サービソロジー
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特集:「サービスマーケティングとサービス工学 ~サービス学としての文理融合をめざして~」
サービス学における「おもてなし」~サービス価値の持続と発展に向けて~
原 良憲
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2014 年 1 巻 3 号 p. 4-11

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1. はじめに-文理融合のサービス学

サービス学の対象領域では,文系か理系かという区別自体が,時代の要請に合っていないのかもしれない.しかし,ひとまず考慮すると,サービス・トライアングルにおけるマーケティングや,サービス・マーケティングミックスとしての7P(あるいは8P)などのフレームワーク(1)は,従業員や客という「人」を,対象システムに直接組み入れて分析するという点で,人文社会科学(文系)的アプローチである.これらは,人や組織の状態やふるまいに着目し,人間や人為の所産を研究対象とする学問領域である.サービスにおけるホスピタリティや,従来のおもてなしに関する教育研究などもこの範疇であろう.人間の経済的,社会的活動に影響を与える本質的なシステムを対象とするが,人をシステムに内在させるがゆえに,複雑な現象を扱わざるを得ない.結果として,属人的,定性的,ないしは,現象的な知見に留まるケースも多い.

そこで,サービスを自然科学(理系)的アプローチで捉えようとする活動も,機械化や情報通信技術の高度化と相まって,盛んになってきた.勘と経験からの脱却である.サービスを観測可能な対象やプロセスとして捉え,また,制御対象として再現可能な科学的法論の構築を目指すものである.特に,近年のビッグデータ収集・蓄積・解析・活用のインフラ進展は,サービス領域にも影響を与えている.これにより,サービスオペレーションの効率化や,事業収益性の向上など,興味深い結果を得ている.

しかし一方で,サービスに自然科学的アプローチを適用することは,人がシステムの直接的な要素とはならない「自然」とは異なり,本質的に大事な情報が捨象されやすくなる.自然科学,特に,工学的アプローチでは,ノイズを低減した理想的な環境での効率化,再現性の向上を追求するため,原則的には要素還元型の分析方法論に依拠する.すなわち,複雑なシステムをより細かな粒度の要素と要素間の関係に分解・再構成をはかる方法論である.このようなアプローチは,複雑な対象にスケーラビリティを与える反面,細部に大事な要素が宿っている場合には,単純な分解・再構成では,うまく拾い上げることが困難となる.

以上の経緯を勘案すると,サービスを対象とするサービス学では,人をシステムの要素に含む人文社会科学的方法論と,人をシステムの外部変数とはするが直接の要素としない自然科学的方法論との両方を踏まえ,両者のメリットを生かし,デメリットを相殺させるような文理融合型のアプローチが理想的である.

このような文理融合型サービス方法論の構築研究は,サービス学の重要な中長期的課題の1つである.我々は,日本の高品質サービスの特徴である「おもてなし」に焦点をあて,文理融合型サービス方法論の構築の一助となるべく,教育研究活動を進めている(2).ここで,「おもてなし」に着目した理由は,製品やサービスの短命化や価値の毀損(コモディティ化)が起きている状況や,サービス業のグローバル展開の遅れがある現状を鑑みて,価値の持続と増大を両立させる側面からの解決を考えたためである.「おもてなし」は,いわば,サービス提供者と客を含むステークホルダー間の長期的信頼関係構築に寄与するものであり,このような「おもてなし」の価値を認識,活用できる人材育成と提供の場を広げられるかが鍵となる.

米国を中心としたグローバル化のアプローチは,地域特性の影響を受けにくく,様々な分野で成功している.しかし,そのプロセスとして機能しているモジュール化,マニュアル化,水平分業化などは,相対的に複製容易であり,生産過剰に陥りやすい.結果として,価値のコモディティ化を招きやすい.一方,「おもてなし」に代表される日本型の高品質サービスは,規模の追求よりは,事業の持続性を最優先とし,日本の環境に適した発展を遂げてきた.反面,規模の追求を行わない形態を前提とした事業運営であるため,グローバル化に適合しにくいという課題に直面している.

