2021 Volume 18 Pages 105-123
本論文では、持続可能なサプライチェーンの推進に関する先行研究をサーベイし、それらを取締り型、能力開発型、労働者主体型の3つに分類し、各アプローチが有する特徴や課題について整理を行った。その上で、外国人技能実習生の受入れ等において、様々な課題が生じている日本のアパレル業界の事例としてX社を取り上げ、同社が能力開発型アプローチを採用しつつCSR調達に取り組んでいることを確認した。
本研究から得られた知見は次の3点である。第1に、企業が採用し得る持続可能なサプライチェーン推進のための3つのアプローチに関して、企業側はサプライチェーンの構造やローカルな文脈等の状況に応じた継続的な見直しと改善とともに、それらの3つのアプローチの特徴や長短を把握した上での戦略的活用が求められること。第2に、日本のアパレル業界においては、外国人技能実習生の受入れに際して失踪問題等の課題が発生しているが、これらに対しては政府による制度的な見直しとともに、企業側には労働者主体型アプローチの導入等による新たな工夫・改善が求められること。第3に、サプライヤーとの対話を重視する能力開発型アプローチにおいては、サプライチェーン上に介在する商社等の中間組織のコミュニケーションのあり方が持続可能なサプライチェーンの推進において鍵を握ること、である。
The poor working conditions for foreign workers in Japanese supply chain factories are under the spotlight, with a rise in “escapee interns”. Japanese tier 1 or tier 2 suppliers hire foreign workers through the Technical Intern Training Program in order to improve their competitiveness. Japanese companies need to address this issue by developing sustainable supply chains and well-organized social audit systems. A survey of research papers on traditional social audit systems around the world finds that these systems can be classified into three types: “enforcement type”, “capacity-building type”, and “worker-driven type” (non-traditional). Then, we looked at the initiative of Japanese apparel company X, which also operates in the United Kingdom. In 2015, the UK adopted the Modern Slavery Act for large companies, forcing company X to comply with the Act.
This qualitative study demonstrates the following: first, companies must utilize the three approaches strategically to building sustainable supply chains, continuously reviewing and making improvements, depending on their structure and circumstances. Second, amid rising numbers of absconding interns in the Japanese apparel industry, the technical intern training program requires an institutional overhaul, and these companies should apply the worker-driven approach. Third, there are specific problems providing correct CSR information to suppliers, which seems to be “lost in translation” across Japanese supply chains with intermediary trading companies—despite dialogue with suppliers being the focus of the capacity-building approach.
持続可能なサプライチェーンの推進1は、企業にとって不可欠な課題になりつつある。とくに、サプライチェーン上での人権・労働者の権利の尊重に関しては、NGOや消費者からの圧力に加えて、国連による指導原則や各国法令といった制度的変化が、企業経営のあり方に根本的な見直しを迫っている。
これまで、企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility:CSR)として、ILOによる国際労働基準を根拠とした「サプライヤー行動規範」(以下、行動規範)の遵守をサプライヤーに対して要請し、社会監査(Social Audit)2を通じて適合性の検証を行うことでサプライチェーンのモニタリングを実施する手法が、欧州・米州企業を中心に概ね標準化され、実践されてきた。こうした、いわゆるコンプライアンス重視の取締り型のアプローチに対して、長期的な取引関係に基づいた能力開発の重要性が先行研究でも指摘されていることに加え(Locke, 2013他)、企業主体のモニタリングの限界を越えるための新たな手法として、労働者を主体とした新たなモニタリング手法が台頭しつつあり(Outhwaite & Martin-Ortega, 2019)、これらのアプローチをどのように自社のサプライチェーンで効果的に活用するかが企業に問われている。
