2017 年 30 巻 1 号 p. 93-103
『とはずがたり』は鎌倉時代後半に生きた宮廷女性,後深草院二条の自伝文学である。二条は幼くして母親を亡くしたあと後深草院に引き取られ育てられたが,14歳のとき院の愛人となった。自伝の前半は二条の宮廷生活を,愛人たちや院との関係を交えて記述し,後半は宮廷を退出してから後の尼僧としての生活を,東国,西国への旅行記録を交えて記述している。『とはずがたり』には二条の見たいくつかの夢が,記述の重要な要素として記録されている。これらの夢は一般には性的な夢と考えられているが,ユング心理学の観点から見るとき,主人公の人生の課題,アイデンティティ,自尊心の再確認,そして就中最後の夢は所謂マンダラ的な夢として,彼女の個性化プロセスの到達地点を表現するものとして解釈可能である。