したがって,このような問題を解決することが,産業分野で抱えている問題に対する解決の道筋を示すと共に,「おもてなし」概念・フレームワークの理論的整備やその構築・分析・設計方法論の開発など,文理融合型のサービス学の構築に寄与できると期待される.

以下,我々が,進めてきた研究活動(2)(JST-RISTEX S3FIREにおける研究プロジェクト)を中心に説明を行い,今後の展望について言及する.

2. 「おもてなし」への文理融合アプローチ

「おもてなし」を文理融合型の科学として捉えることは,「おもてなし」の心や精神を属人的なものに留めるのではなく,誰もが同様な価値創出の再現を目指せることにある.日本的な「おもてなし」は,茶道に由来するとする説がある.日置によれば,「おもてなし」とは,何を「以て」何を「為す」かという接遇の手段と行為の対応付け(テンプレート)はあるが,どのような接遇行うかについては未定のままであるという状態をさす(3).「おもてなし」では,理念や行動様式などの上位の抽象的な概念(メタモデル)は変化なく保持しているが,具体的な個々のサービスを行う場面(サービス・エンカウンター)では,臨機応変に対応することにより,価値を生み出すものとみなすことができる.

では,なぜ,何を「以て」と何を「為す」かの部分を空白のままにしておくのか.この理由を推察するに,「おもてなし」の多くは,高コンテクスト・コミュニケーションに基づくサービスと密接な関係があるためである.高コンテクスト・コミュニケーション型のサービスとは,提供者と客とのやり取りにおいて,文化,歴史,生活習慣などのコンテクスト(背景や文脈など)の共有程度が高く,価値を示すために必ずしも明示的に言語変換して伝える必要がないものである.

「おもてなし」という接遇の価値は,このようなコンテクスト共有を前提として,コンテクストやサービスそのものとの関係から,さらには,当事者である提供者や客との関係から,当意即妙に解釈や読み取りを行なうことにより生み出されるものである.従って,何を「以て」何を「為す」かの部分があらかじめ分かっていなくても,サービス提供時において,具体的な情報をあてはめることができる.そして,当事者のサービス・リテラシーが高まれば,より豊穣とした価値創出が望めるのである.

一方,明示的な情報共有・伝達を前提とする低コンテクスト・コミュニケーション型のサービスでは,何を「以て」何を「為す」べきかが事前に特定できる.従って,「以て」「為す」の記述を詳細化すれば,個別の客のニーズに適合したサービスの提供へと,サービスをカスタマイズすることができ,また,マニュアル化もされやすい.また逆に,「以て」「為す」のレベルをより抽象化すれば,理念やサービス・クレド(行動指針)として言語的に表現し,望むべき行動を促進することが容易になる.明示的なコミュニケーションを前提とする低コンテクスト・コミュニケーション型のサービスでは,提供する側のサービス特性や客側のニーズ,ウォンツが明確な場合は,有効で効率的な価値創出や伝搬が可能となる.

ここで重要な点は,高コンテクストと低コンテクストとの優劣をつけるのではなく,価値共創における「おもてなし」のプロセスや価値を明確にし,種々のサービスへの応用展開を図っていくことである.

3. 日本型クリエイティブ・サービス

高コンテクストサービスを対象とした「おもてなし」では,どのようにして,何を「以て」何を「為す」のかの空白部分を埋めて接遇を行っていくのか.また,一般的には,多数存在する高コンテクストの中から,どのような指針で情報を取捨選択し,臨機応変の「おもてなし」を継続させていくのか.このような問題について,もう少し踏み込んで考えてみる必要がある.

そこで,我々は,高コンテクスト・コミュニケーションの特徴を有する典型的なサービス群として,日本における文化,生活様式などに根差した創造的サービスをとりあげた.代表的なサービスとしては,江戸前鮨・京懐石のような日本食,華道・歌舞伎などの伝統芸能,伝統的な老舗企業,そして,アニメ・J-POPなどのクールジャパンである.我々は,これらの創造的高付加価値サービスを日本型クリエイティブ・サービスと位置づけ,「おもてなし」のサービス価値創出のパターンの整理・体系化を試みた.

