サービソロジー
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特集:「サービスマーケティングとサービス工学 ~サービス学としての文理融合をめざして~」
異質性を活かす〜サービス学の共通基盤を目指して〜
本村 陽一
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2014 年 1 巻 3 号 p. 20-23

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1. はじめに

2008年4月に産総研サービス工学研究センターが発足して以来,筆者はサービス工学を標榜する研究を行ってきた.その中ではサービスという現象を工学の対象とするために,サービスを通じて生成される大規模なデータを収集し,そのデータを通じて,サービス価値に駆動されて利用者の行動がどのように生じるかを確率的利用者モデルとして構築し,そのモデルを活用して実際のサービスを改善する方法論を複数の事例を通じて研究してきた(1).この方法論は実はマーケティング分野においては従来の枠組みにも自然に適合し,さらに実用的なツールとして理解されうるものであった.企業が自社のサービスの市場に対して行う市場調査(マーケティングリサーチ)やそれに続く市場開拓(マーケティング)を従来よりも大量,高頻度に得られるデータを使い,従来よりも高度な分析を行うものとしてみることができるからである.こうした事情から筆者はこれまで情報工学系の研究として進めてきた研究を,比較的自然にマーケティング系の応用研究として,両方の分野の研究者や実務家と共同で行う機会に恵まれていたように思う.こうした経験の中でサービス学における工学系と社会科学系それぞれの文化に根ざした概念定義に基いて議論が行われる場合などにもしばしば顕在化する「異質性」について,いくつかの対立軸や研究要素を通して明らかにしてみたい.その上でそれらの対立軸を俯瞰することで異質性をむしろ積極的に活かし,そこで複眼的視座から再定義され,拡張される概念や研究対象を,サービス学における共通基盤として活用するための期待を述べる.

2. モデル

「サービス」にアプローチするためにはサービスの現象を操作可能なモデルとして明示化する必要がある.さらに操作可能な限定的な範囲だけではなく,サービスの全体の構造として理解し、生成的なモデルにするためにはシステム工学的な世界観も重要だろう.この時「モデル」がいかなるものか,いかなるものであるべきか,ということについて,我々研究者は慣れ親しみそこで育った文化に意外と依存しているかもしれない.同じ分野の中で議論している時には気づかなかった様々な異質性について,異なる文化から来た研究者や実務家が集まって議論した時に気づかされることが多い.

サービスをモデル化する時についてどのような異質性があるかについて列挙してみると,

  • i) 定性的モデル vs 定量的モデル
  • ii) 対象に対して具体的なモデル vs 抽象的なモデル
  • iii) 要素還元的なモデル vs 全体的なモデル
  • iv) サービスプロセスモデルvs 利用者認知評価構造モデル

などがあり,それぞれについて順にみていこう.

2.1 定性的モデル vs 定量的モデル

対象に関するモデルを構築する際に,対象を観測して量的データが得られれば定量的なモデル,量的なデータがない場合には仕方なく定性的なモデルを考えざるを得ない.そのため理想的には定量的なモデルの方が望ましい,という考え方もある.ただそれ以上に,容易に得られた定量データやそこから構築できる程度の定量的なモデルでは表現しきれない文脈や物語性を重要視すべきだ,という文化に起因する対立もある.こうした対立を生み出す前提として,定量的なデータとしては既存のアンケートのようなものが想定されていて,高頻度で時刻とともに観測されたいわゆるライフログやビッグデータ,心理的な要素をテキストで蓄積したような新たなデータ形式による定量モデル化を志向する場合には,むしろ従来言われていた定性モデルのメリットを積極的に活かすような定量的なモデルも考えられる.いや,むしろこうした新たなデータやモデル化のために従来の定性的モデルを重要視してきた文化や知見を新たな定量モデル研究のために活かすべきなのかも知れない.

2.2 具体的モデル vs 抽象的モデル

「サービス」に対する研究として,具体的であるべきという立場からモデルは現実のサービスを詳細に描ききれるだけの具体的なものにしたい,という考えがある.その場合サービスのオペレーションのように具体的な対象に対するモデルとなる.また具体性が高くになるにつれ,サービスの内部に入り込んだ観測が必要になることが多い.一方で,モデルとしてはできるだけ一般性,抽象度の高いモデルの方が有益であるという価値観もあり,その場合サービスの効果やマクロ的側面に目を向けたものになることが多い.この場合には外部の視座から俯瞰した見方が重要になる.どちらが良いというよりも,これはモデル化を何のために行うのか,というモデルの利用目的にも依存する.したがってこの対立については必ず目的を確認し,目的を共有した上でその時点で有用性の高いモデルはどのようなものか,という観点でモデルが表現する具体=抽象レベルを共有することが必要になる.

