サービソロジー
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特集:「サービスマーケティングとサービス工学 ~サービス学としての文理融合をめざして~」
サービス学のサイエンスとアート
岡田 幸彦
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2014 年 1 巻 3 号 p. 16-19

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1. はじめに

私のサービスの定義は,「“誰か”に“何か”をしてあげること」である.“誰か”がいなければ無価値である.そして,“何か”をしてあげるためには“何か”をしてもらう必要がある.以上が私のサービス観であり,このサービス観はサービス・ブループリンティング研究の史的展開(1)の影響を受けている.

サービスという社会現象において,“誰か”のニーズを開拓することがマーケティングならではの役割であり,“何か”をよりよく行いうるシーズを開発することが工学ならではの役割となろう.そして,ニーズとシーズをうまく結びつけ,価値を生み出し続けるのがマネジメントの役割であると位置づけることができる.

ただし,この考え方は既存の学知からするとなんら目新しいものはなく,サービス学として固有の考え方とは言えない.そこで本稿では,サービス学としてマーケティングと工学をいかに融合すべきかについて,私の13年にわたる教育研究経験をふまえて私見を論じたい.

2. ”成功するサービス”への関心

私のサービス研究は,2001年からはじまった.会計学のゼミに所属し,サービス管理会計という未開のフロンティアを開拓するビジョンを抱いていた.しかし,当時のサービス管理会計はABC(活動基準原価計算)の啓蒙的研究が中心であり,そもそも管理会計の先行研究は製造業を想定したものが一般的であった.

そこで私は,視点を変えて,サービスマーケティング&マネジメントの専門書(6)を精読することにした.そして,サービスマーケティング&マネジメントの学術論文を読み漁るとともに,サービスという社会現象を直接的に観察した.つまり,学際的視点と現場主義を,ビジョンを実現するための研究戦略としたのである.

学際的視点と現場主義は,私に多くの学びを与えてくれた.2002年から実施してきたわが国サービス組織52社(115人)へのインタビューから,サービスの成功について産業・業種の壁を越えて多くの経営者・実務家が類似のイメージを持っていることに気づくことになる.39社(95人)が,「高い顧客満足」,「売上の安定成長」,「安定して高い収益性」,という3つの要素を全て回答したのである(2)

このイメージの“成功するサービス”は,どのように生み出されるのであろうか.私は日本的管理会計の1つである原価企画に焦点をあてた.ここでいう原価企画とは,「製品の企画・開発にあたって,顧客ニーズに適合する品質・価格・信頼性・納期等の目標を設定し,上流から下流までのすべての活動を対象としてそれらの目標の同時的な達成を図る,総合的利益管理活動」(4)のことであり,戦後わが国製造企業が醸成してきた日本的経営の1つとして世界で知られている.

サービスの原価企画的活動とは,「原価,価格,価値」の関係がサービス開発段階でどのように作り込まれているかの議論であると言ってもよい.ここでいう「原価,価格,価値」の関係とは,継続企業(going concern)における一般的な考え方を示している.サービス組織にとっては,「原価<価格」の不等式が成り立ってはじめて利益が生じる.一方で,「価格<価値」の不等式が成り立っていなければ,顧客はそのサービスを快く購入しないであろう.また,顧客があるサービスを購入した時,事後的に「価格<価値」の不等式が成り立っていたとみなされない場合には,顧客は不満を抱いてしまう.ようするに,サービス組織と顧客との間の継続的なWin-Win関係とは,「原価<価格<価値」の不等式が互いに納得する適切な水準で成り立っていることだと考えるのである.

それでは,“成功するサービス”の「原価<価格<価値」の不等式は,サービス開発段階においてどのように作り込まれるのであろうか?

3. ”成功するサービス”の開発論理

私は,先の「高い顧客満足」,「売上の安定成長」,「安定して高い収益性」という3つの要素を全て達成しているサービス事業を有する匿名18組織に対して,2006年から2009年にかけて「前向き」の定性的観察研究を行った.すると,当該18組織は非常に興味深い類似の方法論によって,“成功するサービス”を開発・改善していた.この一連の活動は,(1)効果性のサイエンス,(2)効率性のサイエンス,(3)統合のアート,(4)仮説検証とサービス進化,という4点からまとめられる(2)

  • (1)効果性のサイエンス

当該18組織に共通していたのは,まず,サービスの効果性(価格<価値)に関するデータ収集・分析をもとにして問題を発見し,解決の方向性を探る点である.その際,全ての組織が何らかのかたちで顧客データ解析を行っていた.そして,そのためのデータベース構築投資を行っている組織が大半であり,自組織にとって理想的な優良顧客もしくは優良顧客セグメントを明確に定義し,彼らの認知・行動パターンを識別している組織も数多くみられた.それと同時に,従業員データ解析をも重点的に行っている組織が見られた.これらの組織は全て,自組織が提供するサービスの専門性の高さをその理由とし,従業員へのヒアリングや,従業員のスキルデータなどから,問題発見を行っていた.

