2014 年 1 巻 2 号 p. 36-39
下剋上プロジェクトとは,サービス学会において若手研究者が中心となり活動をしていく場を提供するために設けられたものです.(決して,きな臭い活動を行っているわけではありません.)このプロジェクトの一環として,若手がサービス研究において用いられている用語を一つ選定し,その語をテーマにして識者にインタビューを行う活動をしています.当記事はその一つの成果物です.
サービス学においては,多くの言葉が様々な解釈の基,用いられています.この企画を通して,少しでもそれらを整理して行くことができたらと考えています.
今回は,前号に引き続き,「価値共創」をテーマに上田先生と山本先生にインタビューをした内容をご紹介します.前号では,上田先生からは,ご自身が提案されているサービス・製品の価値創成のクラスモデルからみた価値共創についてお話しいただきました.また,山本先生からはマーケティングの立場から見た価値共創についてご説明いただきました.今回は,上田先生には,そもそも共創とは何か,また,価値共創の方法の考え方について伺いました.さらに,今後サービス学会に期待することについてもお話し頂きました.山本先生には,メーカの価値共創の現状と問題点,価値共創の仕組み作りの重要性について伺い,また,価値共創研究の今後の方向性についてご意見を頂戴しました.(掲載は五十音順.)
緒方 最近,学術の世界だけではなく,あちこちで共創という言葉を目にするようになりました.中には,協調といった言葉とあまり区別がなく 使われています.先生は長らく共創をキーワードに研究をしてこられたわけですが,その先生から見ていかがでしょう.
上田先生(以下,敬称略) 私の言う共創で大事なことは,異なる行動主体間の問題に対して共創と言っているわけです.コンフリクトを抱えている行動主体間の問題とも言えます.そうでない場合,同じ行動主体間の問題は,協調の問題と言っていいでしょう.それはそれで,研究がなされています.例えば,ラングトンが提案した人工生命の研究やホランドが主導した複雑適応系研究において,非常に高度な研究が行われてきました.
緒方 例えば,消費者間のネットワークを考えるだけでは,先生の言う共創とは言えないのでしょうか.
上田 消費者間で起こる対立は,社会経済システムの中では,そこに取引が行われる場合を別としてあくまで内部問題です.消費者集団がいた時に,その内部で起こることはあくまで協調の問題であり,共創の問題として扱っても仕方ありません.同様に,生産者側だけから見て価値創成を見るならば,やはり,共創の問題として捉える必要はないわけですね.それぞれの内部の問題を扱うのに共創を持ち出すと,事態が混乱するだけです.
緒方 先生の価値創成のクラスモデル*1では,製品・サービスの目的が事前に決定できない時に価値共創を考えるべきとしています.これに沿って考えますと,消費者がサービス・製品の設計や製造,消費に関わるということが,すぐに共創とは言えないということでしょうか.
上田 はい.生産者側という立場に立った時に,たとえ潜在的にであっても消費者の価値があらかじめ決定されていると考えるならば,共創ではありません.消費者の参加を考慮した上で,その全部を完全に記述できない,予測できないとした時に,共創ということを考えるべきです.消費者の動きを予測できたのであれば,それは共創と呼ぶ必要はありません.
緒方 先生は創発的シンセシスという設計論の立場から,価値共創について議論を進められてきましたが,他の立場の方の価値共創,もしくは,Value Co-creationとの関係はいかがでしょう.
上田 昨年,ICServ2013(サービス学会国際大会)において発表された全論文を,私の価値創成のクラスモデルを用いて分類をし,パネルディスカッションで議論しました.ICServ2013には,ジム・スポーラが出席していたのですが,彼はすんなり私のクラスI, II, IIIの議論に理解を示しました.システム・サイエンスを彼が行っていたことにも要因があるとは思いますが,決して,他の立場の価値共創やValue Co-creationの議論と乖離しているわけではありません.それから,ラマスワミも興味を示したのですが,彼の言う価値共創も,顧客との間の対立した関係における共創を言っています.なんでもかんでも共創とは言っていないわけですね.