他方、昨今の日本国内におけるサプライチェーン上にも大きな課題がある。政府は、外国人労働者の受入れ拡大に舵を切る一方、海外のNGO等からは、外国人労働者受入れに関する法制度の問題や、劣悪な労働環境が現代の奴隷制に該当すると指摘され、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を控え、企業としても「責任ある雇用」に向けた対応が求められている(BWI, 2019;Verité, 2018;Institution for Human Rights and Business, 2017)。特にアパレル業界を含む繊維産業では、外国人労働者に関して使用者の不法行為が最も多い業界の一つにあたることから3、政府主導で業界団体、および傘下の各企業の対応のあるべき姿について、2018年以降、CSRの観点で議論がなされてきた4。
本論文では、日本のアパレル企業X社の協力のもと、日本企業の持続可能なサプライチェーンの今日的な取り組みや直面している課題について整理するとともに、今後の取り組みにおいて有効なアプローチを検討することを目的とする。具体的には、論文前半では、先行研究のサーベイを通して、持続可能なサプライチェーンの推進に関する取り組みを「取締り型アプローチ」、「能力開発型アプローチ」、そして「労働者主体型アプローチ」の3つに整理する。論文後半では、日本のアパレル業界の事例としてX社を取り上げ、同社が能力開発型アプローチを基本的に採用しながら、CSR調達に取り組んでいることを確認する。そのうえで、対話を重視する同アプローチを軸とした持続可能なサプライチェーンの推進においては、サプライチェーン上のCSRコミュニケーションのあり方がポイントとなることも指摘する。
本章では、持続可能なサプライチェーンの推進における3つのアプローチの要諦と課題を整理し、これらのアプローチが相互に補完的な役割を果たすものとして捉え直す。
2.1 取締り型アプローチ持続可能なサプライチェーンの推進が企業のCSR課題として顕在化したのは、1990年以降である。この当時、企業は製造委託先での児童労働や強制労働の実態を“取り締まる”ために社会監査を実施し、行動規範から逸脱するサプライヤー5を除去することによって、サプライチェーン上の労働環境が適正であるとして説明責任を果たしてきたと言える。以下ではこのアプローチを「取締り型アプローチ」として、その要諦と問題点について整理する。
一般に、取締り型アプローチは、サプライヤー向けのコンプライアンス基準として策定した行動規範の遵守要請(Commitment)と、社会監査による適合性の検証によって構成される。グローバルなサプライチェーンをもつ企業は、世界人権宣言をはじめとする人権規範6やILOの中核的労働基準などに基づいて行動規範を策定することで、各国の異なる法制度のギャップがもたらす問題を回避するよう設計されている。この行動規範をもとに企業はサプライヤーへの社会監査を実施し、その適合度合いを判断することで、問題のあるサプライヤーに対して是正を要請する。深刻な問題が発覚した場合は、取引を停止することで対応することが多い。後述するが、企業のサプライヤー数は事業規模や業界により異なるものの、すべてを監査対象とするには限界があることから、自己評価による質問紙調査(Self-Assessment Questionnaire:SAQ)を実施し、事前にリスク評価を行なった上で対象を優先順位づけした上で監査を行うケースがよく見られる。
取締り型アプローチの主な目的は、サプライヤーによるコンプライアンス遵守の徹底であり、行動規範から逸脱するサプライヤーをサプライチェーン上から除去することにある。したがってこの場合、サプライヤーは企業にとって「不正を働こうとする打算的な組織」とみなされる傾向にある。このため、Lawrence and Weber(2016)が指摘するように、自社従業員を監査員とする「内部監査」の場合、(企業を取り巻く)ステイクホルダーが内部監査に基づく報告を、信頼性が低いとみなす可能性があり、そのため、内部監査と比べてより客観的で信頼できるものとして他の組織に監査の実行とプロセスの管理を依頼する「外部監査」が発達してきたと言える。つまり、より独立した立場の監査員によりサプライヤーのコンプライアンス遵守状況を判断し、基準から著しく逸脱するサプライヤーとは取引を行わない(ゼロ・トレランスとも呼ばれる)ことで、ステイクホルダーに対する説明責任を果たすのが、このアプローチの原理である。サプライヤーはこの抑圧的な取締りによる取引停止を回避すべく、行動規範への遵守が求められる。例えば、adidas社は「Enforcement Guideline」において、サプライヤーが同社の基準を満たすことのできなかった場合の措置について規定している7。このアプローチの有効性は、短期的には、行動規範から著しく逸脱するサプライヤーを自社のサプライチェーンから除去できる点にある。また、こうした一定の強制力は、サプライヤーが行動規範から逸脱している諸課題を是正しようとする一定のインセンティブとして働き、それはこのアプローチの強みの一つである。
一方で、取締り型アプローチは、先行研究において批判的に検討されてきた。たとえばO’Rourke(2002)は、いくつかの事例で、行動規範と社会監査が、労働環境の改善よりも、むしろ企業のパブリック・リレーションズ活動のために用いられてきたことを指摘し、それらがサプライヤーの改竄に対して脆弱である点を批判している。他にも、Roberts and Engardio(2006)やPetersen and Krings(2009)等の研究群においては、企業の行動規範に基づいたサプライヤーの労働環境改善における有効性について、批判的な議論がなされている。
それらを本研究では、(1)サプライヤーの監査慣れ、(2)監査員の質におけるばらつき、(3)監査コストの負担(費用負担と人的コスト)、(4)“ワンショット監査”の問題点、(5)対象範囲の問題(2次サプライヤー以降への働きかけの難しさ)、の5つに整理する。なお、これらの課題は社会監査を採用する取締り型アプローチに対してなされたものであるが、次項で述べる能力開発型アプローチにも共通の課題と言える。以下、5つの課題(批判)について個別に検討する。
