サービソロジー
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一般記事
Raymond P. Fisk教授 講演報告
佐藤 那央
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2015 年 2 巻 2 号 p. 32-37

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1. はじめに

2015年3月18日,京都大学デザイン学大学院連携プログラム主催のイベント,Service & Design Research Forumが京都大学みずほホールにて開催された.本フォーラムは,近年,サービスシステムの改善・改革に向けても注目が集まっている「デザイン思考」をキーワードとして,サービスとデザインの科学における研究課題のプライオリティを議論・特定することが目的である.そこで本フォーラムでは,サービス研究の第一人者であるRaymond P. Fisk教授(Texas State University)をはじめとするサービスまたはデザイン分野の研究者や実務家といった幅広い参加者が一堂に会し,様々な観点からの議論を試みた.本フォーラムは,Fisk教授とCUUSOO SYSTEMの創業者であり,代表取締役である西山浩平氏の講演と,参加者全員でのラウンドテーブルの二部制で行われた.本レポートは,フォーラムのハイライトであるFisk教授の講演内容について報告する.

“A Service Design Journey : From a Living Systems Perspective”というタイトルで始まった約一時間半の講演では,幼少時代を過ごされたラスベガスでのエピソードを皮切りに,同教授のサービスとデザインにまつわる研究の変遷と,これからの見通し,そして現在取り組まれている Base of Pyramid(BoP)を対象としたサービスリサーチについて紹介された.なお,本レポート内で掲載する図は全て当日のプレゼン資料であり,Fisk教授より掲載許可を頂いている.

写真1 講演されるRaymond P. Fisk教授

2. Living Systems の視座

はじめに,タイトルにあるLiving Systemsの視座について簡単な説明があった.Living Systems Theoryは,James Grier Miller(1978)が提唱したシステム理論である.ミラーは時空間に存在する実体システムを,更に8つの開放システム(それぞれがオープンに関係し合う),細胞(cell), 器官(organ), organism(組織),group(集団),organization(組織),community(コミュニティ),society(社会), supranational(超国家システム)の階層構造として説明した(1).Fisk教授はその理論になぞらえ,通常2人以上が関係し合うことになるサービスはgroup(集団)のレベルから表出するシステムであるとした上で,多重なインターフェイスを持ち,複雑性を増す現代のサービスシステムをデザインしていくためには,分野を超えた学際的な新しい方法が必要であると説かれた.

3. デザイン研究遍歴

3.1 デザイン研究への道のり

デザイン思考をはじめ,広義の「デザイン」概念は今でこそ一般的になっているが,1980年代から30年以上のサービス研究のキャリアを持つFisk教授が,デザインというキーワードで意識的に研究に携わり始めたのは,2000年以降であるという.そこでこのパートでは,デザインに至るまでの道のりをご自身のキャリアに沿って話された.

幼年期に激動の1960年代をラスベガスで経験されたFisk教授は,「変革」を求めるその時代特有の雰囲気に魅了され,”Make Change Happen”をモチベーションにマーケティングや戦略論を修め,Ph.Dを取得された.その後もサービス,クリエイティビティ,イノベーション,テクノロジーなどのキーワードを中心に研究に取り組まれ,それが後にデザインに関わるきっかけになったと語られた.また,デザインへの道のりを語る上で欠かせない出来事として,1990年代,エンジニアリング専攻の学生にマーケティングの指導する機会を得たことを挙げられた.その際に出会ったのが,石川馨氏(東大名誉教授)のTQC(Total quality control)理論であり,特に品質をデザインするという考えに大きく触発されたという.それはエンジニアリングの学生たちにとっても示唆的であったと振り返られ,このような考え方が現在のデザイン研究においても一つの下地となっているとされた.