Service Dominant Logic (SDL)と私の価値創成クラスモデルを対比してみると,SDLは価値が使用において生まれるという重要な考え方を示しましたが,仮説モデルの曖昧さからその検証が難しいですね.その点で言えば,価値創成のクラスモデルは,先ほど述べたサンタフェ学派と共通する計算論的創発を基本としており検証可能性があります.この点はKowalkowskiも言及していて,Goods Dominant Logic (GDL)とSDLの差異の検証にHollandらの複雑適応系とクラスモデルをSDLにリンクさせることを提案しています*2.
緒方 価値共創の方法はどのように考えたらよいでしょうか.価値共創のために顧客の参加意欲を高めるべきだ,といったような定性的な議論,それはそれで重要だと思うのですが,それを超えて議論が可能でしょうか.
上田 難しいのは,参加者がどういうふうに参加しているかという点ですね.確かに成功しているのは,消費者が主体性を持っているときでしょう.ただ,その場合,参加意欲を掻き立てるといったようなことは,あまり強調しないほうが良いと思います.そういう点を除いても,理屈上,共創が出来る場の設計を行うことが重要でしょう.参加することによってベネフィットが得られるネットワークを技術的に構築すれば,自動的に共創が行われる,そのような仕組みづくりについて考えるべきです.そうすれば,消費者も自然と参加するでしょう.
戦略的には,自分たちの立場から相手を把握して,相手を共創関係に持ち込むということがあってもいいわけです.ただし,自分たちが対立関係にあるということを理解していることが重要です.仲間に引き入れるというのとは違います.
当然ですが,利益についてはっきりと意識しておくことが重要です.経営側の立場から議論しているにもかかわらず,社会の価値のため,共創型社会の発展のためというのは違うと思います.そういう考えを持った経営者がいてもいいですし,それを研究するということもあるでしょう.ですが,それは社会の規範モデルとして考えるべきです.このことは,消費者側にも同じことが言えますね.
緒方 最後に,価値共創からは外れてしまいますが,サービス学会に期待することがあればお教え下さい.
上田 サービス学会には2つの貢献を期待しています.一つは,生産者側への還元です.サービス設計のために,科学的なサービスの分析に留まらず,サービスの構成的な科学,もしくは,サービスのシンセシスの科学を行った上で,サービスの設計を行うこと,さらには,それを製品化して世に出すことです.
もう一方は,消費者側,もしくは,社会の側への還元です.研究の成果を社会に説いてほしい.そのメッセージによって,社会での期待が上がるわけです.例えば,山中教授のIPS細胞の研究は,色々な病気が治るかもしれないと期待されました.他にも,地球温暖化も科学者集団が発信して社会を喚起しました.
このように,研究成果の還元は2つの方向があるわけです.そして,実は最終的に生産者側と消費者側との間で共創が起こるわけです.私はこれを社会的な共創と名づけたいと思います.サービス学会として,生産者側へのサービスだけでなく,同時に社会の方へのサービスも意識的に考えてほしい.これを私はサービス学会へのメッセージとしたいと思います.
緒方 なぜ日本のメーカは価値共創の場が作ることが苦手なのでしょう.意識の問題ですか.
山本先生(以下,敬称略) メーカだという意識が強いのは確かです.そして,流通との関わりが薄かったことも原因の一つでしょう.消費財メーカでは,流通の経験に差があると言っても一定の経験は有ります.消費財メーカは流通企業との関係が命ですからかかわらざるを得ません.しかし,自分だけでは流通を管理できませんから流通企業や広告代理店と一緒にやっています.共創といった時に,手助けしてくれるのは,流通企業やサービス企業です.
緒方 ただ,任せっきりでは価値共創の場にやはり行けません.
山本 そうです.それでは差別化できません.売った後の仕組みに差別化のチャンスがあります.トランザクションの前での共創への参加は顧客の意思によりますが,後はある意味顧客が望んでいるわけです.せっかく買ったんだから上手く使いたいということです.トランザクションの後に顧客と価値共創する仕組みづくりを考えること,そこに尽きるでしょう.お客さんがトランザクションの結果,何を得ようとしているのかについて,やっぱり考えなきゃいけません.iPodのように.
