2021 Volume 63 Issue 2 Pages 31-42
目的:金属ベリリウム及びベリリウム合金は,軽量でかつ強度が高いこと,耐熱性,耐腐食性等,優れた物理化学特性を有するため,世界的に幅広い産業で利用されている.一方で,ベリリウムには感作性,発がん性が認められており,ベリリウムの職業性ばく露を受ける可能性がある労働者に対する労働衛生管理は従前より各国で重要な課題となっている.このような中,米国労働安全衛生管理局(OSHA)は,2017年1月に,ベリリウムばく露による慢性ベリリウム症,及び肺がんの発症を防ぐことを目的に,ばく露規制を含め,ベリリウム労働衛生管理に関する規定を強化する最終規則(Final Rule)を公表した.本稿では,OSHA最終規則が発表されたことを機に,ベリリウムの健康障害や産業衛生に関する知見を把握し,我が国におけるベリリウム労働衛生管理に関する課題を共有することを目的とする.方法:ベリリウムの健康障害に関する国内外の論文,関連規制法等,最近の動向を収集し,ベリリム産業,ベリリウムばく露,ベリリウムによる健康障害,OSHA最終規則,我が国におけるベリリウム労働衛生管理についてその概要を纏めた上で,我が国におけるベリリウム労働衛生管理の課題について考察した.結果:ベリリウムばく露による健康障害において,近年最も問題となるのは,ベリリウム感作に端を発する慢性ベリリウム症であり,いかにベリリウム感作を低減するか,またベリリウム感作者を早期発見するかに重きをおいた労働衛生管理が重要であることが改めて確認された.結論:我が国におけるベリリウム労働衛生管理の課題として,ベリリウム等による健康障害の実態把握(疫学知見の収集)が喫緊に必要であること,特殊健康診断の診断項目,及び特定化学物質障害予防規則におけるベリリウム及びその化合物の定義の見直し検討が必要であることが示唆された.
Objectives: Beryllium is primarily used in its metallic form, in alloys, or in beryllium oxide ceramics. Its physical and mechanical properties make it useful for many applications across a range of industries. Because beryllium is recognized as a sensitizing and carcinogenic agent, the management of occupational health for workers who may be occupationally exposed to beryllium has long been an important issue in the world. Under these circumstances, the U.S. Occupational Safety and Health Administration (OSHA) had published a rule in January 2017, to prevent the development of chronic beryllium disease and lung cancer. This rule strengthens the regulations governing the use of beryllium and its compounds. With the announcement of the OSHA rule in January 2017, the purpose of this study is to gain insight into the health problems and industrial hygiene associated with the use of beryllium and share the issues related to the management of occupational health for persons working with beryllium in Japan. Methods: We collected information regarding the beryllium industry, beryllium exposure, beryllium-induced health disorders, OSHA rule of January 2017, and regulations for beryllium use in Japan. After reviewing them, we discussed the issues concerning occupational health management of workers exposed to beryllium in Japan. Results: It has been reconfirmed that in recent years, the most serious health problem due to beryllium exposure is chronic beryllium disease caused by beryllium sensitization. Management of occupational health that emphasizes reduction of beryllium sensitization and early detection of beryllium-sensitized workers is important. Conclusions: It was suggested that the following should be considered as the issues of management of occupational health of workers exposed to beryllium in Japan: (1) Collect epidemiologic data on health hazards from beryllium exposure in Japan. (2) Review the diagnostic items of special medical check-ups. (3) Review the definition of beryllium and its compounds in the Ordinance on Prevention of Hazards due to Specified Chemical Substances.
原子番号4番のベリリウムは,緑柱石などの鉱石から産出されるレアメタルの一種である.ベリリウムは,軽量(比重約 1.85 g/cm3)であるにも関わらず,鉄鋼並みの弾性係数を有し強度が高いこと,熱伝導率が高く線膨張係数が小さいこと,高防振特性を有すること等,優れた物理化学特性がある.また,銅にベリリウムを少量添加したベリリウム銅合金は,強度が銅の数倍であり,耐熱性,耐腐食性にも優れ,非磁性であるといった特性がある1,2).このため,ベリリウムは,金属ベリリウムとして,医療・航空宇宙・軍事・エネルギー産業等,ベリリウム合金(主にベリリウム銅)として,精密機器・通信・自動車・産業機器等,世界的に幅広い産業で利用されている3,4).一方で,ベリリウムには感作性,発がん性が認められており,ベリリウム,及びベリリウム化合物の職業性ばく露を受ける可能性がある労働者の衛生管理は従前より各国で重要な課題となっている3).このような中,米国労働安全衛生管理局(OSHA: Occupational Safety and Health Administration)は,2017年1月に,ベリリウムばく露による慢性ベリリウム症,及び肺がんの発症を防ぐことを目的に,ベリリウム,及びベリリウム化合物へのばく露規制を含め,ベリリウム衛生管理に関する規定を強化する最終規則(Final Rule)を連邦官報に公表した5).最終規則は,ベリリウム産業一般,建設,及び造船産業に向けてそれぞれ発表され,2017年5月に発効,2018年12月の段階で,ベリリウム産業一般事業者においては当該規則の大部分について遵守義務が生じている5).本稿では,OSHA最終規則が発表されたことを機に,ベリリウムの産業衛生に関する現状を共有することを目的に,ベリリウム産業とベリリウムばく露,ベリリウムの健康影響,OSHA最終規則,我が国におけるベリリウム衛生管理等についてその概要を紹介する.なお,ベリリウムの衛生管理は世界的課題であるが,本稿では,特に,ベリリウムの産業衛生研究が進んでいる米国の知見を中心に,我が国の状況も併せて紹介する.
