2012年6月,OECDが取りまとめた『コンパクトシティ政策報告書』の中で,富山市が目指す「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」が評価され,メルボルン,バンクーバー,パリ,ポートランドとともに,富山市は世界のコンパクトシティ先進モデル5都市の1つとして取り上げられた.
評価された点は,「コンパクトシティのビジョンを明らかにし,公共交通と連携した集約型のまちづくり,中心市街地の活性化などコンパクトシティ政策の実現に総合的に取り組んでいる点」,「都市規模がそれほど大きくない中で,積極的かつ効果的な政策を打ち出しており世界中の地方都市のモデルとなる点」,「人口減少下におけるコンパクトシティ政策のモデルとなる点」の3点である.
また,昨年9月,富山市は,国内で唯一,国際連合のSustainable Energy for All(万人のための持続可能なエネルギー)における,「エネルギー効率改善都市」に選定された.
本稿では,僅か10年程度で世界が注目するまでに至った本市のまちづくりの一旦を紹介したい.
昨年5月に「2040年までに896の自治体が消滅する.」と予測した日本創生会議の発表,いわゆる増田レポートは,「自治体消滅」という表現で,地方そのものが消滅してしまうようなショッキングな印象を与え,全国各地の都市を震撼させたが,正確には,増田レポートが言わんとすることは,「人口減少により,今の地方自治体が,今のまま経営していたら,いずれ人口が半減し,その自治体は立ち行かないから潰れてしまう.」ということを唱えている.
日本が急激な人口減少の時代に入ったことは,誰にもどうする事もできない事実である.しかも,首都圏などごく限られた地域ではまだしばらく人口は増加すると予測され,その分,大部分の地方都市では,全国平均を上回る人口減少がかなり長い年月続くことも,間違いの無い事実である.
こうした中,いまだに,人口増加とか若者を増やしたいとかいうことをまちづくりのスローガンにしている自治体も少なくない.
郊外の山野や美田を潰し,大規模なショッピングセンターを誘致したり,ニュータウンを造成したりすることが,いまだに行われている.しかもその多くが地元自治体の積極的な誘致によるものである.
そうした気持ちが分からないわけではない.しかし,近隣のまちと人口やショッピングセンターの誘致合戦をしても,最終的には共倒れである.先ずは,自分のまちだけは違うなどという幻想を捨て,広い世界,遠い未来をしっかりと見据えた時にこそ,人口減少下でも持続可能なまちづくりが見えてくる.
富山市のコンパクトシティは,単に市街地を小さくするのではない.
人口減少という抗えない事実の中で,未来の市民に健康で幸福で文化的な生活を約束するためには,都市計画のみならず,産業も健康福祉も芸術・文化や教育も,市民生活に関する全てのことをトータルに考える必要がある.
そして,富山市のコンパクトシティはそういう市民意識の改革から始まった.
森雅志富山市長が,初めて市長(合併前の旧富山市)に当選したのは,平成14年1月である.
市長は着任当時から,「富山市は多くの地方都市と同じく,車に特化し,居住地密度が薄っぺらなまちで,このような,車が無いと自由に移動できないまちでは30年後に生き残れない.」という危惧を強く持っていたと語っている.
早速,まちづくりの専門家として,国土交通省から二人目の助役をお迎えし,先ずは富山市職員の意識改革が始まった.
市長と助役だけがどんなに先見性が高くても,まちづくりの方向性をこれまでとは随分違ったコンパクトシティに舵を切るには,現場の職員も同じ方向に意識を向け,モチベーションを高くしないと現実的なものには繋がらない.中堅・若手職員10数名が部局横断的に2つのプロジエクトチームを結成し,勉強会が始まった.
私は,一つのプロジェクトチームのリーダーに任命されたが,初めのうちは,職員の中にも,とまどいや疑問があり,それに対して的確な答を見出せない状態もあった.しかし,1年2年と議論を重ねるうちに職員の中で,今後も持続可能なまちづくり,都市経営のためにはコンパクトしかありえないという確信が芽生えてきた.
同時に市長は年間数十回にも及ぶタウンミーティングに自ら出席し,コンパクトなまちづくりの必要性とそのための具体的な事業としてLRT(富山ライトレール)やまちなか賑わい広場(グランドプラザ)などの整備の必要性の説明と説得に時間をかけた.