緒方 例えば消費者のネットワークとかでしょうか.
山本 調理器具はわかりやすい例ですね.電子レンジなんかはお客さんが勝手にレシピをネットに上げてくれる.典型的な価値共創のパターンだけど,勝手に使い方を広げてくれるから非常に良いわけです.ただ,顧客間のネットワークを形成するのに10年くらいは経験が必要でしょう.
また,誰と共創するの か,顧客を上手く選ぶ必要があります.生産財メーカは客先がわかっているから,相手に断られない限り共創できます.ただ,消費財メーカは大多数の人に売っているので,相手がわからないという前提で共創の仕組みを考える必要があります.
緒方 後の共創の仕組み作りについて,その他に重要なことは何でしょうか.
山本 買った後の共創は難易度が高いと思います.商品について直ぐにわかるのはシェアとか売れ行きですが,極端に言うとそれは共創の結果に過ぎません.メーカは売ってしまえば利益が確定しますからそこである意味終わりです.リピータの管理などは,流通企業がやっています.消費財メーカはそこを割り切っているんですね.自分の手でできるのは,価格を下げるかブランド力を確立するかです.ブランド作りは価値共創の第一歩です.
緒方 トランザクションの後での価値創造を中心に伺ってきましたが,トランザクションの前にはどのようなものがあるでしょう.
山本 設計に役立てたり,仕様について意見を貰うというのは分かりやすいですね.ただ,需要を早く確定させることも重要です.例えば,テーマパークとか球場の年間パスとかです.先にばんばん売ってしまおうという考え方ですね.メーカも先に売りたいですよね.パソコンは予約で売っちゃえばいいと思うんです.どうせ数ヶ月の商品サイクルなんだから.
緒方 価値共創研究は,どのようなことをメーカのサービス化に示唆できるでしょうか.
山本 価値を作り出すバリュー・チェーンの中でどんな役割をしてもらうか,しっかりとコーディネートしないといけません.結局,誰をどこで巻き込むかという価値判断はマーケティングがわからないとできません.例えば,リレーションシップが効くならば,満足度も高いし利益率も高い人を中心に事業を組み立てなおさなきゃならない.これは,マーケティングの仕事なのですが,サービス学でも,価値共創をいかに使うかという発想で考えた方がいい.価値共創の使い方を理解しながら.もし使えないならそれはそれで仕方がないのです.
心配なのは作る側が,自分が作っているものの成果に一喜一憂しすぎているのではないかということです.全体としてサービス化をしている部分と,モノを媒介にして商売が成り立っている部分は短期的には折り合いがついているわけです.だから,全体としてそんなに一気に産業の在り方が変化するわけがないでしょう.IBMがもっと高い利益率のところに行き,パソコン部門を売ったのは正しかった.それは資本の運動,経営判断なのですから.IBMからレノボに移っただけですね.こういうことを価値共創とはあまり関係させない方がいいと思います.モノを作るという営み自体は変わらない.急にPCはなくならない.PCを作ること自体から利益が出るかどうかという問題はまた別の問題です.そこを見誤ると本質を見誤ってしまうのではないかなと思います.問題は,価値をつくれる場所ですから.短期的な投資効果を別にすれば,共創の場所,価値が作れる場所があれば,時間をかけてでも利益が出てくるわけです.モノでもサービスでも作っていいわけです.だから,そういう発想でやればいいですよね.モノは絶対必要なんだから.ここが駄目だとどうしようもないです.自動車メーカというのは,失敗しても徹底してやってらっしゃる.トヨタは電池の内製までされたわけですから.
緒方 今後の価値共創研究に求められることは何でしょうか.