ベリリウムを鉱山産出する国は,中国,米国,カザフスタンが主要3カ国であるが,その産出量は米国が圧倒的に多く,過去25年ほどの年間産出量(ベリリウム重量)は,100–300トンほど(2019年は推定170トン)で推移している(次点の中国は20–50トン)6).鉱石製錬後のベリリウム金属,ベリリウム合金,酸化ベリリウムを最終製品としたベリリウム製品の生産・使用量も米国が最も多く,例えば2019年における使用量は輸入分を加味し推定約180トン(ベリリウム重量)であり,使用内訳は,工業用部品:21%,航空宇宙および軍事部品:20%,自動車用電子機器:14%,家庭用電子機器:14%,電気通信インフラ:14%,エネルギー産業:9%,半導体:1%,その他:7%となっている6).我が国では鉱石製錬を行っていないため,ベリリウム源として水酸化ベリリウム,ベリリウム銅母合金等の中間製品,ベリリウム銅スクラップ,金属ベリリウムスクラップ等を輸入し,製品を生産している7).表1には,我が国で生産されているベリリウムを利用した製品についてまとめている.最新情報の入手は困難であるが,我が国における年間ベリリウム使用量は40トン前後(ベリリウム重量)であると推測されている7).
金属ベリリウム | X線窓(X線照射装置,X線解析装置,透過電子顕微鏡等) |
原子炉:中性子減速材,制御棒等 | |
航空・宇宙・軍需等の構造部品 | |
高音域音響スピーカー | |
ベリリウム銅合金 | 電子機器:コネクタ,ソケット,スイッチ,リレー,マイクロモーター等 |
高速レーザースキャナー | |
医療機器:ペースメーカー等 | |
防爆安全工具 | |
プラスチック,ガラス,金属金型 | |
海底光ケーブル中継器構造材 | |
ベリリウムアルミニウム合金 | 航空・宇宙(衛生)構造部品 |
酸化ベリリウム | 放熱板(Cu-W)添加剤 |
電子レンジ,極超短波通信機器 | |
高密度電子回路基板 | |
JOGMEG 鉱物マテリアルフロー(2011) |
OSHAによると,2012年時点で,米国におけるベリリウム取扱事業所数はおよそ7,300事業所であり,ベリリウムばく露の可能性がある労働者は62,000人と推定されている5).2004年時点では推定134,000人であったが,ここ数年でばく露人口は減少している.なお,これまでにベリリウムばく露を経験した可能性がある労働者の総数は800,000人と推定されている5,8,9).我が国の,近年におけるベリリウム取扱事業場数,及び受診労働者数の推移は,特定化学物質障害予防規則に基づく特殊健康診断の受診状況に基づくと表2のようである.受診労働者数には,現在取り扱っている労働者に加え,過去に取り扱ったことがある労働者も含まれているが,2018年時点で,135事業場,労働者数は1,039人であり10),2007年からみると,やや増加傾向に見受けられる.ここで留意すべき点は,我が国の場合,特殊健康診断の受診対象は,金属ベリリウムの取扱,ベリリウム含有濃度1%超のベリリウム化合物の取扱,ベリリウム含有濃度3%超のベリリウム合金の取扱の場合に限られていることである11).一方で,合金として製品利用されるベリリウム銅合金のベリリウム含有率は一般に0.5%–3%であり,我が国で流通しているベリリウム銅合金は,ベリリウム含有率2%以下とみられている7).つまり,我が国では,それらベリリウム銅合金製品をさらに加工し,製品製造をする事業者・労働者は,特殊健康診断統計からは見えてこないことになる.なお,後述,OSHA最終規則は,原則ベリリウム含有率0.1%以上の物質(合金等形態問わず)に適用されることから5),米国における上記ベリリウム取扱事業所数,及び労働者数も,その0.1%以上のベリリウムを含む物質を扱う事業所数,労働者数として統計に反映されているものと考えられる.したがって,我が国では,特殊健康診断統計に反映されていない潜在的にベリリウムばく露を受けている可能性がある労働者が一定数存在するものと考えられる.
