サービソロジー
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特集:RISTEX「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」
顧客によるデザインと利用とを起点としたサービスシステムの構成法
原 辰徳
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2014 年 1 巻 2 号 p. 22-25

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1. はじめに

「顧客経験と設計生産活動の解明による顧客参加型のサービス構成支援法〜観光サービスにおけるツアー設計プロセスの高度化を例として〜」.これが本プロジェクトの正式名称である.さらに,採択後にS3FIREのホームページに掲載された紹介文を見返しても,やはり熟れていない表現が並んでいる.今更であるが,暗中模索で研究開発を3年間進めてきたことが実に良く分かる.しかしながら,ただひとつぶれなかったことは,一貫して「サービス提供者と受給者(顧客)の双方の立場に立ったサービスシステムのデザイン方法」を論じてきたことである.この姿勢は,後に述べる研究開発成果の他,観光産業をフィールドに用いてきたプロジェクトの別称,ロゼッタ(Rosetta: Research on Service Engineering for Tourists and Travel Agencies)にも反映されてきた.

さて,本プロジェクトは,B. 横断型研究であった.そこで本稿では,多少抽象的になるが,最初に横断的な成果をトップダウンに示し,次に観光産業への適用と問題解決例を示す構成によって解説する.

2. プロジェクトの概要

2.1 目的

これまでの社会において,一般の人々は消費者と呼ばれてきたが,情報技術の発達により双方向コミュニケーションが容易になり,多様な価値を生み出す共同生産者としての役割を期待されている.また,サービス科学において,提供者と顧客との間で情報を循環させながら価値を高めるという方向性は明らかである.しかしながら,関連研究を俯瞰してみると,「顧客の行動観測」「提供者の生産活動の効率化」など,顧客と提供者いずれかの視点に特化した取り組みが多い一方で,両者の連携や相互関係を論じた研究は少ない.

以上に基づき,本プロジェクトの目標を「顧客経験(顧客視点)と設計生産活動(提供者視点)を連動させ,顧客の異質性・多様性を吸収する様な,顧客参加型の新たなサービス構成法を構築する」ことと定めた.そして,具体的なフィールドとして,観光立国に向け訪日外国人の誘致が喫緊の課題である観光産業に注目し,「訪日旅行者の観光計画・観光行動と旅行会社の観光サービスの設計生産活動とを連動させ,旅行者の異質性・多様性を吸収する様な,旅行者参加型の観光サービスの開発」という目標を設定した.近年の観光産業では,従来の販売型の団体旅行(パッケージツアー等)に変わって,個人手配旅行(Free Individual Travel: FIT)が主流となっており,「自分で調べ,計画し,行動し,評価し,他者と共有する」という一連の観光体験は,観光サービスのデザインのあり方に多大な影響を与えている.

上記の目的の元,首都大学東京の観光科学科および株式会社ジェイティービーと協働し,観光産業を題材に得られた知見を積み上げ,サービスデザインの研究基盤となる方法論を構築した.本稿ではその概要をまとめる.成果の詳細およびこれまでに発表された学術文献については,プロジェクトのホームページ(http://www.race.u-tokyo.ac.jp/rosetta/)を参照されたい.

2.2 研究開発成果(1):方法論の構築

本研究では,「デザインと利用を通じて対象の理解を深める」という構成的アプローチ(例えば参考文献(1)で論じられている)に加えて,サービス科学の重要概念である顧客参加に注目し,提供者によるデザインと顧客によるデザインとを相互に関連づけるアプローチを採用した.関連研究として,吉川は生物進化および社会における言語進化などに基づく類推から,持続的進化を可能とする循環ループを提唱している(2).これは,様々な分野において適用可能な汎用的なものである.また,産総研のサービス工学研究センターでは,「観測→分析→設計→適用」のループを基本に研究開発活動が行われている.

これらを参考に,図1に示す様に,顧客のサービス利用経験に係るPDSAサイクル(Plan→Do→Study→Act)を準備した.PDSAサイクルは,一般に知られるPDCAサイクルと比較して,より入念な評価の必要性が強調された枠組みであり,提案者のエドワーズ・デミングにより置き換えられたものである.