さて,教授はこの過去のキャリアの話しの中で,自身の有名なフレームワークである「サービス劇場」(Service Theater)アプローチにも言及された.サービス劇場アプローチは,サービスを役者,観客,舞台装置,上演,表舞台/裏舞台といった,直感的に理解しやすい劇場のメタファーで捉えたフレームワークである(2).それぞれの要素の相互作用性も考慮された,サービスマーケティングのフレームワークとして現在では広く知られており,今回は,その中の概念の1つである「サービスの即興性」について簡単に紹介された.

教授は,サービスにおける「即興」とは決して行き当たりばったりで対応することではなく,その場において顧客にとって最も適切な振る舞いを選択することであると強調された.そして,演劇や音楽,コメディなどを引き合いにしつつ,多くの企業が重視していないこととして,優れたサービスの即興性はあくまでもトレーニングによって習得されるスキルであると説明された.

図1 Service Theater Framework

3.2 Service Experience Blueprinting

2000年からFisk教授がサービスデザイン研究に本格的に身を置くことになった出来事として,後に共同でService Experience Blueprint(SEB)を完成させたLia Patrício助教(University of Porto)との出会いを挙げられた.工学が専門の彼女との15年間にわたるデザイン・ジャーニー(彼女はデザイン・ジャーニーにおける冒険のパートナーである,と教授は述べている )は,「なぜ多くのサービスが凡庸な体験しか提供できないのか?」という議論から始まったという.教授はその原因として,サービスの設計がマーケティングや消費者の視点から完全に独立して行われていたことにあるとし,その問題に取り組む方法論としてSEBの開発に取り組まれた.既存のサービス・ブループリントをベースに,サービスマーケティングとソフトウエア工学の知見を融合して開発されたSEBは,技術革新によって複数のインターフェイスを持つ現代のサービスに特化した,顧客体験のデザイン方法論である.SEBは,複数のチャネルそれぞれの利点を利用して,顧客の総合的な体験を向上させることを目的としており,現状の顧客体験を理解した上で,新しいサービスエンカウンターのデザインに取り組むことができるツールとなっている.

図2 Service Experience Blueprintの適用例*1

〜 design toではなくdesign for 〜

さて,SEBでの顧客体験のデザインという話に差し掛かったところで,教授は,顧客体験をデザインするのではなく,顧客体験のためにサービスをデザインするのだ,ということを改めて主張された.顧客とのインタラクションを通して実現される価値共創において,顧客体験そのものはコントロールするようなものではなく,あくまでも顧客体験のための,共創の場としてのサービスをデザインする.「design to ではなく,design for」であることを強調された.

3.3 Multilevel Service Design

SEBを用い,サービスエンカウンターのデザインに取り組まれた後,複雑化の進むサービスシステムのデザインに挑戦するため,より包括的な方法論として開発されたのがMultilevel Service Design(MSD)のフレームワークである.MSDは複雑なサービスシステムのデザインを,サービスコンセプトとサービスシステム,そしてサービスエンカウンターの3つの階層それぞれのデザインを通じて実現する手法である.これらの3つの階層は,Living Systems Theory同様,それぞれが1つのシステムと見なされ,互いに関係し合いながら全体のサービスシステムを形成する. MSDの各階層の説明と概要図(図3)とは以下の通りである.

  • ●   サービスコンセプト

そのサービスにおいて提供することが期待されるベネフィットの集合体.MSDにおいて特徴的なのは,そのサービスコンセプトを,サービスを提供する企業の内部に閉じて定義するのではなく,顧客価値の集合体(Customer Value Constellations 以下CVC)の中に位置づけるところにある.例えば住宅ローンのサービスであれば,そのサービスコンセプトは住宅ローンの提供そのものだけにあるのではなく,不動産や保険業社とのパートナーシップの形成なども含まれる.つまり,顧客がサービスに求めるニーズのコンテクストを鑑みることで,企業が提供できる価値の幅を広げることができる.

  • ●   サービスシステム

価値共創をサポートするための,企業における人員や技術,その他の資源の構造.上述のサービスコンセプトの実現を目指してデザインされる.

