サービソロジー
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特集:「観光の産業化に資するサービス学 − 東京五輪と地域活性化」
ホスピタリティ・リーダーシップによる戦略的人財育成
テイラー 雅子
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2015 年 1 巻 4 号 p. 20-26

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1. 問題提起

1.1 ホスピタリティ人財の意義

顧客接点で心理的付加価値を加えることにより利益を生み出すホスピタリティ業では,人財が企業の競争価値創造・維持の鍵を握っている.リソース・ベース理論(1)によると,様々な資源が中心となって企業の継続的競争価値が創造されるが,特に模倣しにくく継続性のある競争価値を生み出すことができるのは,人財が生み出す知識,能力,技術などの無形資源である(2).また,サービス品質研究においては,人財が顧客の期待に応えるサービスを提供することにより顧客の再来訪意思が高まり,企業業績が向上すると考えられている(3).さらに,サービス・マネジメント(4)の視点では,サービスを人財と顧客の間で共創されるプロセスととらえ,人財と企業収益との相関性に注目し,効果的な人財マネジメントシステムの重要性を力説している.

このように,ホスピタリティ業界では企業競争力を高めるために人財を単に無形商品にサービス行動を通じて形を与える機能的なresource「資源」として管理するのではなく,価値向上の可能性を持つcapital「資本」として育成する戦略的な考え方が求められ(5),戦略的に人財を育成することが必要不可欠である.

1.2 現状

しかし,現実には日本のホスピタリティ人財の価値は全体的に低下している傾向が指摘されている.例えば,内閣府の国民経済計算年報によるとサービス業の労働生産性は2000年以降低下を続けている(6).この理由として考えられるのが,ホスピタリティ業の構造的な問題から発生する待遇面の不備と経営者の意識の問題である.

ホスピタリティ業は,人財が顧客と協働して商品を創りだすという特性,そして特に宿泊業などでは年間365日24時間営業するという業態から,労働集約産業の典型である.その結果,人財の就労時間が長く賃金が割安となり,待遇面では改善が必要な要素が多い.また,多くのホスピタリティ企業が旅館や飲食店など小規模個人経営であるため,戦略的な視点から人財をとらえることが難しいうえに,人財育成への投資効果は数値として明確に表せるものではないため習慣的に軽視されている現実があるようだ.

このような構造的な問題を抱えたホスピタリティ業界では必然的に,人材マネジメント手法が他業界のものに比べて稚拙であり,専門的とは言えない.それを反映して,業界の離職率は高く,職務満足度は低い傾向にある.

2012年に行われた観光地宿泊業従事者の調査研究の中で,業界,職場,仕事に対しては満足している人財が不満を持つ人財の割合を上回っているのに比して,唯一不満が満足を上回った対象が,経営者の従業員に対するES*1 努力であった(図1).ここに経営者の人財育成努力が不足している傾向が示唆されている.このように,ホスピタリティ業界の人財育成の課題は,仕事内容や業界の構造改善以上に,リーダーシップをとる立場の人々の人財育成努力の向上であると言える.

図1 JTBF観光地宿泊施設調査人財満足度

1.3 目的

ホスピタリティ人財は企業にとって模倣しにくく継続性のある企業競争価値を創造する重要な無形資本であることは明らかであるにも関わらず,業界全体において人財育成への取り組みが遅れている.特に,ホスピタリティ企業でヒアリングを行う中で浮き彫りになったのが,中・小規模経営では組織的な人財育成は費用効率が悪いため不可能だ,というリーダーたちの思い込みだ.

そこで,ここではホスピタリティ業において経営規模に関わらず戦略的な人財育成を実行するための方向性を示したい.はじめに,リーダーシップを育成という観点からとらえなおし,その上で人財育成の基本的モデルを提案する.最後に,事例を使って提案したモデルの一部を検証し,課題を抽出する.

2. ホスピタリティ・リーダーシップ

2.1 育成としてのリーダーシップ

リーダーシップとは,目標に向かって集団を動かす影響力,と定義される.しかし,戦略的な視点からとらえたリーダーシップとは,目標に向かって集団を動かすことにより成長を促す影響力であると考えるべきである.特にホスピタリティ人財のサービス提供における中心的役割を考慮すると,ホスピタリティ・リーダーシップとは目標に向かって人財の成長を促し,組織として顧客満足度を向上させるプロセスだと考えられる.