日本型クリエイティブ・サービスとは,サービス価値創出において,日本の自然,文化,歴史,生活などから影響を受ける高品質サービスである.当該サービスそのものに影響を与える自然,文化などは,コンテクスト情報である.それゆえ,日本型クリエイティブ・サービスは,相対的に長期にわたるサービス提供により形成,取捨選択された特徴量からなる高コンテクスト・サービスと位置づけられる.

高コンテクスト・サービスは,当該サービスビジネスへの参入障壁が相対的に高いため,価値が毀損しにくく,いったん社会や市場に定着すると継続しやすい特徴がある.反面,何か手当を施さなければ,大規模化などのスケーラビリティの担保やグローバル化には,一般に不利な形態といえる.このような日本型クリエイティブ・サービスの特性は,以下のようにまとめられる.

  • (1)知識獲得・活用プロセスの重視-コンテクストに基づく物語価値の創出

京都の料亭や江戸前鮨では,料理そのものの美味しさだけでなく,料理に付帯する「物語」も同様に大事な価値となっている.この演出された「物語」とは,料理というコンテンツそのものの提供にとどまらず,その他の様々な要素をも含んだコンテクスト全体の中で,自然,文化,歴史,生活といった知的情報資産をもとに五感に訴求し,総合的な料亭の価値を正しく認識してもらうプロセスである(4)

また,サービス場面を演出する物的環境 (physical evidence) は,小道具だけでなく,大道具としても存在する.たとえば,ある江戸前鮨屋は,店内はシンプルにデザインされ,白以外は「木」の色以外,目につく色はなかった.こうした淡白なデザインは,不必要なものが取り払われた「研ぎ澄まされた」空間を演出し,つけ場に緊張感を持って立つ職人の在り方との調和がなされている.と同時に,客に対して,不必要に飾り立てない(禅的な)美を感じさせるものとなっていることがうかがわされる.この「研ぎ澄まされた」緊張感は,客と職人が間近に対面する江戸前鮨の緊張感と一体となり,鮨という「食」を囲む場としてのコンテクスト全体を形成しているのである.そしてこの形成された場から,種々の物語が生み出され,サービス価値として認知されていくのである.

このような物語性は,ビジネスのマーケティング視点からみれば,自然,文化,歴史,生活などのコンテクスト情報資産を活用し,人々の五感へ訴求過程を重視した一種のブランド構築と捉えられる.また,この物語の作り方としては,上述の物的環境だけでなく,精神性,さらには,神仏との関係性などを重視した「神話」も日本型クリエイティブ・サービスに数多く見受けられる.このような物語消費は,シンボルに価値を置く記号消費に基づくブランド構築(たとえば,欧州の高級衣料ブランド等)とは一線を画す特徴である.

  • (2)弁証法的な価値共創-客のリテラシー向上

米国流のサービスでは,客の必要なものや欲しいものを明示的に理解し,提供することを基本とする.そして,客の期待を上回って喜ばせることが重要となる.この点では,客はサービス提供者よりも上位に位置づけられているといえる.

これに対して,日本型クリエイティブ・サービスにおいての提供者と客との立ち位置は,相対的に対等である.日本型クリエイティブ・サービスの客たちは,上位に位置づけられてサービス提供されるよりは,むしろ,さりげない接遇の中で心地よい状態にしてもらっていることを好む.客の知覚価値は相対的なものであり,後者のほうが経験的に持続すると認識され,結果として日本型クリエイティブ・サービスとして備わってきている.