第1に「サプライヤーの監査慣れ」が生じることである。これはサプライヤーが監査の経験を重ねることで、監査対策を講じる可能性であり、それによってかえって課題が覆い隠されてしまう弊害が生じやすくなる(Roberts & Engardio, 2006;Plambeck & Taylor, 2015)。例えば、行動規範から逸脱した労働環境を示す書類は隠した上で、コンプライアンス上問題のないよう記録された偽装書類を作成し、監査時に提示する行為である(Pruett, 2005)。また、工場での従業員に対するインタビューでは、工場の管理者などが従業員に対して回答内容を事前に教育することがある。この場合、従業員の発言から工場の問題点を洗い出すことが困難になる(Foster & Harney, 2005;Roberts & Engardio, 2006)。
第2に「監査の質のばらつき」である。ここでいう「監査の質」とは、監査員がどの程度正確な情報を得てサプライヤーの状態を判断できるかの程度を指している。実際、2013年に発生したラナプラザ・ビル縫製工場崩壊事故8や、GAP社のサプライヤー工場で暴かれた児童労働のケース9は、社会監査が行われているにもかかわらず発生した問題である(McDougall, 2007;Bartley et al., 2015)。これらの問題に関連して、監査員の腐敗の問題がある。O’Rourke(1997)、Hu(2006)、Hess(2017)、China Labor Watch(2009)やMotlagh(2014)らは、監査で発覚した問題点をもみ消すために監査員が要求する賄賂や、監査を通過するためにサプライヤーが監査員に対して行う贈賄について指摘している。
第3に「ワンショット監査」への批判である。労働環境(労働安全衛生)に関わる監査の限界として、監査実施時の状況のみを判断基準とせざるを得ない「時間的な制約」がある(Pruett, 2005)。工場は監査を受ける前に工場内の労働環境を一度は整理整頓を試みるが、一度監査が終われば元の整頓されていない状態に戻ってしまう可能性がある。
第4に、監査による経済的負担が、企業によるサプライチェーンのモニタリングの推進を妨げる点である(Pruett, 2005)。経済的負担には、費用面での負担と人的な負担が考えられる。費用面での負担については、いわゆる社会監査のコモディティ化により、監査費用そのものは下がったとみる論者も存在するものの(Lawrence & Weber, 2016;Bartley et al., 2015)、企業の限られた予算内にて監査を実施できる対象は限られる。また、監査対応にかかる人的資源も監査のコストとして同様に負担となる。
第5に、社会監査の「対象範囲」の問題である。一般的に人権NGOなどは、大企業の購買力とグローバルに広がる供給網のレバレッジを活用して、2次サプライヤー以降に対しても行動規範の遵守を働きかけることを期待している。しかしながら、現状の社会監査においては、1次サプライヤーのみを対象としていることが多いのが実態である(LeBaron & Lister, 2016)。
以下では、これらの取締り型とは対照的に、サプライヤーとの信頼関係に基づいた能力開発型の社会監査を整理する。
2.2 能力開発型アプローチここで言う能力開発型アプローチとは、サプライヤーに対する監視や、抑止といったアプローチとは異なり、サプライヤーの組織能力を向上させることによって課題解決を目指すものである。取締り型アプローチのもつ幾つかの側面は共通しているものの、監査員とサプライヤー経営者の間でのより密度の高い情報交換と信頼構築を図ることにより、透明性を向上させていこうとする点にその特徴がある。この点において、“立入検査”や“抑止”といった広く普及している監査の仕組みとは異なっている(Locke, 2013)。この能力開発型アプローチの根本には、サプライヤーを「不正を働こうとする打算的な組織」として扱うのではなく、「ただ単に効率的な事業運営のために必要な特定の組織的能力が欠けている、意思のある組織」として捉える前提がある。この点で性悪説に立った取締り型アプローチの考え方とは異なるものである。
つまり、従前の取締り型アプローチが工場を取り締まり、場合によって罰することによって違反を阻止しようとするものであるのに対して、能力開発型アプローチでは、工場が彼ら自身の労働基準を遵守できるようにするためのスキルや技術、組織の能力をサプライヤーに対して提供することによって違反を予防することを目的としている。企業、サプライヤー、労働者などのサプライヤーすべてにメリットが生じるとの期待から、Nike社やLevi Strauss & Co.社などの企業においては、従来のコンプライアンス重視の取締り型アプローチから能力開発型のアプローチへのシフトがみられる(例えばNike Generation3、FLA3.0、SA8000、ILO Factory Improvement Program、ILO Better Workなど)。
一方で、能力開発型アプローチが、持続可能なサプライチェーンの推進において万能薬という訳ではない。Locke(2013)は、グローバルなアパレル企業とHewlett Packard社によるサプライヤーに対する能力開発の取り組み、およびILOの工場における労働環境改善に向けたイニシアチブであるFactory Improvement Program(FIP)10のケーススタディを通じて、能力開発プログラムにより改善が見られたものと、変化が見られなかったものを挙げている。まず、能力開発により改善した要素として、「物理的な工場の高度化」、「生産性および品質の向上」、「規範の一部に関する違反の減少」を挙げている。一方で、改善に向けた取り組みにも関わらず現状が維持された要素として、「賃金」「労働時間」「従業員の独立した組合を組織し形成する能力」を挙げている。これらの結果は、ケイパビリティ概念11に基づくアプローチを実施する上での、理論的なメカニズムと実務的なプロセスの間にギャップが存在していることを示している。そのギャップを生じさせている理由の一部は、以下の3つの前提にあると述べている。
第1に、「能力開発型のモデルでは、技術的な高度化は自動的に“より良い労働環境をもたらす”という前提」である。
第2に、「本質的に多くの能力開発の取り組みにおいて、サプライチェーンに含まれる多様なアクターの利害は一致しているとする前提」である。つまり現実には、企業、サプライヤー、労働者それぞれの利害は時として相反することもあり、丁寧な対話を通してそれらを尊重した上での実施が求められる。
第3に、「導入される解決策が画一的な成果をもたらすという前提」である。しかしながら、社会監査の結果を踏まえて新たに導入される仕組みは、多様な社会的・歴史的・文化的な商習慣や体系の中で機能させる必要があり、そのためにはローカルな文脈に適合させながら遂行していく必要があることを忘れてはならないだろう。
