2014 年 1 巻 2 号 p. 18-21
本プロジェクトを通じて我々が取り組んだ課題は,サービスの経営論理を明らかにすることを目指す「サービス・マネジメント」の分野において世界規模で議論が進む「サービス・ドミナント・ロジック(Service-Dominant Logic: S-Dロジック)」の中核概念に関するものである.「サービス科学」は通常,「Service Sciences, Management, and Engineering(サービス科学・経営・工学)」と表記されるが,そのうちの「Management」分野の最前線で議論される「S-Dロジック」の中核概念に焦点をあて,実データに基づく研究を行うことを通じて,「Sciences/Engineering」への橋渡し,企業経営現場など実社会への実装,そして,日本から世界に向けた研究成果の発信を加速化することを我々は目指した.
具体的には,S-Dロジックの中核概念として,下記に焦点をあてた.
S-Dロジックの中核概念である「価値共創」に焦点をあて,その仕組みを明確化,類型化する.抽象的・概念的なレベルにとどまる「価値共創」の議論に対して,現実世界との対応関係を踏まえた価値共創の類型化を行い,定性的・定量的な実データに基づいた研究知見の蓄積を目指す.
「価値共創」概念を深く理解する際の下位概念として「交換価値」「使用価値」「文脈価値」に着目する.これらの概念構造を明確化したうえで,定量的な操作化と計測化を行い,最終的には得られた実データを社会への実装に応用することを試みる.
上記(1),(2)の研究成果の実務現場への応用として,「価値共創」に関連する経営課題として多くの日本企業の経営者が直面する「サービスの国際化」に焦点をあてる.「サービスの国際化」プロセスを,ある市場で構築した「価値共創」の仕組みを標準化・普遍化(「脱コンテクスト化」)し,別の市場において現地化・再現化(「再コンテクスト化」)するプロセスを詳述することを目指す.
本プロジェクトでは,これらS-Dロジックの中心概念について,これまで抽象的な議論や概念の説明に適した事例の紹介にとどまってきた研究の発展段階を脱し,各概念の明確化や計測化を通じて,実データの体系的な収集および分析に基づく,社会実装に適したモデルやフレームワークの開発を目指した.
本プロジェクトは,研究代表者である筆者,および,阿久津聡氏(一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授),小野譲司氏(青山学院大学経営学部教授),芳賀麻誉美氏(徳山大学経済学部准教授)を中核メンバーとして進めた.
また,協力企業として,株式会社公文教育研究会,および,株式会社良品計画にご賛同いただいた.さらに,国際経営論や観察工学,情報学など他専門分野の専門家にアドバイザリーボードに加わっていただき,研究調査の方向や成果に対してご助言をいただいた*1.
方法論・調査手法としては,文献調査,定性調査,定量調査を組み合わせて研究活動を進めた.いかなる調査手法にも長所と短所があることを認識し,特定の調査手法のみに頼るのではなく,それらを解決すべき課題に応じて網羅的に組み合わせることによって,長所を生かしながら,短所を補完し,効果的な調査遂行を目指した.
プロジェクト体制としては,「0.共通文献研究」,および,3つの研究プロジェクト(「1.価値共創プロセスの構造化と類型化」,「2.交換価値,使用価値,文脈価値の操作化と計測化」,「3.脱コンテクスト化と再コンテクスト化プロセスのモデル化」)ごとに研究チームを構成した.これら複数のチームが,同時並行的にワークグループ形式で研究活動を進めた.
プロジェクト成果の詳細は後述するが,中核メンバーを中心に積極的な発信に努めた.特に,研究成果を発信する場を選択・集中し,インパクトの拡大を図った.たとえば,学会発表の場としては,American Marketing Association, Frontiers in Service,Society for Consumer Psychology,査読付論文誌としては『組織科学』や『マーケティング・ジャーナル』等,実務成果については,ビジネス誌であれば『日経ビジネス』や『ダイヤモンド』,講演機会については『経済同友会』や『日本マーケティング協会』など,国際的にも国内的にも,当該分野における最も主要かつ影響力の大きいと考える場を選択して行ってきた.
本プロジェクトの学術的成果は以下の通りである.各成果は,国内外の主要学会において発表し,積極的な発信に努めた.プロジェクト実施期間中,国際学会での発表採択数は13件,国内学会における採択数は13件であった.
3.1 共通文献研究「Service-Dominant Logic」「Co-Creation」「Affordance」の3つについて,平成22年度,23年度に文献データベースを利用した知識基盤を整えた.この成果は,日本行動計量学会 第39回大会発表論文抄録集に収録したほか,CiNii(国立情報学研究所NII論文情報ナビゲータ,http://ci.nii.ac.jp/)を通じて広く閲覧可能とした.
3.2 価値共創プロセスの構造化と類型化「共創志向性に関する研究(無印良品プロジェクト)」「ブランドと価値共創」「価値共創構造の探索と国および個人文化特性による類型化」の3つの細目プロジェクトを実施した.このプロジェクトの成果の理論上,概念上の知見は,藤川・阿久津・小野(2012)『組織科学』論文や,小野・藤川・阿久津・芳賀(2013)『マーケティング・ジャーナル』論文として広く社会に発信した(図1,図2).特に,前者では,価値共創の事後創発性の重要性に焦点をあて,後者では,価値共創に関する企業や顧客の個体差に着目する共創志向性について考察した.その後,共創志向性については,顧客サイドに焦点を当て,家具/生活雑貨を取り扱う3ブランド(無印良品,IKEA,ニトリ)のユーザー(200名超ずつ)を対象に実証研究を実施し,2014年度AMA SERVSIGなど国際学会にて発表した.
