2015 年 2 巻 1 号 p. 16-19
従来の公共交通システム(路線バス,ローカル鉄道など)は全国的に危機的な状況にある.過疎地域はもちろんであるが,都市地域においても渋滞や環境問題を含めて非常に厳しくなってきている.ここではまず公共交通における現状の問題点を確認し,その問題点の解消あるいは減少に取り組む試みをいくつか紹介する.抜本的に問題点を解消するためには新たな公共交通システムが必要であることを論じ,現時点でそのシステムの実現の阻害要因となっている法的・技術的・政治的・社会的な要因をあげる.
地方都市は共通に人口減少・高齢化問題を抱えている.さまざまな解決策が試みられているものの決定打はほとんどない.地方都市では公共交通の利用が低迷し,マイカー化が進んでいる.公共交通は車社会の浸透や過疎化に伴い,採算性の点から縮小再生産のスパイラルにある.すなわち,利用者の減少から路線や便数が減少し,それに伴う利便性の低下からさらには利用者が減るというという悪循環が各地域で発生している.しかし同時に進む高齢化により自動車を手放す高齢者も増えているため,公共交通機関の需要は以前より高まっていると言ってよい.自治体は多くの補助金を公共交通に出しているが,ずっとそれを続けていくことがむずかしくなっている. 地方都市の路線バスでは一部の路線廃止や運行本数の削減はもちろんとして,エリア全体として赤字でバス業者が撤退(廃業)するというケースも少なくない.
国土交通省はこのような現状に対応するために法律の改正などを行なっており,公共交通政策のホームページで以下のように書いている.
「人口減少,少子高齢化が加速度的に進展することにより,公共交通事業をとりまく環境が年々厳しさを増している中,特に地方部においては,公共交通機関の輸送人員の減少により,公共交通ネットワークの縮小やサービス水準の一層の低下が懸念されております. その一方で,人口減少社会において地域の活力を維持,強化するためには,コンパクトなまちづくりと連携して,「コンパクトシティ・プラス・ネットワーク」の考えのもと,地域公共交通ネットワークを確保することが重要です.
このような状況を踏まえ,地域の総合行政を担う地方公共団体を中心として,関係者の合意の下に,持続可能な地域公共交通ネットワークの再構築を図るため,地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律が平成26年5月21日に公布され,同年11月20日に施行されました.」
車社会からの脱却とコンパクトシティ化を旗印に,モビリティマネージメントや法改正が志向されてきた.しかし公共交通は,特にバスは車社会の浸透によってだけ衰退したのではなく,地域の独占の中でバス自身のサービス水準が低いから住民から見放されたという指摘がある(1).路線バスの衰退は,車社会の浸透や地方の人口減といった社会的現象を語る以前の,より根深い問題,すなわち公的な補助金への甘え,顧客志向の欠如,マーケティングや効率化の努力不足などが原因であることが,バス事業経営に関わる当事者らによって反省的に語られ始めている.以下で2つのバス会社の改革の成功例をあげるが,これらのバス会社の行なっていることはサービス学の観点からは非常に基本的なことであり,従来のバス会社はそのような基本的なことすら怠ってきたと言える.
日本中の多くの地方都市で公共交通を再生する試みがなされている(補助金で路線バスやデマンドバスを運行させている)が,そのほとんどはサービス価値向上という点からみて事実上失敗している.自治体が補助金で公共交通を支えている結果として,地元住民(利用者)を守っているというよりは,ナショナルミニマムのために国や自治体がバス事業者を守っている傾向があり,莫大な予算が投下されているわりには効果は芳しくないケースが多い.
たとえば北海道当別町ではバス会社が完全撤退後に行政と住民で「当別ふれあいバス」を運行して再生を試みている.岡山県総社市では行政主導で路線バスを廃止して高齢者にターゲットを絞ったデマンドバスを郊外と中心部の間で運行している.これらは住民の主体的参加意識や納得感を引き出すうえでは成功しているが,サービスという点では縮小化や特化集中を余儀なくされ,不便さを増している.
以下では再生がうまく機能している例として有名な十勝バス(2)とイーグルバス(3)を取り上げる.