われわれは、これらの素朴な3つの前提を改めて問い直し、国、地域、制度など、個別の状況に合わせて持続可能なサプライチェーンのあり方を模索していかねばならない。
2.3 労働者主体型アプローチ社会監査を手法とする上述の2つのアプローチに対して、近年、サプライチェーンの問題発見および改善プロセスに対してサプライヤーの労働者自身の参画を中核とした新たな仕組みついての議論が活発化している(Outhwaite & Martin-Ortega, 2019)。本稿ではこれを「労働者主体型アプローチ」と呼ぶこととする。これは、社会監査の代わりに労働者からの労働環境に対する不満や相談、職場で感じた不具合などをもとに工場の労働環境や労働問題を把握することで、効率的かつ効果的なサプライチェーンのモニタリング体制を確立することを目指すものであり、社会監査を基盤としてきた従来の2つのアプローチが有する諸課題を補い、克服する可能性がある。実際に、持続可能なサプライチェーンの推進における国際的な取り組みにおいて、サプライヤーに対する能力開発を通じた労働条件・環境の改善に加えて、「(サプライヤーの)労働者に対する直接的な働きかけ」を中核としたアプローチが重要視されつつある(例えばIssara Institute、Electronics Watch、The Fair Food Program等)。こうした考え方の背景には、ICT技術の発達と普及や、「保護」を基盤とした従来のアプローチの欠陥を補完する必要性に加え、労働者個人を権利保持者としてみなし、権利行使を後押しする包括的なエンパワーメントの重要性に対する認識の広がりがある。
もっとも、労働者の声を拾いきれていないという社会監査の限界は、かねてから指摘されており(O’Rourke, 2002)、このいわば従来型の検証プロセスの補完的手段として、労働者主体のアプローチが台頭してきたと言える。つまり、この「労働者を中心とした」アプローチの本質は、労働者に対して行動規範から逸脱する課題の特定から解決までの一連のプロセスへ参加するための知識や能力を提供することで、より労働者が労働環境や条件の欠点や改善すべき点を明確にしやすくする環境を構築することである。これは、企業やサプライヤーにとっても、しかるべき労働環境の改善に必要な行動を理解しやすくなる可能性を秘めている。
一方で、労働者主体型アプローチの課題には次の3点が考えられる。第1に、システム設計における課題である。労働者主体のアプローチでは、労働者の報告する個別課題の洗い出しから解決までを目標とするため、企業単独で遂行することには限界がある。時に異なるアクター間の利害を調整しつつ解決に導くためには、ステイクホルダーとの協働がローカルかつ実践的なレベルで必要になる。第2に、サプライヤーの労働者にとって信頼でき、かつ利便性の高い仕組みの構築である。企業はサプライヤーの労働者向けの相談窓口を設置している場合があるが、仕組みの透明性が低い場合や、企業に対する信頼感が低い場合に、サプライヤーの労働者が利用をためらう可能性がある。また、システム内において、情報提供者である労働者の保護をいかに保証するかという点も指摘されている(Rende & Shih, 2019)。第3に、「労働者による報告における質のばらつき」が挙げられる。社会監査において監査の質のばらつきがあるのと同様に、この仕組みが十分に機能するか否かは、相談や苦情を申告する労働者が自らの権利についての知識の有無や、何をもって違反とするかについての理解の度合いに依存する。そのため、労働者主体型アプローチを機能させるためには、労働者に対する質の高い教育プログラムがシステムの一部に組み込まれていることが不可欠である。
以上、本章では、これまでの持続可能なサプライチェーンの推進に向けた企業の取り組みを3つのアプローチに分類して整理してきた。これらをまとめたものが表1である。これらの類型は、考察のために便宜的に用いられる「理念型」のものであり、実際には取り締り型と能力開発型の中間的要素を含むアプローチを採用している場合等もあり得る。
取締り型アプローチ | 能力開発型アプローチ | 労働者主体型アプローチ | |
---|---|---|---|
モニタリングの手法 | 社会監査 | 社会監査+対話・研修 | ICT技術を活用した労働者からの報告と労働者に対する教育 |
サプライヤーの位置づけ | 不正を働こうとする打算的な組織 | 特定の組織能力に欠けた意思ある組織 | さまざまな課題に直面する権利保持者としての労働者個人の集合体 |
原理 | コンプライアンスに基づく取締りと制裁 | 技術や組織能力の向上を通じた、違反の予防 | 労働者からの問いかけ |
目標 | 違反組織の撲滅 | 課題の発見と共有 | 具体的な個別課題の洗い出しと解決 |
違反の処遇に関する前提 | 取引の縮小や停止 | 取引継続 | 取引継続 |
時間軸 | 短期的な視点 | 中長期的な視点 | 中長期的な視点 |
(出所)Locke(2013)などを参考に筆者作成。
以下では、外国人労働者の責任ある雇用等の諸課題に取り組みながら、CSR調達を開始しているアパレル業界のX社の事例を通じて、日本の製造業が持続可能なサプライチェーンの推進を目指すにあたって、この3つのアプローチをどのように捉え、活用すべきかについて検討する。
本章では、日本の今日的なアパレル業界の事例として、X社のCSR調達の事例を取り上げ、第2章で整理したアプローチが具体的にどのように実践されているのかについて考察する。本事例研究でX社を対象とした理由は、以下の2点である。第1に、X社は、人権・労働の分野で国際的に改善が求められているアパレル業界に属し、国内外のサプライチェーンにかかわるCSR調達への積極的取り組みを始めていることである。第2に、国内の製造委託先工場において外国人技能実習生が在籍しており、かつそれらの工場の1つにおいて、近年、日本の製造業においても問題視されている外国人技能実習生の失踪問題が発生しており、より現実的な状況を題材に検討・分析ができるからである。
X社は2016年にNGOからサプライチェーン上での労働問題に関する指摘を受けたことを契機として、能力開発型のアプローチを採用し、サプライヤーとの良好な信頼関係に基づいた長期的な課題解決を目指している。具体的には、サプライチェーン上のリスク特定のためのSAQ調査の実施、高リスクのサプライヤーに対する社会監査を通じた建設的な対話、およびサプライヤー向けセミナーを通じた情報共有とCSRに関する研修を実施している。