次に,このサイクルを基本として,顧客主導/提供者主導/顧客コミュニティ主導によるデザインのサイクルをそれぞれ定義した.そして,これらを,顧客の利用経験(Do)を中心に据えて接続することで,図2に示す様な,「顧客によるデザインと利用を起点としたサービスシステムの構成的枠組み」を得た.この枠組みでは上下左右が反転したサイクルがみられることに注意されたい.図2を元に説明すると,提供者が事前にサービスをつくりこむデザイン(左下),顧客が自身の状況に応じてサービスの利用方法を構成するデザイン(右下),顧客が他者の経験から学び自身の目的を適合させるデザイン(左上),そしてコミュニティ内での相互作用を通じて新たな価値を共に模索するデザイン(右上)の4つが含まれる.これらは,上田らによる価値創成のクラス(提供型/適応型/共創型)(3)と関わりがあるが,大切なことは,どの型のデザインが優れているということではなく,それぞれの型に特徴があり,相互補完の関係にあることである.

本プロジェクトでは,この枠組みを支えるサービスの理論,技術,実践を周辺要素に加え,方法論全体をアイス・ロゼッタ(Iced Rosetta: Integrated Customer Experience and Design Revolution organized by Service Theories, Technologies, and Actions)と名付けた.この名前には,「顧客によるデザインと提供者によるデザインとを相互に関連づけ,さらにそれらを構成的に繰り返していくことで,周囲を覆っていた氷を溶解させ,サービスイノベーションに向けたロゼッタ・ストーン(=新たな発見の手がかり)を表出させる」という意図を込めている.

図 1 顧客のサービス利用経験の基本サイクル
図 2 顧客によるデザインと利用を起点としたサービスシステムの構成的枠組み

2.3 研究開発成果(2):デザイン技術の構築

さらに,上記の構成論を支えるものとして,図2下部に示す4つの技術を開発した.これらの中で,提供者主導のサービスデザイン技術は,筆者が以前より開発を続けてきたサービスCADの概念に近い.一方,本プロジェクトにおいて最も特徴的なのは,顧客主導によるサービスデザイン技術である.

顧客によるデザインにおいては,顧客はサービスそのものおよびサービス構成要素の意味を理解し,自らの動機や要求に応じてサービスの利用方法をデザインする.専門的知識に乏しい顧客によるデザインを支援する典型的なものが,推薦技術である.eコマースをはじめ,大量の利用履歴(例えば購買履歴)に基づいて最適解を一方向に提示する様な推薦技術の研究は数多くなされている.しかしながら,観光のように利用が低頻度のサービスにおいては,利用履歴に基づいた推薦は非常に困難である.一方,利用者への最小限の質問を元に暫定解を生成・提示し,それに対する利用者からのフィードバック(評価)に基づき,さらに精度の高い解への改善を目指す方法は対話型設計支援と呼ばれる.本プロジェクトでは,この対話型設計支援を発展させ,顧客によるサービスデザイン技術として位置づけた.

顧客による利用行為を通じてデザインを考える先行研究は多く存在し,ユーザイノベーションとも呼ばれる.顧客による利用方法のデザインを促進し,それらのデータを利活用することで,顧客の異質性・多様性の吸収に留まらず,提供者によるサービスの新たな利用形態や意味の発見を期待できる.

2.4 研究開発成果(3):新規性・独創性

これまでに述べた方法論は,プログラムの外部評価などを経て,サービス科学の研究基盤となり得る概念・理論として評価されている.以下,サービス分野での新規性・独創性について要約する.

2.4.1 顧客経験を中心に据えたデザイン論

サービス科学の重要要素である顧客経験(顧客によるデザイン,利用,評価)を中心に据え,サービスデザインへの展開を理解可能な枠組みを構築した点が独創的である.すなわち,顧客行動の分析や現象理解に留まらず,顧客主導のデザイン,提供者主導のデザインの双方の支援技術を具体的に開発し,そしてそれらを組み合わせた総体としての構成的デザイン行為を扱っている点が特徴である.これは,様々な主体によるデザインから成るサービスの共創現象を説明可能とする理論的な枠組みである.

2.4.2 多様な価値創成の協働

近年のサービス研究では,あらゆるものの解決方法に価値共創を持ち込もうとする傾向にある.しかしながら,厳密な意味での価値共創は,その問題の性質故に直接の記述・解決が困難な事象なのであり,さらに全てに万能という訳ではない.したがって,その議論のみに終始していては,実務性が低くなり,実社会において使用されず終わってしまう危険性がある.対して,本プロジェクトで得られた方法論は,価値共創のみに頼るのではなく,従来の製品性が強い(Goods-dominantな)提供型サービスと,プロセス性が強い(Service-dominantな)適応型・共創型サービスとを互いに協働させている.