ホスピタリティ企業では,人財の価値に対する考え方によって人財育成方法が異なる(図2).人財を財務上のコストであると割り切る企業では,経費削減が人財戦略の目的となり,育成への投資は特に行わない.そのため,人財育成は現場主導のOJT*2 が主流である.この場合,現場での担当者により指導内容が異なるといった育成の質の問題を中心として,非効率な育成が行われることが多い.

人財はサービスを生み出す労働力である,と考える企業では,最も効率よくサービスを提供するため有効活用戦略をとる.有効活用戦略では,即戦力となる人財を量産するために,技術的な研修・トレーニングが人財育成の中心となる.有効活用戦略では,長期的な育成目標がないため高い離職率につながりやすく,提供サービスの質向上が困難となる.

戦略的視点から見た人財は,価値向上する可能性を秘めた資本である.このような視点から人財育成にアプローチする企業は,人財育成戦略をとる.長期的成長を視野に入れて,技術面だけではなく開発に時間がかかる能力に焦点を当てて育成する.その手法は,研修やトレーニング以上に人を育てる職場環境やシステムを整えることを中心とする.人事制度をはじめ,ビジョンや戦略の共有,コミュニケーションなど様々な媒体を通じて環境から人を育成するのが人財育成戦略の特徴だ.

ホスピタリティ・リーダーシップでは,人財育成戦略を遂行する.人財を単なる労働力やコストととらえるのではなく,業務を通じて成長し,その成果を企業に還元することによって業績向上をもたらす存在と考える.

図2 人財の価値と戦略

2.2 人財が生み出す価値

ホスピタリティ・リーダーシップの考え方は,サービス・プロフィット・チェーン(7)の理論を土台としている.サービス・プロフィット・チェーンは,職務に満足し,忠誠心があり,生産性の高い人財がサービス価値を生み出し,顧客の満足や忠誠心につながった結果,業績が向上すると提唱している.この理論に従えば,人財の職務満足度を達成すること自体が企業の収益向上を意味することとなる.しかし,実際には人財の満足度が業績向上につながるという点については意見が分かれるところである.問題は,人財の満足は具体的に職場の何によってもたらされるものか,そしてその対象によってどのような効果の違いがあるのか,が明確にされていないということである.例えば,仕事内容には満足しているが,待遇には不満を感じている人財の顧客サービスは質が高いのだろうか?反対に待遇には満足しているが仕事内容に不満を感じている場合はどうであろう?このように総体的な職務満足度のみでは人財と企業収益の関係は立証できないことがわかる.そこで,具体的に様々な職場要因の中で,何に対する満足度が高品質の顧客サービスを通じて企業収益につながるのかを明らかにする必要がある.

3. ホスピタリティ人財育成フレームワーク

人財育成には研修やOJTなど人財に直接働きかける直接的人財育成と,制度やシステムを通じて間接的に育てる間接的人財育成があるが,ホスピタリティ・リーダーシップは特に間接的人財育成の効果に注目する.

一般的に人が成長するには,成長したいと願う成長意思があることが前提である.いくら整った環境でも成長意思がない限り成長することはない.そこで,ホスピタリティ人財育成モデルは,人財の成長意思を刺激する要因を主要な構成要素とする.成長意思を刺激する要因とは,「働きやすさ」「働きがい」と「明確な目標」である.ホスピタリティ・リーダーシップでは,この3要因を整備したシステムを作り維持することによって間接的に人財育成を行う(図3).

図3 成長意思を引き出す要因

3.1 「明確な目標」

戦略的な成長を促すためには,企業としての方向性を明確に示すことが求められる.ただ成長すればよいというのではなく,企業として目指す方向に成長することが必要となる.そのため,わかりやすく共感できる企業ビジョン(企業の理想像)とその成功指標,成長目標となる人財ビジョン(理想の人財像)とその行動特性を打ち出し,言葉で伝える以外に,人事制度や職場要因を通じて繰り返しコミュニケーションして共有することが求められる.

人財ビジョンの最も効果的なコミュニケーション方法は,ロールモデルの設定と,成功事例の共有である.リーダーシップをとる経営陣から人財ビジョンに基づいた行動を身に着け,日々ロールモデルとして行動することもさることながら,現場マネジャーをロールモデルとして育成するとおのずから人財は彼らをお手本として成長を始める.また,行動特性に基づいた行動が顧客サービスの成功につながった事例があれば,その具体的なストーリーを日々共有する場を持つことにより,ビジョンという抽象的な概念が身近な行動につながるようになる.