3.1 調査方法本調査は、関西に本社を持つX社の東京支社、ならびにX社の製造委託先工場であるA社、B社(いずれも北陸地方)に対して、2019年11月から12月にかけて実施された。各調査は概ね90分間から2時間かけて実施し、X社はCSR業務を担当する執行役員に対して、A社及びB社は各社の経営層2名(社長及び専務)に対して行った。調査方法は、定性的なインタビュー調査であり、各社のCSRに関わる幅広い取り組み状況を把握するために、半構造化インタビューの手法を採用した。インタビューでは、事前に送付した質問表をもとに聞き取りを実施した。質問表では、第1に製造委託工場の事業概要とインタビュイーの経歴について、第2に当該工場における外国人労働者の受入れ状況について、第3に発注元のブランド・メーカーの行動規範等に基づく監査や実態調査の経験について、第4に製造委託先工場の立場から見た外国人技能実習制度の制度的、あるいは実務上での問題点について、という4つの軸となる質問を投げかけ、必要に応じてこちらから追加の質問を行い、論点を深めた。
3.2 X社のサプライチェーンと製造委託先工場に対するCSR活動X社の持続可能なサプライチェーンの推進についてみていく前に、同社の製造委託先工場との関係性について概観する。図1は、発注元であるX社と製造委託先工場および製造機能を持たないいわゆる中間商社の関係性を示しているが、自社製造を行うサプライヤーの場合、(図1のパターン①)、商社機能のサプライヤーを経由している場合(パターン②)、複数の商社機能のサプライヤーを介して製造している場合(パターン③)が存在する。このために、X社は必ずしも自社製品が製造されている工場について正確に把握していない場合もあった。これはX社のみならず、商社経由で製造委託による生産を行う場合にはありうる実態であり、後述するがサプライチェーン上の労働環境のモニタリングを困難にする要因とみられる。
(出所)公開資料をもとに筆者作成。
X社のCSR活動は、スポーツ支援や子育て支援などの社会貢献活動として従前から取り組まれていた。一方で、持続可能なサプライチェーンの構築に関する取り組みについては、2014年にX社のサプライヤー(商社)であるZ社の主催したCSR調達に関するセミナーにX社のCSR担当者が出席した際に、同社としても対応すべき課題として認識したことが契機となった12。2016年に、X社は取引規模の上位80%に該当する国内外のサプライヤーに対してアンケート調査を実施し、具体的にCSR調達の推進に着手するための準備を開始した13。
しかし、持続可能なサプライチェーン体制の構築に動き出した12月、同社は国際人権NGOより、当時展開していたブランドの製造委託先工場(ASEAN地域)において、人権侵害および労働問題がある旨の勧告を受けた。この勧告は同NGOによる声明としてインターネット上で公開され、同工場に対して同様に製造委託をしていた他の企業とともに、サプライチェーンでの人権侵害への対応が要請された。
この時に指摘を受けたのは、複数展開するブランドの中でも、自社企画ではなく、サプライヤー(商社)の提案に基づき企画を採用する手法で製造していたブランドであり、製造委託先工場について十分に情報を把握していなかった。なお、X社は一部のブランドの生産管理を担う子会社を有しており、今回指摘を受けたブランド製品の製造はこの子会社から商社に発注され、さらにその商社から製造委託先工場に委託されたのである。この場合、図1で示したサプライチェーンの関係図でみると、パターン③の関係性に近いものである。このように企業と製造工場との間に介在する中間組織が多いほど円滑なコミュニケーションは難しくなり、そのためCSR調達の徹底はより困難になる。当時の状況について、X社のCSR担当者は以下のように振り返る14。
我々としては基本的には目の届く範囲の中でモノ作りを行なっているんですが、一部ショッピングセンター対応の部署がありまして、そこが仕入れ商品をやっていたんです。当社の自社企画商品ではなく、ODMというんですか、そういう部隊がありまして。そこでは私たちが知らないところで調達をしていたんですね。実はそのNPOからの問題の指摘というのは、9月くらいにその担当部署に入っていたんですね。しかし私たちのところには聞こえてきていなかったんですね。
つまり、X社と製造工場の間にいくつかの関連企業が介在する状況の中で、X社の子会社の責任者宛にNGOからの連絡が入ったものの、子会社側ではその重要度を当時は理解できず、放置され、またグループ会社全体での共有もなされていなかった。それから数ヶ月後にNGOから督促状が届き、その段階でようやくX社のCSR担当者の耳に入ることとなった。
その後、当該工場の問題に対しては第三者の調査機関との協力のもとで実態把握のための調査が実施された。その上で、確認された問題に関してはサプライヤーに対する改善に向けた取り組みの要請を実施し、その進捗について、当該NGOとの継続的な対話を実施していくことが確認されている。
こうしたやり取りを経て、X社は2017年以降、持続可能なサプライチェーンの体制を強化するために、国際的な労働基準を踏まえたサプライヤー行動規範を策定した。また、これに関連して同年10月にサプライヤーおよび製造委託先工場向けの説明会を実施した。2018年2月以降は、行動規範に基づいた製造委託先の労働環境を把握すべく、社会監査を実施した。X社は、日本国内の製造委託先工場が自社製品のブランド戦略上重要な位置付けにあることに加えて、日本国内における技能実習制度の諸問題が注目され始めたことから、国内の製造委託先工場における外国人技能実習生の労働環境の実態把握を優先事項とした。すなわち、社会監査の優先対象として、当時把握していた外国人技能実習生の在籍する工場25社に対して現場訪問による実態調査(内部監査)を実施したのである。
このいわば社会監査の第一優先対象となった当該工場に対する調査は2019年8月に終了し、X社はその結果を含めた、持続可能なサプライチェーンの取り組み状況と今後の行動計画について、2019年11月に「英国現代奴隷法201515」への対応として声明を公表している。