そして,富山ライトレールやグランドプラザは,本市のコンパクトシティの先導的モデル事業と位置付けられ,富山市民には,コンパクトシティという概念的なものと,LRTや広場が一体的に意識されるようになった.
さらに,LRTも広場も,完成後,内外から極めて高い評価を得たことから,市民の間には,同時に,コンパクトシティへの理解と評価が急速に深まり,議員や職員もコンパクトに向うのが当然だという機運が大きく醸成された.もちろん一部には,いまだに郊外開発を主張する市民もいるが,それに同調する人達は少数派となった.
本市を取り巻く課題である,「人口減少と超高齢化」,「過度な自動車依存による公共交通の衰退」,「中心市街地の魅力喪失」,「割高な都市管理の行政コスト」,「CO2排出量の増大」,「市町村合併による類似公共施設の併存」,「社会資本の適切な維持管理」などの多くは,全国の地方都市に共通の課題でもある.
これまでの行政組織では,こうした課題に対して,担当部署はバラバラで横の連携も希薄なまま,いわゆる縦割り組織の中で施策や事業が進められてきた.
しかし,本市では,そうしたバラバラな対応では,これらの課題を解決することはできない,これらの課題に総合的,包括的に対応する必要があると考えている.
本市のまちづくりが目指しているのは,「公共交通を軸としたコンパクトなまちづくり」の推進である.
公共交通の走行頻度や施設環境を整備することで,公共交通を使いやすくし,さらに,中心市街地及び公共交通沿線に都市機能を集積させ,居住者も誘導しようとしている.
中心市街地の活性化,歩いて暮らせるまちづくりの推進によって,市民同士が出会い・交流することで,新たな伝統や文化が生まれ,人が育ち,ソーシャルキャピタルが醸成されることこそ「まち」が果たすべき役割であると考えている.
閉鎖空間的なマイカーで,マニュアル通りの会話しかできない郊外の大型店舗に買い物に行っても,そこには,「消費」という結果しかおこらない.「まち」は消費を求めてはいない.もはや,消費者という視点は必要ではない.「まち」に必要なのは創造性豊かな,人間味のある市民なのである.本来,「人」とはそういうものを求めるものであった筈だが,高度成長・大量消費が美徳とされた時代に,個性が埋没し,同一性,横並びが過度に優先された結果,価値観が歪み,人間らしさやアイデンティティが喪失した.それを取り戻すためには,「本当のまち」が必要なのである.
また,公共交通を使い,歩くことによる健康増進などの切り口も,注目していかなければならない.
いずれにしても,これまで縦割り行政と揶揄されてきた部局横断連携の希薄な状況を改め,総合力を発揮した包括的な「都市経営」を目指していかなければならない.
本市のまちづくりの基本的な方針は「公共交通を軸とした拠点集中型のコンパクトなまちづくり」である.
ここでは,コンパクトなまちづくりを実現するための3本柱について簡単に紹介しておく.
5.1 公共交通の活性化1本目の柱は,「公共交通の活性化」である.これからますます高齢者が増加し,自分で車を運転できない市民が増えてくると,公共交通が使えない地域には住み続けることができなくなる.
さりとて,市内の隅々までくまなく公共交通を走らせることは,民間交通事業者には経費負担の面で無理があり,仮にそれを行政が丸抱えすれば,行政が本来優先的にやるべきことができなくなり,やがては財政破綻ということにもなりかねない.
未来においても守り・育てる路線を明確に選択し,その沿線に集中投資をすることが必要である.
5.1.1 富山ライトレール富山市が公共交通活性化の観点から初めて手がけた事業が,富山ライトレール(ポ―トラム)の整備である.
この事業は,北陸新幹線が富山駅に乗り入れることに先駆け,新幹線乗り入れに必要な用地を確保するために,既存の鉄道路線を高架化して整理し,JR富山港線を道路内の路面電車(LRT)として,平成18年4月に運行開始したものである.
運行頻度を飛躍的に増加させ,終電を遅くし,我が国で始めて,完全なバリアフリー低床式LRTシステムをトータルなデザインで構築整備したことなどにより,利用者が平日で2.1倍,休日で3.5倍に増加した.特に高齢者の利用増加が顕著なことなど,沿線住民の日常の足として定着し,外出機会の増大など市民の日常の生活様式にも変化が現れている.