3.1 十勝バス十勝バスは北海道の帯広市を中心とする十勝地方のバス会社で大正時代に設立されて約100台のバスを運行している.昭和44年には年間利用者が2300万人台だったのが平成10年代には1000万人を大きく割り込むまで利用者が減少して会社存続の危機に陥った.野村社長は自家用車を使っていた高齢者が運転を躊躇していることに注目し,バス沿線の住宅を回ってバスの利用を呼び掛けた.バスの乗り方がわからない人が多いことがわかったためバスの乗り方マップを8万部作って全世帯に配布した.さらにバス車内での案内放送も強化する,高齢者の意見を取り入れて路線も大きく変更して主要なスーパーや病院をカバーするようにするなどの方策を取ったところ,平成23年度には40年ぶりに利用者が増加して増収に転じた(全国で初めてのことである).バス会社が戦略的にマーケティングをして新しい顧客の獲得に成功した稀な例である.
3.2 イーグルバスイーグルバスは埼玉県の川越市を本拠地とするバス会社である.1980年創業で最初は観光バスなどを事業としていたが,2002年に「改正道路運送法」が施行されて路線(乗合)バス事業の規制が緩和されたので,2003年から路線バス事業に参入した.2006年に川越市の隣の日高市で他のバス会社が撤退した赤字路線を自治体から頼まれて引き受けた.JR線武蔵高萩駅,JR線高麗川駅と西武線飯能駅という3つの駅を結ぶ日高飯能路線バスで,一日の乗客は千人弱である.イーグルバスは埼玉大学と共同で運行状況の可視化に取り組んだ(社長が埼玉大学の大学院に入学した).車両にGPSと赤外線センサを設置して停留所ごとの乗降客数,停留所間の乗客数,路線上での位置と時間などのデータを収集し,それをコンピュータで分析した(いわゆるビッグデータ分析を行なった).その結果として,運行回数を折り返し運転によって増やしたり集客力のあるところに新たに停留所を新設したりするなどの最適化を行なった.その結果採算を大幅に改善させることに成功した.バス会社がセンサーデータを分析して業績の改善につなげた稀な例である.
情報技術の進歩などにより,従来のものとは異なる新しい公共交通システムの試みが始まっている.東大のコンビニクル(4)は過疎地のデマンドバスを効率的に運用するシステムである.Uberはタクシーやライドシェアの配車(および支払い)をスマートフォンで行なうシステムで2009年にサービスが開催されたが現在では50か国以上で運用されている.自家用車の相乗り(いわば有料のヒッチハイク)を手配するLyftというシステムもUberのライバルとして急速に拡大している.
われわれはSAV(Smart Vehicle System)というバスとタクシーを融合させた乗り合いの公共交通システムを開発している(5).これは過疎地ではなく,たとえば函館のような中核的な都市で大規模(数百台から千台程度)な運行をすることを想定している.デマンド方式は過疎地では有効である(路線バスが機能していないのでデマンド方式が有効なのはほとんど自明である)が都市では効率が悪いと思われているが,われわれのシミュレーション実験によれば都市でもデマンド方式は有効である.
SAVは都市部の(電車などを除く)すべての道路公共交通を(バスとタクシーを統合して)一元的に運行する.事前予約は必要なく,スマートフォンによって現在地と目的地を入力すれば(一般に現在地はGPSによって自動的にわかる)SAVがリアルタイムでスケジューリングを行なって(数多く走っている車の中から)最適な車をルート変更して配車する.多くの客が乗る場合はバスを,そうでない場合はタクシーを配車するというイメージである.移動時間は従来のタクシーよりは遅いが従来のバスよりは早い,その代わり料金は従来のバスよりは高いが従来のタクシーよりは安い,という公共交通を想定している.利用者にとって利便性が増す,事業者にとっても実車率が増えて増収になる,自治体にとっても補助金が減らせる(理想的にはなくせる)という効果を期待している.
公共交通の利便性を損なわず,サービス価値を高めていくための抜本的な改革を阻む阻害要因がいくつか存在する.ここでは主な要因をあげる.