年 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 2014 | 2015 | 2016 | 2017 | 2018 |
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事業場数 | 102 | 101 | 105 | 116 | 117 | 134 | 124 | 127 | 124 | 136 | 130 | 135 |
労働者数 | 627 | 642 | 704 | 671 | 729 | 836 | 665 | 631 | 656 | 750 | 849 | 1,039 |
労働安全衛生のしおり |
ベリリウムの職業ばく露は,水酸化ベリリウムの取扱い,ベリリウム金属及び合金を乾式切削・研磨等する作業工程で発生するベリリウム粉塵,ベリリウム母合金あるいは合金を加工するための溶解・鋳造・溶接・溶断等の工程で発生するベリリウムヒューム,酸洗・エッチング時に発生するベリリウムミストを吸入することで主に生じ,一部,皮膚,目,粘膜を介した接触からも生じると考えられ12,13).OSHAはベリリウムばく露を受ける可能性がある職業として,以下を示唆している5,14).
①ベリリウムの一次生産(鉱石製錬)に関係する職業
②ベリリウム金属/合金/化合物の加工に関係する職業
③ベリリウムを含有する電子機器部品のリサイクルに関係する職業
④スラグ研磨・バリ取りに関係する職業
このうち,②の職業は幅が広いが,例えば,鋳造工,築炉・溶解炉工,溶接工,金属工作機械工,非鉄金属浸出・浄液工,歯科技工等が該当する.また,④について,研磨ブラスト作業で使用される特定スラグ(石炭スラグ,銅スラグ)には,微量ベリリウム(0.1重量%未満)が含まれていることがあり,粉塵が多く発生する状況下では,作業者が危険なレベルでベリリウムにばく露する可能性があるとされている5,14).それゆえに,ベリリウム含有率0.1%重量未満の免除は,8h-TWA(time weighted average)がアクションレベル以下である客観的なデータが示せる場合にのみ適用される5).
作業場におけるベリリウムの気中濃度は,職種や作業内容等によっても大きく異なるが,近年になるほど,作業のオートメーション化や囲い込み,排気・換気装置設置等のばく露対策によって低レベルに保たれるようになっている.例えば,米国で1930年代からベリリウム銅を製品として生産する工場において,アーク炉室はベリリウムばく露の可能性が高い作業場の一つであるが,1935年~1954年では,平均ばく露濃度(DWA: daily weighted average)は 80 μg/m3であったのが,1955年~1964年には 51 μg/m3,1955年~1964年は 11 μg/m3,1977年~1983年では 0.7 μg/m3 まで低減されている12).米Materion社(旧Brush Wellman社)のBeryllium Worker Protection Model(BWPM)は,ベリリウムばく露の劇的な低減に成功したモデルとして知られている8,15).我が国では,Yoshida et al.(1997)が,国内ベリリウム銅工場の気中ベリリウム濃度測定について報告しており,これによると1995年の時点で,測定された4箇所の中で最も高濃度の場所で 0.24 (0.01–1.04) μg/m3であったとされている16).なお,バックグラウンドとして,米国のベリリウム平均大気濃度は 0.3×10-4 μg/m3(大都市部では,平均 0.2×10-3 μg/m3)であり17),我が国では 0.2×10-4 μg/m3である18).
ベリリウムばく露による健康影響は,急性ベリリウム症,慢性ベリリウム症,肺がんが知られている.このうち,肺がんについては,国際がん研究機関(IARC: International Agency for Research on Cancer)の1993年における評価でグループ1(ヒトに対する発がん性が認められる)に分類され,2012年の再評価においてもグループ1が維持されている12,13).また,米国国家毒性プログラム(NTP),米国環境保護庁(EPA),米国産業衛生専門家会議(ACGIH)の評価においても,ヒトに対する発がん性があることを支持している17,19,20).ただし,ベリリウムばく露と肺がんの関連性が強いのは,特に1950年以前に高濃度ベリリウムばく露を受けた労働者らであることに留意する必要がある12).また,鼻咽頭炎,息切れ,呼吸困難,化学性肺炎などの症状を呈する急性ベリリウム症は,1940年代当時に問題となり,ベリリウムを取り扱う労働者のおよそ7%に発生し,そのうち10%がばく露後短期間で死亡したとされている21,22).急性ベリリウム症は,100 μg/m3 以上の高濃度ベリリウムばく露で生じる可能性があるとされるが,ばく露対策が講じられた近年の作業環境下では,急性ベリリウム症が発生するのは稀であると考えられている21).一方で,慢性ベリリウム症は,ベリリウムへの感作に端を発するものであり,極低濃度のベリリウムばく露でも発生しうる可能性があるため,近年の作業環境下におけるベリリウムばく露の健康影響として最も注意を払うべき疾病であると考えられる5,23,24,25,26).
ベリリウム感作と慢性ベリリウム症について慢性ベリリウム症(以後CBD: Chronic Beryllium Disease)は,肺の肉芽種性炎症性病変として特徴付けられ,その一般症状として,咳嗽,呼吸困難,疲労,体重減少,発熱,寝汗が知られている27,28).CBDの発症は,前述の通り,ベリリウム特異的な生体免疫反応,ベリリウム感作(BeS: Beryllium Sensitization)がきっかけとなる27,28,29,30,31,32).なお,ベリリウム感作は,病理学的な異常を生じなく臨床的にも無症状である27).ベリリウムに感作するメカニズムついては,まだ完全には解明されていないが,最近の研究によれば,微細粒子状の形で肺内に取り込まれたベリリウムの粒子表面からベリリウムイオンが遊離し,ベリリウムイオンとある種の生体内ペプチドが結合した複合体が,免疫細胞に認識されることで,ベリリウム感作が成立することが示唆されている33,34,35,36).また,感作の特性上,ばく露量依存性がなく,ごく微量のばく露によってもベリリウム感作が成立すると考えられている23,24,25,26).