5.1.2 セントラム富山駅南側の既存の路面電車では,軌道では全国初の上下分離方式(線路や車両などのハードは市が整備保有し,運行のみを民間交通事業者が実施)を導入し,市内電車の一部を延伸することで,平成21年12月に路面電車の環状運行(セントラム)を実現した.
環状線は,富山市の中心市街地の少し内側を約20分で一周しており,富山駅と少し離れた中心商店街とを結ぶ足として,利用者の7割が女性であり,特に高齢者の利用が年々増加してきている.
また,平成23年の利用者アンケートでは,環状線の整備後,買い物や飲食での外出機会が増えており,別に行った中心商店街の飲食店への調査では酒類の販売額が増えたという結果もある.
さらに,現在,富山市が進めている代表的なプロジェクトが,富山駅北側の富山ライトレールと富山駅南側の軌道線を富山駅高架下で接続する「路面電車の南北接続」である.
第一期事業として,本年3月14日の北陸新幹線開業と同時に,南側の富山地方鉄道の市内電車の軌道を新幹線高架下まで伸ばし,セントラム等南側の全ての路面電車が北陸新幹線富山駅の高架下まで乗り入れて運行を開始した.
さらには,新幹線改札口を出た真ん前に,富山市自らが「総合案内所」を設置した.
交通事業者が「交通案内所」,観光協会等が「観光案内所」を設置する事例はよく見かけるが,自治体が自ら「総合案内所」を設置した事例はおそらく全国初ではないだろうか.図書館のレファレンス・サービスのようなことが実践できればと期待している.
新幹線の二次交通として,LRTが駅舎の中で新幹線改札口のまん前に整備され,富山市に来た人が市内へと移動できる構造は,世界でも類が無い.
4~5年後には,第二期事業として,市内電車と富山ライトレールが接続し,南北接続が完成する.
整備手法や運行形態,乗り継ぎ運賃など,今後解決すべき課題も多いが,LRTネットワークの形成を推進する上で非常に重要な事業であり,公共交通の利便性を増進し,人の流れが劇的に変わることで,公共交通や中心市街地の活性化を一層促進するものと考えている.
5.1.4 公共交通活性化のその他の事業路面電車に関する事業の他にも,富山市では多くの公共交通を活性化するための事業を行っている.
JR高山本線では増発運行社会実験と合わせて,新駅設置,駅関連施設の整備,パークアンドライド駐車場の整備などを実施した.
この4月からは,富山地方鉄道不二越・上滝線についても,活性化事業の検討に入るとともに,路面電車を上滝線に乗り入れることについても可能性の詳細な検討を始めることにしている.
バスでは,運行頻度が高く,利用者が多い路線を「イメージリーダー路線」に位置付け,便利で快適な車両やバス停等の整備を行い,バス交通のイメージアップと活性化を図っている.
コミュニティバス等の支援方針としては,公共交通空白地域の解消を目的に,地域等が主体となって運行する交通サービスに対し,必要に応じて支援することとしており,生活不便地域である中山間地域を通る路線においては,シビルミニマムの確保の観点から,1日2往復は,市が全額負担で運行を行っている.
また,中心市街地の活性化及び地域生活拠点へのアクセスを確保するため,地域が主体となって運行する交通サービスに対しては,運行経費の9/20を支援している.
例えば,呉羽地区では,地元の住民と企業が,バスを自主運行するための会社を設立し,1世帯当たり400円/年の協賛金を集めることなどによって,運賃収入や市の支援以外の経費を負担することで,20便/日のバスを運行している.
5.1.5 公共交通活性化のための自治体の役割公共交通活性化の基本は利用者の拡大である.自治体としては,市民が過度に自家用車に依存した生活を転換するための役割がある.
本市では,市民に,普段のクルマの使い方を少しだけ見直し,「健康・ダイエット」,「環境」や「まちづくり」にも良い影響のある電車やバスを賢く使うライフスタイルを提案していくプロジェクトとして,「とやまレールライフプロジェクト」を推進している.
また,小学生を対象にしたモビリティ・マネジメントとしては,市内の教員グループと連携し,授業に活用できる学習教材を作成して全校に配布している.
私たちの暮らすまち,環境や福祉を視点とした授業内容を展開することで,公共交通の役割や必要性について学び,意識醸成を図り,「クルマと公共交通」を賢く使える市民を育成することを目的としている.
さらに,富山大学の全学生の学生証に「交通ICカード機能」を付加し,公共交通の利用促進を促す意識啓発を目的とした講義やTFP(トラベルフィードバックプログラム)アンケートなどを実施したところ,利用者が増加する傾向が表れた.