ただし具体的な問題を解決しようとして具体的なモデルを志向しながらも,同時にその解決策を他の事例にも適用したいという願望が生じることも多い.そこで実際のプロジェクトで多くの研究者や実務家が連携する際には,具体的なモデルと抽象的なモデルをいったりきたりする冗長性を持つことが一見回り道かもしれないが,大事なことかもしれない.さらに「研究のためにはできるだけ新規なモデルが望ましい」,といった動機が入り込んでくると事態は一層混迷を深める.問題解決プロジェクトの場合には当面は有用性を優先しておき,一度解決した事例について抽象化と新規性をさらに追及して考察を深めていくといった大人の対応も大事かも知れない.

2.3 要素還元的モデル vs 全体的モデル

複雑な対象にアプローチする際の常套手段は要素還元的に対象を分割して理解することである.線形なモデル化,一次近似としてまず要素還元的に対象を見ることのあまりに大きな成功体験ゆえに,我々がこの要素還元的なアプローチに疑問を持つことは難しい.しかしこの便利で効率的な要素還元的アプローチによって失われるものは,実は自然科学領域よりもサービスの領域に多く存在する.要素還元的,あるいは線形独立的なモデル化によって失われるもの中に,相互作用(交互作用)がある.複数の人間が同じ場所で同時に行動した場合には,他の人から受ける影響がとても大きい.例えば多くのお客が殺到している,という事実がその商品に対する人気として知覚され,商品選択の際にはバイアスを与えてしまう.また商品選択行動には状況依存性だけでなく,その影響を受けやすいかどうかを示す個人特性も関係する.こうして人の行動を説明するモデルには多くの説明変数が必要になるだけでなく,それらの間の交互作用も考慮しなければならない.そこで部分的な要因をバラバラにモデル化して後で組み合わせるよりは,影響を与える要因をはじめに全部揃えておいて,全体的な構造を徐々に精緻化していく,というアプローチも重要であろう.とくにサービスのシステムは本質的に要素の総合として機能が発揮されるので相互作用がもたらす全体性,そしてそれがさらに時間発展としても相互に影響を及ぼすダイナミクスまで表現する必要があると思われる.

2.4 サービスプロセスモデル vs 利用者認知評価構造モデル

「サービス」という現象を微視的にみると,多くの関係者(アクターやステークホルダー)の手によって遂行されるプロセスとして記述することは自然である.またサービスの実現をコンピュータプログラムのようにアルゴリズムとして記述した場合にも,それはプロセスとして記述することになる.こうしたプロセスのモデル化はサービスを提供する側の生産性向上を図る場合には必要不可欠なものになる.

しかしこのプロセスはサービスを提供する側の視座から見たモデル化になることが多く,そのサービスを受ける利用者から見た場合には必ずしもそれが全てではないかも知れない.利用者の側から見たサービスの重要なポイントは認知と評価になる.利用者の意思決定,行動決定に寄与する認知されるサービスのベネフィットは何か,またそれは実際にどのように評価されて,最終的な意思決定(総合評価)に至るのか,という観点は利用者の行動変容や集客数の増加,リピート客の増加を目的とする場合には重要である.利用者側のプロセスのモデル化も本来必要であるが,利用者側の状態が認知・評価構造として明らかにならないとプロセスとしての記述が難しい.

だが,生産性向上の一環としてサービスの品質や効果の向上を考える場合には提供プロセスの結果として利用者側の反応をインタラクションのモデルとして考えることが必要になる.その場合には提供プロセスと同期した認知評価構造のモデル(やそのモデルを作るためのデータ)が必要かも知れない.こうしたサービスの提供側と利用側の関係や相互作用に関する概念整理はサービス価値共創のフレームワーク(2)やサービス価値共創のモデル(3)として現在,本学会内でも積極的に検討が進められている.

3. 心理と行動

これまでサービスという対象をモデル化する際にどのような態度や視座からモデルを扱うか,ということについていくつかの対立軸を挙げてみた.実際のサービス研究の場面に即して考えると対立軸のどちらか一方だけでは不十分で,サービスという対象を考える際には異なる態度や視座から対象を観察し,複数の観点に立脚したモデルや統合したモデルを適切に使い分ける必要があることに気づく.我々研究者がそれまで所属してきた各研究分野が得意とするモデルやフレームワークだけに無意識のうちに依存してしまうとサービス学においては対立のもとになることは間違いない.サービスに関連する研究分野の文化やマナーとしてもっとも異質性が大きい要素の一つが利用者満足度のような心理的要素の取り扱い方であろう.サービスの価値を議論する上でも,客観的に観測することが容易ではない心理的な状態をどのように扱うか,ということが大きな問題になる.