山本 共創という言葉は,色々な所で色々な意味で使われているので求められるものについての収拾がつくとは思えませんが,マーケティングの立場から言えば,価値共創という言葉自体に意味があるのではなくて,どこでどう価値共創を起こすかという仕掛けの部分を追及することになるでしょう.これまでもおそらくそこに焦点を当ててきたと思います.場所の候補としてネットの話はよくあるけれども,ネットだけに頼りきれないと思います.ネットの中で起こることを十分にコントロール出来ないとなると,マーケティングとしては失敗です.Amazonが物流に力を入れているのは象徴的ですね.
研究のもう一つの流れとしては,顧客のニーズに沿ってとか,さらにはウォンツに沿って商品構成しますだけでは駄目で,お客さんの体験を自分たちで取り込んでいこう,という流れはこれまでもありました.それは2000年代はじめには方向性が出ています.そこにブランドをどう組ませるかというパターンも出てきました.そこから先は,マーケティングの研究でも最先端です.トランザクションの前か後ろか中か.この切り分けが難しい.全体で儲けようというところに行きつつあるけれども,どこが本当に儲かるかはよくわかっていない.
テーマパークの年間パスの話だと,前で儲けるということも上手くいってない場合があります.あれは,パーク内での物販や食事で儲けるんですけど,近所の人しかパスを買ってないんです.中でお金を使ってくれない.近くの人だとすぐに帰っちゃうんです.だから,前で売るということにも問題はあります.確かに,需要確保のために,ある程度,前で共創しながら,顧客を囲い込みたいという気持ちもわかるのですが,どこで誰と価値共創するかは,考えないといけませんね.実際にUSJは客単価を上げるために年間パスを絞ろうとしています.
2回にわたり「価値共創」をテーマにお送りしました下剋上プロジェクト・インタビュー企画,いかがだったでしょうか.上田先生からは,製品・サービスを取り巻く環境とその目的が不明確な時,さらには,行動主体間にコンフリクトがある時に,価値の共創を考える重要性をご説明いただきました.加えて,サービス学会による生産者側と社会の側の両方に対するサービスの発信と,それによる社会的な共創の実現に対する期待を頂戴しました.また,山本先生からは,トランザクションの前,中,後における顧客との価値共創という観点からお話し頂きました.特に,メーカは顧客との価値共創の場に関与しにくいこと,今後は,どこでどのように価値共創の場を構築するかを考える必要があることをご指摘くださいました.立場の異なるお二方が,共創の場の構築方法に関する研究,という同じ方向性を提示されたことは大変興味深かったと思います.
次号では,「製造業のサービス化」をテーマに識者からご意見を伺う予定です.インタビュアーは首都大学東京の木見田助教に変わります.こうご期待ください.
また,下剋上プロジェクトでは,若手研究者の参加をお待ちしております.インタビューをしたい人がいる,聞きたい内容がある,サービス学の分野で活躍したい,そういう方は是非,学会事務局までご連絡ください.連絡先は,sec@serviceology.orgです.皆様のご参加お待ちしております.
独立行政法人産業技術総合研究所顧問.兵庫県立工業技術センター所長.東京大学名誉教授.金沢大学,神戸大学,東京大学等を経て現職.工学博士.CIRP副会長.SME Frederick W. Taylor Research Medal受賞.生物指向型生産システム,創発的シンセシス,共創的意思決定,人工物価値論等の研究に従事.著書は,「生物指向型生産システム」「人工生命の方法」「共創とは何か」「創発とマルチエージェントシステム」等.
関西学院大学副学長.同大学専門職大学院経営戦略研究科教授.日本商業学会理事.日本消費者行動研究学会理事.商学博士.主に,顧客満足,顧客維持,サービス品質の評価に関する研究を行っている.著書は,「サービス・クォリティ」「サービス・マーケティング入門」等.翻訳に,ヘスケット他「バリュー・プロフィット・チェーン」等.
東京大学人工物工学研究センター助教.東京工業大学大学院総合理工学研究科非常勤研究員.工学博士.人間の創発的リズム生成,実社会における人間同士の身体的同調,共創工学等の研究に従事.サービス学会出版委員会委員.同学会SIG下剋上プロジェクト副委員長.