ベリリウムを扱う労働者のベリリウム感作率は,その業種,作業内容,作業従事年代によって様々である.例えば,米国における原子力軍事産業関連企業数社では,概して1~5%の感作率が報告されており,同じく米国における金属ベリリウム,ベリリウム合金,酸化ベリリウム製造関連企業数社では概して2~15%の感作率が報告されている28).中には,ベリリウム鉱石からのベリリウム抽出工場の調査において,26.9%と非常に高い感作率を報告している例もある28).調査年代については,2000年以前では高く,2000年以降に雇用された従業員を対象に検査をした場合は感作率が低いとされる28).また,ベリリウムに対する感受性は,ある特定遺伝子多型(HLA-DPB1 E69アリル *02:01,*09:01等)を有する労働者で,当該アリルを有しない労働者に比べて高いことが示唆されている36,37,38,39,40,41,42,43,44).例えば,HLA-DPB1 E69アリル02:01を2コピー有する場合,保有なしと比べてオッズ比5.4(95%信頼区間2.2–11.3),1コピー有する場合,保有なしと比べてオッズ比2.7(95%信頼区間2.1–3.4)であり,HLA-DPB1 E69 アリルE69 *09:01を1コピーまたは2コピー有する場合,保有なしと比べてオッズ比4.4(95%信頼区間2.1–9.43)と報告されている36).
CBDは,ベリリウム感作が成立した後,さらにベリリウムばく露され続けることにより,生体内に取り込まれたベリリウムの周りにマクロファージ系細胞を中心とした炎症細胞が集積し慢性炎症病巣(肉芽種)を形成した状態であると考えられている27,28).ベリリウム感作からCBDに発展するのは一部であると考えらえており,ベリリウム感作者が将来CBDに発展するリスクは6–8%/年と推定されている.また,CBDに発展する平均年数は6–15年と推測されているが,数週間以内にCBD症に発展した例もあれば,逆に,感作後30–40年間,CBDに発展しなかった例も報告されている27,28,44,45).
慢性ベリリウム症の診断についてCBDの診断に関して,CBDは,肉芽腫性肺疾患であるサルコイドーシスと病理学的・臨床的所見が酷似しており,その両者の鑑別は難しいとされる46,47,48,49).実際に,病理・臨床所見でサルコイドーシスと診断された者の6%近くが実はCBDであったことが報告されている46).また,ベリリウム感作では,病理・臨床所見は認められない.このため,ベリリウム感作の有無,またはCBDの診断をするためには,ベリリウムに対する免疫反応を利用したベリリウムリンパ球幼若化(増殖)試験(以後BeLPT: Beryllium lymphocyte proliferation test)を実施する必要がある.BeLPTは末梢血または気管支肺胞洗浄液中から分離したリンパ球に,in vitroで抗原となる硫酸ベリリウムを添加し,リンパ球増殖(幼若化)が惹起されるか否かで,感作を判定する免疫学的検査である50,51,52,53,54,55).以下の(1)(2)項目はCBDに進展していないベリリウム感作(感作者)の基準,(1)~(3)項目はCBDであることを診断する際の基準となる50,51,52,53,54,55).
(1)ベリリウムのばく露歴がある
(2)BeLPTの結果が陽性である
(3)肉芽腫性肺炎の組織病理学的証拠がある.
また,CBD患者では,肉芽種形成の増加と共に肺機能が低下すること,炎症により肺胞II型上皮細胞が損傷され,シアル化糖蛋白であるKL-6が流出し血清及び気管支肺胞洗浄液で検出されることが知られているため,一酸化炭素肺拡散能検査(DLCO: diffusing capacity of the lung carbon monoxide)や,KL-6の検出はCBDの重症度を定量化する手段の一つとして提案されている56,57).加えて,CBDの胸部単純X線撮影像はじん肺所見であるが,CTスキャンでは,CBDを肉芽種所見として,その初期段階で検出するのに有利であるとされている58).