心理的空間の現象を観測可能にする一つの方法は人の心理によって外的に健在化した表層的な行動を観測し,そこからその原因となった心理を推定する方法であろう.アンケートによって,人の心理を設問の選択という行動として外在化することや,利用者満足度を次の再来店行動として観測し,評価するようなことである.しかしそれだけでは問題は解決しない.心理や行動について明示的に合意がとれていないものについては,学術用語というよりは,誰もが自然に理解している自然言語としての意味に頼っているのが現状かも知れない.しかしそれでは,事例を越えて同じ行動として比較したり回数を集計し定量化することは難しい.そのためには行動に関する共通コード化を定義することが必要になる.行動に関する共通コード化の試みとして健康福祉分野における国際機能分類(ICF) (4) が参考になる.こうした共通コードがあると比較や集計が容易になり,データの蓄積・活用や計算操作可能な定量モデルへの発展が加速的に進む.サービス学の健全な発展のためにも,サービスに関連する行動として共通に使用できる主要なものから順次,定義,セグメント化して,それを共通言語として整理できれば,サービス研究における有益な共通基盤となりえるのではないだろうか.

4. サービス学の共通言語に向けて

こうして見ていくと,我々研究者がこれまでに所属してきた分野や学会で当たり前のように使ってきたモデルやフレームワーク,人の心理や行動の取り扱い方などについて実はそれぞれの研究者が前提としているものがかなり異なっているのにも関わらず,あらかじめ合意をとらないままに議論してきたのではないかと不安になる.それはサービスという対象が未知のものではなく,我々の身近な存在であり,それを正確に定義する学術用語が生まれる前に,すでに日常的な自然言語として表現されてしまっているがゆえの不幸でもある.今後サービス学において,すでに存在している既存のサービスだけでなく,理論的には存在しうるがまだ現実には存在していない新たなサービスの開発なども含めて展開するためには,現在のサービスの中にはない,新たな要素や概念を生成できるような形式化や演算操作を可能にするだけの詳細な概念整理と共通言語の登場が望まれるのではないだろうか.

5. アクション・リサーチと協働

サービスという現象を扱うためには,データを集めるため,サービス構成要素を揃えるため,サービスの価値が評価される機会を作るため,実際のサービスが実行されるフィールドにおいて介入を行わなければならない.つまり現場でサービスを実施しなければならない.一方,これは自然科学における自然に対するアプローチというよりは,むしろ科学における仮説の立証や工学における成果の実用化,経営学における実践のようなものでもある.これはサービスを対象に純粋な観測や解釈を行うことは難しく,研究者自らが系の中に入り込んで,新たな何かを構成的に明らかにすることを同時に行うためには避けられないことである.こうした研究方法はアクション・リサーチと呼ばれる.サービスを対象にアクション・リサーチとして取り組む際に,必然的に異分野のメンバーが協働することになる(協働のない研究者のみでサービスを実践することは現実的にはまずないだろう).この時,サービス学の中での共通言語が必要である以上に,サービスを実践するアクション・リサーチのための方法論,共通言語やフレームワークの整備,体系化の必要性が大きい.

これまでのサービス研究の中で多くのアクション・リサーチやサービスの実践が行われているが,その中では研究者個人の資質や研究として記述されている以外の多大な労力がなければ実現できなかった部分があることは謙虚に認めなければならないだろう.研究の成果というものは当然,再現性の高いものであることが要請される以上,当事者以外であってもそのアクション・リサーチやサービスの実践が可能である程度に一般化されることが望ましい.もちろんいきなりそのようなレベルに至ることは困難ではあるが,今の段階にとどまることなく,従来の研究様式の中では記述する必要がないとされているが,サービス現象の再現のためには必要となる要素,アクション・リサーチやサービスの実践のために必要となる要素については,サービス学としては重要な研究要素として取り扱い評価するという姿勢も必要になるのではないだろうか.

6. まとめ

本稿では,筆者がこれまで行ってきたサービス研究や異分野の研究者や実務家と連携してきた協働プロジェクトを通じて感じてきた,あるいは考えさせられることの多かった,サービスに関するモデルについての対立軸,心理と行動の取り扱い方や共通言語の必要性,そしてアクション・リサーチやサービス実践における新たな研究要素の重要性について述べた.

サービス学におけるより多面的,複眼的なモデル化の方法論,行動の形式化,共通ラベル化,サービスの共通言語の整備,サービス学としての新たな研究要素や評価方法の確立といった課題はとても高い壁であり一朝一夕には解決が困難であると思われるが,それでもその重要性を他の分野よりもいち早く気づいてしまった我々自身の手で一歩一歩進めることができれば研究分野のみならず,社会全体のためにも有益な知的基盤となるのではないかと期待する.

著者紹介

  • 本村 陽一

1993年通産省工技院電子技術総合研究所入所.2001年産業技術総合研究所情報処理研究部門.2003年同研究所デジタルヒューマン研究センター主任研究員.2008年同研究所サービス工学研究センター大規模データモデリング研究チーム長.2011年同研究所サービス工学研究センター副研究センター長.統計数理研究所客員教授,東京工業大学連携准教授兼務.

参考文献
 
© 2018 Society for Serviceology
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