以上の通り、X社の持続可能なサプライチェーン実現に向けた取り組みは現時点では始まったばかりの段階であり、労働環境の改善に関しては今後のより長期的な取り組みの中での検証が求められるが、X社の取り組みを第2章で検討したアプローチを参考に考察する。まず、現時点でのX社の取り組みは、能力開発型アプローチの基本姿勢を有していると考えられる。その理由として第1に、同社の取り組みが実態調査(工場訪問による社会監査と、より包括的に実施するアンケート調査)を中心に、CSR説明会の実施や不定期の対話を通じた中長期な視点で行われていることが挙げられる。とくに能力開発に関する取り組みについて、同社は、CSR調達説明会を開催し、サプライヤー(商社および製造委託先工場)の人権・労働の問題に対する意識を高める施策を行なっている。また、製造委託先工場に対する社会監査は、取締りよりも「課題の発見と共有」を目的とした、より中立的かつ協力的な姿勢をとることで、工場側からも経営視点での相談や労務管理上で認識している課題を隠すことなく開示されるよう工夫している。社会監査を通じて特定された課題は、自社のサプライチェーン上で問題を抱えた工場を排除するのではなく、取引継続を前提とした改善を行うために活用することを重視している。このような姿勢での対話を行うことで、工場との信頼関係を構築し、持続可能なサプライチェーンを推進する上での協力的関係を醸成しようとしているのである。昨今では、この取り組みを強化すべく、生産管理担当者に対してもCSR調達や現代奴隷に関しての研修を行い、より頻繁に工場と接する機会のある従業員に対する知識の向上に取り組んでいる。
また、第2章で整理した、社会監査の課題の視点からX社の事例をみると、同社がCSR調達の取り組みを開始して3年であること、またCSR担当者2名による内部監査を中心に進めているため、サプライヤーの監査慣れや監査の質のばらつきといった問題が表面化する事態にはいまだ至っていない。後述するが、今後、取締り型アプローチを同社のCSR調達の中で活用し、一定の強制力を持たせる場合には、外部監査を活用することで客観性をある程度高めることも考えられるだろう。他方で、現状ではX社単体で監査コストを負担しているため、定期的に全工場を対象として訪問することは難しく、したがって優先順位付けを行った上で特定の製造委託先工場を優先的に対象とすることで対応せざるを得ない状況にある。また、こうしたカバー範囲の限定に加えて、社会監査という手法を用いる以上、ワンショット監査の問題は残っている。さらには、監査対象は最終加工の製造委託先工場であり、より上流のサプライヤーに対しては働きかけができていないため、対象範囲の問題も残されている。
後述するが、他のアパレル業界の企業同様、X社についても製造委託先工場との間に商社を介したサプライチェーン構造になっている。そのため、能力開発のための研修や対話を効果的に製造委託先工場に行うためには、取引プロセスの中間に介在する商社が、X社のCSRに対する価値観や要求事項を正確に理解し、伝えていく役割が求められるだろう。この点で、能力開発型アプローチにおいては商社に対しても協力体制を構築し、連携しながら取り組むことが欠かせない。
次節では、企業とサプライヤー、そしてそれらを介在する商社が、持続可能なサプライチェーンを推進する上でどのような課題と役割を持つかについて検討する。
3.3 持続可能なサプライチェーンの推進における課題―A社とB社の事例から―本節では、X社の国内における製造委託先工場であるA社およびB社へのインタビュー調査で得られた結果から、日本におけるアパレル業界での持続可能なサプライチェーンの推進における日本国内での課題を検討する。なお、X社は、日本の繊維商社であるY社との取引を通じてA社およびB社での製造を委託している(図2を参照)。
(出所)インタビューをもとに筆者作成。
A社とB社は、ともに日本国内でX社の製品を製造している縫製業者である。両社とも1980年代よりX社からの製造委託を一貫して受けており、年間生産全体のうち、X社向け製造が80%から90%を占めている。X社とA社およびB社との関係性においては、製造委託に関する契約は直接行われず、X社との中間に繊維商社であるY社が介在している点が特徴的である。
以下では、今回のA社とB社へのインタビュー調査から、日本のアパレル業界が直面している持続可能なサプライチェーンの推進にあたっての課題を2点指摘する。
第1に、日本的な商社の介在に伴うサプライチェーン構造が、持続可能なサプライチェーン推進の阻害要因となりうる可能性があることである。一般的に、持続可能なサプライチェーンを推進する上で、自社製品のサプライチェーンの透明性を確保することは重要とされている。とくに、X社のように能力開発型アプローチの基本姿勢を採用する場合には、製造委託先工場との信頼関係に基づいた継続的な改善に向けた質の高いコミュニケーションが重要になる。しかしながら、商社の介在による製造委託が主流の生産システムとなっている今日のアパレル業界を含む繊維産業において、サプライチェーンの透明性を維持することは容易ではない。したがって、生産機能を持たないサプライヤー(商社)が製造委託を行なっている生産構造において、サプライヤー(商社)がいかに製造委託先に対して発注元の企業のCSR調達の考え方を伝達するかは重要なポイントとなる。
他方で、とくに日本の中小零細規模の縫製工場などにとっては、事業における商社の役割は大きい。こうした工場とアパレル企業との取引の際に、工場側の経営資源が乏しいことなどを理由に、商社が資材購入時の金融機能の役割や、アパレル企業からの要望を橋渡しする役割を担っている実態がある。こうしたY社にみられる商社の役割は、海外で一般的に見られるものではなく、「日本的な」「地域固有性の高い」商習慣である。これらは、Locke(2013)の言う“ローカルな文脈”として捉えられるものであり、このサプライチェーン構造を踏まえたガバナンスの構造や、CSR調達のシステム設計、そして各アクターの役割について今後深く検討されるべきであろう。
また、前述したZ社は国内の繊維商社という立場でありながら、国内外でCSR調達セミナーを開催し、本事例でのA社やB社に該当するいわゆる製造委託先工場だけでなく、ブランド及びメーカー企業に対しても、CSR調達の重要性やそれに対する自社の姿勢や考え方、そして今後とるべき行動について、定期的に共有する機会を創出している。持続可能なサプライチェーンの推進にあたっては、多様なステイクホルダーの連携や協力が不可欠であり、X社がCSR調達の取り組みの初期に参考にしたZ社のようなリーダー組織を中心としたネットワークや仕組みづくりが鍵となると考えられる。
第2に、近年、日本の製造業において頻発している「外国人技能実習生の失踪」の問題である。外国人労働者の責任ある雇用が日本国内で求められていることは第1章で述べた通りだが、持続可能なサプライチェーンの推進において、とりわけ日本国内のサプライヤー工場に固有の問題として、対応が迫られている。