OSHA最終規則は,40年以上前に設定されたベリリウム許容ばく露限界値 2.0 μg/m3(TWA:時間加重平均値1日8時間・週40時間)を始め,種々の衛生管理規則を見直し,より適切に労働者をベリリウムばく露及びその健康障害から保護しようとするものである5).最終規則公表に至るまでの経緯は次のようである.OSHAの(旧)ベリリウム許容ばく露限界値(2.0 μg/m3 TWA)は1971年に設定されたが,この許容ばく露限界値の元をたどれば,米国原子力委員会(現エネルギー省)が1949年に急性ベリリウム症を防ぐために提案した基準であり,OSHAが1971年に許容ばく露限界値としてそのまま採用したものである59).1977年には,米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH: National Institute of Occupational Safety and Health)が,許容ばく露限界値をベリリウムの発がん性を理由に 0.5 μg/m3 TWAに引き下げることをOSHAに推奨し,同年OSHAは許容ばく露限界値 1.0 μg/m3 TWAを提案したが,これは国防上の理由から却下された60,61,62).1980年代にはBeLPTによりベリリウム感作を検出できるようになり,これにより許容ばく露限界値 2.0 μg/m3 TWAでは,ベリリウム感作を防ぐには不十分であることが明らかになってきていた5).その後も紆余曲折はあったものの,2002年にOSHAは,パブリック・インボルブメント(利害関係者等との合意形成手段のひとつ)を通じて,実現可能なベリリウム衛生管理規則の制定について意見を求めると同時に,作業現場におけるリスク評価や,関連中小事業者への経済的影響評価等が実施された5).2012年には,主要ベリリウム製造事業者,及びベリリウム関連事業の労働者からなる労働組合から,共同で新規則案が提出され,OSHAは2015年に最終規則案を発表,パブリックコメント・公聴会を経て,2017年1月の最終規則公表に至った5,63).この一連の経緯からも一部読み取れるように,OSHAはベリリウム衛生管理に関する新しい規則を発表した理由(または発表にこぎつけることができた理由)を,①これまでのベリリウム許容ばく露限界値(2.0 μg/m3 TWA)は,急性ベリリウム症を防ぐための基準であり,ベリリウム感作及びCBDの発生を防ぐには不十分であった.②新規則について利害関係者と合意形成がなされた.③新規則が要求することを実現するために必要な工学的ばく露防止法等の技術水準を多くの事業者が満たすようになったためと説明している5,14).最終規則は,ベリリウム産業一般,建設,及び造船産業に向けてそれぞれ発表され,2017年5月に発効,2018年12月の段階で,ベリリウム産業一般事業者においては当該規則の大部分について遵守義務が生じている5).
OSHA最終規則の要点についてベリリウムの健康障害からいかに労働者を保護するかという視点からまとめられる最終規則の要点は以下の4点である14).
①ベリリウムの許容ばく露限界値を,従来の 2 μg/m3(TWA)から 0.2 μg/m3(TWA)に引き下げる(作業環境管理の基準(アクションレベル)は 0.1 μg/m3(TWA)).
②短時間ばく露限界値として,2 μg/m3(15分間)を新たに設定する.
③ベリリウムばく露対策における事業者への要求事項
➢換気・囲い込み等の工学的対策,及び作業環境管理を実施しなければならない.
➢高レベルベリリウムばく露エリアへの労働者の立ち入りを制限しなければならない.
➢必要に応じて呼吸用保護具の使用,高レベルばく露又は皮膚接触の可能性がある場合は,防護服の着用をさせなければならない.
➢ばく露評価を実施し,ばく露管理計画書を作成しなければならない.
➢ベリリウムの有害性について労働者を教育しなければならない.
④労働者の健康管理における事業者への要求事項
➢特定条件に合致した労働者の健康診断を実施しなければならない.
➢ベリリウム関連疾患であると特定された労働者に対して医学的職場配置転換保護措置(medical removal)を講じなければならない.
最終規則において注目すべきはベリリウムへのばく露評価である.許容ばく露限界値を従前の10分の1に引き下げ,アクションレベルまで示し,さらに,短時間ばく露限界値を提示したことである.これは,ベリリウム感作に端を発する慢性ベリリウム肺への憎悪を考慮すれば合理的な提案と言えるであろう.また,最終規制内には,③ばく露対策,④健康管理におけるそれぞれの要求事項について,詳細に記述されているが,本稿では,後述する我が国のベリリウム特殊健康診断と比較するために,特に④の健康診断について,さらにその概要をみることにする.
我が国では,労働安全衛生法に基づく定期健康診断や特殊健康診断を労働者に実施することが事業主の義務になっているが,米国では,我が国のように事業主が定期的に実施する健康診断はなく,労働者個人が原則自発的に健康診断を受けることが通常である.しかしながら,最終規則では,ベリリウムを扱う労働者が以下の条件のいずれかに合致した場合,事業主は労働者の健康診断を実施しなければならないことが規定された64).
①0.1 μg/m3(8h TWA)を超えるベリリウムに,年間で30日以上ばく露された,または,ばく露されたと合理的に考えられる場合
②慢性ベリリウム症の兆候または症状を示した場合
③緊急(非定常)作業の実施によりベリリウムにばく露された場合
④医者または有資格医療専門家から継続的な健康管理を推奨されている場合
ここで,①の条件にあてはまる労働者がいた場合,雇用主は30日以内に健康診断を実施しなければならず(ただし,過去2年以内に健康診断をしている者は除く),①②④に当てはまる場合は,その後,少なくとも2年毎に健康診断をしなければならないとされている.また,健康診断で実施する検査項目には次のものを含めて実施しなければならないことが規定されている.