これは,顧客の異質性と多様性に対するより的確な対応と,サービス開発の持続可能性の強化の双方をねらった枠組みである.加えて,価値共創への取り組みを従来の産業構造の発展系として捉えることができるものであり,社会と実務者にとって理解がしやすく,また裾野が広い成果といえるであろう.

2.4.3 研究基盤・研究要素マップの可能性

顧客参加というサービス科学における横断的な要素に焦点を当て,多様な価値創成の協働を論じていることから,幅広い分野への応用が期待できる.また,プログラムのマネジメントグループが試行しているものと同様に,本方法論の上に様々な研究要素をマッピングしていくことで,サービス科学の研究者間の相互理解を促進するとともに,研究戦略の立案時にも活用できるであろう.

3. 観光産業に対する適用

先述の方法論を,観光産業の文脈で具体化し(4)図3に示す「個人旅行者によるセルフプランニングと観光とを起点とした,観光産業のエコシステム」を構想した.これは従来の旅行会社中心のサービスづくりと,個人旅行者と旅行会社との協働によるサービスづくりとを有機的に連動させるものである.

プロジェクト序盤では,GPSロガーとアンケートを用いた東京大都市圏の行動調査を行い,訪日旅行者470人日分のデータを収集し,分析を行った.プロジェクト中盤には,行動解析の結果に基づいて,旅行会社・観光事業者向けのデザイン支援ツール,および個人旅行者向けのデザイン支援ツールを開発した.前者はツアーサービスを対象に,ツアーバリエーションの創出技術,同時催行性の評価技術,および旅行者―旅行会社―観光事業者の3者視点での価値評価技術などを備えている.後者は個人旅行を想定し,旅行者向けのセルフプラニングサービスとして,一般向けに公開している(http://ctplanner.jp/)(図4).本サービスを旅行者に活用してもらうことで,「自分でプランをつくり,より良い観光をしたい」という個人旅行者のニーズに訴求しながら,個人旅行者の期待や経験を効果的に吸い上げるという「サービス提供を通じた持続的な調査」を低コストで実現できる.そして,吸い上げた新たな観光情報を旅行会社,観光事業者,旅行者コミュニティ間にて共有し,多様な種類のデザインへとつなげていくことで,観光サービスの持続可能な発展を期待できる.

本プロジェクトの終盤には,実際の旅行者を対象としたモニタ調査の他,社会に対する成果の情報発信を通じて,研究開発成果に対して多くの反響を得た.これは,フィールド提供企業の株式会社ジェイティービーないしはその観光旅行商品のみに還元される成果ではなく,自治体・観光事業者等,多岐に渉る観光分野において広く共有し・展開していくことのできる成果と考えている.現在は,様々な地域の活性化に貢献すべく,地域住民による観光地づくりの活動の視点を新たに取り入れた更なる社会実装を計画し,他の委託研究に応募中である.

図 3 個人旅行者によるセルフプランニングと観光とを起点とした,観光産業のエコシステム
図 4 旅行者向けのセルフプラニングサービス:CT-Planner

4. おわりに

本稿で示した最終成果に至るまでには,多くの試行錯誤があった.いわば「方法論のデザインと利用とを通じてサービス科学の理解を深める」という構成的アプローチを自身が実践してきた.特に最終年は,様々なサービスへの適用を念頭に,方法論の抽象度を上げ,その背後に存在する概念と哲学を示すことに注力した.その結果,対象とする現象を説明する上で出来るだけ単純なものを構成単位として導入し,全体を整合良く記述できる方法論に至った.その反面で,実務性への配慮が十分でない点は否めない.現時点では,まだまだ研究者主導による提供型の研究開発成果であって,Goods-dominantの側面が強い.今後は,研究者だけでなく,サービス産業の実務者(顧客)主導による利用法の改良,そしてサービス学会というコミュニティ内での相互作用を通じた,Service-dominantとしての研究面を強化し,サービス科学の持続可能な発展に寄与したい.

著者紹介

  • 原 辰徳

東京大学 人工物工学研究センター 准教授.2004年東京大学 工学部 システム創成学科卒業.2009年同大学大学院 工学系研究科 精密機械工学専攻 博士課程修了.博士(工学).2013年3月より現職.サービス工学,製品サービスシステム, 観光サービスなどの研究に従事.2009年 東京大学学生表彰 工学系研究科長賞(博士)を受賞.

参考文献
 
© 2017 Society for Serviceology
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