先述したように、A社においても2019年9月に技能実習生が1名失踪する事件が起きている。外国人技能実習制度では、やむを得ない事情のある場合にのみ認められる「転籍」が可能なものの、一般に言う「転職」は認められていない。一方で「転職の自由」を保証することは国際的な労働基準やそれらに準じた国際ガイドラインの要件に含まれていることから、CSR調達における国際基準と国内法のギャップを生み出している。
A社において失踪したのは、2019年に受け入れた中国籍の技能実習生3名のうちの1名であり、実習開始から3ヶ月後のことだった。失踪時の状況について、A社の代表取締役は以下のように振り返る16。
朝迎えに行って、その前日までそんな兆候もなくて、迎えに行ったら「1人朝からいませんでした」ってまわりの子たちが言ってて。(中略)逃亡って言っても個人でしているんじゃないよ。迎えにくるんだから。うちの子の場合は、ハイエースで朝6時半くらいに誰かが迎えに来たって言ってましたよ。そのあと、自分の預金通帳に預金が少し残っているから、うちの取引先の銀行に朝9時シャッターが開くと同時に通帳出してお金を下ろしたらしいですよ。
つまり、A社における技能実習生の失踪は、突然の、しかも複数人もしくは何らかのネットワークが介在した事象である可能性があるということである。このため、当然ながら失踪の理由についても明確な答えは得られていない。ただし、当該の実習生が失踪する兆候については2点ほどあったという。すなわち、第1にA社では2019年に失踪者を含めて3名の実習生を受入れたが、日本語の能力が業務遂行に影響が出る程度に劣っていること、また第2に不十分な日本語能力のために技能が未発達であったことを理由に、残業時間が同時に実習開始した2名と比較して少ない傾向にあったことである。A社の取締役専務は次のように振り返る17。
当時感じていたのは、日本語ができないということと、会社に来てからまだ3ヶ月経ってないから、まだ技術も伴っていないということです。やっぱりある程度技術が少しずつ備わって来て初めて残業という部分が出てくるんですね。彼女の場合は、ちょっと技術が伴っていなかったため、ちょっと残業時間は少なかったですね。同じように来た二人も、やっぱり日本語の能力が良かったのと、真面目に仕事をしているという姿が見てとれるんですよね。そこの差が歴然と出て来くるもんだから、やっぱり仕事をもう少し覚えて日本語ができるようになったら残業しましょうね、という話をしていたんですよ。
一般的に、技能実習生が失踪する理由には、低賃金(最低賃金以下)や過剰な長時間労働、職場での暴力を含むハラスメントや差別、帰国の強制などの多様なケースが挙げられる。しかし、実際のところ、技能実習生の本音には「残業をしてお金を貯めて帰りたい」ことがあり、上述した一般論とのギャップが生じることも考えられる。
では、A社の技能実習生の受入れに対する姿勢はどのようなものだったのだろうか。A社は2000年から外国人技能実習生を毎年3名受け入れており、20年の実績があるにもかかわらず、上記のケースが最初の失踪の事案となった。それ以前には失踪が起こらなかった要因のひとつには、技能実習生の日本語の習得に対する同社の献身的な支援体制がある。具体的には、任意で毎日の実習後の10分間、日本語の教材を用いて実習生に日本語教育を行ない、1年目の実習生に対しては日本語での日記記録を推奨している。これらを通じて、実習生が日本語を継続的に活用する環境を作り出すこと、そしてA社担当者とそれぞれの実習生がコミュニケーションをとる機会を作り出している。こうした取組みにもかかわらず、実習生が失踪してしまったことについて、A社の代表取締役は、技能実習の適正な実施と技能実習生の保護を図ることについては、外国人技能実習機構の失踪事案に対する対応の姿勢に触れながら以下のように述べている18。
逃亡してしまったことで、今の外国人実習機構の人たちが、会社が非情な強要をしたんじゃないかっていう風に言われるんですけど。一方的にそういう見方をされるのは非常に自分たちとしては納得いかないです。その子は日本に来た時に日本語も一番下手で、「私日本語できませんから」って宣誓したんですけど、それはちょっとまずいから私たちが5時まで仕事をして、5時から毎日10分間一年生の国語の本を持って来て読み書きを一ヶ月半ほどしていました。そこまでしているけど、本人は一向に覚える気配がない。その挙げ句の果てには逃亡した。逃亡したら機構の人たちが調査に来て、なぜ逃亡したのかという風に聞かれるけど、原因は逆にこっちが聞きたいくらいです。
つまり、A社としては、日本語教育も能力不足による残業が少ないことについても誠実に説明していたにもかかわらず、直後に突然失踪されたということであり、その主張に対する考慮の余地なく紋切り型に使用者(実習実施機関)の問題とされてしまうことに違和感を感じているのである。
ここまでの考察を整理すると、持続可能なサプライチェーンを推進する課題として「外国人技能実習生の失踪」があるものの、社会監査という従来のモニタリング手法ではその発見に限界がある。さらに、失踪の原因は多面的かつ複雑であり、X社あるいはY社としてどのような「能力開発」が有効なのか明確化することが困難なことが確認できた。すなわち、能力開発型のアプローチでは、何らかの問題を社会監査やサプライヤーとの対話を通じて何らかの問題を特定し、その解決に有益な能力の開発に取り組むが、失踪問題においてはその原因を適時特定することが困難なために、能力開発型アプローチには限界がある。したがって、今後の検討課題は実習生の失踪を未然に防ぐ方法であり、つまり彼らの本当の声をどのようにして聞き出し、それらを組み込んだ経営体制をいかにして構築すべきかという点にある。そしてこの点の解決においては、労働者からの問いかけを原理とする労働者主体型アプローチが有効である可能性があり、その観点での検証が今後求められる。
本論文では、先行研究を踏まえて、持続可能なサプライチェーンの推進を3つのアプローチに整理した上で、アパレル企業のX社におけるCSR調達の取り組みと課題について検討してきた。同社は、サプライヤーとの信頼関係を積極的に構築しながら、実態調査を通じてサプライヤーの労働環境の問題の特定に取り組んでいることから、能力開発型アプローチを採用したと解釈できる。その一方で、X社の製造委託先工場であるA社とB社の事例研究を通じて、能力開発型アプローチでは対処が困難な地域固有性の高い課題が明らかになった。それがサプライチェーン上での中間商社の介在と、外国人技能実習生の失踪問題である。ここでは改めて、これらから導出される知見について3点にまとめておく。
