抄録
著者らは最近,大量の上部消化管出血を招来し緊急手術を施行した胃癌症例が,術後組織学的検索にてpoorly differentiated lymphocytic lymphosarcomaと判明した症例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する.
症例は45歳男性で,主訴は吐血であった.患者は糖尿病のため本院第三内科に入院中であったが,その時施行された上部消化管透視,胃内視鏡検査の結果,胃癌と診断され当科に紹介された.腫瘍占居部位は穹窿部後壁でありボールマンIII型の進行胃癌と診断された.生検による組織学的診断はcarcinoma simplexであった.入院後6日目に大量の吐血があったため緊急手術を施行した.手術方法は胃全摘・膵脾合併切除・肝部分切除を施行し,再建方法としては食道空腸Roux en-Y吻合を行った.腫瘍の浸潤が左横隔膜に強固であったため,胃壁の一部を左横隔膜へ付着残存させたまま手術を終了した.術後4日目,左横隔膜に残存した腫瘍の壊死に起因した汎発性腹膜炎症状が出現したために救急的に開腹ドレナージ手術を施行したが,再手術後12時間目に死亡した.摘出腫瘍の組織学的検索では多数の異型性の強いリンパ球様細胞が認められpoorly differentiated lymphocytic lymphosarcomaと診断された.
悪性リンパ腫の術前診断は上部消化管X線検査,内視鏡或いは生検などを駆使しても困難なことが多く,しばしば胃癌と診断される.とりわけ生検によっても診断の困難な理由としては,生検組織片では粘液産生の弱い未分化癌が悪性リンパ腫に良く似た組織像を呈するからである.この場合PAS染色を行えば未分化癌では細胞質にPAS陽性の粘液を証明できるので鑑別が可能となる.
本症の治療法は言うまでもなく早期発見,早期外科的治療であり,その予後判定には組織型よりも進行度が重要視されている.