京都の花街では,よく「客を鍛える」という言葉を耳にする.お茶屋は客を奉り,客はそのサービスに対価を払えばそれでよいという構図ではない.花街では,客もサービス価値を創出するパートナーである.客は,舞妓や芸妓の立ち居振る舞いから,踊り,会話に至るまで,一種の知的な遊びの価値を適切に理解することが求められる.お茶屋では,このような体験を経て,芸舞妓だけでなく客も鍛えられ,一見さんが常連さんになっていくのである.このようなプロセスでは,サービス当事者間において,弁証法的に互いのサービス・リテラシーを向上させ,価値共創を行っている.いわば,客とサービス提供者が互いを尊重し,切磋琢磨することにより,長期的な信頼関係に基づく価値創出の基盤が構築されていくのである.

さらには,人にサービスをすることが同時に自分を高めるという,自利利他の関係が重要である.利他だけでなく,自らに利することであり,また,相互に高め合う所作も「おもてなし」とする.たとえば,茶道においては,亭主七分に客三分とも言われているように,もてなすこと自身が自分の喜びであるという意味が本来の茶道のもてなしである.自分が楽しみ,自分がリテラシーを高めることを継続しているということであり,日本型クリエイティブ・サービス独自のものといえる.

  • (3)変化と持続の重層性-長期的継続の担保

日本型クリエイティブ・サービスの3点目の特性は,長期的継続のメカニズムがあることである.変化し続けることが持続できる所以であり,一見矛盾するようであるが,変化と持続の共存(変化と持続の重層性)がポイントである.

老舗企業における「伝統と革新」はまさにこの範疇の事例である.我々は,以前,大阪と京都地域における老舗企業へのアンケート調査を行った.具体的には,大阪府・京都府内に本社を置く創業100年以上の企業2,540社を対象に,有効回答数323社での分析を行ったものである.老舗企業経営に関して,約200の質問項目をもとに,創業年数,売上高,従業員一人あたりの売上高等への関連が大きい要因分析を行い,経営実態を把握・分析を試みた.興味深い結果は,老舗経営者の意識に基づく企業分類を行うと,5つの類型に分類されたが,中でも,創造性・革新性を好む老舗企業群はよいパフォーマンスを示し,老舗企業の中でも相対的により継続的な活動を行っていた.このことは,伝統の中にも,絶えざる変化と革新を断行し,その結果,事業が持続できている様子がうかがえる.我々が対象とする日本型クリエイティブ・サービスとは,まさにこのような革新的老舗企業群である.変化の中に持続的要素があり,持続の中に変化の要素があるという重層的な構造である.

また,伝統芸能の領域でも種々の重層性が見受けられる.日本文化史,茶道史などの専門家である静岡文化芸術大学学長の熊倉功夫によれば,究極の完成形というものはないという意味で,いわば完成は未完成である.と同時に,日々の未完成の状態が完成と認識される.完成と未完成という一見矛盾する概念が重層的に共存する状態である.このような重層的構造の存在が,価値の毀損(コモディティ化)を回避し,結果としての持続性に寄与するのである.

客が,このような未完成の対象に価値を見出し,一緒になって完成形をめざすプロセスを楽しむ構図は,昔も今も変わらない.AKB48とファンとの関係にも,まさにあてはまることである.韓国のK-POPやハリウッドのエンタテイメントが,その完成度の高さで,ファンを魅了しているが,AKB48のほうが,持続性の面でファンの根強い支持を得ているはずである.もし,AKB48のファンの心が離れていくとすれば,それは,未完成のまま停滞してしまうか,あるいは,十分に完成度が増して身近な存在でなくなってしまう場合かであろう.すなわち,未完成か完成かの対立軸がはっきりしてしまい,重層的構造が消滅してしまうケースである.

以上説明した日本型クリエイティブ・サービスの特性を,低コンテクスト型のサービスと比較し,表1にまとめる.

表1 日本型クリエイティブ・サービスの特性

4. 切磋琢磨の価値共創 - コミュニケーション・タイプに基づいた価値共創のタイポロジー

次に,日本型クリエイティブ・サービスを対象に,価値の持続性はあるが,スケーラビリティ(発展性)が難しい「おもてなし」の価値を,どのように他のサービスへ転用すればよいかについて議論する.ここで,サービスを,送り手(サービス提供者)と受け手(客)とのコミュニケーション(価値共創)と捉え,再現可能な価値創出の整理を試みる.