第1に、企業が採用するアプローチについての継続的な見直しと改善の必要性である。X社の事例で見れば、同社は能力開発型アプローチの一環として、CSR調達説明会の開催などを通じて、サプライヤー(商社および製造委託先工場)の人権・労働の問題に対する意識を高める施策を行なっている。しかし、現状では同説明会への参加や、実態調査で特定された課題の是正において一定の強制力やインセンティブシステムを持たないため、是正が必ずしも徹底されていない。こうした視点に立脚すれば、課題是正の意思がみられないサプライヤーに対してより強制力を持たせる仕組みへの改良や、企業の調達慣行の見直しといった生産調達システムの全体的な改善19が必要である。
第2に、能力開発型アプローチを採用する企業におけるサプライチェーン上のCSRコミュニーケーションの重要性である。日本のアパレル業界における構造的特色としてのサプライチェーン上での商社の介在について焦点をあて、X社の目指す能力開発型アプローチのもつ課題について考察した。商社の介在は功罪両面あり、サプライヤー工場における経営資源の不足の補完や、企業と工場とのやりとりの橋渡しといった重要な役割を果たす一方、CSRを推進する上で重要な理念や情報が企業からサプライヤー工場に対して十分に伝達されない可能性が明らかになった。そのなかでは、商社の介在のあり方が「サプライチェーン上のCSRコミュニケーションの問題」を克服する上で鍵となりうることを指摘しており、Z社のように、企業とサプライヤー工場の両者に働きかけてCSRに対する意識を高める媒介者あるいは変革者としての商社の重要性についても示唆している。
第3に、能力開発型アプローチの新たな限界と労働者主体型アプローチのもつ可能性である。本研究において外国人技能実習生の失踪問題は、社会監査をモニタリング手法とした2つのアプローチによる、伝統的な持続可能なサプライチェーンの推進における弱点を示す現象である。すなわち、取締り型・能力開発型アプローチにおけるモニタリング体制では、突如発生する失踪問題を発見することが困難であることが確認できた。それと同時に、この問題は、すでに特定された経営上の能力不足を補強することで問題の解消を図る能力開発型アプローチの限界についても示唆している。これらの点から、労働者自身からの報告や問いかけを起点として、サプライヤーの経営および労働環境の改善に活用する体制、つまり労働者主体型アプローチの要素を加味したサプライチェーンをいかにして構築するかという課題が挙げられる。
以上の事例分析から、サプライチェーンの実態に即したアプローチの戦略的活用の重要性が示唆される。3つのアプローチのいずれかが、持続可能なサプライチェーン推進における諸課題を網羅的に解決するとは考えにくい。むしろ、業界や、サプライヤーとの関係性、サプライヤーの経営状況や事業規模、操業地である国や地域の特性といったサプライチェーン構造を、対応すべき課題に適したアプローチを採用する、あるいは組み合わせることが重要であろう。多国籍企業等においては、3つのアプローチを効果的に活用している事例も見られるが、X社のような取り組みを開始してまもない企業の場合には、それは必ずしも経営資源の観点から現実的ではない。まずは自社の採用する基本アプローチの特徴を把握した上で、上述したサプライチェーン構造を考慮して、最適な推進体制を模索していくことが求められる。例えば、能力開発アプローチは、コミュニケーションが十分に行われ、信頼性が構築されている場合においては有効であるが、取引関係が弱い場合などにおいては、性悪説に立った取り締り型アプローチを組み合わせることが有効かもしれない。また、商社の介在など、自社とサプライヤーの間に複数の組織が介在する場合には、社会監査を通じた直接的な管理のみならず、労働者主体型アプローチを効果的に機能させていくことが求められる。
そして、これらに共通して言えることは、持続可能なサプライチェーンを推進するためには、もはや単独の企業だけでは限界があり、多様で相互に連結しているステイクホルダー間の変化とサプライチェーン全体の成熟を促さなければならない。そのためには、既存のネットワークや商習慣などを乗り越えて、それぞれが互いに学習していくことができる新たなネットワークやメタ組織を構築していく必要があるだろう。
本節では本研究の限界と課題について3点挙げる。
第1に、先行研究をもとに整理した持続可能なサプライチェーンの3つのアプローチについて、枠組みとして企業の活動を分析するためには、それらの有効性や欠点についてより詳細な検討を行なっていく必要がある。とくに本研究で取り上げた労働者主体型アプローチについては、実務上の課題や有効性の検証が他の研究をみても十分になされていないため、今後の研究の積み重ねが必要である。また、本研究は、アパレル企業X社の1事例に過ぎない。今後は同業種及び異業種における、さらなる事例分析の積み重ねが必要である。
第2に、事例研究においては中間商社や行政機関への調査分析が不十分であることである。本研究から、持続可能なサプライチェーンの推進において、商社を介した生産体制であることによる問題点を指摘しているが、実際にどの程度の影響が生じているかについては今後研究していく必要がある。また、技能実習制度を含む外国人労働者の責任ある雇用の課題については、行政機関を始め、多くのステイクホルダーが関与していることから、それらについての考察もより深く行っていく必要がある。
第3に、2次以降のサプライヤーへの働きかけにおける課題のより詳細な研究の必要性である。すでにadidas社などの先進企業では2次以降にあたる資材サプライヤーなどに対してもリスク評価や研修の対象を拡大しているが20、依然として直接的な関わりのある1次サプライヤー(商社が介在する場合には最終製品の製造工場)を持続可能なサプライチェーンの取り組みにおける対象としている企業は少なくない。これについてもさらなる研究を重ね、実務的課題を洗い出し、克服に向けた示唆を導出することが不可欠である。
今回の論文執筆にあたり、年末の多忙な時期にインタビュー調査にご協力をいただいた関係者の方々に対して、この場をお借りし厚く御礼を申し上げます。また、本研究はJSPS科研費基盤研究(C)(研究代表者:土肥将敦、研究課題番号:18K01809)の助成を受け進められた研究成果の一部である。