transactions and other economic events (excluding capital transactions). Comprehensive income for a period includes current profit or loss plus “other comprehensive income” (OCI) recognized in that period. In Japan, “revaluation differences on other securities”, “deferred profit or loss on hedge transactions”, “retirement benefit adjustments” and “currency translation adjustments” can be presented in “statement of income and comprehensive income” or “comprehensive income statement” as the OCI. These items originate in external economic events that the management can not control, such as price, interest rate and exchange rate fluctuations.

In this article, the essence and the characteristics of comprehensive income and OCI are explicated, and then the accounting treatment (in particular, the presentation method) of “accumulated OCI” is theoretically examined. In conclusion, “accumulated OCI” should be stated as “enterprise equity” (or fund equity) on the basis of the equity concept (restriction to assets) under Vatter’s Fund Theory of Accounting.

1.  開題

米国会計学会(American Accounting Association:以下、AAAと略す)が1966年7月に公表した『基礎的会計理論書』(A Statement of Basic Accounting Theory:以下、ASOBATと略す)は、その後における米国会計界に多大な影響を与えた1。ASOBATは、会計を「情報の利用者(users of the information)が事情に精通して判断や意思決定を行うことができるように、経済的情報を識別・測定・伝達するプロセス(the process of identifying, measuring, and communicating economic information)である。」(AAA(1966)p.1.訳書、2頁)と定義し、情報利用者の経済的意思決定に対する有用な情報の提供を財務報告の基本目的として標榜する「意思決定有用性アプローチ」(decision-usefullness approach)を採択した。

現在・将来の株主、債権者、従業員およびその他の利害関係者(stakeholders)のニーズを満たすために、原価と時価による多欄式財務諸表(multi-column statements)の作成が提案され、原価と時価に基づく「多元的評価による情報」(multi-valued information)の作成・提供が提唱された。つまり、取得原価欄(historical-cost columns)と時価欄(current-cost columns)の並記による多元的測定値(multiple measurements)を施した財務諸表が推奨されている(AAA(1966)pp.19 and 81–95.訳書、29頁および115–137頁)。

企業の利益数値の安定性、リスクおよび予測可能性については企業ごとに異なるので、外部情報利用者の経済的意思決定のために、情報の有用性の観点から各企業の各種活動・取引・事象の影響・リスクの程度等を開示する財務情報として、取得原価のほかに時価に基づく会計数値が重要視された。その結果として、米国における会計観・利益観が「収益費用利益観」(revenue and expense view of earnings)から「資産負債利益観」(asset and liability view of earnings)に移行していくことになった2

「収益費用利益観」とは、当該期間の収益とその収益獲得のために犠牲となった費用との差額を期間損益(periodic profit or loss)とみなす利益観(view of earnings)であり、費用•収益の認識・測定およびそれに基づく費用・収益対応(matching costs and revenues)によって期間損益は算定されるものとする。

他方、「資産負債利益観」とは、当該期間に帰属する企業の純資産(net asset)における変動額を当期損益とみなす利益観であり、資産・負債に基づく純資産の期首と期末の差額によって期間損益は算出・確認されるものとする。「資産負債利益観」では、財務諸表の中核的な構成要素は資産と負債であり、資産と負債の差額である「純資産」の期中変動額が当該期間の損益として算定されるので、この利益観に基づいて資産・負債が時価で評価された場合、原価と時価との差額に関する会計処理が問題となる。

この会計処理問題を解消する利益概念として、米国の財務会計基準審議会(Financial Accounting Standards Board:以下、FASBと略す)が1980年12月に「財務会計概念書第3号 営利企業の財務諸表の構成要素」(Statement of Financial Accounting Concepts No.3 Elements of Financial Statements of Business Enterprises:以下、SFAC3と略す)を公表し、「包括利益」(comprehensive income)という概念を初めて公的に示した。SFAC3(para.56)の定義によれば、「包括利益」とは、出資者以外の源泉からの取引その他の事象・環境要因から生じる一会計期間における持分(純資産を意味する)の変動(つまり、「純資産の期中変動額」)である。

その後、FASBが1984年12月に公表した「財務会計概念書第5号 営利企業の財務諸表における認識・測定」(Statement of Financial Accounting Concepts No.5 Recognition and Measurement in Financial Statements of Business Enterprises:以下、SFAC5と略す)において、情報の有用性の観点から稼得利益・包括利益の測定による業績および内訳要素を表示する「稼得利益および包括利益計算書」(Statements of earnings and comprehensive income)の作成が提案されていた(SFAC5,para.30)。SFAC5の提案を受け入れて、1997年6月に「財務会計基準書第130号 包括利益の報告」(Statement of Financial Accounting Standards No.130 Reporting Comprehensive Income:以下、SFAS130と略す)が公表され、「包括利益計算書」(statement of comprehensive income)の作成が容認されるに至った。

FASBは、財務業績の構成要素の区分開示(separate disclosure of components of financial performance)のために、「稼得利益」(わが国の「当期純利益」に相当する)と「その他の包括利益」(other comprehensive income:以下、OCIと略す)を表示する方法として、(1)「損益および包括利益計算書」(statement of income and comprehensive income)による一計算書方式、(2)従来の損益計算書と包括利益計算書から成る二計算書方式、(3)OCIを持分変動計算書(statement of changes in equity)に開示する方式を提案している(SFAS130,paras.14–17)。

英国では、会計基準審議会(Accounting Standards Board:以下、ASBと略す)が1992年10月に「財務報告基準第3号 財務業績の報告」(Financial Reporting Standard 3 Reporting Financial Performance:以下、FRS3と略す)を公表し、損益計算書とともに、米国の「包括利益計算書」に相当する「総認識利得損失計算書」(statement of total recognised gains and losses)も作成する二計算書方式を既に1993年6月から導入していた3

国際会計基準審議会(International Accounting Standards Board:以下、IASBと略す)の前身であった国際会計基準委員会(International Accounting Standards Committee:以下、IASCと略す)も「国際会計基準第1号(1997年改訂) 財務諸表の表示」(International Accounting Standard 1 (revised 1997) Presentation of Financial Statements:以下、IAS1(1997年改訂)と略す)を1997年7月に改称・改訂し、付録に「認識利得損失計算書」(statement of recognised gains and losses)を例示していた4。IASBにより2007年に改訂されたIAS1(2007年改訂)では、(1)単一の「包括利益計算書」による一計算書方式、(2)当期純利益の構成要素を示す従来の「損益計算書」と当期純利益から開始してOCIの内訳を表示する「包括利益計算書」から成る二計算書方式の選択適用が認められている(IAS1(2007年改訂)para.81)。

わが国では、先行基準であるSFAS130、IAS1(2007年改訂)等をモデルにして、企業会計基準委員会(Accounting Standards Board of Japan:以下、ASBJと略す)が2010年6月30日に企業会計基準第25号「包括利益の表示に関する会計基準」(以下、「会計基準25号」と略す)を公表し、2013年9月13日に最終修正している。「会計基準25号」(6項)では、IAS1(2007年改訂)と同様に、(1)当期純利益を構成する項目とOCIの内訳を単一の「損益及び包括利益計算書」に表示する一計算書方式、(2)従来の「損益計算書」とOCIを内訳表示する「包括利益計算書」から成る二計算書方式の選択適用が認められている。

本稿では、包括利益を導き出した「資産負債利益観」について「収益費用利益観」と比較・検討し、包括利益を構成するOCIの本質・特徴を解析した上で、「その他の包括利益累計額」(accumulated OCI)の会計処理(とりわけ表示方法)を理論的に考察する。その場合、「持分概念」を質的に拡大解釈することによって、「その他の包括利益累計額」の表示方法が新規に提案される。

2.  利益観の変移―収益費用利益観から資産負債利益観に―

前述したように、米国・英国では、意思決定有用性アプローチや時価情報の重要性を斟酌して、会計観・利益観が「収益費用利益観」から「資産負債利益観」にシフトしていった。

「収益費用利益観」では、費用・収益対応によって期間損益が算定されるので、財務諸表の中核的な構成要素は当該期間の「収益」(revenues)と「費用」(expenses)である。一般的に言えば、「収益」とは、財貨の供給あるいはサービスの提供(supplying goods or rendering services)のような「主要な営業活動」(principal operations)から生じる資産の流入または増加(inflow or accretion of assets)あるいは負債の弁済(または双方の組み合わせ)である。「費用」とは、「主要な営業活動」を遂行する目的のための資産の流出または費消(outflows or using up of assets)あるいは負債の発生(または双方の組み合わせ)である(Solomons(1989)pp.23–24)。

「収益」と同様に、純資産の増加(increases in the net assets)であるが、付随的な取引(incidental transactions)、資産価値・負債価値の変動あるいは収益または所有主による投資(investments by owners)から生じる事象・状況以外の事象・状況からもたらされる純資産の増加は、「利得」(gains)として区別される。また、「費用」と同様に、純資産の減少(decreases in the net assets)であるが、付随的な取引、資産価値・負債価値の変動あるいは費用または所有主への分配(distributions to owners)から生じる事象・状況以外の事象・状況によりもたらされる純資産の減少は、「損失」(losses)として区別される(Solomons(1989)pp.23–24)。