モノに比べてサービスは,提供者が同じ品質の商品を提供したからといって,客が同じ価値を認識するとは限らない.また,サービスの価値は,客の属性だけでなく,その時の物理環境,さらには,他の客の振る舞い等にも影響を受ける.すなわち,サービスの価値は,提供者と客との相互作用から生み出されるものであり(5),モノの価値のように,媒体としてのモノそのものに付帯されているものとは区別される.いいかえれば,サービス提供者による働きかけを通じて生じる客の状態変化がサービス価値である.

このような価値創出のための相互作用(価値共創)のプロセスをコミュニケーションと捉えると,伝達すべき情報は,暗黙的な提供のしかたと明示的な提供のしかたに分けられる.ここで,暗黙的な情報提供のしかたとは,当事者間やコミュニティの共通の知識・慣習をもとに,言語に頼らず,所作や行間から相手の心理状態や意図を推量したり,自身の意図を間接的に伝達したりする形態である.一方,明示的な情報提供のしかたとは,言語を用いた直接的な伝達形態である.すると,送信側の情報伝達が明示的か暗黙的か,並びに,受信側の情報伝達が明示的か暗黙的かという2つの観点から,価値共創としてのコミュニケーションのパターンを以下の4つに分類することができる(6).切磋琢磨の価値共創とは,サービス提供側,客のいずれか一方が暗黙的な情報の活用を行うコミュニケーションスタイルで価値創出を行っているものである.

  • ●   明示型:提供者・客が共に明示的なコミュニケーションを行う価値共創
  • ●   慮り型:相手(客)の暗黙的な心理状態や意図を自身(提供者)が汲み取り,価値提供を行う価値共創
  • ●   見立て型:自身(提供者)の暗黙的な思いを視覚的(非言語的)に表現・伝達する事で,相手(客)が思い思いに意図を理解・想像し,楽しめるようにする価値共創
  • ●   擦り合わせ型:提供者と客とが共に暗黙的な情報伝達・共有を行うことで,提供者だけでなく客も含め,双方がサービス価値を高めるような価値共創

「おもてなし」の本質は,何を「以て」何を「為す」かという接遇の手段と行為の対応付けは存在するが,どのような接遇行うかについては未定のままであるという状態を認識することである.従って,臨機応変の「おもてなし」を実践するためには,非常に多数存在する背景知識や環境の中からどのように情報を取捨選択し,また,どのようにして,何を「以て」何を「為す」のかの空白部分を埋めていくのかのメカニズムを明示することが鍵となる.

上述した4つの価値共創のパターンを仔細に見ると,各々のパターンが何を「以て」何を「為す」のかの対応付けを行いやすくする「場」を形成していることがわかる.言い換えれば,多くの情報の中から適切な情報を絞り込む制約の役割を果たしている.

以下,4つの価値共創のパターンに対して,価値の発生する「場」をもとにした「おもてなし」による価値化とは何かを見てみることにする.これは,サービス提供者の価値提供形態や客のニーズが明示的であることを前提にしていた従来の考えかたに加え,暗黙的な情報の伝達のしかたを考慮することによる価値共創の拡張・構造化を図るものである.提供者,客の知識やプロセスが明示的な価値共創は,いわば,逐一客が指示を出し,それに従いサービスを提供する執事のような存在である.

これに対し,慮り型の価値共創とは,提供者がサービスしていることを意識的に強調せずに,客の暗黙的な心理状態や意図を汲み取りつつ,それとなく適切なサービスを提供する形態である.慮りは,「おもてなし」を理解するための一要素である.慮り型の価値を創出するには,相手の心理・意図の汲み取りを行う場(共有した暗黙知)が存在していることが大事である.このような場により,「サービス利用の振る舞い」を以て,「客の心理や意図を汲み取る」ように情報を絞り込み,「サービスを楽しめる状態へ導く」ことを為すことが円滑に行えるのである.サービスの継続意向の向上や,客との関係性・生涯価値の増大などに効果がある価値創出プロセスと位置づけられる.