●過去および現在のベリリウム取り扱いに関する職歴,ばく露状況,皮膚接触の有無,喫煙歴,呼吸器系機能障害の既往歴に関する問診
●呼吸器系の検査
●皮膚発疹の検査
●肺機能検査
●ベリリウムリンパ球幼若化試験(BeLPT),または同等の試験
●その他,医師が必要みなした検査(低線量CT検査を含む)
これら検査項目の中に,BeLPTとCT検査が入っていることが重要であり,これにより,早期にベリリウム感作,またはCBDを発見し,職場配置転換や適切な医学的措置ができるものと考えられる.OSHAは最終規則の効果が最大限に発揮された場合,ベリリウム関連疾患から毎年90名の命を救い,46名の慢性ベリリウム症発症を予防すると予測している.また,経済的観点からは年間約5億6,090万ドルの純利益をもたらすと試算している5).
我が国では,ベリリウム及びその化合物(以下,ベリリウム等)は,労働安全衛生法,労働安全衛生施行令の規定に基づき定められた,特定化学物質障害予防規則(特化則)において,第一類物質及び特別管理物質に該当する特定化学物質として管理されている.ただし,特化則で管理されるのは,ベリリウムを1%(重量)を超えて含有する製剤等,ベリリウム合金の場合にあっては,ベリリウムを3%(重量)を超えて含有するものに限られていることに留意が必要である11).なお,第一類物質は,がん等の慢性障害を 引き起こす物質のうち,特に有害性が高く,製造工程で特に厳重な管理(製造許可)を必要とするものと定義されており,特別管理物質とは,第一類と第二類物質の中でがん原性物質またはその疑いのある物質である.特化則において,労働者をベリリウム等の健康障害から保護するための事業者の主要な義務は,①ばく露対策の実施,②作業環境測定の実施と,その結果に基づく措置,③特殊健康診断の実施である.以下それぞれについて概説する.
ばく露対策の実施についてベリリウム等の労働者に対するばく露防止対策に関する事業者の義務は,主に特化則第3条,及び第50条の2に規定されている.これら条文内では,例えば,ベリリウム等を製造する設備の設置場所,設備が備えるべき構造,作業場所の構造や作業場に設置すべき排気・換気装置等の設備面での工学的対策,及びベリリウム等を扱う各種作業ごとのばく露対策に加え,ばく露防止のための作業規定作成や労働者が着用する作業衣,保護手袋に対する要求等が詳細に記述されている.また,ベリリウム等は,吸引による感作のみならず,経皮吸収によっても感作する可能性が疑われているところであるが65,66),平成29年1月1日施行の改正特化則において,経皮吸収を防ぐためのばく露対策が強化され,ベリリウム等はその対象である.具体的には,事業者らは,労働者に保護眼鏡並びに不浸透性の保護衣,保護手袋および保護長靴を使用させなければならず(特化則第44条2項),労働者の身体が汚染されたときは,速やかに,身体を洗浄させ,汚染を除去させなければならないことが新たに義務化された(特化則第38条2項).
作業環境測定の実施と,その結果に基づく措置について事業者は,ベリリウム等を製造し,または取り扱う屋内作業場等について,6月以内ごとに1回作業環境測定を実施し,その測定結果に基づき,労働者の健康障害予防に資する措置を講じる義務があり,具体的には,施設又は設備の設置又は整備,作業工程又は作業方法の改善その他作業環境を改善するため必要な措置や,労働者に有効な呼吸用保護具を使用させる他,健康診断の実施,その他労働者の健康の保持を図るため必要な措置が要求される(特化則36条関係).ここで評価基準となるのが,作業環境評価基準に定められる管理濃度であり,ベリリウム等の管理濃度は 1 μg/m3(ベリリウムとして)である.なお,抑制濃度(局所排気装置のフードの外側における濃度)も,1 μg/m3である.この管理濃度(現行 1 μg/m3)は,2012年に,従前の管理濃度 2 μg/m3 を 1 μg/m3 に引き下げる提案がなされ,平成2013年4月に改正管理濃度して施行された.管理濃度は日本産業衛生学会の許容濃度勧告や各国のばく露規制のための基準等の動向を参考に,作業環境管理技術の実行可能性を考慮して設定されるものである.2013年の改正背景として,日本産業衛生学会は,1963年に許容濃度 2 μg/m3 (ベリリウムとして)を勧告し,その後の動きはないが(2020年現在),米国産業衛生専門家会議(ACGIH)が,ベリリウムの感作性を考慮に入れて許容限界値 0.05 μg/m3(吸入性粒子として,1日8時間及び1週間40時間の労働時間に対する時間荷重平均濃度)を2009年に勧告していることを受け,管理濃度検討会では,ACGIHの勧告値を考慮しつつも,ベリリウム等を製造又は取り扱う事業所の作業環境管理に係る技術水準も踏まえ,管理濃度 1 μg/m3とすることが適当であると判断された67).