効果性のサイエンスと呼ぶべきこれらの統計・計量系の手法は,財務分析と併せて利用されている.特に,中長期経営計画を基礎とした次年度予算編成過程の一環として,顧客別もしくは顧客セグメント別の目標収益や客単価水準を設定し,そこから所要利益を差し引いて「競争に生き残るために望ましい姿,あるべき姿」としての目標原価を概算している組織も数多く存在した.そして,これらの活動の中で,顧客の活動と収益モデルが詳細に設計されていく.

  • (2)効率性のサイエンス

当該18組織に共通していたのは,効果性のサイエンスに次いで,それを達成可能な最適資源配分の方法が模索される点である.この時,先に概算された目標原価およびそれを基礎とした目標費用を制御基準とする組織が数多くみられるが,その他の組織も財務分析やベンチマーキングによって何らかの目標費用を設定しているという.そして,目標とされた原価・費用水準が確実に達成できるサービス組織の活動とコストモデルの詳細設計が追究される.この際,原単位(物量,時間,工数など)を利用して原価の作り込みを行う組織がその大半であった.

ここで使われる手法は,多様であった.しかし,効率性(原価<価格)を追求する思考は共通していた.具体的には,従業員の配置やスケジューリングに関する数理最適化,機械設備等の配置・配備に関する数理最適化,RFIDなどによる可視化と動線分析による効率化,活動の外部化,自動化・IT化,活動の簡素化・中止などが確認された.そしてこれらの帰結として,何らかのかたちで原単位の科学的基準値を設定している組織と,原価の科学的基準値を設定している組織が存在した.

  • (3)統合のアート

効果性のサイエンスを手段とする顧客の視点からの設計活動と,効率性のサイエンスを手段とするサービス組織の視点からの設計活動は,同時並行的に行われている.しかし,効果性と効率性をともに最適化できる解決策をサービス提供システムの詳細設計図に落とし込むことは,全ての組織で困難であるという.予算制約,時間的制約,その時代の技術水準による制約,知識・情報不足による制約などから,最小の妥協によって現行の最善値を定める決断をせざるをえないのである.

この時,大半の組織では強力なコンセプトチャンピオンがこの決断を行い,その他の組織では開発チーム内で民主的にこの決断を行っている.その際,「コンセプトを壊さない範囲での最低コスト水準」という原則に従って可能な限り妥協を最小化し,どうしても折り合いがつかない場合には「最後はコストが低い選択肢を採用する」と考える組織が大半である.つまり,効果性のサイエンスと効率性のサイエンスを束ね,所要利益獲得を目指して「原価,価格,価値」の関係を決定する作業を,ヒトが行うのである.これは統合のアートと呼ぶべき内容であり,Value Engineering的思考の活動となっていた.

  • (4)仮説検証とサービス進化

こうして決まった新サービスは,あくまでも現行の最善値についての1つの仮説である.最小の妥協によって決定した「原価,価格,価値」の関係が正しかったのか否かは,基本的に事後的にしかわからない.特に典型的なサービスでは,オペレーション段階において外部生産要素(顧客や顧客の依頼対象)が関与するため,不確実性が増幅してしまう.そのため,想定通りの帰結に至っているかを検証できる測定フレームが必須となる.

顧客満足度の測定,顧客購買履歴の測定,従業員満足度の測定,従業員スキルの測定などを実施する中で,全ての組織が財務的帰結の継続的測定を行っている.具体的には,ほぼ全ての組織が月次で財務的帰結を集計・報告していた.会計情報の主な集計・報告の内容は,事業全体の予算差異情報,部門別・責任区分別の予算差異情報,何らかの原価の基準値に従った原価差異情報,顧客もしくは顧客セグメント別の利益情報であった.

特に興味深いことは,全ての組織が,オペレーション段階における業績測定を基礎として効果性のサイエンスに戻り,再度一連のサイクルを回した経験が一度以上ある点である.通常この仮説検証とサービス進化の過程は,中長期経営計画を基礎とした次年度予算編成の一環として年次で定期的に行われている.

4. その後の展開―研究と教育

4.1 実証研究の継続

原価企画的なサービス開発方法論(2)は,中小サービス企業においても再現できるのではなかろうか.その「前向き」の介入事例として,イーグルバス社を位置づけたい.谷島賢社長を強力なコンセプトチャンピオンとして,まず各種データの分析をもとにより効果的な運行ダイヤが構想され(効果性のサイエンス),次いで同時並行的にイーグルバス社にとって効率的な資源配分が科学的・工学的アプローチによって構想され(効率性のサイエンス),それらを束ねて効果性・効率性を同時追求できる新たな運行ダイヤが最小の妥協のもとで決定され(統合のアート),1年サイクルでPDCAサイクルを回していく(仮説検証とサービス進化),というイーグルバス流のサービス開発方法論が原価企画的に形成されていく過程を,私は幸運にも観察させていただけた.イーグルバス社の挑戦は谷島社長の学位論文(5)としてまとまり,その中で「筑波大学の岡田先生には経済学の立場からバス事業の原単位会計のアドバイスをいただき,「コストの見える化」に貢献いただいた.」(172頁)とおっしゃってくださったことは,私の研究者人生において最も嬉しい経験であった.