また,見立て型の価値共創とは,提供者側の情報提供形態に暗黙的な要素があるプロセスである.見立てとは,モノの色や形を通じて,提供者の暗黙的な意図を客に想起させるコミュニケーション手法であり,たとえば,茶の場における京菓子の活用などがあげられる.京菓子は,色や形から季節のうつろい等が表現されており,茶の場ではそのように見立てられた菓子によって亭主の意図を客が感じ取るというコミュニケーションが見られる.見立て型の価値は,自身の思いを抽象表現・提示する場が存在していることである.このような場の形成において,色や形による想像の余地を残す視覚化,ないしは,五感に訴求する情報表現を用いている.このような場により,「色や形」を以て,「提供者の思いを抽象的に視覚表現する」場を介し,「客が意図を理解・想像し,楽しめるようにする」ことを為すことが促進されるのである.見立てにより,想像の余地を残す視覚化の効用が得られる.客が創造性を働かせサービスを楽しめるような価値共創プロセスといえる.

さらに,擦り合わせ型の価値共創とは,提供者と客との暗黙的な情報のやり取りを通じ,サービスの価値を高め合うものである.身近な事例としては,鮨屋における主人と客の切磋琢磨的なコミュニケーションがあげられる.ここでは,一種の緊張感が醸し出され,結果として,その場のサービス価値が高まっていく(7).このような擦り合わせも,慮り,見立ての場合と同様,「おもてなし」を理解するための一要素である.擦り合わせ型の価値は,提供者と客との意図や知識を擦り合わせることによる緊張を保持する場が存在していることである.このような場により,「提供者と客との会話」を以て,「緊張感を生み,保持する」場を介し,「提供者だけでなく客自身もサービス価値を高める」ことを為すことが行われるのである.結果として,客のサービス価値に対する感度(サービス・リテラシー)も高まり,サービス価値自体をより適切に認識できるようになってくるのである(図1参照).

図1 切磋琢磨の価値共創

5. サービスメタモデリング-発展性ある日本型クリエイティブ・サービスの表現

本節では,持続性のあるサービス価値を,さらに発展,転用するため,サービスメタモデリングという(理系的に分類される)情報科学的アプローチの導入について説明する.ここで,サービスモデリングは,実際のサービスプロセスを記述するための方法論であり,サービスメタモデリングは,このサービスモデリングを記述するための方法論である.また,サービスメタモデル,サービスモデルは,各々の方法論により生成された表現形態である.

サービスメタモデルは,サービス提供者や客が,自身のコンテクストをどのように活用し,サービスに反映させるのかといった,データとデータの使い方が記述されている.たとえば,客対応がマニュアル化されているサービスのメタモデルからは,マニュアル化により提供者自身のコンテクスト依存度が低いサービスモデルが生成される.一方で,客対応をもとに修正されたサービスのメタモデルからは,サービス提供者自身のコンテクスト依存度が高いサービスモデルが生成可能である.サービスメタモデルは,サービス提供者や客のコンテクストに関する情報と,これらの情報を用いてサービスモデルを生成するためのメソッドから構成される.

提供者コンテクスト非依存のサービスメタモデルは,サービス提供時における,従業員や客の個々のコンテクストの影響を受けないようにコンテクストを取り扱う.そのサービス提供は,サービス提供者により事前に想定されたコンテクストに基づいて,標準化されている.たとえば,スマートフォンといった携帯電話のメタモデルは,事前に用意された機能の範囲で,様々な客へのサービス提供に対応するため,コンテクスト非依存として表現される.