3.2 「働きやすさ要因」

成長意思を刺激する次の要因は,職場環境などいわゆる「働きやすさ要因」である.マズローの欲求5段階説(7)やハーツバーグの2要因理論 (two factor theory)(9)に従って考えると,あらゆる向上意思の土台となるのが,生理的欲求や安全欲求を満たす待遇や,社会的欲求を満たす職場における人間関係などの「働きやすさ要因」である.つまり,快適な生活を保障する待遇,雇用の安定,安全な職場,適正な業務量,そして良好な人間関係,などがこれに当たる.「働きやすさ要因」はいわゆる衛生要因と言われ,不足すると人財が不満を感じる原因となるが,充実しているからといってモチベーションが上がるわけではない.しかし,「働きやすさ要因」が満足できる水準でないと「働きがい要因」の効果が出にくくなる.

3.3 「働きがい要因」

成長意思を引き出すために必要な最後の要因は,「働きがい要因」である.「働きがい要因」は,仕事のやりがいや成長機会などのいわゆるモチベーション要因である.職務特性理論(10)では,やりがいを感じられる仕事には5つの特徴があると提唱している.5つの特徴とは,複合性,重要性,独自性,自律性,フィードバックである.これらの特徴は,有能感,達成感,成長感といった直接やりがいにつながる感情を引き出す.具体的には仕事内容が,単調でなく複数の作業内容が組み合わさっている複合的なものである場合;人や社会の役に立つと感じられる重要性が高いものである場合;自分の個性を発揮できる独自性が高いものである場合;自分で意思決定し進めていくことができる自律性が高いものである場合;そして仕事ぶりが常にフィードバックされる仕組みがある仕事である場合に人は働きがいを感じる.このように職場で人財の成長意思を刺激するには「働きがい要因」を組み込んだシステムを工夫することが必要である.

「働きがい要因」には,具体的に仕事のやりがいや,権限委譲による責任感を通じたやりがい,そしてフィードバックによる有意感や成長感によって引き起こされるやりがい,などがある.これらの中で特の有効なのが,フィードバックである.自分の仕事ぶりについて上司や同僚などから日々こまめにフィードバックを受けること,ひいては顧客からのフィードバックを受けることは,直接有意感や成長実感につながり人財の成長意思を高める効果がある.

ホスピタリティ人財の成長意思を戦略的に刺激するホスピタリティ・リーダーシップは,「明確な目標」,「働きやすさ要因」,そして「働きがい要因」を内包した仕組みづくりが中心となる.これらの中でどれが抜けていても戦略的な成長を促すことはできない.例えば,従業員のモチベーション喚起にためにインセンティブや表彰制度を取り入れた場合,公平感のある待遇があり,職場の人間関係が良好であり,努力の方向が明確に示されていることが効果の前提である.

3.4 成功指標

育成による成長が大切である以上にその成果を顧客サービスに反映することができることがホスピタリティ業界の人財育成の成功につながる.そこで,人財が成長し,その成果を組織に還元するというモデルにおける成功指標として離職意思とコミットメントに着目した.

3.4.1 離職意志

業界で最も顕著な人的課題は高い離職率による生産性低下,サービスの質低下,再雇用に関わる経費,そして社内モラルやチームワークの低下である.いくら育成してもやめてしまう人財を育成することを時間とお金の無駄だと割り切る経営者も少なくない状況下,離職意思を押さえることは育成成果を組織に還元するための最低条件となる.ただし,離職意思が低いことがそのまま成功要因ということではない.離職意思が低くても,モチベーションが低く,低品質な顧客サービスしか提供できない人財であれば意味がない.そこで,企業に忠誠心を持つ人財が低離職意思を持つ状態が成功指標となる.この忠誠心を感情的コミットメントと言う.

3.4.2 感情的コミットメント

コミットメントとは,対象につながっていたいと思う意思(11)であり,3種類のつながり方がある.ひとつは,会社やその経営方針に共感し忠誠心を抱いている場合で,これを感情的コミットメントという.感情的コミットメントが高い人財は会社の成功をわがことのように喜び,会社の成功のために尽力する傾向がある.

感情的コミットメントと対照的なのが,計算的コミットメントであり,損得勘定の結果,会社につながっているという意思である.計算的コミットメントが高い人財は,他に行くところがないから,又は今まで頑張ってきたのだから今更やめるのはもったいない,といった物理的な条件を比較検討した結果,会社にとどまっている.そのため,会社への忠誠心は低く,仕事ぶりが必ずしも良いわけではない.時には,社内のモラルを乱すこともある.