5.1 法的要因現在の法律は当然ながら現在の公共交通を前提としているので,新たな試みをしようとすると法律が壁になる場合が多い.たとえばバスとタクシーは法的に完全に分離されている.車両の人数としてはタクシーが10人以内でバスが11人以上であるが,タクシーは原則として乗り合い禁止で経路自由で,バスは乗り合いが前提で経路やダイヤが固定されている(たとえ最初から最後まで乗客がゼロでも運行しなくてはならない).タクシーが寄り道をして他の客を拾うことなどを法律は想定していない.また自家用車が料金を取って他人を乗せることも認められていない.
これらの制約を緩和させるには現状ではその地域のすべての関係者(行政,住民,業者,警察など)を集めた地域交通の協議会を組織してその場で決定することになっている.利害相反や既得権などの理由によって新たな試みは認められない傾向にある.
5.2 技術的要因新たな公共交通システムのアイデアを思いついても,その実証実験をすることが一般に非常にむずかしい.小規模な実験を行なうことは可能であるが,あくまで小規模なので大規模にしたときにうまくいく保証はない.従来のシステムと新システムのどちらがいいのかを比較したくても対照実験は不可能である(2つのシステムを同時に同じ場所で実施することができない).公共交通は料金に見合うサービスを提供できているかが重要なポイントであるが,現状では公共交通の客から料金を取る実験は事実上不可能なので,そのことも実験の評価をむずかしくしている.
5.3 政治的要因公共交通は前述のように行政,住民,業者,警察など多くの関係者がステークホルダーとして存在している.彼らの利害は多くの場合に一致していない.住民の間でも公共交通をよく利用する人(子供,お年寄り)と自家用車を利用している人では意見が異なる.業者もバス会社とタクシー会社の間では意見が異なり,またバス会社の間でもタクシー会社の間でも意見が異なる.このような利害関係を調整するのは政治家の役割のはずであるが,彼らの判断は現状維持あるいは軽微な修正に留まりがちである.それは多くの関係者が急激な変化を望んでいない(慣性が大きい)ことに起因していると思われる.
5.4 社会的要因阻害要因として大きいのは,地方都市で公共交通についての議論や意思決定に関わる人たち(政治家,自治体職員,地元経済人など)の大多数が日頃公共交通をほとんど使っていないことと思われる.たとえばマイカーの利用を減らして公共交通の利用を促進するための議論をする委員会のメンバーのほとんどがマイカーでその委員会の場所に来ている.彼らはデータとしては公共交通の現状がわかっていたとしても,自分の問題としては実感していない.公共交通を使っているのは通学の生徒,買い物や病院通いのお年寄り,あるいはそこに住んでいない観光客などであり,その人たちの意見はほとんど吸い上げられない.自分たちの問題として捉えていない人たちによって議論され意思決定されている.
これまでの公共交通の議論は(交通)弱者をどう救済するかという観点から語られることがほとんどであった.しかし都市にとって公共交通の充実は都市が生き残れるか持続可能かという点において住民全体の問題である.いま公共交通を使っている人だけでなく,いま自家用車を使っている人に公共交通を利用するように変わってもらわないといけない(そうしないと公共交通そのものも維持できない).自分たち自らで移動手段を自家用車から公共交通や自転車や徒歩へと変革していくモビリティマネージメントの考え方が重要になっていくと思われる.
1959年東京都生まれ.1981年東京大学理学部情報科学科卒業.1986年同大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了.同年通産省工技院電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)入所.2000年より公立はこだて未来大学教授.専門は人工知能,ゲーム情報学,観光情報学,交通システムなど.人工知能学会会長,情報処理学会理事.
1959年神奈川県生まれ.2008年までSyncLabを主宰,自治体や政府系研究機関の研究開発プロジェクトの企画・評価・広報のコンサルテーションに携わる.2008年「研究組織のサイエンスコミュニケーション」で北陸先端科学技術大学院大学より博士号(知識科学).2008年より公立はこだて未来大学に着任.専門は知識科学,認知社会学,地域イノベーション,科学技術コミュニケーションなど.JST産学官連携ジャーナル編集委員,NEDO技術委員等を歴任.