背景よりも,内容よりも先に,結論を申し上げたい.
今後,重要となるのはリフレーム(reframe)とマインドセット(mindset)である.人材であれ企業であれ,世の中に価値を提供するためにこの2つが必要となる.
ビジネスの世界において,イノベーションの必要性が高まっている.改善が「現状の技術やビジネスの仕組といった“従来の枠組み”の中での改良」を意味するのに対して,イノベーションは,「物事のとらえ方を変えて,“新たな枠組み(土俵)“を創り出すこと」を意味する.
新たな枠組みを創るには,これまでの解釈とは異なる「新たな仮説」を得る必要がある.そのときに必要となるのが「リフレーム(reframe)」である.リフレームとは,「それまで常識とされてきた枠組みを,新しい視点・発想で前向きにつくり直すこと」(1)である.つまりは新しい仮説を生めるかどうか,である.
一方,イノベーションを生む人材を育成するため,企業は様々な教育を社員に実施しているが,時間とコストをかけて方法論を教えても,なかなか人材が育っていないのが実情である.現状の教育に不足しているのは「マインドセット(mindset)」の醸成だと考えている.マインドセットとは,リフレームするために必要な思いや哲学のことである.単にスキルやテクニックがあるだけではイノベーションは起こせない.
もちろん,文理を超えた知識や知恵を結合させていく必要もある.以上の結論に至るまでの議論をさっそく始めたいと思う.
時代は変わり,「ニュートンの時代」から「ダーウィンの時代」となった.「ニュートンの時代」には,正解がはっきりしていた.状況がどうなっても,そこには確かな公式があり,再現性のある答えが得られた.正解が存在し,その正解は変わることはなかった.「人を減らせばコストダウンにつながる」,これは最も分かりやすい「ニュートンの時代」の正解であろう.しかし,今は「ダーウィンの時代」である.世の中の変化のスピードが激しくなり,これまでの正解が通用するとは限らない.たとえば,「コストダウン」という分かりやすい正解ももはや行くところまで行き着いた.これからは,過去において正解だったものをこれまでと同じように実行していてもうまくいくとは限らない.ダーウィンの時代には正解は存在せず,変化する環境に適合したものだけが生き残るため,我々は正解を自ら「生み出す」必要がある.
「相撲という同じ土俵の中で,相撲取りとしてさらに強くなるべく努力する」のが「改善」だとすれば,「イノベーション」は「相撲という枠組みを超えて新しい土俵を創ることで,これまでと違うスポーツを生む」ことを意味する.
イノベーションとして分かりやすい例として,ウォークマンがある.「オーディオにあなたが求めるものは何か?」とアンケートで顧客に聞けば,間違いなく1位は「音の良さ」であろう.オーディオを「同じ土俵の中でカイゼン」しようとすれば,「家の中にあるオーディオ」という枠組みの中でより音質を向上させるべく努力することになる.一方,ウォークマンは「新しい土俵を生むイノベーション」を起こした.なぜならウォークマンは,「音楽を家の中で楽しむもの」から「屋外で楽しむもの」に,音楽の楽しみ方そのものリフレームしたからである.音楽を屋外に持ち出すと,顧客アンケートで1位の「音の良さ」という観点から言えば,クオリティは下がる.つまり,「音楽を屋外で楽しむ」という新しい土俵においては,「音の良さ」は「それまで重要だった過去の枠組」なのである.
このような事例は枚挙にいとまがない.サービス業でいうと,旭川市旭山動物園の例がある.それまでの動物園が動物の姿形を見せる「形態展示」だったところ,旭山動物園は動物園を行動や生活を見せる「行動展示」にリフレームした.
今後も「これまでの土俵でさらに強くなるべく努力」している間に「土俵そのものが変えられてしまう」ことが起こるであろう.たとえば,自動車ビジネスにおいては「自動運転」の技術が確立されると,ビジネスの土俵が大きく変わる.エンジンや車体のクオリティといった「従来の枠組」よりも,道路情報や通行履歴からの価値提供といった「新しい土俵」の方が圧倒的に重要になる可能性がある.