「動機の動的変容プロセス(公文教育研究会)」プロジェクトとして,「A顧客ゴールの計測化と操作化に関する研究(芳賀,阿久津)」「B動機の動的変容プロセス(小野)」の2つの細目プロジェクトを実施.このプロジェクトの成果は,芳賀・阿久津(2013)『マーケティング・ジャーナル』論文を通じて公表.公文教育研究会を協力企業とした4つの調査を通して,価値共創におけるゴール変容に焦点をあてると同時に,個人の文化的差異(分析的-包括的思考形式)の影響を定量化,「顧客ゴール育成シナリオ」の提供可能性について検討,報告した(図3).
本プロジェクトでは,公文教育研究会を協力企業とし,定量調査(世界6か国・地域の指導者対象のサーベイ調査)と,定性調査(地域本社社長および関連部署対象のインタビュー調査)の成果を,藤川・小野(2013)『マーケティング・ジャーナル』論文として公表.定量調査では,国際知識移転の主体である人間(公文の場合,指導者)に焦点をあて,文化変数(高コンテクスト文化,低コンテクスト文化),能力変数(指導者の脱コンテクスト化能力,再コンテクスト化能力),行動変数(指導者の発信行動や受信行動),および,結果変数(指導者が運営する教室の業績評価)との関連性,を明らかにした.定性調査では,国際知識移転の対象である知識(公文の場合,指導方法)に焦点をあて,新しい知識が生成される背景や伝播される経緯を調べ,形式知の層,暗黙知の層,その中間に位置する層から成る三層構造の知識移転モデルについて発表した(図4).
本研究プロジェクトが目指した実務的貢献としては,できる限り経営トップ層に直接的な発信をすること,および,広く実務家一般に発信を続けること,の両方を心がけて行った.前者については,協力企業各社の経営陣との会議への出席,主要経済団体などにおける発信活動を通じて,後者については,主要経済誌やメディアへの露出,学会や協議会などの公的活動を通じて,そのインパクトの拡大に努めた.具体的には次の通り.
4.1 広く一般市民や実務家へのアウトリーチ活動『日経ビジネス』(藤川,阿久津,小野)や『宣伝会議』(小野)などの主要ビジネス誌,『日経ビジネスオンライン』(藤川,阿久津,小野)や『ダイヤモンドオンライン』(阿久津)など主要ビジネスウェブサイト上に,中核メンバーのインタビューがプロジェクト実施期間中に複数回掲載された.
4.2 経営者層へのアウトリーチ活動公益社団法人経済同友会(藤川),一般社団法人国際経営者協会(藤川),公益財団法人吉田秀雄記念事業団(阿久津),公益社団法人日本マーケティング協会学会(小野)など,主要経済団体における経営者層向けの講演活動を行った.
4.3 企業経営への助言などのアウトリーチ活動協力企業の経営者層との会議に定期的に出席(株式会社良品計画会長,社長,取締役との定期的な会議,株式会社公文教育研究会の社長会への定期的な参加など),および,民間企業のアドバイザリー,社外取締役,有識者委員としての活動(パナソニック株式会社,株式会社ローソン(藤川),ニフティ株式会社,株式会社大塚家具,株式会社アダストリアホールディングス(阿久津),ビーエムダブリュージャパン,株式会社三菱UFJフィナンシャルグループ,株式会社ヤマダ電機(小野),など)を通じて発信した.
4.4 研究実施者へのアウトリーチ活動主要学会や協議会の主たるメンバーとしての活動(サービス学会理事(藤川),日本マーケティング学会理事(阿久津),サービス産業生産性協議会JCSI開発アカデミックアドバイザリーグループ主査(小野),など)を通じて行った.
これら様々なアウトリーチ活動を同時に進めたことにより,活動間の相互作用や相乗効果を国内外に生み出すことにつながった.たとえば,国内では,プロジェクト終了時点となる2014年3月には,プロジェクト代表者の筆者が,安倍政権の産業競争力会議メンバーを含む主要政財界人が主導する組織「日本アカデメイア長期ビジョン研究会」(座長:武田薬品工業長谷川閑史社長,コマツ坂根正弘相談役)にて講演した.我々の日経ビジネスなど主要経営誌を通じた発信活動,経済同友会など主要経済団体での講演活動からの反響ではないかと推測する.
また,海外からは,シンガポール政府経済開発庁(EDB),シンガポール版SPRING,同国中華商工会議所(SCCCI)の共同主催による「日本スタディツアープログラム」(シンガポールサービス企業経営者約30名を日本に送り,日本のサービス産業から学ぶプログラム)のアドバイザーにプロジェクト代表者である筆者が就任,プログラム開発に関する打診を受けた.同ツアーは2013年10月に実施され,同国主要経済誌『The Straight Times』等にも掲載された(2013年10月14日).海外主要学会(Frontiers in Serviceほか)での発信活動からの反響と想像する.
今後の課題としては,本プロジェクトで得た知見や手法(「共創志向性」「顧客ゴール育成シナリオ」「知識移転の三層構造」など)を,本プロジェクトの協力企業を超えた,他社事例や他業界事例への応用を通じて,さらなる汎用化,一般化を図ることにある.
今後も,本プロジェクトを通じて蓄積したS-Dロジックの中核概念に関する知見を,サービス分野の研究と実務に反映することに取り組んでいきたいと考える.
一橋大学経済学部卒業,同大学院商学研究科修士.ハーバード・ビジネススクールMBA(経営学修士),ペンシルバニア州立大学Ph.D.(経営学博士).ハーバード・ビジネススクール研究助手,ペンシルバニア州立大学講師,オルソン・ザルトマン・アソシエイツ(コンサルティング),一橋大学大学院国際企業戦略研究科専任講師を経て現職.専門はマーケティング,サービス・マネジメント,消費者行動論.