公共交通は,公共という冠がつきながら,多くは民間の交通事業者によって経営されている.地方都市ではどこでも経営は楽ではない.
富山市では,公共交通の維持・運行・支援等に関する経費として,年間約8億円を支出している.
これは,市の一般会計予算の約0.5%に相当する.自治体によって予算規模は違うので,金額での比較は難しいが,率としては,我が国の自治体としてはかなり高い.しかし,欧州の都市と比較すると平均的な率だと聞いている.
自治体が公共交通に税金を投入する理由は,交通事業者の経営安定化のためでは無い.市民の生活の足である公共交通を将来にわたって守るためである.
5.2 公共交通沿線地区への居住促進コンパクトなまちづくりを実現するための2本目の柱は,まちなかや公共交通沿線地区への居住促進である.
本市では,中心市街地約436haと公共交通沿線居住推進地区3,489haに居住を推奨・誘導するため,一定の条件のもとで,良質な住宅の供給者や取得者に助成を実施している.
中心市街地では,建設事業者向けの支援としては,共同住宅の建設費への助成(100万円/戸),優良賃貸住宅の建設費への助成(50万円/戸),業務・商業ビルから共同住宅への改修費助成(100万円/戸)などを実施し,市民向けの支援としては,戸建て住宅または共同住宅の購入に対する助成(50万円/戸),都心地区への転居による家賃助成( 1万円/月(3年間))などを実施している.
公共交通沿線居住推進地区では,建設事業者向けの支援として,共同住宅の建設費への補助(70万円/戸),地域優良賃貸住宅(サービス付き高齢者向け住宅)の建設補助(70万円/戸),優良賃貸住宅の建設に対する補助(住宅共用部分等の整備費の2/3)など,市民向けの支援としては,戸建て住宅・分譲住宅の建設・取得に対する補助(30万円/戸),さらに,二世帯住宅の場合や区域外からの転入の場合は,それぞれ10万円/戸の上乗せ補助を実施している.
また,今年度からは,中心市街地や公共交通沿線居住推進地区において,開発行為によって宅地を供給する事業者に対して,1区画当たり50万円の支援制度を創設したところである.
こうした誘導策の実施なども含め,総合的な施策展開によって,公共交通の便利な場所に住む人口割合を,平成17年には28%であったものを,平成37年には42%まで引き上げようとしている.
20年で14%というのは,決して楽な数字では無いと考えていたが,人口の社会増減がプラスに転じるなど,現在まで概ね順調に推移しており,これまで実施してきた事業などの一定の効果が現れ,目標は達成できると予想している.
この目標が達成されれば,当然,公共交通の利用者も増加し,電車やバスの路線を将来も存続していくためにも効果があると考えている.
5.3 中心市街地の活性化コンパクトなまちづくりの3本目の柱が「中心市街地の活性化」である.
公共交通を使いやすくし,公共交通の沿線に住んでも,行くところがなければ意味がない.
また,富山市では徹底して郊外の大型ショッピングセンターの立地を阻止し,中心市街地に人が集まることの意義を尊重してきたので,そもそも,中心市街地に人が集まる仕組みを作らなければならない.
5.3.1 市街地再開発事業その,中心市街地活性化の取り組みの中で,最も注目をされてきた事業が再開発事業である.再開発事業は,権利変換計画などの複雑な仕組みに基づいており,保留床取得者の確保や多くの関係権利者の調整など,行政が初めて取り組むには大変難しい事業であるが,これまで約20地区の事業が,平均して2年に1ヶ所のペースで完成してきたため,市の担当職員も継続して再開発事業を経験し,市民や議会も再開発に慣れているという状況にあり,富山市は再開発事業に対する経験と理解が高い都市である.
現在もガラス美術館,市立図書館本館等を設ける西町南地区が本年4月に竣工,シネマコンプレックス,ホテルが入居する総曲輪西地区が来年春の完成に向けて工事が進んでおり,さらに,富山駅南口広場に面する桜町地区や中心商店街の一角の総曲輪三丁目地区でも,権利変換計画認可に向けた最終段階に入るなど,相次いで再開発が進められている.
また,マンション建設では竣工前の早い段階での完売や同じマンションで二期分譲分を値上げする事例が出るなど,中心市街地における民間投資と需要が活発化しており,さらなる賑わいの創出に期待しているところである.