マニュアルによる提供者コンテクスト低依存のサービスメタモデルは,サービス提供時における,従業員や客の個々のコンテクストの影響を抑えるようにコンテクストを取り扱う.そのサービス提供は,事前に明示できるサービスプロセスに基づいて設計され,マニュアル化が可能である.しかし一方で,事前に想定できないサービスを提供することは困難になる.たとえば,グローバル展開するファーストフードのメタモデルは,多くの客に対応できるスタンダード化されたサービスプロセスに基づいたサービス提供をするため,コンテクスト低依存として表現される.

日本型クリエイティブ・サービスに代表されるような,理念・型による提供者コンテクスト高依存のサービスメタモデルは,サービス提供時における,従業員や客の個々のコンテクストの影響を活用するようにコンテクストを取り扱う.そのサービス提供は,事前に明示できるサービスプロセスに加えて,その場のコンテクストに基づいた修正が加えられる.従って,提供サービスには,マニュアル化が困難な部分が含まれる.一方で,事前に想定できないサービスが提供される余地がある.たとえば,江戸前鮨の海外移転を考えるメタモデルは,現地のコンテクストを理解するサポート役を組み入れ,高コンテクストサービス移転一形態として表現している(図2参照).

このようなサービスメタモデリングを用いると,ビジネスプロセスモデリングに準拠した実装が可能となる.ビジネスプロセスモデリングは,業務の手順を図式・構造化した表現方法であり,多くの企業の業務プロセスの効率化やIT導入に用いられている.この実装方法を選択する理由は,業務もサービスと同様,無形であり,機能の表現も比較的近いためである(8),(9)

図2 サービスメタモデルの表現(江戸前鮨の海外移転例)

6. 今後の展開

以上説明したように,我々は,日本の高品質サービスの特徴である「おもてなし」を,文理融合型サービス方法論の対象として捉えることで,サービス価値の持続と発展の両立を目指してきた.このような活動に立脚した今後の展開として,重要と思われる項目を3点,以下に列挙する.

  • (1)サービス評価手法の文理融合アプローチ

従来のサービスマーケティング分野では,サービスの知覚価値(利用者がサービスに対して抱く品質や費用に対する総合的な価値判断)や事前期待などをアンケート調査などでスコアリングし,サービス評価にまつわる尺度化を行ってきた.たとえば,SERVQUAL,CSI(Customer Satisfaction Index)などである.これらは,サービス全般に適用できる評価手法である反面,アンケート調査などによる間接的な定量化の限界も指摘されている.

近年の目覚ましい脳情報計測デバイスの研究開発やその応用の広範化により,今後は,暗黙的な情報を含むサービス価値を直接把握できる可能性も指摘されている(10).勘と経験からの脱却ではなく,いわば,勘と経験の計測とその活用促進である.このようなサービス評価に対する文理融合アプローチが実現できれば,たとえば,サービスの専門家のように顧客の気持ちを汲み取れるようになるコミュニケーション教育支援などへの活用が期待される.

  • (2)サービス・ケイパビリティの明確化

サービスのケイパビリティとは,提供者・利用者を含む多様な利害関係者,内部資源,外部資源,環境・コンテクスト等をうまく結びつけ活用する能力のことである.サービス資源は有限で,制約(トレード・オフ)があり,要素還元的ではない.サービスの価値は,サービス・ケイパビリティに基づく多様(Diverse & Dynamic)な関係性の構築・推進の中で創出され,多様な価値評価の規定のもとでその価値が獲得される.このようなサービス・ケイパビリティの明確化は,本学会グランドチャレンジワークショップでも議論されたように,サービス・フレームワーク研究の重要なチャレンジである.

ケイパビリティの概念自体は,企業が全体として持つ組織的な能力として,経営学の領域で教育研究がなされてきている.一方で,情報システム理論や情報システム工学などの領域でも研究開発が進展している.文理融合型のサービス学としても,重要な喫緊の研究対象であり,日本型クリエイティブ・サービスなど我々が直面している事例から貢献できる内容も多い.

