63歳女性が,初診の約20年前より右踵部に淡褐色斑を自覚,2009年より近医皮膚科を受診し経過観察していた.2021年X月,拡大傾向にあり,当院形成外科紹介受診され,悪性が否定できないとのことで精査目的に当科を紹介され受診した.初診時,右踵部縁部に6 mm大の黒褐色斑を認め,ダーモスコピーでは境界明瞭で皮丘,皮溝に無関係な一様な暗紅色斑があり,周囲に点状の紅褐色斑が散在していた.臨床的に出血を思わせる所見であったが,以前から色素斑として前医で経過観察されていたこともあり,悪性除外目的に切除生検を行った.病理学的所見は出血を伴う色素性母斑であった.
63-year-old female had been aware of a light brown spot on her right heel for about 20 years prior to her first visit to our hospital. She had been seeing a dermatologist at a local doctor’s office for follow-up since 2009. She was referred to our Plastic Surgery Department in 2021 for a close examination of the spot on her heel, which was enlarging. Malignancy could not be ruled out, so she was referred from plastic surgery to our department. A 6 mm-sized dark brown macule was seen on the right heel margin on initial examination. Dermoscopy showed a uniform dark red macule with well-defined borders, unrelated to the papillae and sulcus, with scattered erythematous brown spots in the periphery. Although the clinical findings were suggestive of hemorrhage, we performed an excisional biopsy to rule out malignancy. The pathological findings were pigmented nevus with hemorrhage.
本邦における悪性黒色腫の好発部位は掌蹠である.そのため掌蹠の色素性母斑と悪性黒色腫の鑑別は重要である.悪性黒色腫の早期病変を見逃さないために,ダーモスコピー所見を熟知し,ダーモスコピー以外の臨床情報も考慮したうえで慎重な経過観察や必要時は皮膚生検などを実施すべきであると考える.
患者:63歳女性
既往歴:気管支喘息,子宮筋腫
現病歴:2000年頃より右踵部に淡褐色斑を自覚し,2009年近医皮膚科受診し経過観察していた.2021年X月,拡大傾向あり,当院形成外科紹介受診され,悪性が否定できないとのことで精査目的に当科を紹介され受診した.
初診時現象:右踵部縁部に6 mm大の黒褐色斑を認める(Figure 1).
A 6 mm-sized dark brown macule was seen on the right heel margin.
ダーモスコピー:境界明瞭な皮丘,皮溝に無関係な一様な暗紅色斑があり,周囲に点状の紅褐色斑が散在している(Figure 2).
A uniform dark red macule with well-defined borders, unrelated to the papillae and sulcus, with scattered erythematous brown spots in the periphery.
病理組織学的所見:真皮表層部にはメラニンを有する母斑細胞が集簇しており,母斑直上の表皮角層内に出血を認める(Figure 3).
Melanin-bearing nevus cells congregate in the superficial dermis.Hemorrhages are observed in the stratum corneum just above the nevus.
ダーモスコピーの所見からは出血による血痂であることが示唆されたが,もともと色素性母斑が存在した位置であり,悪性を除外する目的で念のため切除生検行う方針とした.病理組織学的に出血を伴う色素性母斑であった.
今回,我々は悪性黒色腫との鑑別を要した出血を伴う色素性母斑1例を経験した.足底の悪性黒色腫と色素性母斑の鑑別方法として,ダーモスコピーの所見に加え,年齢や部位を考慮し,皮膚生検を実施し悪性の除外を行うことができた.
本邦ではダーモスコピーが2006年に保険適応となり,色素性病変をはじめ多くの疾患の診断における有用性に関して議論がなされている.足底の色素性病変に遭遇した際にはダーモスコピーでの観察により診断がつくものもあれば,悪性黒色腫および色素性母斑としては非典型的なダーモスコピー所見を呈するものも存在する.足底の悪性黒色腫と色素性母斑を鑑別するために重要なダーモスコピーの所見は,良性を示唆する所見として皮溝優位の色素パターン(parallel furrow pattern:PFP)とその亜型(lattice-like pattern:LLP)や皮溝優位のfibrillar pattern:FPである.一方,悪性黒色腫を示唆するダーモスコピーの所見として皮丘優位型のparallel ridge pattern:PRPがある(Figure 4).早期の悪性黒色腫におけるPRPの感度は86%,特異度は99%と報告されている[1].進行した悪性黒色腫では多彩なダーモスコピーのパターンが混在しており,PFPを含むこともあり,PFPが一部に存在することが良性を示唆するとは言い切れない.良性の場合は病巣の全体に対称にPFP,LLP,FPが存在することが重要となる.一方,出血性病変のダーモスコピー所見Red-bluish reddish-black homogeneous areasとよばれ,境界明瞭で無構造な均一の赤青色~赤黒色の領域となる.掌蹠の血腫は一見,PRP様の所見を呈するが色調が赤色調で周囲との境界が平滑で明瞭であることから鑑別できる.
Kogaらにより提唱された足底に後天性に出現したメラノサイト系病変の対応に関するアルゴリズムでは第1段階でPRPの有無を検討し,病変の一部にでもPRPが検出される場合は生検を行う.第2段階で良性の3パターン(PFP,LLP,FP)の有無を検討する.病変全体がいずれかの良性パターンで構成されるもしくは良性3パターンの混合で構成されていれば色素性母斑で経過観察不要とする.PRPも良性パターンも検出されない場合は,第3段階で病変のサイズを測定する.7 mmを超える病変では生検を考慮し,7 mm以下では経過観察を選択してもよい[2] (Figure 5).
PRP: parallel ridge pattern, PFP: parallel furrow pattern, LLP: lattice-like pattern, FP: fibrillar pattern.
上記のアルゴリズムを利用し,患者の年齢,部位を考慮することで診断の精度が高まることが期待される.まず足底の悪性黒色腫の患者のほとんどは中高年者である.2005年から2013年までに日本皮膚悪性腫瘍学会皮膚がん予後統計調査委員会で収集した2,978症例の悪性黒色腫症例について発症年齢の平均は63.6歳である[3].また色素性病変の発生部位に関しても診断に有用であり,Minagawaらの報告によると本邦の足底悪性黒色腫123名の解析を行い,機械的なストレスを受ける部位での発生が多く,アーチの部分の発生は稀であった[4].
今回の症例では本来,色素性母斑として経過観察されていたものの,受診時のダーモスコピー所見でPRPも良性パターンも検出されなかった.大きさは6 mmであったが,悪性黒色腫の好発年齢であり,踵の縁部であったが機械的な刺激を受けやすい部位であり,切除生検を実施し,悪性黒色腫の否定をすることができた.皮下出血斑との鑑別を要した悪性黒色腫in situ病変の報告もあり[5],ダーモスコピーでの所見に加え,患者の年齢や色素性病変の発生部位を考慮し,切除生検を試みる必要があると考える.
なし