こうした再開発ブームのきっかけとなったのが,中心商店街で最も賑わいのある「総曲輪通り商店街」のアーケードに面した一画で行われた「西町・総曲輪地区」,「総曲輪通り南地区」の2地区の再開発と再開発地区内の区画道路を集約した上で道路認定を廃止し,賑わい創出広場を公共事業として整備し,平成19年に完成した「グランドプラザ」の整備事業である.
富山市では,総曲輪通りに面した2地区の再開発事業に合わせて,その間に,屋根付きの賑わい広場「グランドプラザ」を整備することにした.
土地は2地区の再開発事業区域内にあった区画道路を再開発事業で中央に集約したものであり,新たな用地の取得は無い.
さらに両地区のセットバック部分(組合再開発完成後の一筆共有地の一部)も無償で借受け,市が,一体的に整備と運営を行っている.
駐車場と百貨店を人が行き来する「真ん中」に広場を作れば,そこが一番賑やかになり,再開発事業完成後の継続した賑わいづくりを支援できると考えたものである.
市有地の部分は,従前は道路であったが,完成後の広場の利用制限をなるべく少なくするため,道路認定を廃止した.この時,都市計画法や都市公園法などの制限が及ぶ「広場」などの指定も意図的に行っていない.
広場の専用使用の料金などを決める必要があるので,新しく条例(富山市まちなか賑わい広場条例)を制定したが,施設の損傷や貼り紙を禁止している以外は,公序良俗に反しなければ,利用についてほとんど制限は無い.
迷惑行為を法令で制限しようとすると,次々に詳細で具体的な制限をしなければ対応できなくなる.例えば,大声で歌う酔客を取り締まるために,「放歌高吟の禁止.」という制限を決めると,次は「大声の基準」を決めなくてはならなくなる.
それを続けると,やがては,全ての利用者にとって使い勝手の悪い施設となると考え,そうした法令での制限をなるべく少なくすることにした.
しかし,迷惑行為を見過ごしているわけではない.自転車が止められれば,駐輪場の地図を渡して移動をお願いし,タバコを吸っている人には携帯灰皿の所有を問いかけ,ゴミが落ちていたら目の前で拾ってみせるということを繰り返している.
すなわち,法令で取り締まるのではなく,良心に訴える行動を心がけているのである.
他にも,グランドプラザではこれまでに例のない斬新な広場の運営方法によって,極めて稼働率の高い広場となった.今でも,全国各地からの視察が絶えないし,多くの表彰や高い評価も頂いている.
富山市では,65歳以上の高齢者限定が,日中の時間帯に限り,バス,電車など公共交通を使って中心市街地に来た場合,運賃を全て片道100円にする,「おでかけ定期券」という事業を行っている.
乗降の片方が中心市街地発着であれば,片道千円以上のバス代でも100円に割引される.
この定期券を使って1日平均2600人が中心市街地を訪れている.
中心市街地の商店などは,高齢者の買い物に期待できるし,交通事業者は僅か100円とはいえ,新たな利用者拡大に繋がる.
さらに,高齢者はこれをきっかけに外出機会が増加し,富山市の調査では,おでかけ定期券を利用して街に出かけた日は,そうでない日に比べて平均1300歩余計に歩くというデータが得られた.
歩くことが健康に良く,追加的歩行数を医療費の削減効果で表す研究も進んでおり,これで試算すると,おでかけ定期券事業によって年間7000万円程度の医療費が削減されているということになる.
一つの事業で,公共交通の利用拡大,街の賑わい,医療費削減という効果が期待されているのである.
これからの自治体は,限られた財源・資源の中で,各種課題に対応した持続可能な都市を実現するためには,従来の縦割り的な政策・施策ではなく,包括的な連携政策・施策の展開が必要である.
富山市では,一つの施策の実施によって,複数の政策目標に効果をもたらすこと,一つの政策目標を,複数の施策実施によって達成することを進めている.
さらに,その効果を見える化・共有することで,多様な主体と連携し,まちづくりを推進する必要がある.
5.3.4 中心市街地での多様な事業展開そうした観点から,富山市が行っている中心市街地での多様な事業の数々をご紹介しておく.
「地場もん屋総本店」は,農林水産部が担当して,平成22年10月にオープンした,地元農林水産物の情報発信と販売促進を図るための拠点である.