「収益費用利益観」では、財務諸表の中核的な構成要素である「収益」と「費用」および「利得」と「損失」は、「主要な営業活動」および「付随的性質」(incidental nature)あるいは「不可抗力的性」(irresistible nature)によって区分されている。

一方、「資産負債利益観」では、資産と負債の差額である「純資産」の期間変動額(純資産の期間差額)を当期損益とみなすので、財務諸表の中核的な構成要素は「資産」(assets)と「負債」(liabilities)である。

米国のFASBが1985年12月にSFAC3を廃棄・差し替えて修正・公表した「財務会計概念書第6号 財務諸表の構成要素」(Statement of Financial Accounting Concepts No.6 Elements of Financial Statements:以下、SFAC6と略す)の規定によれば、「資産」とは、過去の取引または事象の結果(a result of past transactions or events)として、ある特定の事業体が取得または支配している、発生可能性の高い将来の経済的便益(probable future economic benefits)である(SFAC6,para.25)。

英国のASBが概念フレームワークとして1999年に公表した『財務報告原則書』(Statement of Principles for Financial Reporting:以下、SPFRと略す)の定義によっても、「資産」とは、過去の取引または事象の結果として、ある事業体(entity)が支配している将来の経済的便益に対する権利またはその他の手段(rights or other access to future economic benefits)である(SPFR,para.4.6)。

IASCが概念フレームワークとして1989年に公表した『財務諸表の作成・表示のためのフレームワーク』(Framework for the Preparation and Presentation of Financial Statements:以下、IASC概念FWという)も、SFAC6と同様に、「資産」の定義として、過去の事象の結果として特定の事業体が支配し、かつ、将来の経済的便益が当該事業体に流入すると期待される資源であると理解している(IASC概念FW,para.49)。その後、IASBによって2018年に改訂された『財務報告のための概念フレームワーク』(Conceptual Framework for Financial Reporting.:以下、IASB概念FW(2018年改訂)(paras.4.3–4.4)では、「資産とは、過去の事象の結果として企業が支配する現在の経済的資源である。経済的資源とは、経済的便益を生み出す潜在能力を有する権利をいう。」と修正され、英国のSPFRにおける「資産」の定義に近づいた。

わが国のASBJの「基本概念ワーキング・グループ」によって2004年7月に作成・公表された討議資料『財務会計の概念フレームワーク』(以下、「討議資料」という)は、「資産(assets)とは、過去の取引または事象の結果として、報告主体(entity)が支配(control)している経済的資源(economic resources)またはその同等物をいう。」(「討議資料」21頁)と定義しているが、米国のSFAC6、英国のSPFR、IASC概念FW・IASB概念FW(2018年改訂)における資産概念を踏襲した形で規定している。

このように、資産の本質(essence of an asset)は「将来の経済的便益稼得能力」(capacity to obtain future economic benefits)を備えた経済的資源として捉えられ、「過去の取引・事象の結果」および「特定の事業体の支配」が資産性の前提要件となっている。

資産概念と同様に、「資産負債利益観」における鍵概念(key concept)として中核的な構成要素である「負債」の定義について、FASBは、「過去の取引または事象の結果として、ある特定の事業体が将来において他の事業体に資産を引き渡す、あるいはサービスを提供する現在の義務(present obligations)から生じる、発生可能性の高い将来の経済的便益の犠牲(probable future sacrifices of economic benefits)である。」(SFAC6,para.35)と規定した。

IASC概念FW(para.49(b))の定義においても、負債とは、過去の事象から発生した特定事業体の現在の義務であり、これを履行するためには経済的便益を有する資源が当該事業体から流出すると予想されるものである。英国のSPFRも、「負債」の定義として、過去の取引または事象の結果として当該事業体が経済的便益を引き渡すべき義務であると理解し、負債であるためには「経済的便益の引渡し」(transfer of economic benefits)を伴う義務でなければならないと定めている(SPFR,paras.4.23–4.24)。

わが国のASBJの「討議資料」も、「負債(liabilities)とは、過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源を放棄もしくは引き渡す義務、またはその同等物をいう。」(「討議資料」22頁)と規定し、SFAC6、IASC概念FWとSPFRとほぼ同様の定義を提示している。

このように、負債の本質は「将来の経済的便益の引渡しを伴う現在の義務」として把握され、「過去の取引•事象の結果」および「特定の事業体の義務履行」が負債性の前提要件とされている。

「資産負債利益観」に従えば、財務諸表の構成要素を定義するに際して、資産と負債を鍵概念として定義した後に、他の構成要素の定義も誘導することになる。まず、資産の本質を「将来の経済的便益」として把握し、次に負債を「経済的便益の引渡義務」と捉え、両者の差額を所有者持分(ownership interest)と定義する。所有者持分とは、当該事業体のすべての資産からすべての負債を控除した残余金額(residual amount)である(SPFR,para.4.37)。

「所有者持分」は、SFAC6号(para.35)では「持分」(equity)または「純資産」(net assets)、IASC概念FW(para.49)では「持分」、わが国の「討議資料」(22頁)では「純資産」と呼ばれているが、資産と負債との差額概念として定義されている点では共通していると言える。

ソロモンズ(Solomons(1989)p.25)も指摘しているように、「所有主持分」(owner’s equity)は純資産(すなわち、資産合計が負債合計を超える超過額)における所有主の残余権益(residual interest)であるので、「所有主持分」が財務諸表の従属構成要素とされるのは、二つの中核的な構成要素である資産と負債の差額として測定されるに過ぎないからである。所有主は、配当等の投資収益を期待して投資するのであるが、債権者とは異なり、「経済的便益の引渡し」を強要できる能力を持たないので、当該事業体の資産から債権者に対する負債を控除した後の残余持分(residual interest)が「所有主持分」となる(SPFR,para.4.38)。

資産と負債の差額である「純資産」の期中変動額を当期損益として算定する「資産負債利益観」では、純資産の差額(あるいは当該期間内における収益・利得と費用・損失との差額)が「包括利益」として捉えられている。「資産負債利益観」から派生する「包括利益」とは、特定の会計期間内における所有主持分の変動額(change in owners equity)であり、純資産の差額に過ぎない(Solomons(1989)p.26)。「所有主持分」、「持分」または「純資産」は、資産と負債が先に算定された後の差額であり、残余金額による消極的な概念である。

3.  「その他の包括利益」の特徴

3.1  「包括利益」と「その他の包括利益」

米国のSFAS130が提案・容認する「包括利益計算書」に計上・表示される「包括利益」は、出資者以外の源泉からの取引その他事象・環境要因から生じる持分(純資産)の変動であり、「稼得利益」は包括利益から(a)前期損益修正の影響額(たとえば、会計基準の変更に伴う累積的影響額)、(b)特定の損益(たとえば、固定資産として分類される市場性ある持分証券への投資の時価変動、外貨換算調整勘定等)を排除したものである(菊谷(2000)129頁)。基本的に、包括利益から稼得利益(わが国の当期純利益に相当する)を控除した利益がOCIとして残る。

その他の包括利益(OCI)=包括利益-稼得利益

英国のASBが2000年12月24日に公表した公開草案第22号「FRS3“財務報告”の改訂」(FRED22:Revision of FRS3Reporting Financial Performance”:以下、FRED22と略す)は、財務業績(financial performance)の発生原因・構成要因を(i)営業(operating)による損益、(ii)資金調達・資金連用(financing and treasury)からの損益および(iii)その他の利得・損失(other gains and losses)に三区分した(FRED22,paras.14–15)。さらに、「その他の利得・損失」(米国のSFAS130、わが国の「討議資料」でいう「その他の包括利益」(OCI)に相当する)として、次のような項目を挙げている(FRED22,para.26)。

(a)固定資産の再評価損益(revaluation gains and losses on fixed assets)

(b)継続事業における資産の処分損益(gains and losses on disposal of properties in continuing operations)

(c)確定給付年金制度に係る数理計算上の差異(actuarial gains and losses arising on defined benefit schemes)

(d)廃止事業の処分損益(profits and losses on disposal of discontinuing operations)

(e)外貨建純投資に係る為替換算差額(exchange translation differences on foreign currency net investments)

(f)投資不動産に係る再評価損益(revaluation gains and losses arising investment property)

(g)未行使の新株予約権の失効時に、当該新株予約権に関して過年度に認識された金額(on the lapse of an unexercised warrant, the amount previously recognized in respect of that warrant)

上記(b)・(d)は従来の損益計算書に記載されていた臨時損益項目であり、(a)・(e)・(f)のみが従来の「総認識利得損失計算書」において計上されていた。(c)・(g)は、「その他の利得損失」(OCI)として新規に導入されている。FRED22は、「その他の利得・損失」(OCI)について伝統的な実現概念ではなく、損益発生の非反復性、資産の保有損益、外部事象からの損益発生等といった特徴に基づいて識別している。その結果、「その他の利得損失」(OCI)の区分に、資産の原価と時価の差額である保有損益、臨時損益あるいは前期損益修正額が混在するようになった。