2.2 コンピュータやロボットにできないこととは?「ロボット発売」のテレビCMを普通に目にするようになり,サッカーのワールドカップでのドイツの優勝にも,コンピュータが寄与する時代となった.
このようにロボットやコンピュータが指数関数的に進化していくと,今後世の中はどうなっていくだろうか?「機械との競争(ブリニョルフソン,マカフィー著)」は,それまで人間の仕事だったものが,ロボットやコンピュータに奪われていくと指摘している.
ロボットやコンピュータは決して疲れないし,不平不満は言わないし,一貫して成果を出し続けることができる.工場の自動組み立てラインでも,多品種生産に対応し,複雑なことを成し遂げるヒト型のロボットが開発されており,工場の組み立てラインで人間がしていた仕事がロボットに置き換わっている.チェスのような知的なゲームであっても人間が勝てなくなっていくほど進化している中,最終的にはどういう仕事が人間に残されるのだろうか?
上記の書籍によると,それは「人間にしかできない仕事」である.「人間にしかできない仕事」とは,すなわち「高度な解釈が求められる仕事」と「創造性が求められる仕事」である.
工場に限らず,オフィスにおいても単純な内容の仕事は,コンピュータに置き換わることが実際に起きている.定型的で反復的な仕事は,その単純さゆえにパターン化が可能で,一貫して繰り返すことが得意なコンピュータにさせたほうが,コストという観点からだけみれば合理的である.
一方,どれだけコンピュータやロボットが進化しても,必ず残る仕事がある.サービス業においては,美容師はその「残る仕事」の一つである.なぜか.上記の「解釈」と「創造性」のどちらもが求められるからである.お客さまから「夏らしく短めに」「タレントのAさんのような感じで」といったあいまいなオーダーを聞き,まずはそれを解釈する必要がある.そして,パターン作業としてカットするのではなく,一人一人のお客さまの頭の形や雰囲気に合うようにカットをする.これは「オーダーメイドの一品もののデザイン」を常に行っているのと同じである.美容師は,その業務プロセスにおいて,お客さまの要望を「解釈」すること,そしてヘアスタイルをデザインする「創造性」が必要なため,「人間にしかできない仕事」として残る.
人間がチェスや将棋でコンピュータに勝てなくなっている中,それでもコンピュータに人間が勝つ方法が2つある.その一つは,将棋のルールを変更することである.たとえば「桂馬はまっすぐ進んでもよい」というルールにすれば,人間は勝つことができる.もう一つは,敵のコンピュータに対して,こちらは「コンピュータ」と「人」が共に戦う,ということである.つまり,「パターン化された演繹的な仕事」はコンピュータに任せ,「解釈と創造性の必要な仕事」を人間が担当して戦えば勝つことができる.
つまり,今後はコンピュータやロボットと分業し,我々は「人間にしかできないこと」に特化し,それぞれが補完的に取り組む,というアプローチが重要になると考えられる.
そうなってくると,教育が重要な意味を持つ.現在の日本の教育は,「パターン化された演繹的な」内容と「解釈と創造性の必要な」内容のどちらであろうか?残念ながら,前者であると言わざるを得ない.「大化の改新は何年か?」は知識を持っている,つるかめ算ができる,というのは解法の「パターン」を知っている,ということであり,「誰が答えても全く同じ正解になる」問題の解決はコンピュータやロボットで代替できてしまう.大学受験のための勉強も,解法の「パターン」の集積と見ることが可能である.
では,教育も含め,我々は何に向けて努力をして,能力を高めていく必要があるだろうか.それが「リフレーム」と「マインドセット」である.
本節においては,「リフレーム」と「マインドセット」について解説するとともに,なぜそれらが必要なのかを議論したい.
