2014 年 1 巻 1 号 p. 16-17
以前,我々の研究グループでは,病棟で勤務している看護師を支援するものとして,看護師の業務サービス遂行状態に応じて外部スケジューラを実時間で駆動し,次に看護師が行うべき業務内容をスケジューラから看護師に伝えることで支援するシステムを構築した.そして,ある擬似看護環境で看護師に業務遂行をしてもらい,そのような支援を行ったときと行わなかったときに差異が現れるかどうか実験した(1).結果は,支援を行った方が行わなかった場合と比較して業務効率が上がる,さらには行うべき業務の抜けがなくなる,というものであった.この結果は,支援システムの有効性を示したものであった.しかしながら,この内容を学会等で発表すると,必ずと言ってよいほど懐疑的な意見が出された.すなわち,看護師がそのような業務支援システムを使うと,かえって看護師の業務遂行能力が落ちてしまい(身につかなくなってしまい)教育的な観点から非常にまずいのではないか,というものであった.進まない仕事が進むようになる,という短期的な観点からは非常に良い支援システムである.逆に本来看護師が獲得すべき手順生成技術(いくつかある仕事を,順番を決めて手際よくこなす技術)を,長期的にはかえって退歩させてしまうのではないか,という指摘は,ある程度予想はしていたものではあったものの,支援という考え方の難しさを感じさせた.
ウェブ上で他人にリコメンデーションする方法論に協調フィルタリング技術があるのは読者の方々も良くご存知かと思われる.これはある人がある商品を購入しようとしたときに,過去に同様な買い物をした人が,当該商品以外にどのような商品を購入したかを調べ,その商品をその人にレコメンドする,といった類のものである.このようなレコメンデーションシステムも,自分と似た価値観を有した人の購買トレンドに乗る,という意味からはいろいろな発見があって面白いかもしれないが,本当は買う必要がないものを,潮流という名の下で他律的に買わされている嫌いもある.
ということで,看護支援にせよ,ウェブ技術にせよ,工学技術は人間への長期的なサービスという観点で貢献すべきであるという考えに至った.
看護支援研究として,現在我々は看護学生に使ってもらえる教育システムの開発に従事している.対象は比較的定型的な車椅子移乗(2),ベッドメイキング(3)から,最近は,ケアプロセスがそれほど固まっていない寝衣交換の教育システム(4)へシフトしてきている.そして現在は「要介護ロボット」(5)を作成中である.ロボットによる介護ならわかるが,なぜロボットを介護しなければならないのか? これは,あまり思い通りにならない要介護ロボットを看護学生がケアすることによる教育効果を狙っているものである.図1は要介護ロボットを(悪戦苦闘しながら?)ケアしている看護教員の様子を表している.看護師にとって重要な要件の一つに,様々な状況を的確に認知し,適切な対応をとる適応的機能というものがあるが,要介護ロボットではさまざまな症状を有しさまざまに反応する患者人間を模擬可能であり,この利用が看護学生の適応的な看護サービス技術の向上に資するものと期待している.そして,これこそが看護学生への長期的サービスであると我々は信じている.
ウェブ研究としては,従来の投稿や購買履歴のみを用いて,リコメンド等をするのではなく,検索ワードや履歴や言葉が深く意味するところのものを理解し,その人が本当に必要としているもの,興味をもっているものをレコメンドする方向性を考えている(6).具体的には,ウェブユーザーが発信した情報の構造をtopic(対象のカテゴリ), activity(人間の行為,ふるまい), word(単語)の三段階でとらえ,情報をそのレベルで理解することで,問題解決を図っている.
当然のことながら,短期的なサービスも人間にとっては重要である.やはり,長期的な有用性という観点のみから様々なサービスやインタフェース装置を語るのは人間のモチベーションを下げる危険性がある.長期的に有用なものであったとしても,サービスの受け手にとっていくばくかの喜びを与える必要があるだろう.短期的なものと長期的なもののバランスをどう考えるかが,看護教育システムやレコメンデーションシステムの一つの本質であるかもしれない.
1989年東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻修士課程修了.同年新日本製鐵(株)入社.91年東京大学工学部助手.94年同講師.96年東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻助教授.2007年同准教授.2009年4月同教授.同年6月より東京大学人工物工学研究センター教授.この間96-97年Stanford大学Center for Design Research 客員研究員,マルチエージェントロボット, 大規模生産/搬送システム設計と支援, 移動知,人の解析と人のサービスの研究に従事.博士(工学).