前述のように、先行基準であるSFAS130、IAS1(2007年改訂)等をモデルにして作成された「会計基準25号」(4項、24項)の定義によれば、「包括利益」とは、ある企業の特定期間の財務諸表において認識された純資産の変動額(純資産の期間差額)のうち、当該企業の純資産に対する持分所有者(当該企業の株主、新株予約権の所有者、子会社の非支配株主)との直接的な取引(資本取引)によらない部分であり、SFAS130、IAS1(2007年改訂)等の包括利益概念を踏襲している。

このように、包括利益を構成する純資産の変動額は、あくまでも財務諸表において特定の会計期間に認識されたものであり、純資産に対する持分所有者との資本取引以外の取引・経済的事象による純資産の変動額に限られる。要するに、「包括利益」は、特定の会計期間に認識され、持分所有者に帰属する純資産の変動額(ただし、資本取引による増減を除く)である。

このような包括利益のうち、「当期純利益」(個別財務諸表の場合)または「親会社株主に帰属する当期純利益」(連結財務諸表の場合)に含まれない部分は、OCIとして区分計上・表示される。OCIは、包括利益と当期純利益との間の差額である(「会計基準25号」5項)。

包括利益=当期純利益+その他の包括利益(OCI)

包括利益の分割・区分表示は、財務諸表利用者が企業全体の事業活動について検討することに役立つが、それでは、包括利益と当期純利益の差額であるOCIには、どのような取引・経済的事象が発生源泉となっているのであろうか。

わが国の「企業会計基準」(第5号、第10号、第25号、第26号等)では、OCIの内訳項目として、「その他有価証券評価差額金」、「繰延ヘッジ損益」、「退職給付に係る調整額」、「為替換算調整勘定」等が列挙されている。英国のFRS3(para.36)やIAS1(2007改訂)(para.7)では、「固定資産再評価損益」もOCIに含まれる5

「その他有価証券評価差額金」は、その取得原価と時価との差額であり、株価変動(価格変動)から生じる。「繰延ヘッジ損益」は、デリバティブ取引をヘッジ手段として用いるヘッジ取引において、ヘッジ対象には時価評価を行わず、ヘッジ手段には時価評価を行うために生じる差額であり、デリバティブ取引に係る価格・金利・為替相場の変動により生じる。「退職給付に係る調整額」は給与水準の改訂・年金資産の価格変動等、「固定資産再評価損益」は固定資産の価格変動から生じる変動額である。「外貨換算調整勘定」とは、外貨表示財務諸表に決算日レート法を適用した場合、資産・負債を決算日レートで換算する際に生じた換算差額であり、為替相場の変動により生じる。

このように、OCIの発生要因には価格変動、株価変動、金利変動、為替相場変動等が考えられる。原則として、経営者がコントロールできる取引(継続的・通常的・内部的な営業取引等)から生じる「当期純利益」とは異なり、OCIは、基本的には、事業活動の遂行上、経営者がコントロールできない外部的経済事象・不確定要素から生じている点に特徴がある。OCIは、基本的には、不確定要因・見積要因・変動要因の強い外部的経済事象を発生要因としている点で共通する。

包括利益あるいはOCIの内訳を表示する目的は、期中に認識された取引・経済的事象(資本取引を除く)により生じた純資産の期間差額(純資産の期中変動額)を報告し、当該期間にリスクから解放された投資の成果である「当期純利益」を表示するとともに、経営者がコントロールできない外部的経済事象・不確定要素から生じ、まだ投資のリスクから解放されていない「その他の包括利益」の内訳項目を明瞭に開示することである。

ちなみに、「投資のリスク」とは、投資の成果の不確実性を意味し、投資に当たって期待された成果が事実となれば、それはリスクから解放されることになる。「討議資料」の見解によれば、投資に期待された成果に対比される事実が生じ、投下資金が「投資のリスク」から解放された時点で収益・費用は把握され、「リスクから解放された投資の成果」が「当期純利益」となる(「討議資料」23–24頁および45頁)。

投資のリスクから解放された「当期純利益」とともに、経営者がコントロールできない外部的経済事象・不確定要素から生じるOCIに関する情報を提供することは、投資者等の財務諸表利用者に対して企業の特定期間における複雑・多様な財務業績を評価し、さらには将来の財務業績(最終的にはキャッシュ・フロー)を予測するのに貢献できる。

ただし、現行制度上、OCIは未実現であるために、配当制限が加えられている。「当期純利益」が、特定期間における純資産の変動(資本取引による部分を除く)のうち、当該期間中にリスクから解放された投資の成果であり、分配可能利益である一方、OCIは、未実現利益であり、配当制限された利得である。「当期純利益」が当期の稼得利益であるのに対し、OCIは将来の稼得可能利益であると言える。その役割の差は、当期における利益の分配可能性にある(菊谷(2013)69頁)。

3.2  「その他の包括利益」の発生原因と特徴

(1)  為替換算調整勘定

企業会計審議会が1979年6月26日に公表し、1999年10月20日に最終改正した「外貨建取引等会計処理基準」(以下、「外貨処理基準」と略す)は、在外子会社・在外関連会社の外貨表示財務諸表(foreign currency financial statements)を連結するに際に、換算方法として従来の「修正テンポル法」(modified temporal method)から「決算日レート法」(current rate method)に大転換している。

ちなみに、わが国独自の換算方法であった「修正テンポル法」とは、長期の金銭債権・債務を取引日レートで換算すること以外は基本的にテンポル法と同じであるが、そのほかに換算のパラドックス(paradox of translation)を避けるために、(1)当期純利益と期末留保利益を決算日レートで換算し、(2)換算によって生じた為替差額を資産または負債として「為替換算調整勘定」に記載する方法であった。企業会計審議会は、会計基準の国際的調和化のために「外貨処理基準」を1999年に大幅改訂し、長期の金銭債権・債務も決算日レートで換算するとともに、外貨表示財務諸表に「決算日レート法」を適用した場合における「為替換算調整勘定」を「資本の部」(現在、「純資産の部」)に表示する会計処理に変更した(菊谷(2000)88–92頁)。

「外貨処理基準」(第三)の規定に従えば、資産および負債は決算時の為替相場(決算日レート)で換算し、換算によって生じた換算差額は「為替換算調整勘定」に計上し、「資本の部」に記載するとともに、収益および費用に期中平均相場または決算時の為替相場を適用することによって生じた換算差額も「為替換算調整勘定」として「資本の部」に記載することになっている。

米国のFASBが1981年12月に公表した「財務会計基準書第52号 外貨換算」(Statement of Financial Accounting Standards No.52 Foreign Currency Translation:以下、SFAS52と略す)の見解によれば、「換算調整」(translation adjustment)は(1)包括利益の未実現部分(unrealized component of comprehensive income)または(2)換算手続きの機械的な副産物(mechanical by-product of the translation process)とみなすことができるので、この視点より「持分の独立項目」(separate component of equity)として処理できる(SFAS52,paras.113–114.訳書、355–336頁)。

「外貨処理基準」では、決算時の為替相場を用いた場合における「為替換算調整勘定」は、決算時の為替相場により換算した在外子会社等の資産・負債の換算差額を取得時・発生時の為替相場(取引日レート)により換算した資本項目の総額に一致させるための「資産・負債全体に対する包括的な調整項目」として解釈されている。「為替換算調整勘定」は、資産性(将来の経済的便益稼得能力を備えた経済的資源)または負債性(将来の経済的便益の引渡しを伴う義務)をもつ独立の項目を意味するものではない。

(2)  その他有価証券評価差額金

わが国のASBJが企業会計審議会公表の「金融商品に係る会計基準」を2006年8月11日に修正・公表し、2019年7月4日に最終改正した企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下、「会計基準10号」と略す)の規定によれば、「その他有価証券」とは、売買目的有価証券、満期保有目的の債券、子会社株式・関連会社株式のいずれにも該当しない有価証券をいう。「その他有価証券」には、相互持合株式、市場状況によって売却を予定している長期利殖目的有価証券等、多様な有価証券が含められ、一義的にその属性を定めることは困難であるため、売買目的有価証券と子会社株式・関連会社株式との中間的な性格を有するものとして一括的に捉えられている(「会計基準10号」75項)。

「その他有価証券」は、「売買目的有価証券」と同様に、時価をもって貸借対照表価額とする(「会計基準10号」18項)。

「売買目的有価証券」は、いずれは売却することにより時価評価差額である利益を稼得する目的で保有しているので、時価評価が有用な情報となる。売買目的有価証券には売却することに事業遂行上の制約がないので、時価評価差額は投資の成果としてリスクから解放され、当期の損益として認識することができる(「会計基準10号」70項)。

「その他有価証券」も、いずれは売却することにより時価評価差額である利益を稼得する目的で保有しているので、時価評価が有用な情報となる。「その他有価証券」には売却・換金することに事業遂行上の制約があるので、時価評価差額は投資の成果としてリスクから解放されず、当期の損益として認識することができない。実際に売却されるまでは、税効果処理後に「その他有価証券評価差額金」として「純資産の部」における「その他の包括利益累計額」に表示される(「会計基準10号」70項)。