3.1 リフレーム「リフレーム」という言葉は,もともとはセラピー用語である.きゃりーぱみゅぱみゅのヒット曲「つけまつける」の歌詞(2)に,「同じ空がどう見えるかは,心の角度次第だから」という一節がある.たとえ全く同じ空を見ていても,哀しい気持ちで空を眺めればそれは哀しく見えるだろうし,明るい気持ちであれば楽しいものとして感じられるであろう.このように,異なる枠組みで物事を捉えることを,「リフレーム」という.
ビジネスにおいて「リフレーム」は「それまで常識とされてきた枠組みを,新しい視点・発想で前向きにつくり直すこと」と定義されることはすでに述べた.
この考え方を企業として分かりやすく打ち出したのが,かつてのアップル社のキャンペーンのスローガンだった「Think Different」である.同じ空を見ても,平凡に解釈するのではなく,人とは違った解釈をする,これがイノベーションの源泉である.
そして,新たな気づきを得て,これまでと異なった解釈をして,新しい仮説を生む方法論として注目されているのが「行動観察」である.
行動観察においては,“場”に足を運ぶことによって新たな事実(fact)をつかみ,得られたさまざまな気づき(finding)から洞察(insight)を得ることで,自らが囚われていた枠組みを知り,それまでと違った枠組みで物事をとらえることが可能となる.
新たな仮説を生むためのリフレームは,大きく2つに分類することができる.
洞察のリフレームとは,企業の“場”における本質的な課題は何なのか,顧客の本質的なニーズは何なのかなど,物事の解釈が変わることを指す.洞察のリフレームは,さらに「従来から存在する情報をもとにしたリフレーム」と,「新しい情報を得ることによるリフレーム」の2つに分けることができる.前者では,得られている事実が同じでも,異なる角度から見ることで得られる全く異なる洞察が得られる.後者では,行動観察など“場”に足を運ぶことで新たな気づきを得て,これまでと異なる解釈をすることになる.
例えば,高齢者に向けての新しいサービスを考えるというプロジェクトを実施したと考えてほしい.高齢者に提供すべき顧客価値は何なのかを考えるために行動観察を実施する.高齢者と一緒に日常生活を過ごして観察を行ったところ,高齢者は「よいサービスを受けることを求めている」のではなく,「自分が価値ある人間だと感じられる良いサービスを他者に提供したい」という潜在ニーズを持っていることが分かった.飼い犬を「犬の幼稚園」に通わせる,鮭を一匹買って近所に配る,といった行動が,それを示していた.世の中とのつながりが少なくなってくることもあり,お金を支払ってでも「世の中に貢献したい」という思いを持っていることが分かったのである(1).
ここで起こっているのは,最初に立てた命題そのもののリフレームである.つまり,「顧客“に”サービスを提供する」から「顧客“が”サービスを提供する」に解釈が変わったこと,それ自体が最も重要な洞察である.
このように,観察された事実を解釈することをアブダクション(abduction)と呼び,演繹(deduction)や帰納(induction)とは明確に区別される.小説のシャーロックホームズが名探偵と呼ばれるのも,このアブダクションの能力が突出しているからである.
洞察が変わると,ソリューションも大きく変わる.「高齢者に,どのようにして“他者に貢献する場”を創ることができるか」を考えることになり,それは新しい土俵を生むことになる.
戦略のリフレームとは,ソリューションの枠組みが変わることを指す.先述の旭山動物園の「行動展示」は,戦略のリフレームの例である.
この,戦略のリフレームは,まったく異なる事柄を結びつけることで生じることが多い.ルネサンス三大発明の一つである「印刷技術」はヨハネス・グーテンベルクによって発明された.「印刷」を可能にするためには,活字側にインクを塗り,それを紙に均等に押し付けてすべてをきれいに写し取る必要があった.そのときにグーテンベルグは,ワイン製造に用いられているブドウ搾り機を用いることを思いついた.つまり,グーテンベルクは印刷技術を開発するために,「印刷」と「ワイン」という異なるものを結びつけたのである.