特殊健康診断の実施について事業者は,ベリリウム等を製造し,又は取り扱う業務に従事する労働者に対して,雇入れ又は当該業務への配置替えの際,及びその後6月以内ごとに1回,特殊健康診断を実施しなければならない(特化則第39条関係).なお,過去に取り扱ったことのある労働者についても6ヶ月以内ごとに同様の健康診断を実施しなければならない.ベリリウム等における特殊健康診断は,第1次検査と第2次検査にわかれており,第1次検査で有所見となり,医師が必要と認める場合は,第2次検査を実施する必要がある.以下に,それぞれの検査項目を示す.なお,これら検査項目は1974年から実施されており,現在までに,検査項目に変更はない(昭和47年1月17日付け基発第17号).
第1次検査(特化則別表第3)
●業務の経歴の調査 (当該業務に常時従事する労働者に対して行う健康診断におけるものに限る)
●作業条件の簡易な調査 (当該業務に常時従事する労働者に対して行う健康診断におけるものに限る)
●ベリリウム等による呼吸器症状,アレルギー症状等の既往歴の有無の検査
●乾性せき,たん,咽頭痛,のどのいらいら,胸痛,胸部不安感,息切れ,動悸,息苦しさ,倦怠感,食欲不振,体重減少等の他覚症状又は自覚症状の有無の検査
●皮膚炎等の皮膚所見の有無の検査
●肺活量の測定
●胸部のエックス線直接撮影による検査(ただし1年に1回)
第2次検査(特化則別表第4)
●作業条件の調査
●胸部理学的検査
●肺換気機能検査
●医師が必要と認める場合は,肺拡散機能検査,心電図検査,尿中若しくは血液中のベリリウムの量の測定,皮膚貼布試験又はヘマトクリット値の測定
この特殊健康診断における有所見率は,2018年度を先頭に過去10年間では,0.2–2.4%である10).我が国では,ベリリウム等による健康障害である慢性ベリリウム症や肺がんは,労働基準法施行規則の規定に基づき厚生労働大臣が定める疾病(別表第一の二)として,労災補償の対象になる.
本稿では,主に日米のベリリウム産業とベリリウムばく露について触れ,近年のベリリウム産業界で特に問題となる健康影響であるBeSとCBDについて概説した.また,ベリリウム規制に関する最近の行政動向として最も大きな動きであったOSHA最終規則の公表についてその概要を紹介するとともに,我が国のベリリウム衛生管理について情報を共有した.最後に,我々は本稿を纏める中で,今後検討すべき,我が国のベリリウム衛生管理における課題がいくつか見えてきたと考えている.以下に,それらについて記す.
我が国のベリリウム等による健康影響の実態把握(疫学知見の収集)の必要性についてベリリウムの産業衛生研究が進んでいる米国では,1990年代初頭からエネルギー省(DOE: U.S. Department of Energy)を主導に疫学情報の収集が始まり,1999年には,CBD Prevention Programが始動,2002年に,DOE関連施設におけるベリリウムばく露の可能性がある全労働者が,ベリリウム関連労働者として登録され(Beryllium-Associated Worker Registry),現在までに3万人近くのベリリウム感作状況,及びCBDに関する疫学情報が利用できるようになっている68,69).一方,我が国では,吉田らが,1997年に国内ベリリウム関連工場における作業環境濃度とベリリウム感作の関係について報告しているものの16),縦断的,横断的調査はこれまでになされてきておらず,日本国内のベリリウム産業における疫学知見は限定的である.特化則に基づく特殊健康診断の受診状況に基づくと,2018年時点で,135事業場存在し,労働者数は1,039名(有所見者14名)となっているが,特殊健康診断ではベリリウム感作を捉えることはできないため(後述),現実的にベリリウム等による健康影響の実態が把握できていない状態と言っても過言ではない.また,特化則で管理されるのは,ベリリウムを1%(重量)を超えて含有する製剤等,ベリリウム合金の場合にあっては,ベリリウムを3%(重量)を超えて含有するものに限られていることを鑑みると,特に国内各種ベリリウム関連産業で使用されているベリリウム銅など,ベリリウム含有量が3%以下の合金を取り扱う労働者の事業所におけるばく露や健康影響の実態は全く見えていない状況である.我が国のベリリウム産業の健全な発展のために,まずはベリリウム感作の実態を把握することが喫緊に必要であると考えられる.
他方,CBDは,肉芽腫性肺疾患であるサルコイドーシスとの鑑別は難しいとされており,米国の例では,病理・臨床所見でサルコイドーシスと診断された者の6%近くが実はCBDであったことが報告されている46,47,48,49).我が国においても,同様の事例が報告されている70).CBDは労災補償の対象となっているため,このような例に対しては,行政による救済と,CBDとして適切な医学的処置が施されるべきである.