たとえば、「その他有価証券」に該当する投資有価証券(帳簿価額:1,000万円)の期末時価が1,500万円に値上った場合、税効果処理を施した仕訳は次のとおりである(単位:万円)。なお、実効税率を30%とする。

(借) 投資有価証券 500(1) (貸) 繰延税金負債 150(2)
その他有価証券評価差額金 350
(1)1,500万円-1,000万円=500万円
(2)500万円×30%=150万円

「その他有価証券評価差額金」は、その帳簿価額(取得原価)と時価との差額(税効果処理後)であり、未実現損益であるので、当期の分配可能利益として算入できないように、売却譲渡するまでは「その他の包括利益累計額」として計上される。要するに、「その他有価証券評価差額金」は一時的な繰延損益として「その他の包括利益累計額」に表示されている。

(3)  繰延ヘッジ損益

企業が事業活動を遂行するに際しては、価格リスク・金利リスク・為替リスク等の市場相場変動リスクに晒されているので、これらのリスクによって将来生じるかもしれない損失を減殺・回避するために、損失防御策として「ヘッジ取引」(hedge transactions)が利用されることもある。

「ヘッジ取引」とは、ヘッジ対象となる資産または負債に係る変動相場リスクを相殺するか、ヘッジ対象の資産または負債に係るキャッシュ・フローを固定してその変動相場リスクを回避することにより、ヘッジ対象である資産または負債の価格変動、金利変動および為替変動といった相場変動等による損失の可能性を減殺することを目的として、「デリバティブ取引」をヘッジ手段として用いる取引である(「会計基準10号」96項)。

ちなみに、「デリバティブ取引」(derivatives transactions)とは、実際に契約された元本その他の現物受渡しが取引当事者間で行われる「現物取引」とは異なり、現物市場における株式、外国通貨、金利等の原資産(underlying asset)の価格・指標そのものを取引対象とし、契約時には原則として現物の受渡しはない(三浦(1995)57頁)。このようなデリバティブ取引は、元本金額を動かすことなく、原資産の市場変動相場による財務的リスク(financial risk)を回避する目的(リスク・ヘッジ目的)で利用できる反面、デリバティブ契約における最小の当初利用費用に対して多くの報酬を得ることができる「レバレッジ効果(leverage)があるため、投機(speculation)に走り易い(Strassheim(1997)pp.1–2)。

「デリバティブ取引」は、基本的取引として、先物取引、先渡取引、オプション取引、スワップ取引に分類されるが、正味の債権または債務の時価の変動により保有者が利益を得たり、損失を被る取引である。「デリバティブ取引」により生じる正味の債権・債務は時価で評価され、その評価差額は、原則として、当期の損益として処理される(「会計基準10号」25項)。

ただし、「ヘッジ会計」(繰延ヘッジ)を適用している場合には、評価差額は将来の損益とされる。「ヘッジ会計」とは、「ヘッジ取引」のうち一定に要件を充たすものについて、ヘッジ対象に係る損益とヘッジ手段に係る損益を同一の会計期間に認識し、ヘッジの効果を会計に反映させるための会計処理をいう(「会計基準10号」29項)。

わが国の「会計基準10号」では、原則として、時価評価されているヘッジ手段に係る損益または評価差額を、ヘッジ対象に係る損益が認識されるまで「純資産の部」において繰り延べる「繰延ヘッジ」が採用されている6。「繰延ヘッジ」とは、ヘッジ対象となる資産または負債については時価評価を行わず、ヘッジ手段となる「デリバティブ取引」については時価評価を行い、そこで生じる評価差額を「繰延ヘッジ損益」として「純資産の部」に計上し、翌期以降に繰り延べる方法である。なお、「純資産の部」に計上されるヘッジ手段に係る評価差額については、税効果会計を適用しなければならない(「会計基準10号」32項)。

たとえば、期央に国債100万口を額面金額100円につき97円で購入し、ヘッジ目的国債先物15,000万円を額面金額100円につき95.5円で買い建て、先物証拠金として300万円を支払っていたが、決算日における時価が98円、国債先物の時価が96円となり、ヘッジ会計に繰延ヘッジを採用している場合における仕訳処理は次のとおりである(単位:万円)。なお、実効税率を30%とする。

(借) 投資有価証券 100(3) (貸) 繰延税金負債 30
その他有価証券評価差額金 70
繰延ヘッジ損益 35(5) 先物取引差金 50(4)
繰延税金資産 15
(3)(98円-97円)×100万口=100万円
(4)(96円-95.5円)×100万口=50万円
(5)50万円×70%=35万円

投資者、企業双方にとって意義を有する価値は当該正味の債権または債務の時価に求められ、また、「デリバティブ取引」により生じる正味の債権または債務の時価の変動は、企業にとって財務活動の成果であると考えられている(「会計基準10号」88項)。

このように、「純資産の部」に表示される「繰延ヘッジ損益」は、資産または負債の価格変動・金利変動・為替変動等の外部的経済事象に影響を受けて算定されている。

(4)  退職給付に係る調整累計額

「退職給付」とは、一定期間にわたる労働提供等に基づいて退職以後に従業員に支給される給付であり、退職時に一括して支払う「退職一時金」および企業年金制度(退職給付に充てる資金を基金等の外部機関に拠出・積立して、管理を委託する外部積立制度)に基づいて退職後一定期間にわたって分割払いされる「退職年金」(「企業年金」ともいう)から成る。

企業会計審議会が1998年6月16日に公表していた「退職給付に係る会計基準」をASBJによって3回(2005年、2007年、2008年)一部修正された後、一括統合・改訂して2014年5月17日に公表され、2016年12月16日に最終改正された企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」(以下、「会計基準26号」と略す)によれば、退職により見込まれる退職給付の総額である「退職給付見込額」のうち、当期末までに発生していると認められる額を割り引いて計算される「退職給付債務」から「年金資産」の額を控除した純額を「退職給付に係る負債」(個別貸借対照表上、当面の取扱いとして「退職給付引当金」)として固定負債にする(「会計基準26号」6項、13項、16項、27項および39項)。

なお、「退職給付水準の改訂」等や「年金資産の期待運用収益と実際の運用成果との差異等」等がある場合には、「退職給付債務」に「未認識過去勤務費用」と「未認識数理計算上の差異」を加減した額から、「年金資産」の額を控除した額を「退職給付に係る負債」(個別貸借対照表上、「退職給付引当金」)として計上する(「会計基準26号」39項)。

退職給付に係る負債=退職給付債務±未認識過去勤務費用±未認識数理

(退職給付引当金)  計算上の差異-年金資産

「過去勤務費用」とは、退職給付水準の改訂等に起因して発生した退職給付債務の増減部分であり、「数理計算上の差異」は、年金資産の期待運用収益と実際の運用成果との差異等である。これらの費用は、見積事象、将来の予測等の不確定要因・変動要因の強い経済事象から生じる純資産の変動額である。そのために、「過去勤務費用」および「数理計算上の差異」の当期発生額のうち、当期に費用処理されなかった「未認識過去勤務費用」および「未認識数理計算上の差異」は、損益計算上、OCIに含めて計上され、貸借対照表上、税効果を調整した上で、純資産の部における「その他の包括利益累計額」に「退職給付に係る調整累計額」等の適当な科目をもって計上・表示される(「会計基準26号」15項および27項)。

このように、「その他の包括利益累計額」に表示される「退職給付に係る調整累計額」は、年金資産の価格変動、金利変動等の外部的経済事象、給付水準の改訂等の経営内部的事情、見積数値・不確定要素に基づいて算定されている。

(5)  土地再評価差額金

1998年3月31日に「土地の再評価に関する法律」(以下、土地再評価法または旧法という)が2年間の時限立法として制定され、即日施行された。土地再評価法では、固定資産の評価に関して原価主義を原則とする商法第34条第2項の特例として、事業用土地を時価で再評価し、再評価差額金(旧簿価と時価との差額)を貸借対照表上に計上•表示することができた。土地再評価法(第1条)は、法人が長期にわたって所有している事業用土地の再評価を行うことによって、金融の円滑に資するとともに、企業経営の健全性の向上に寄与することを目的としている。

ただし、旧法の実質的な目的は、金融機関の事業用土地を再評価し、「土地の含み益」をBIS(Bank of International Settlement:国際決済銀行)規制上の自己資本比率の補完項目(Tier II)に含ませ、自己資本比率を向上させることにあった。BIS基準で定められた8%(国内業務だけの金融機関には4%)の自己資本比率(=自己資本/総資産)の分母になる総資産を圧縮するために、貸付金の回収または貸し渋りに終始・専念していた金融機関が、「土地の含み益」の45%相当額を補完項目として自己資本に組み入れることにより、自己資本比率を引き上げて貸し渋りを緩和・解消するのが、旧法の最大の目標であった(菊谷(1998)34頁)。