あえて,中心商店街の一等地に整備したことで,毎日800人程度の買い物客で賑わい,中心市街地の活性化にも大きく貢献している.
「富山まちなか研究室」は,継続的に学生が地域活動に参加する仕組みとして,空き店舗を活用し,大学生等のまちなかでの活動拠点を整備したもので,平均40人程度の学生が訪れ,まちなかを盛り上げる学生提案の企画を募集,公開プレゼンテーションを経て事業採択し,提案団体と企業・商店主等との協働により事業を実施するなど,主体的な活動が活発に行われている.
「新規出店サポート事業」は,中心商店街の空き店舗へ出店する際の店舗の改装費(補助率1/2,上限500万円),家賃や経営相談等に対して助成を実施するもので,これまで40件程度の空き店舗解消に繋がっている.
「まちなか活性化事業サポート補助金」は,まちなかでの市民活動が,より活発に展開されることを促すため,事業主体に対する財政面での支援制度を創設したもので,ソフト事業を中心に年間10件程度の利用がある.県と連携し,補助率2/3,上限100万円の補助を行っている.
また,魅力とうるおいのある都市景観の形成のため,街路景観を花で飾って演出する「ハンギングバスケット設置事業」を行っている.
さらにユニークなのは,花束を持って電車に乗ると運賃が無料になる「花Tramモデル事業」なども行われている.
5.3.5 中心市街地への公共投資の妥当性中心市街地は,公共交通網が集中し,中心商店街が立地する非常に大切な場所であるだけでなく,地方自治体の財政力にも大きな影響を及ぼす.
例えば,富山市の2013年度の一般会計予算は,1,524億円であるが,歳入は,市税収入が694億円であり,その45.3%を固定資産税と都市計画税が占めており,歳入において極めて重要な部分となっているが,その税収の22%が面積僅か0.4%でしかない中心市街地から納められている.
さらに,中心市街地の地価は,市街地の広範囲に渡り影響を及ぼすことを考慮すると,中心市街地の地価を下落させないことは基礎自治体にとって大きな課題である.
こうしたことから,本市では中心市街地活性化基本計画に位置付けた事業を着実に推進し,中心市街地への集中的な公共投資を行っている.これらの取り組みにより中心市街地の地価を支えることで,貴重な税収を確保しており,こうして得た税収によって,市全域に対する公共サービスの提供が可能となっている.
富山市では,コンパクトなまちづくりのために様々な事業を展開している.
路面電車を作るだけ,まちなかに広場を作るだけ,再開発でビルを作るだけ,それだけでは,決してコンパクトなまちづくりは成功しない.
様々な事業を,包括的に,これでもかこれでもかと積み上げることによって,初めて,市民の意識や行動がゆっくりと変化し,街に良い影響を与え始めることを我々は知っている.
良く使われる「中心市街地活性化の起爆剤」などというものは存在しない.地道な事業の繰り返しによってこそ,正のスパイラルが生まれるのである.
富山市におけるコンパクトなまちづくりの効果としては,中心市街地では平成20年から,公共交通沿線地区でも平成24年から,転入人口が転出人口を上回る,転入超過となっている.この傾向は,富山県では富山市だけの現象であり,他の全ての市町村は転出超過となっている.
また,富山市全体の小学校児童数が減少しつづける中で,本市の中心市街地の小学校児童数が平成20年から増加を続けており,高齢者ばかりでなく,子育て世代も中心市街地に移住してきていることがわかる.
さらに,グランドプラザ周辺においては,歩行者通行量が,2006年から2012年にかけて32%増加し,地価についても,市内電車環状線新設区間では,2007年度以降横ばい,もしくは僅かに上昇の傾向が見られ,それ以外の中心市街地エリアでも富山市の平均宅地に比べて下落率は緩やかになっている.
さて,ここからは,少し今後の課題について整理したい.
前述のように,本市は,公共交通と連携した拠点型のコンパクトシティを目指している.このことを,駅周辺の拠点を「団子」それらを繋ぐ公共交通を「串」に見立てて,我々は「お団子と串のまちづくり」と比喩表現している.
そうしたまちづくりの方向性は,国土交通省でも高く評価され,OECDでは世界の地方都市のモデルとして選定していただいている.当然,本市の施策や事業は一貫して同じ方向を向いている必要がある.