特殊健康診断の診断項目についてCBDは,ベリリウム感作が原因となる免疫性疾患であることが科学的に明白である.現在のところ,ベリリウム感作を検出できる唯一の方法は,免疫学的検査であるベリリウムリンパ球幼若化試験(BeLPT)である.BeLPTが開発されたのは,1980年代であり,その後,上述したDOE主導の疫学調査やCBD Prevention Programの中で使用されてきた68,69).OSHA最終規則においては,事業者に実施義務がある,特定条件に合致した労働者の健康診断の検査項目に当然ながらBeLPTが要求されている5).一方,我が国の特殊健康診断の検査項目には,BeLPTは要求されていない.すなわち,ベリリウム感作者は特殊健康診断でフォローすることができないわけである.ベリリウム感作自体は臨床的に異常がなく,感作をもって疾病とすることはできないが,将来CBDに発展する可能性がある高リスク者であることは否定できない.それゆえに早期にベリリウム感作の有無を判定し,さらなるベリリウムばく露を避けさせる対応を取る等,適切に保護することが望ましいと考えられる.現在の特殊健康診断項目が実施されたのは1974年であるため,当時の科学的知見からはBeLPTが検査項目に入りようがなかったが,施行から40年以上経った現在,BeLPTは検査項目に採用すべく検討する最も重要な検査であると考えられる.また,特殊健康診断では1年に1回,X線単純撮影が要求されているが,CBDの胸部単純X線撮影像はじん肺所見であり,X線単純撮影で異常が見つかるのは,既にCBDの症状が進行した状態であると考えられる.OSHA最終規則の健康診断では,医師の判断でCT検査を実施することが挙げられている5).CTは,CBDを初期段階で検出するのに有利であるとされるため58),CT検査,若しくは被曝を考慮した低線量CT検査も,今後検査項目として採用すべく検討する必要があると考えられる.一方で,特殊健康診断の第2次検査において,医師が必要と認めた場合に実施する皮膚貼布試験(ベリリウムパッチテスト)は,これによりベリリウムに感作する可能性があるため,検査項目から削除することを検討すべきである.また,当該検査は,経皮ばく露対策として新たに規定された特化則規定とも齟齬が生じている.今後,特殊健康診断の検査項目の見直しを検討すると共に,BeLPTやCT検査を実施できるような体制を整えていくことが必要であると考えられる.
特化則におけるベリリウム及びその化合物の範囲ならびに管理濃度についてOSHA最終規則では,ベリリウム含有率0.1%以上の物質(合金等形態問わず)に適用される.一方,我が国ではベリリウムを1%(重量)を超えて含有する製剤等,ベリリウム合金の場合は,ベリリウムを3%(重量)を超えて含有するものに限り,特化則によって管理される.当然ながら,両国におけるベリリウム等の業務形態や衛生管理形態が異なるため,規制が及ぶ範囲も異なってくると考えられるが,現在の特化則における規制の範囲は,米国の規制範囲と乖離が大きいと感ぜざるをえない.合金として製品利用されるベリリウム銅合金のベリリウム含有率は一般に0.5%–3%であり,我が国で流通しているベリリウム銅合金は,ベリリウム含有率2%以下とみられている7).すなわち,ベリリウム含有率3%以下のベリリウム銅合金製品を業務上取り扱う事業所では,ばく露対策,作業環境測定,特殊健康診断の実施の義務が法規制上発生しないこととなり,ベリリウム等取扱いが法的規制を有する有害業務であるという認識が事業所に欠けたり,ベリリウム等による健康障害から労働者を適切に保護できていないことが懸念される.実際に,ベリリウム含有量3%以下のベリリウム銅合金を製品加工等した労働者等がCBDを発症した事例や,ベリリウム銅合金標準板(ベリリウム含有量3%以下)を使用した塗装膜厚測定に従事した労働者がCBDを発症した事例が報告されている70,71,72,73).今後,事業者らの業務実態を把握し,ベリリウム及びその化合物について,特化則の効力が及ぶ範囲を検討する必要があろう.また,我が国のベリリウム及びその化合物の管理濃度は平成25年の改正で 1 μg/m3(ベリリウムとして)となった.これに対して,OSHA最終規則では許容ばく露限界値 0.2 μg/m3(TWA)としている.管理濃度と許容ばく露限界値では,定義が異なるため横並びの比較はできないが,今後の状況を注視し,必要に応じて再度見直しを検討する必要があると考えられる.他方,日本産業衛生学会の許容濃度等の勧告では 2 μg/m3(ベリリウムとして)を提案している(2019年現在)74).これは,1963年に勧告されたものであるが,ベリリウムの特性や作業内容から見ると,作業環境測定法に従った場の測定による評価手法ではなく,短時間ばく露を踏まえた個人ばく露測定による評価手法の導入を検討する必要ではないだろうか.1963年以降現在までに,ベリリウム感作及びCBDに関する多くの知見が蓄積されてきており,見直しをすることが妥当であると考えられる.
本稿では,ベリリウム産業とベリリウムばく露,ベリリウムの健康影響,OSHA最終規則,我が国におけるベリリウム衛生管理等についてその概要を紹介した上で,我が国のベリリウム衛生管理における課題を提示した.ベリリウム及びその化合物は,我が国の主要産業を支える重要な物質であり,それを取り扱う労働者の健康がその産業の基盤となる.本稿が,我が国におけるベリリウム等による健康障害の防止対策や職場における労働衛生管理を改めて考え直すきっかけとなれば幸いである.
利益相反自己申告:申告すべきものなし