しかし、再評価差額金(土地の含み損益)は負債(または資産)として処理することになっていたために、一般の事業会社(商法監査特例上の大会社に限定されている)にとっては自己資本比率の引下げに作動するので、事業用土地の再評価は敬遠された。旧法の下では、事業用土地の再評価は金融機関の自己資本比率を改善するために活用され、「金融の円滑に資すること」は達成できたが、一般事業会社には自己資本比率を悪化させる要因となるため、「企業経営の健全性の向上」に対しては有効的に利用できる法律ではなかったと言える。このような事態に対処するために、「土地の再評価に関する法律の一部を改正する法律」(以下、改正法という)が1999年3月31日に参院本会議で可決・成立し、即日施行された。主な改正点は、(1)再評価実施期間を1年間延長し、(2)税効果会計の導入に伴い、再評価差額のうち「再評価に係る繰延税金負債」を負債の部に計上し、残りの額を「再評価差額金」として資本の部に計上する(つまり、再評価差額の40%(当時の実効税率)相当額を負債計上し、60%を資本計上する)とともに、(3)公開会社は、資本計上した再評価差額金の3分の2を上限にして自己株式の取得・消却を行うことができることである(菊谷(1999)17–18頁)。

改正法は、時価が旧簿価を上回る場合、再評価差額のうち、再評価差額に係る税金に相当する金額を「再評価に係る繰延税金負債」として負債の部に計上し、再評価差額から繰延税金負債を控除した残額を「再評価差額金」として資本の部に計上することを要求している。改正法では、1999年3月決算から早期適用できる税効果会計の導入に伴い、事業用土地を時価で再評価して生じた再評価差額(土地の含み益)に対して、当時の実効税率である40%を乗じた金額を「再評価に係る繰延税金負債」として負債計上し、残りの60%相当額を「再評価差額金」として資本計上するという抜本的・画期的な改正が行われた(菊谷(1999)24頁)。

しかし、再評価対象資産が事業用土地に限定され、しかも、臨時的かつ任意的な再評価に過ぎなかった。再評価実施期間は1年間延長されたので、1998年3月31日から2001年3月30日までとなり、再評価の時期は当該期間内のいずれかの一決算期であった。つまり、事業用土地の再評価は1998年3月31日以後3年間に行われる3回の決算のうち、1度限りにおいて任意的に行うことができた。たとえば、3月31日を決算日とする法人では、1998年3月31日、1999年3月31日および2000年3月31日のうち、いずれかの決算日に事業用土地を再評価できたことになる。

たとえば、商法監査特例上の大会社(資本金の額が5憶円以上または負債の総額が200憶円以上の株式会社)に該当する一般事業会社が1999年3月31日に事業用土地(帳簿価額:5,000万円、時価:9,000万円)を改正法によって再評価した場合、再評価差額は次のように仕訳処理されている(単位:万円)。

(借) 土     地 4,000(6) (貸) 繰延税金負債 1,600(7)
土地再評価差額金 2,400
(6)9,000万円-5,000万円=4,000万円
(7)4,000万円×40%=1,600万円

土地再評価差額金2,400万円は、「その他有価証券評価差額金」と同様に、未実現利益であるので、当期の分配可能利益に算入しないで、売却譲渡時に税効果が解消するまで「その他の包括利益累計額」に表示される。

(6)  固定資産再評価損益

前述の「土地再評価差額金」の計上には、臨時的に1回に限り事業用土地の再評価に限定されていたが、英国のFRS3「財務業績報告」やIAS16「有形固定資産」が容認する「固定資産再評価損益」は、少なくとも3年から5年ごとに定期的にすべての固定資産(土地、建物、機械装置、備品、投資有価証券、無形固定資産等)の再評価を対象とする。

特殊時点ではなく、毎決算日または定期的に時価評価を行う「再評価モデル」(revaluation model)が導入されるならば、取得年次が異なる複数の取得原価によって集計されたために同質的価値ではない会計数値によって測定される「原価モデル」(cost model)よりも、再測定時における現在の価格(current price)で画一的に再測定・集計された会計数値によって作成される財務諸表の方が、現在における利害関係者にとっては有用であると思われる(菊谷(1995)140頁)。

IAS16によれば、「再評価モデル」を選択適用し、固定資産の帳簿価額が再評価の結果として増加した場合、その増加額(increase)は「再評価剰余金」(revaluation surplus)の科目を付してOCIに認識し、株主持分に直接貸方計上しなければならない。ただし、「再評価剰余金」は、以前に費用として認識された同一資産の再評価による減少額を戻し入れる範囲内で収益として認識する必要がある(IAS16(2003年改訂)para.39)。

他方、固定資産の帳簿価額が再評価の結果として減少した場合、その減少額(decrease)

を当期の損失として認識しなければならないが、当該減少額は、当該資産に関する「再評価剰余金」の貸方残高があれば、その範囲内で「再評価剰余金」に累積していた金額から控除される(IAS16(2003年改訂)para.40)。

英国のASBの見解によれば、固定資産の再評価益は未実現利得(unrealised gain)であるが、当該期間の財務業績を評価するためには、当期に認識されたすべての利得・損失を考慮する必要があるので、計上されるべきである(FRS3,para.56)。企業の経営活動の多くの部分は、安定性・危険性・将来性においてそれぞれ異なる特徴を備えているが、このことは損益計算書と総認識利得損失計算書において財務業績の構成要素を区分•開示する必要性があることを示している。財務業績の構成要素を区分して開示する目的は、特定の会計期間に達成された業績の理解を容易にし、過去の経営成績がどの程度将来の潜在的な経営成績を予測するのに有用であるかを判断する際に、情報利用者を助けることにある(FRS3,para.35)。

固定資産の再評価益は、SPFRでいう資産概念(将来の経済的便益)、利得概念(所有者持分の増加)および認識規準(資産の変動が生じた十分な証拠)の条件を満たしている(菊谷(2002)127頁)。

4.  資本、純資産および持分の概念

4.1  資本と純資産の概念

周知のように、代表的な会計主体論として「資本主理論」(proprietary theory)と「企業主体理論」(entity theoty)が挙げられるが、「会計主体論」は、会計上、判断する主体を何にするのか、会計行為の立脚点を誰に求めるのか、換言すれば、企業の資産・負債あるいは利益が誰に帰属するのかという理論である。会計主体をどのように理解するかについては、会計が行われている企業をどのように把握するのかという「企業観」に関わる課題であると言ってもよい。究極的には、「企業利益の帰属」は、会計主体論あるいは企業観の相違によって異なる。

「資本主理論」とは、企業を資本主のものとみなす私企業観に基づいて、会計を資本主に奉仕するものであると主張する会計主体論であり、「所有主理論」(ownership theory)とも呼ばれている。この見解に従えば、企業の資産はすべて資本主が所有する資産であり、企業の負債はすべて資本主が負う債務である。資産から負債を差し引いた差額は資本主に帰属する純資産であるので、純資産の期中変動額である企業利益はすべて資本主に帰属する。資本主の純資産計算を中心課題とする資本主理論は、次のような「資本等式」(capital equation)と整合的である。

資産-負債=資本

したがって、この資本主理論・私企業観に従えば、純資産の期間変動差額である「包括利益」は、すべて資本主に帰属することになる。

「企業主体理論」とは、企業を資本主から独立した実体とみなし、会計の主体を企業それ自体に求める会計主体論である。この見解に従えば、企業における資産はすべて企業に帰属する資産であり、企業の負債はすべて資本とともに企業の資本源泉として把握される。したがって、企業主体理論は次のような「貸借対照表等式」(balance sheet formula)のうちに要約的にみることができる。

資産=負債+資本

貸借対照表の借方に計上される資産が、企業資金の具体的な運用形態を表すのに対し、貸方に計上される負債および資本は、その企業資金の調達源泉を表す。資本主から独立した企業実体としての立場が強調されるとするならば、配当の公示がなされるまで、算定された利益は企業それ自体の利益として企業に帰属することになる。

ドイツ動態論が成立した後の近代静態論は、その固有の評価基準であった売却時価主義を放棄し、原価主義を採用することによって、貸借対照表(Bilanz)の表示機能の深化を図った。すなわち、原価主義と結合した静態論の目的は、売却時価に基づく財産計算(Vermögensrechnung)から、貸方構成(Passivstruktur)の表示機能を明確化する資本計算(Kapitalrechnung)に移行し、貸借対照表を資本の「調達源泉」および「運用形態」の対比表と見たり、債務支払手段としての資産から負債を控除した純資産の計算表と見たりすることになった。貸借対照表の借方に計上される資産が、企業資金の具体的な運用形態を表すのに対し、貸方に計上される負債および資本は、その企業資金の調達源泉を表す。

「負債」は、企業外部から調達された資金部分であるので、「他人資本」(Fremdkapital)とも呼ばれることもある。これに対して「資本」は、他人資本(負債)に対比される資本、すなわち「自己資本」(Eigenkapital)ともいう。このような資本は、資産総額から負債総額を控除した「純資産」と一致する。負債が債権者からの受入資本であるのに対し、資本は株主から拠出された払込資本とその運用の結果、稼得した留保利益から構成されている。資金調達源泉である総資本を受入資本と払込資本に分割すれば、次のような貸借対照表式と合致する。