このように,洞察のリフレームは「解釈」,戦略のリフレームは「創造性」,という「人間しかできない能力」を駆使してはじめて可能となる.リフレームできるのは人間だけなのである.
3.2 マインドセット企業は今,イノベーションを生む人材を育成するため様々な教育を社員に実施しているが,いくら方法論を教えても,なかなか人材が育っていないのが実情である.どうすれば「リフレーム」できるか,というノウハウやスキルを教育すればイノベーションが起こるか,というとそうではない.現状のイノベーション人材育成に不足しているのは「マインドセット(mindset)」の教育だと考えている.「マインドセット」と一口にいっても,営業マンのマインドセットや経営者のマインドセットなど,様々なバラエティがあるが,本稿では「イノベーションやリフレームのためのマインドセット」について議論したい.
エスノグラフィーをビジネスに積極的に活用している日立製作所の小島常務は「エスノグラフィーのような手法とビッグデータの組み合わせは大きな流れになりつつある」と前置きしつつ,その人材育成について「人に依存するところはかなりある.理系か文系かという問題ではなく,世の中を良くしたいという使命感や資質を持った人が,将来を切り開いていく.」(3)と発言している.つまり,テクニックだけを教えても,そこに「思い」や「哲学」がなければ,イノベーションは起こせないのである.
ここで持つべきマインドセットは,「何のために自社は存在するのか?」「自分達はどういう世の中にしたいのか?」「自分達はどういう価値をお客さまに届けたいのか?」といった「思い」「哲学」である.
では,リフレームに必要なマインドセットとは何だろうか?あくまで仮説であるが,私は「チャレンジ精神」「他己実現」「前向きさ」だと考えている.
リフレームするためには“場 ”に飛び込む勇気が必要であるし,自らの持っている枠組みから自由になる必要がある.また,リフレームされた価値は,その妥当性の評価が難しいので,前向きさを失わずに他己実現のためにアクションをとり続ける必要がある.
結局のところ,顧客への価値提供は「プレゼントを贈る」のと同じで,「顧客(プレゼントの貰い手)のニーズ」をよく理解した上で,「企業の哲学(贈り手側の思い)」を込めてはじめてよいプレゼントを渡せることになる.
アメリカのディスカウントチェーン大手のターゲットは,ビッグデータを用いて顧客の購買情報をもとに個々の顧客のニーズを予測し,DMを送っている.ある女子高生の家にターゲットから「懐妊を祝いつつ,ベビー用品を薦めるDM」が届いた.父親は激怒したが,ターゲットの方が正しく娘の妊娠を把握していた.これがニュースとして報道されると,ターゲットから顧客の離脱が始まった.つまり,顧客は単に商品やサービスでのスキルにお金を払っているのではなく,その企業のマインドセット(この場合は他己実現)にお金を払っている,と考えることができる.
リフレームするためには,豊富な知識や経験が必要である.シャーロックホームズが博識さを駆使するのと同様,解釈と創造性のためには引き出しは多ければ多いほどよい.日本の大学教育において,文理融合といえる学科は私の知る限り2つあって,それは建築と心理学である.どちらも人間についての学問であるのは偶然ではないと考える.
グーテンベルグの例のように,創造性とは複数の事柄を創発的に結びつけることである.文理に限らず,様々な学問や組織の壁を取り払って議論して考えるのがサービソロジーであると思う.今後,我々はマインドセットを教育する方法論を展開する予定である.
大阪ガス株式会社行動観察研究所(株)常務取締役.コーネル大学にてMaster of Science,和歌山大学にて博士号取得.著書にビジネスマンのための「行動観察」入門(講談社2011),「行動観察」の基本(ダイヤモンド社2013)など.