また,わが国上場サービス企業における原価企画的なサービス開発の実態については,「後向き」の定量的観察研究を行っている(3).2010年度の実態をアンケート調査した2011年調査のデータから,(a)原価企画的であるサービス企業は,全体の15%程度である,(b)原価企画的であるサービス企業こそが,サービス開発方法論(2)を体系的かつ綿密に行っている,(c)競争劣位のサービス企業には,原価企画的なサービス開発をする余裕がない,(d)サービス原価企画には,競争劣位を回避する防御効果がある,という4つの可能性が示唆された.特に,サービス原価企画の防御効果の可能性を示唆する「統計的に有意な関係が認められたのは,原価企画的であるサービス企業の方が「相対的収益性」が低くない傾向についてのみであった」(90頁)という分析結果が頑健だと仮定して,原価企画的なサービス開発が“負けない戦略”として実務的に大いに貢献することを私は期待している.

4.2 新たな高等教育プログラム

2012年から構想がはじまり,2014年4月に新設された筑波大学大学院システム情報工学研究科社会工学専攻には,サービス工学学位プログラムというMaster of Engineering in Service Scienceの学位を授与するおそらく世界初のプログラムがある.このサービス工学学位プログラムの概要は,以下のとおりである.

「“つくばの社工”の実証研究によると,“成功するサービス”の企画・開発においても,日本の製造企業で醸成された原価企画活動に類する特長的な活動が行われています.その一連の方法論は,(1)効果性のサイエンス,(2)効率性のサイエンス,(3)統合のアート,(4)仮説検証とサービス進化,という4部分から体系化できます.

サービス工学学位プログラムでは,このサービス開発方法論を基礎理論として,「未来構想のための工学」をサービス分野で実践できる高度職業専門人「サービス分野の未来開拓者」を養成し,修士(サービス工学)の学位を授与します.産官学連携研究を強力に推進することで地域社会に貢献し,学術的な研究成果も蓄積され,その中でよい学生が育つ姿が,サービス工学学位プログラムの目指すビジョンです.」(http://www.sk.tsukuba.ac.jp/PPS/se/

併せて,サービス工学学位プログラムのビジョンと戦略は図1,コースワーク・カリキュラムは表1のように示されている.これらの図表を見てわかるとおり,私たち筑波大学社会工学系では,原価企画的なサービス開発方法論を実践するために必要だと考えられる基本スキルを教授するとともに,それらを使いこなして新たなよりよいサービスを目指すノウハウを産官学連携修了研究によって養成しようと考えている.そして,これら一連の実証的教育研究の中で,サービス開発方法論自体が進化していく展開を狙っている.

つまり,私たちは広義のサービス工学としてサービス開発方法論を位置づけ,その要素としてマーケティング,工学,マネジメントなどの学知を位置づけているのである.

図1 サービス工学学位プログラムのビジョンと戦略
表1 マトリックス型コースワーク

5. 考察

サービス学という魅力的な学問分野が誕生し、サービス学会が組織されたことを、私は大変うれしく思っている.サービス分野の研究をすることにある種の偏見さえあった13年前の日本からすると、考えられない恵まれた教育研究環境が、今目の前に存在しているのである.

私は学際的視点と現場主義を研究戦略としてきた.この決断は正解であったと思う.現実(2)には、“成功するサービス”を生み出すためにマーケティングも工学もどちらも必要不可欠である.むしろ、それらをいかにうまく組み合わせるかの競争が、現実には起こっているように感じられる.私はその一側面をサイエンスとアートの組み合わせの視点から整理したにすぎない.マーケティングと工学を含むサービス学ならではの文理融合の方法論には、未だ無限の可能性が残されているように思われる.

特に私が期待したいのは、効果性(価格<価値)と効率性(原価<価格)を同時追求するのに、まだまだアートに頼っている現実をどう克服するかである.もしも効果性のサイエンスと効率性のサイエンスを束ねる新たなサイエンスや理論・技術を生み出すことができれば、それはサービス学ならではの学術的・実務的イノベーションではなかろうか.そして、このイノベーションを実現するのは、マーケティングと工学を含む産学文理による価値共創的実証研究であってほしいと願っている.

著者紹介

  • 岡田 幸彦

2006年一橋大学大学院商学研究科修了,博士(商学).現在,筑波大学システム情報系准教授(会計工学研究室).2010年日本会計研究学会学会賞(2).2010年より統計数理研究所客員准教授.サービス学会発起人.筑波大学リサーチユニット「サービス組織の経営学」を創設.筑波大学大学院システム情報工学研究科社会工学専攻サービス工学学位プログラムの創設メンバー.

参考文献
 
© 2018 Society for Serviceology
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