資産=他人資本+自己資本

わが国では、従来、貸借対照表上で区分されてきた資産・負債および資本の定義は必ずしも明示されていなかったが、2004年7月公表の「討議資料」により、過去の取引または事象の結果として報告主体が支配している経済的な資源を「資産」、過去の取引または事象の結果として報告主体の経済的資源を引き渡す義務を「負債」と定義されたので、「資本」は、報告主体の所有者(株式会社の場合には株主)に帰属するものと理解されるようになった。

わが国のASBJが2005年12月9日に公表し、2021年1月28日に最終改正した企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産に関する会計基準」(以下、「会計基準5号」と略す)によれば、「資本」を報告主体の所有者に帰属するもの、「負債」を返済義務のあるものと明確にし、貸借対照表の貸方項目を区分した場合に、それらに該当しないものを資産と負債との差額として「純資産の部」に記載することになった。つまり、貸借対照表貸方の区分において、株主資本とは必ずしも同じとはならない資産と負債との単なる差額を適切に示すように、従来の「資本の部」という表記が「純資産の部」に代えられている(「会計基準5号」20–21項)。したがって、次のような貸借対照表式が形成される。

資産=負債+純資産

従来の「資本の部」には、「その他有価証券評価差額金」などのように、払込資本でもなく損益計算書を経由した利益剰余金でもない項目が含まれていた。このため、純資産のうち株主に帰属する部分を「資本」とは表記せず、株主に帰属するものであることをより強調する観点から「株主資本」と称することとなった(「会計基準5号」25項)。つまり、自己資本については、株主に帰属するものが明確になっている。

その結果として、「純資産の部」には、資産性または負債性を有しない「新株予約権」、「非支配株主持分」および「為替換算調整勘定」、これまで資産または負債として繰り延べられてきた「繰延ヘッジ損益」も表示されることになった。純資産の部」は、依然として資産と負債の差額であるが、従来の「資本の部」が株主資本や未実現損益等のゴミ箱と化していたのに比べて、株主帰属持分が明確化され、純資産の細分化が図られている。

「会計基準5号」に従えば、「純資産の部」は、「株主資本」(資本金、新株式申込証拠金、資本剰余金、利益剰余金、自己株式、自己株式申込証拠金)、「その他の包括利益累計額」(個別貸借対照表の場合には、「評価・換算差額等」という)、「新株予約権」および「非支配株主持分」(個別貸借対照表の場合には、不掲載)に分類される。

従来、「新株予約権」は、将来の権利行使によって払込資本となる可能性がある一方、失効して払込資本とはならない可能性もあるので、発行者側の新株予約権は、権利行使の有無が確定するまでの間、その性格が確定しないことから、仮勘定として「負債の部」に計上されていた。しかし、「新株予約権」は、返済義務のある負債ではなく、負債の部に表示することは適当ではないため、「純資産の部」に記載されることとなった(「会計基準5号」22項(1)。ただし、「新株予約権」は、報告主体の所有者である株主とは異なる新株予約権者との直接的な取引によるものであるので、株主に帰属するものではないため、「株主資本」とは区別表示される(「会計基準5号」32項)。

「非支配株主持分」は、子会社の資本のうち親会社に帰属しない部分であり、親会社株主に帰属するものではないため、「純資産の部」における内訳項目の「株主資本」とは区別表示される(「会計基準5号」32項)。

「その他の包括利益累計額」には、連結貸借対照表上、「その他有価証券評価差額金」、「繰延ヘッジ損益」、「土地再評価差額金」、「為替換算調整勘定」、「退職給付に係る調整累計額」が表示される。なお、個別貸借対照表における「評価・換算差額等」では、「為替換算調整勘定」と「退職給付に係る調整累計額」は掲載されないが、「退職給付に係る調整累計額」は「負債の部」で「退職給付引当金」という項目で表示されている。

4.2  持分の概念―バッター資金会計論における持分の概念―

本来、企業に投下された資金は、その調達源泉の如何を問わず、そのすべてが一体となって企業経営活動に利用され、収益を稼得するために貢献している点では共通性が存在する。負債および資本の同質性を認識し、これらを統一的に把握する概念として「持分」(equity)という概念が成立した。「持分」とは、企業資産に対する請求権であり、企業資産が誰に帰属するのかという帰属関係を示すものである。

1947年に米国のバッター(W. J. Vatter)は、『資金会計論およびその財務報告との関連』(The Fund Theory of Accounting and its Implications for Financial Reports)を著し、資本主理論と企業主体理論に対する批判から始まり、ペイトン=リトルトン(W. A. Paton and A. C. Littleton)の動態論における資産概念(未費消原価説)の弱点・欠陥を指摘することによって、資産・持分概念、費用・収益概念等に独創的な見解を開陳している。

バッターは、資本主理論や企業主体理論の「人格化された会計主体」を否定し、「資金」(fund)という彼独自の会計主体概念を構築・展開した。つまり、資本主理論が資本主を会計主体とし、企業主体理論が人格化された企業体を会計主体としているので、いずれも人格説にほかならないと批判する(Vatter(1947)p.7)。バッターは、「企業体」を資本主、長期・短期の債権者、財貨・用役の供給者、政府・行政機関、従業員、子会社等の異なった利害の集合体(conglomeration)であるという企業観に立って、会計主体を人格から解放し、資産と持分との統一体としての「資金」に会計主体を置いている(Vatter(1947)p.10)。「資金」とは、一組の会計記録が関係する当該集団の諸活動・操業(the group of activities or operations)を限定することによって、注目すべき範囲(the area of attention)を制限する手段であり(Vatter(1947)p.22)。つまり、「資金」は、企業経営活動を把握する単位・領域として表現されている。

したがって、その範囲は一定の資産の集団であり、それを運用する一連の企業経営活動である。資産の使用に関しては何らかの拘束がなされるが、それらの拘束を「持分」といい、その持分も資金として認識されている。「資金」は資産と持分という構成要素から成り立ち、不破は、「ヴァッターの資金理論は、借方と貸方との両者を同時相関的に観察しようとしているのである。すなわち、彼は、資産群としての資金の内容とその拘束関係を示すものとしての持分(equities)の関係として企業会計をみる」(不破(1964)214頁)と断じ切る。黒澤((1958)19頁)も、資金概念を資産と持分の両方の上位概念として捉えている。バッターの資金会計論からは、次のような貸借対照表式が導き出される。

資産=持分

このような資金概念の下で、バッターは資産の本質について「用役潜在力」(service potentials)という新しい資産概念を打ち出している7。当時の米国動態論を牽引していたペイトン=リトルトンの未費消原価説や原価配分思考に対抗する形で、「用役潜在力説」を提唱したのである。

ペイトン=リトルトンは、「“資産”は、事実上、次期以降に原価または費用(costs or expences)として収益と対応するのを待っている“未決状態にある対収益賦課分”(“revenue charge in suspence”)である。」(Paton and Littleton(1940)p.25.訳書、43頁)と論述し、資産概念を「未費消原価」に求めている。期間損益計算を会計の第一義的目的とする費用動態論の立場から、資産の未費用性が強調され、資産の貸借対照表価値は取得原価の期間的配分手続きによって残留した未費消残高であるとみなされている。「貨幣性資産」は、先行する諸取引で生じた取引価格を反映するので、取得原価と等しいと考え、資産を「未費消原価概念」で統一し、資産の本質を単に「未費消の原価」あるいは「将来に繰り越される支出額」とみなした。

しかし、回収過程にある資産(未収入項目)または投下待機過程にある資産(現金)である「貨幣性資産」を、将来、費用に転化していく費用性資産と同一視し、「準原価要素」とみなすのは非常に無理がある。

この致命的な欠陥を克服する形で、バッターの「用役潜在力説」が登場した。バッターの見解によれば、資産はその性格上経済的なものであり、資産を測定するためにどんな手段や方法(原価法、時価法、価格鑑定法または恣意的評価法)が用いられようとも、物理的財貨、法的権利あるいは貨幣的請求権ではなく、将来において収益を稼得できる用役潜在力である(Vatter(1947)p.17)。資産は、特定の企業体においてその事業目的のために利用される経済的資源(economic resources)であり、当該企業体が目的とする営業活動に役立つ有用な用役潜在力の貯蔵体である。すなわち、資産とは、企業の経営活動において収益を稼得するために保有されている経済的資源であり、その本質は「用役潜在力」あるいは「将来の経済的便益」(future economic benefits)である。

企業の経営活動のために拘束・保有される資産は、将来、当該企業体のために一定の収益を得ることができるために「資産性」があり、より具体的に言えば、財貨の生産・用役の提供に貢献できる用役潜在力の集合体である。このように資産を用役潜在力として定義するならば、財貨・用役を獲得して収益稼得に間接的に役立つ能力を有する「貨幣性資産」も、将来、収益稼得のために直接的に費消していく「費用性資産」と統一的に把握することができる。