感情的コミットメントと類似しているが,貸し借りの発想を含むのが,義理的コミットメントである.義理的コミットメントが高い人財は,会社又は上司などに何らかの恩義を感じているため,恩返しをするため会社につながっていると考えられる.義理的コミットメントと仕事ぶりについてはあまり知られていない.

ここでは,会社に感情的コミットメントを介してつながっていたいがために離職意思が低いという現象に注目する.つまり,ホスピタリティ企業が成長意思を刺激する職場要因を整備した結果,感情的コミットメントが高まり,離職意思が下がるという関係性モデルを提案する.感情的コミットメントが高い人財は会社の成功を目的として仕事をするため顧客接点で高品質のサービスを提供する.このような人財が定着することが企業としての成長目標である.ホスピタリティ・リーダーシップの考え方に基づいた人財育成モデルを図にまとめると以下のようになる.

図4 ホスピタリティ人財育成モデル

4. 現状分析事例

ここまでに提案したホスピタリティ人財の間接的育成モデルの一部を事例を使って検証してみた.

4.1 事例

サンプルは,北九州の観光地におけるホスピタリティ人財である.2013年に実施された公益財団法人JTB財団の観光地マネジメント調査の一環としてホスピタリティ人財を対象にアンケート調査を実施した結果,582件の回収回答のうち,有効回答499件を使用した.人財が所属するのは,観光施設2社,宿泊施設7社,交通運輸会社2社である.すべてが接客を主な業務とするいわゆるホスピタリティ人財である.男性と女性の割合は,49%と51%である.

4.2 ホスピタリティ業界の職場要因

成長意思を促す28の職場要因につき,その重要度と満足度を調べた結果,重要度に関してはすべての要因が重要だと考えられていることがわかった.しかし全体的に,「働きやすさ要因」が「明確な目標」や「働きがい要因」よりも重要だと考えている傾向が見られた.つまりホスピタリティ人財は,どちらかというと「働きがい」を向上させるための施策よりは「働きやすさ」を充実させる施策の方を喜ぶということである.これは比較的低次欲求が満たされていないことを示しており,潜在的な育成の余地が多く残されているとも解釈できる.

4.3 ホスピタリティ人財の満足度

次に注目すべきは,「働きがい要因」,「働きやすさ要因」どちらともその具体的な項目によって満足度が分かれたという点である.「働きやすさ要因」を見ると,報酬,福利厚生,ワークライフバランスなどの待遇面の働きやすさには不満を感じているが,職場の雰囲気,人間関係や立地など社会的な面の働きやすさには満足している傾向にある.

さらに「働きがい要因」では,研修や育成機会の提供などの成長機会については不満だが,仕事内容,参加の機会やフィードバックなど仕事のやりがいについては満足しているという傾向である.「明確な目標」についてはあまり目立った傾向がなかった(図5).

図5 職場要因の重要性と満足度

4.4 ホスピタリティ人財の離職意思

今回の調査では,業界からの離職意思を持っている人財が全体の約25パーセント,会社からの離職意思を持っている人財が全体の48パーセントとなった.つまり,約4人に1人が業界を離れたいと思い,2人に1人が会社を辞めたいと思っていることになる.

さらに離職意思のいかんにかかわらず,なぜ実際に辞めないのかの理由を詳しく調べると,消極的理由が積極的な理由の約4倍挙げられていた.消極的理由には,「転職先がないから」,「生活・家族のためだから仕方がない」,などの選択肢の欠如を理由とするもののほか,「まわりに迷惑をかけたくない」,などの気遣いを表す理由,そして「自信がない」,「何をしたらいいかわからない」,「どうせやめても同じ」といった諦め感があった. 同様に,積極的な理由も,内訳をみると「職場の立地が便利だから」,「仕事が私に合っているから」などといった外因的条件を理由とするものが多く,「成長できる」,「愛着がある」「責任感を感じる」などのモチベーションにつながる内因的要因の約3倍挙げられている.このように,ホスピタリティ業界の職場では消極的理由でとどまっているホスピタリティ人財が多いことから,離職意思を押さえるだけでは組織力向上にはつながらないことが見えてきた.