  • (3)高度サービス人材像の規定とその人材育成方策

一方,産業界における今後の展開としては,高度サービス人材の育成強化である.高度サービス人材として,もつべき素養の明確化や,どのようにして人材育成を行うべきかの行動策定が重要なステップである.国の政策としても,たとえば,日本再興戦略改訂2014 (平成26年6月閣議決定)では,「サービス産業の革新的な経営人材の育成を目指した大学院・大学における,サービス産業に特化した実践的経営プログラムの開発・普及方針」が示されている.経済サービス化時代における成長戦略と人材育成として,重要な展開である.文理融合型のサービス学の構築とその応用展開は,学術面からの産業貢献としても必須である.

7. おわりに

本稿では,日本の高品質サービスの特徴である「おもてなし」に焦点をあて,「おもてなし」概念・フレームワークの理論的整備(切磋琢磨の価値共創など)の解説や,その構築・分析・設計方法論について議論を行った.これらは,価値のコモディティ化を防ぎ,サービス業のグローバル展開を促進するため,文理融合の研究アプローチによるサービス価値の持続性と発展性の両立を目指す方策である.一方,本稿では,文と理の研究アプローチ融合によるデメリットを相殺させる点については言及できなかったが,実践科学的サービス研究方法論は,その1つのソリューションである.詳細は,参考文献(3)を参照されたい.

今後は,暗黙知を含むサービス評価を活用した人材育成教育,ステークホルダーや資源の有限性を考慮したサービス・ケイパビリティ研究,産官学連携サービスコミュニティ形成の推進などを通じて,文理融合型のサービス学の深耕を進めていくことが肝要である.

謝辞

本活動を進めるにあたり,ご支援いただきましたJST-RISTEX 問題解決型サービス科学研究開発プログラム(S3FIRE)の土居範久プログラム総括をはじめ,関係各位に感謝いたします.

著者紹介

  • 原 良憲

1983年東大(院)・工・修士課程修了.京都大学博士(情報学).日本電気㈱入社後,日米拠点にてメディア情報管理の研究・事業開発に従事.2006年京都大学経営管理大学院教授(現職).サービス価値創造プログラム長,経営研究センター長を経て,2014年より副院長.本学会理事,第1回国内大会共同実行委員長を務める.

参考文献
  • (1)  Lovelock, C. H., and Wirtz, J., “Services Marketing”, Prentice Hall, 2010.
  • (2)  小林潔司,“日本型クリエイティブ・サービスの理論分析とグローバル展開に向けた適用研究”,JST-RISTEX 問題解決型サービス科学研究開発プログラム 平成23年度研究開発実施報告書,2012.
  • (3)  小林潔司,原 良憲,山内 裕(編),“日本型クリエイティブ・サービスの時代 - 「おもてなし」への科学的接近”,日本評論社,2014 (予定).
  • (4)  Suzuki, S., and Takemura, K., “The Internationalization Process of High-Context Communication Services”, ICServ2014, 2014.
  • (5)  Grönroos, C., “Creating a Relationship Dialogue: Communication, Interaction and Value”, The Marketing Review, 1(1), pp. 5–14, 2000.
  • (6)  原 良憲,岡 宏樹,“日本型クリエイティブ・サービスの価値共創モデル -暗黙的情報活用に基づく価値共創モデルの発展的整理-”,研究 技術 計画,28(3/4), pp.254-261, 2013.
  • (7)  Yamauchi, Y. and Hiramoto, T., “Presenting and Negotiating Selves: Initial Service Encounters at Sushi Restaurants”, ICServ2013, 2013.
  • (8)  Masuda, H., Utz, and Hara, Y., “Context-Free and Context-Dependent Service Models Based on "Role Model" Concept for Utilizing Cultural Aspects”. KSEM2013, pp.591-601, 2013.
  • (9)  http://www.omilab.org/web/jcs/home
  • (10)  山川義徳,金井良太,“応用脳科学と経営”,組織科学,47(4), pp.6-15, 2014.
 
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