このような資産概念に対比される持分概念も、「資金」を構成する「資産」に関連させて定義される。バッターは、持分概念を「資金の範囲内にある資産に対して加える拘束(restriction that apply to assets in the fund)」(Vatter(1947)p.19)と規定した。つまり、経営者の管理視点から資産に対して使用処分に関する拘束が加えられるが、このような資産に対する「拘束」が「持分」である。一般的な持分概念である「資産に対する請求権」(claims against the assets)は請求権という「人格」の仮定要素を前提としているが、バッターの持分概念は、企業の経営目的を遂行するための「資産に対する拘束」を意味し、人格的要素から完全に離脱し、物化するに至っている。

バッター資金会計論における持分概念の本質である「資産に対する拘束」は、「特定拘束」(specific restrictions)および「残余持分」(residual equity)または「資金持分」(fund equity)に大別される(Vatter(1947)pp.20–21 and 27)。さらに、前者の「特定拘束」は、「法的拘束」、「資本的拘束」および「経営的拘束」に分けられる。法的拘束では、法的な債務契約から生じる借入金のように、それに対応する資産が借入金返済まで拘束される。資本的拘束とは、資本の償還その他資本主の請求権に対する資産の拘束であり、経営的拘束は、経営目的のために特定の使用に対して資産を拘束することである。「特定拘束」に服さない持分は、後者の「残余持分」または「資金持分」として表示される。

なお、バッターは費用も収益も「資金」という概念の中で統一的に把握している。つまり、費用とは、特定の一定期間に提供された用役の流失(drain-off of services)または用役の解放(release of services)である(Vatter(1947)p.22)。収益は、当該資金に対する資産の貢献(the contribution of assets to the fund)という基本的な活動から生じ、新しい資産の追加によって認識される(Vatter(1947)p.25)。

バッター資金会計論では、資金から解放された資産の流失あるいは資金単位からの用役の解放が、費用として計上される。資金単位に流入する用役潜在力の追加が、収益として計上される。費用が資金から解放された資産の流失であるのに対し、収益は持分的拘束から解放された資産の流入である。

5.  「その他の包括利益累計額」の表示方法―むすびに代えて―

貸借対照表の貸方を企業資金の調達源泉で表示すると想定した場合、資金循環の始点が重視されて、資金調達源泉である負債および資本(または純資産)は明確に区分表示される。その場合、資本または純資産は、資産から負債を控除した差額概念であり、資産・負債の従属的構成要素に過ぎない。しかも、資産性・負債性のない項目あるいは資産性・負債性が不明瞭である項目までも、「資本の部」または「純資産の部」の中に押し込まれている。とりわけ、経営者がコントロールできない外部的経済事象(不可抗力的・非反復的・臨時的外部的事象)から生じたOCIは、株主資本に帰属する利益ではないので、「その他の包括利益累計額」に表示される。OCIの発生原因・特徴が異なる「その他有価証券評価差額金」、「繰延ヘッジ損益」、「土地再評価差額金」、「為替換算調整勘定」および「退職給付に係る調整累計額」は、株主資本に帰属しないという共通理由により、「その他の包括利益累計額」に一括計上・表示が行われている。

貸借対照表の貸方を持分で表示すると想定した場合には、資金循環の終点が重視され、貸方全体で企業資産の帰属・拘束関係を示している。前述したように、「持分」とは、企業資産に対する請求権であるとともに、企業資産に加えられる拘束であり、貸借対照表借方の企業資産が誰に帰属するのかという帰属・拘束関係を表わす。しかも、「持分」として単独で積極的な概念が定義・規定されているので、資本・純資産のような差額概念ではない。貸借対照表の貸方を「負債の部」と「資本の部」(または「純資産の部」)に二分割するのではなく、単独で「資産に対する拘束」という概念で「持分の部」として統一できる。

なお、貸借対照表借方の資産を区分・分類する場合、(a)資産の短期的支払能力の相違により「流動資産」と「固定資産」、(b)資産の費用化の有無により「貨幣性資産」と「非貨幣性資産」(「費用性資産」)、(c)資産の投資上の特性(金融投資と事業投資)の観点から「金融資産」と「事業用資産」に分けることができる。前記(a)による分類区分は、債権者保護の観点から担保能力(すなわち、債務弁済能力)を持つ財産に限定して財産計算を行う「静態論」における「財産説」と整合的である。(b)による分類区分は、原価配分に基づく期間損益計算を行う上で前提となる資産分類区分であり、動態論における資産概念「未費消原価説」と結びつく。(c)における金融投資とは、資産の運用または市場価格変動によって利益を獲得するための投資であり、事業投資とは、事業の遂行を通じて将来の経済的便益を得ることを目的とした投資であるが、両者とも将来の経済的便益の流入に重点が置かれているので、(c)による分類区分は「用役潜在力説」に整合的である(菊谷(2016)30–32頁)。

バッターの企業観によれば、企業は資本主、債権者、取引相手先、顧客、従業員、政府・行政機関その他社会一般に対して責務を負う社会的・公共的制度(social and public institution)であり、経済社会において事業活動を通じて社会全般に奉仕できる経済的組織体であった。このような社会的企業観あるいは「企業体理論」(enterprise theory)に立てば、企業は株主のための私的存在にとどまらず、多種・多様な利害関係者から成る利益共同体あるいは社会的存在として、企業会計は各種の利害関係者の利害調整を図るべきである。

このような社会的企業観に立てば、持分の本質は企業の利害関係者の「利害」として理解されるので、たとえば、借入金は「債権者持分」(creditors’ equities)、資本金は「株主持分」(stockholders’ equities)、退職給付に係る負債・退職給付に係る調整累計額は「従業員持分」(employees’ equities)として捉えることができる。債権者持分には元本返還請求権・利子請求権等、株主持分には利益分配請求権・残余財産請求権等、従業員持分には退職給付請求権等があり、これに対応する企業資産を拘束できる。未払法人税等、未払消費税等、繰延税金負債等は、国・地方公共団体が次期以降に徴収する金銭請求権であり、これに対応する資産を拘束できる「公共団体持分」(public bodies’ equities)である。買掛金・支払手形は、通常の営業取引により仕入先(顧客)が回収できる金銭請求権であり、前受金も取引先(顧客)の財貨・用役請求権であるので、これに対応する資産を拘束できる顧客持分(customers’ equities)としてまとめることができる。

では、OCIは、果たして、誰の利益に属するのか、つまりOCIに係る累計額(「その他の包括利益累計額」)を貸借対照表上どこに計上すべきであるのかが問題となる。社会的企業観あるいは企業体理論の立場に立脚すれば、「その他有価証券評価差額金」、「繰延ヘッジ損益」、「土地再評価差額金」、「為替換算調整勘定」等の「その他の包括利益累計額」(ただし、「退職給付に係る調整累計額」を除く)は、企業の存続中には累積されるべき「企業体持分」(enterprise’s equities)であると考えられる。「企業体持分」とは、企業存続・維持のために保持しなければならない資産に対する請求権、資産に加える拘束であり、企業清算まで処分してはならない持分である(菊谷(2013)72頁)。

「その他の包括利益累計額」は、債権者持分、従業員持分、顧客持分、公共団体持分、株主持分、新株予約権者持分および非支配株主持分に属さない持分であり、原則として、企業体が存続・継続する限りは「企業体持分」(バッター資金会計論における「資金持分」に相当する)として計上・表示されるべきである。

表1は、社会的企業観・持分論の観点から「持分の部」を表示すると仮定した場合、貸借対照表がどのように表示されるかを示している。

表1 社会的企業観・持分論の観点からの貸借対照表の表示法
貸 借 対 照 表
資 産 の 部 持 分 の 部
I 事業用資産 I 債権者持分
 1 有形固定資産  1 借入金
 2 無形固定資産  2 社債
 3 棚卸資産 II 従業員持分
 4 その他  1 退職給付に係る負債
II 金融資産  2 退職給付に係る調整累計額
 1 現金・預金   (または退職給付引当金)
 2 金銭債権 III 顧客持分
 3 有価証券  1 買掛金・支払手形
 4 その他  2 前受金
III その他の資産  3 その他
 1 投資不動産 IV 公共団体持分
 2 繰延税金資産  1 未払法人税等
 3 その他  1 未払消費税
 2 繰延税金負債
 3 その他
V 新株予約権者持分
VI 株主持分
 1 資本金
 2 資本剰余金
 3 利益剰余金
 4 未払配当金等
VII 非支配株主持分
VIII 企業体持分
 1 その他有価証券評価差額金
 2 為替換算調整勘定
 3 繰延ヘッジ損益
 4 土地再評価差額金
 (固定資産再評価損益)

(出所)菊谷正人(2013)「『その他の包括利益』の会計処理に関する理論的考察」『会計・監査ジャーナル』第28巻第11号、72頁加工修正。

1  AAAが1966年にASOBATで提唱した「意思決定有用性アプローチ」は、米国公認会計士協会(American Institute of Certified Public Accountants:AICPA)が1977年に公表した報告書『財務諸表の目的』(『トゥルーブラッド報告書』と通称されている)において理論的に展開され、FASBのSFAC(第1号・第2号)にも受け継がれている。米国では、学会と実務界ともに、情報利用者のニーズに対する有用な情報の提供を財務報告の基本目的とする「意思決定有用性アプローチ」が浸透・普及している。