さらに,消極的理由の中で目を引くのが,「まだ他のところに行くための知識や力もないため」,や「ある程度勉強し,資格を取ってから辞めようと思っている」,のようなものだ.これらは,今以上に成長したあかつきには転職を志そうと考えるホスピタリティ人財の意識を代弁している.つまり,成長した自分の能力を活かせるだけの魅力が今の職場には見つからないということでもある.人財育成と並行して,育成努力を通じて価値向上した人財を活かせる魅力的な職場づくりとキャリア計画が求められることを示唆している.

4.5 ホスピタリティ人財のコミットメント

コミットメントに対する回答からは,感情的コミットメントや義理的コミットメントより計算的コミットメントを感じているホスピタリティ人財が多いことがわかった.これは,離職意思の分析でも明らかになったように「仕方なく」会社にしがみついている成長意思が低い人財が多いという構造的な問題を示唆しているといえる.

4.6 人財育成モデルの分析結果からの考察

人財育成モデルに従って分析をした結果,ホスピタリティ人財の育成について以下のようなポイントが抽出できた.

  • (1)「働きやすさ要因」の重要性

感情的コミットメントを生み出した結果離職意思を抑制する効果がある職場要因は,人間関係や立地などの社会的「働きやすさ要因」のみであった.ホスピタリティ人財は上司や同僚などとの人間関係に満足すると会社に感情的なコミットメントを感じるようになり,会社を辞めたくないと思うようになる.このような人財は献身的にサービス提供をするため,顧客満足度向上に貢献すると考えられる.具体的には,魅力的な現場マネジャーがいる会社には勤続年数が高く,高品質のサービスを提供する人財が多くいるというイメージであり,現場レベルの中間管理職の育成開発が重要課題であることを示唆している.

  • (2)待遇要因は離職意思に直結

「働きやすさ要因」の中でも待遇要因は感情的コミットメントを生み出すことなく直接離職意思につながる.つまり,待遇面に満足しているため辞めない人財は,利己的な理由から辞めないため,特に忠誠心を持って仕事をするという保証がないという解釈ができる.このことから待遇の改善のみに注目した人事施策はサービスの質を上げることができるとは考えられない.

  • (3)やりがい要因は忠誠心を生むが離職は阻止できない.

やりがいのある仕事などの「働きがい要因」は感情的コミットメントにはつながるが離職意思を左右するには至らない.つまり,やりがいのある仕事を与えることによって会社への貢献度は高まるが良い機会があれば離職してしまう可能性がある,と考えられる.

  • (4)成長した人財は離職する傾向

育成機会などの「働きがい要因」は,高離職意思につながるという結果だった.この結果は様々な含みがあるが,研修など育成機会に満足している人財はその成果をもって自分の力を発揮できる新たな職場を求める傾向がある可能性があるとも考えられる.記述式回答に頻出していた成長のあかつきには転職してステップアップしたいという希望を表している可能性がある.

5. 今後の課題

顧客接点で価値を生み出すため,自律した意思決定と柔軟性のある行動力を持つホスピタリティ人財を育成するため,戦略的な視点から間接的人財育成を行うホスピタリティ・リーダーシップの概念を説明し,人財育成モデルを提案した.その上で,ホスピタリティ・リーダーシップの人財育成モデルを使ってホスピタリティ人財の事例分析をした結果,人財育成モデルが正常に機能することを妨げる業界特有の環境要因がある可能性が見えてきた.

今回の事例は一地域のデータであることから,今後は全国的な調査を行うことにより今回の傾向が業界特有のものであるのかどうかを検証することが望まれる.その上で,阻害要因を特定し,人財育成モデルが機能するための具体的な対策を立案することが必要である.

著者紹介

  • テイラー 雅子

同志社大学大学院,英文学研究科博士課程前期修了,英文学修士.コーネル大学大学院ホテル経営学部修士課程 M.P.S.(ホテル経営学修士).コーネル大学大学院ホテル経営学部博士課程 Ph.D.(ホテル経営学博士).ヒルトン・インターナショナル・ホテルズ,株式会社竹中工務店,ハイアット・インターナショナル・ホテルズ,コーネル大学ホテル経営学部客員准教授,関西外国大学准教授を経て,現職.ボンド-BBT大学院MBA非常勤講師.専門は,組織行動論,ホスピタリティ人財マネジメント,異文化経営.

*1  ESとはEmployee Satisfaction の略で従業員満足度を指す.

*2  On-the-job training職場での実践的研修であるが,「背中を見て学ぶ」放任的な学習法となっている場合が多い.

参考文献
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