しかし,お団子はもともと駅の近くであり,古くから自然発生的に建物があった場所で,行き止まり道路や細街路が多く,面的な市街地整備がなされていない中に,残存農地や空き家・空き地が介在している場所が多い.
権利関係も複雑で,区画整理事業などを実施するにも調整に時間がかかることから,利益優先の宅地開発業者などはほとんど手を出すことはない.
一方で,新たな戸建て住宅地需要は,富山市でも現在年間4~5百件はあると見込まれ,それは,市街化区域内でもある程度まとまった残存農地での開発許可やさらに外側の市街化調整区域の大規模開発などによって供給されている.
必然的に「団子」以外のエリアでの開発行為が大部分であるが,制度上,関係法令に抵触していなければ不許可にすることはできない.
今後は,お団子区域での開発にインセンティブを与え,その区域での区画整理事業や開発行為が起きやすい仕組みを作っていかなければならない.
このため,今年度から,公共交通沿線での開発行為による住宅地供給について,宅地開発業者に1区画当たり50万円を補助することにした.
さらに,駅周辺での開発行為については,道路整備の基準を緩和し,一般的に道路幅員6メートル以上でないと認めてこなかったものを,5メートル以上に緩和するなど,公共交通沿線での宅地供給を支援する制度を創設したところである.
また,高齢者の住み方,世帯状況もまちづくりの上で大きな問題である.全国的な傾向ではあるが,富山市でも高齢者単身,高齢者夫婦のみ世帯が急激に増加しつつある.
今は,団塊の世代が高齢者に加わったばかりなので,まだあまり問題は顕在化していないのかもしれないが,今後,高齢者が自立した生活を少しでも長く続けられるための健康で幸せなまちづくりのあり方というものが,自治体にとって重要課題になるものと思われる.
必然的に,やがて,急激に増加すると予想される空き家対策も避けては通れない.
また,超高齢化の進行は,人と人との信頼関係や地域の絆といった,ソーシャルキャピタルの低下に繋がると懸念しているところであり,当然ソフト面でも,高齢になっても地域で元気に暮らせる社会を実現するための施策が必要である.
そのためには,高齢者の外出を促すことで,体を動かし,人と出会う機会を増やすことが非常に重要であると考えており,本市では,前述のとおり,市内在住の65歳以上の方が公共交通機関で市内各地から中心市街地へ出かける際に,本来の運賃に関係なく1乗車100円で利用できる「おでかけ定期券事業」や,祖父母がお孫さんと連れ立って,動物園,科学博物館や天文台など市内の施設へ来場すると,その入園料・観覧料が無料になる「孫とおでかけ事業」,あるいは,まちなかの街区公園で,地域の人たちが一緒に野菜づくりに取り組む「コミュニティガーデン事業」など,高齢者の外出機会やソーシャルキャピタルを創出するような仕組みづくりにも取り組んでいる.
本市が進めてきたコンパクトなまちづくりは,拡散が進んだ富山市の都市構造を,市民の意識改革も行いながら,集約型都市構造に転換しようとする取り組みであり,初動期としては一定の成果があったと考えている.
しかしながら,これまでの評価は,未来を視野に入れ,体系的で分野横断的な計画内容の確実性やLRT整備における迅速な計画実効能力などが評価されているものであり,富山市が目指す将来像の完成には,まだ,長い道のりがある.
また,これまで,積極的に整備してきた道路や公園,上下水道などの社会資本により,円滑な道路交通や快適な公園利用,衛生的な生活環境等が実現しつつあるが,これら社会資本の維持管理や老朽化に伴う施設更新や大規模修繕に要する費用の増大などが懸念されており,これは,都市の持続可能性の観点からも深刻な課題であると考えている.
新規の社会資本整備を抑制し,既存の社会資本の長寿命化を図ることで,限られた財源の中で,利便性を保ちながら,市民の安全で快適な生活を確保することも,重要な課題である.
他にも,課題は多々あり,時間はかかると思うが,一つ一つの取り組みを着実に実行することで,様々な行政コストの抑制,中心市街地の再生,公共交通の利用拡大などを図り,未来にわたって,教育,文化,福祉などを含めた市民サービスの水準を総合的に高め,住み続けたいまちづくり,選ばれるまちづくりに努めていきたい.
富山市都市整備部長.昭和54年明治大学卒業.同年富山市入庁.平成18年都市再生整備課長.平成21年農林水産部次長.平成24年建設部理事.平成25年都市整備部長.技術士(都市及び地方計画)