2  “revenue and expense view of earnings”および“asset and liability view of earnings”は、一般的には「収益費用アプローチ」と「資産負債アプローチ」、「収益費用中心観」と「資産負債中心観」、「収益費用観」と「資産負債観」等と訳されているが、本論文では、「包括利益概念」や「その他の包括利益概念」を対象としているので、「収益費用利益観」と「資産負債利益観」という用語を使う。

3  英国では、世界に先行して、財務業績(financial performance)の報告・表示方法として「損益計算書」と「総認識利得損失計算書」(「包括利益計算書」に相当する)を別個に作成・公表する「二計算書方式」が制度化されていた。財務諸表の利用者が特定の会計期間の財務業績を理解し、さらに将来の財務業績あるいはキャシュ・フローを予測できるように、財務業績の重要構成要素を強調する「情報セット・アプローチ」(information set approach)の観点から、当期の損益計算書に計上されない株主帰属の利得・損失を収容・計上する「総認識利得損失計算書」の作成が義務付けられている(菊谷(1994)3–4頁および11–12頁)。英国でいう「利得」および「損失」という用語には、たとえば固定資産の処分および資産・負債の再測定から生ずる利得・損失だけではなく、主要な営業活動から生じる項目も含まれている。財務業績の構成要素を区分開示するために、「損益計算書」のほかに「総認識利得損失計算書」の新規導入・主要財務諸表化は、財務報告制度における画期的な展開であり、世界で初めての貴重な経験として各国の会計基準設定機関に影響を与えた。

4  IAS1(1997改訂)「財務諸表の表示」(Presentation of Financial Statements)は、1975年1月に公表された旧IAS1「会計方針の開示」(Disclosure of Accounting Policies)、1976年10月公表のIAS5「財務諸表に開示すべき情報」(Information to be Disclosed in Financial Statements)および1979年11月公表のIAS13「流動資産と流動負債の表示」(Presentation of Current Assets and Current Liabilities)を廃止し、3つのIASを統合・修正して作成された基準である。IAS1(1997改訂)で掲載されていた「認識利得損失計算書」は、基準書の一部を構成するものではなく、付録における例示の一つとして取り上げられている。なお、米国のSFAS130(paras.14–17)では、OCI表示方法として(1)一計算書方式、(2)二計算書方式、(3)OCIを持分変動計算書に開示する方式が容認されていたが、IAS1(1997改訂)では、持分変動計算書計上方式も例示されている。

5  1982年に公表された国際会計基準第16号「有形固定資産のための会計」(International Accounting Standard 16 Accouting for Property, Plant and Equipment:以下、(IAS16(1982年)と略す)は、1993年、1997年および2003年に改訂されたが、有形固定資産の再測定(期末評価)には「原価モデル」(cost model)のほかに、有形固定資産を時価で再評価できる「再評価モデル」(revaluation model)も認められている。原初基準であるIAS16(1982年)では、「原価モデル」と「再評価モデル」の選択適用が容認されていたが、1993年改訂時に国際会計基準第16号「有形固定資産」(International Accounting Standard 16 Property, Plant and Equipment)と改称されるとともに、標準処理として「原価モデル」、代替処理として「再評価モデル」が強制適用されている。2003年に改訂されたIAS16(2003年改訂)(para.29)によって、再度、「原価モデル」と「再評価モデル」の選択適用が可能となった(菊谷(2016)45頁)。英国では、会社法も含めて、固定資産の再評価が代替的会計処理法として容認され、当該再評価差額は「再評価積立金」(revaluation reserve)として貸借対照表にも計上される。

6  わが国の「会計基準10号」は、「ヘッジ会計」として「繰延ヘッジ」を原則法とするが、ヘッジ対象である資産または負債に係る相場変動等を損益に反映させることにより、その損益とヘッジ手段に係る損益とを同一の会計期間に認識する「時価ヘッジ」も例外的に認めている(「会計基準10号」32項)。

7  バッターの「用役潜在力説」は、AAAが1957年に公表した『会社財務諸表のための会計・報告基準』(1957年改訂会計原則)によって公式見解として採用されている。その後、AICPAが1962年に公表した『会計原則試案』でも提唱され、FASBのSFAC6号に継承されている。

参考文献
  • 企業会計基準委員会(2004)討議資料『財務会計の概念フレームワーク』。(「討議資料」)
  • 企業会計基準委員会(2013)企業会計基準第25号「包括利益に関する会計基準」(最終改正)。(「会計基準25号」)
  • 企業会計基準委員会(2016)企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」(最終改正)。(「会計基準26号」)
  • 企業会計基準委員会(2019)企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(最終改正)。(「会計基準10号」)
  • 企業会計基準委員会(2021)企業会計基準第5号「貸借対照表の純資産に関する会計基準」(最終改正)。(「会計基準5号」)
  • 企業会計審議会(1999)「外貨建取引等会計処理基準」(最終改正)。(「外貨処理基準」)
  • 菊谷正人(1994)「英国における新しい財務諸表」『政経論叢』第90号。
  • 菊谷正人(1995)「会計の概念的フレームワークに関する一考察―『ソロモンズ・レポート』を中心にして―」『政経論叢』第92号。
  • 菊谷正人(1998)「土地再評価法管見」『JICPAジャーナル』第517号。
  • 菊谷正人(1999)「土地再評価法の抜本的改正―再評価差額金の資本計上と自己株式の取得・消却―」『税経通信』第54巻第10号。
  • 菊谷正人(2000)『多国籍企業会計論(増補改訂版)』創成社。
  • 菊谷正人(2002)『国際的会計概念フレームワークの構築―英国会計の概念フレームワークを中心として―』同文舘出版。
  • 菊谷正人(2013)「『その他の包括利益』の会計処理に関する理論的考察」『会計・監査ジャーナル』第28巻第11号。
  • 菊谷正人(2016)『国際会計の展開と展望―多国籍企業会計とIFRS―』創成社。
  • 黒澤 清(1958)『資金会計の理論』森山書店。
  • 不破貞春(1964)『新訂 会計理論の基礎』中央経済社。
  • 三浦良造(1995)「派生証券の多様性と評価理論」『企業会計』第47巻第8号。
  • Accounting Standards Board (1992) Financial Reporting Standard 3 Reporting Financial Performance. (FRS3)
  • Accounting Standards Board (1999) Statement of Principles for Financial Reporting. (SPFR)
  • American Accounting Association (1966) A Statement of Basic Accounting Theory.(飯野利夫訳(1969)『アメリカ会計学会 基礎的会計理論』国元書房)
  • Financial Accounting Standards Board (1980) Statement of Financial Accounting Concepts No.3 Elements of Financial Statements of Business Enterprises. (SFAC3)
  • Financial Accounting Standards Board (1981) Statement of Financial Accounting Standards No.52 Foreign Currency Translation. (SFAS52)(日本公認会計士協会国際委員会訳(1984)『米国FASB財務会計基準書 外貨換算会計他』同文舘。)
  • Financial Accounting Standards Board (1984) Statement of Financial Accounting Concepts No.5 Recognition and Measurement in Financial Statements of Business Enterprises. (SFAC5)
  • Financial Accounting Standards Board (1985) Statement of Financial Accounting Concepts No.6 Elements of Financial Statements. (SFAC6)
  • Financial Accounting Standards Board (1997) Statement of Financial Accounting Standards No.130 Reporting Comprehensive Income. (SFAS130)
  • International Accounting Standards Board (2004) International Accounting Standard 16 (revised 2003) Property, Plant and Equipment.(IAS16(2003年改訂))
  • International Accounting Standards Board (2007) International Accounting Standard 1(revised 2007) Presentation of Financial Statements.(IAS1(2007年改訂))
  • International Accounting Standards Board (2018) Conceptual Framework for Financial Reporting.(IASB概念FW(2018年改訂))
  • International Accounting Standards Committee (1989) Framework for the Preparation and Presentation of Financial Statements.(IASC概念FW)
  • International Accounting Standards Committee (1997) International Accounting Standard 1 (revised 1997)Presentation of Financial Statements.(IAS1(1997年改訂))
  • Paton, W. A. and Littleton, A. C. (1940) An Introduction to Corporate Accounting Standards, American Accounting Association.(中島省吾訳(1958)『会社会計基準序説(改訂版)』森山書店。)
  • Solomons, D. (1989) Guidelines for Financial Reporting Standards, Institute of Chartered Accountants in England and Wales.
  • Strassheim, D. (1997) Understanding Financial Derivatives: How to Protect Your Investments, McGraw-Hill Companies, Inc.
  • Vatter, W. J. (1947) The Fund Theory of Accounting and its Implications for Financial Reports, University of Chicago Press.(飯岡 透=中原章吉共訳(1971)『バッター資金会計論』同文舘。)
 
© 2021 The Research Institute for Innovation Management of Hosei University
feedback
Top