  • ●   サービスエンカウンター

タッチポイントなどとも呼ばれる,企業と顧客の接点.このサービスエンカウンターのデザインは,サービス提供者と顧客の相互行為のプロセスや役割などを明らかにしていく必要がある.前述したSEBの使用が有効である.

図3 MSDの概要図

MSDは,様々なコンセプトやモデル,ツールを統合した複合領域的なサービスデザイン手法である.既存のツールやモデル単体では解決することができなかった,顧客の持つ複雑な問題にアプローチする方法としてMSDは提案されている.また図4は,「家を購入する」という目的を持った消費者が,銀行の住宅ローンサービスを利用する際の例である.

図4 MSDにおける住宅ローンサービスの3つの階層

4. デザイン研究の展望

このパートでは,これまでの研究を受けた今後の研究課題について,幾つか共有して頂いた.Fisk教授はMSDが示唆する今後の研究の指針として,以下を挙げられた.

  • ●   階層別の顧客経験に関するより深い理解

  • ●   企業が持つソーシャルネットワークのコンテクストを鑑みたサービスシステムのデザイン

  • ●   サービスエコシステムのデザイン

中でも,現在,研究中であるサービスエコシステムはMSDの3つの階層の上位階層として位置づけられており,未だ一貫性の乏しい断片的なサービスをエコシステムとして更に包括的に捉えるアプローチである.サービスエコシステムは, 広範囲の顧客ニーズを満たすため,MSDにおけるサービスコンセプト同士が相互に関係したシステムとなる.言い換えれば,サービスエコシステムとは,相互作用し合う異なるCVC同士(これをValue networkと呼ぶ)のシステムとして表出する.この,もう一段上位階層へ登るためには,より複雑なシステムのデザインが必要になる.しかし,サービスを持続可能なものとして発展させていくためには,様々なステークホルダーを巻き込んだ,より包括的な概念としてサービスエコシステムの構築が必要であると教授は指摘された.図5は,ポルトガルの電子カルテのデータベースをプラットフォームとした,ヘルスケアサービスのエコシステムのデザイン例である*2.異なるアクターのニーズを集約し,ヘルスケアデータベースというプラットフォームの下,バリューネットワークを内包したヘルスケアサービスのエコシステムが構築されている.また,エコシステム構築の結果として,オンライン健康相談や,高齢者向けエクササイズプログラムなど,新たなサービスをデザインする余地が産まれていることも興味深い点である.

図5 電子カルテデータベースをプラットフォームとしたサービスのエコシステム

5. 研究課題のプライオリティ

5.1 Transformative Service Research

最後にこのフォーラムの目的の一つである,サービスとデザイン研究における研究課題に関して話された.まず,可能性のある分野としていくつか挙げられ,その中でも特に優先順位の高いものとして,同教授が取り組まれているBoPビジネスのリサーチプロジェクトについて紹介された.

Fisk教授はBoPの話しに先立ち,近年活発になりつつあるトピックとしてTransformative Service Research(変革的サービス研究.以下TSR)を紹介された.TSRとは,消費者,コミュニティそしてグローバルなエコシステムにとって,共同のwell-beingの発展を目的とした研究である.TSRは,社会,そして環境も考慮した持続可能な経済発展の在り方として提唱される,変革的サービス経済(Transformative Service Economy)の実現に向けた研究である(同教授はここでも「システム」の改善という視座の重要性を強調された).その枠組みの中で,教授はBoPを対象とした活動に取り組まれている.

図6 今後のデザイン研究の対象となりうる領域
図7 変革的サービス研究

5.2 BoP Service Research

BoPは1日を9ドル以下で生活しなければならない人々のことで,その数は世界の人口のおよそ2/3に上ると言われている.2014年には,世界の富豪85名が,世界の人口の約半数に当たる3.5億人の貧困層と同じ富を所有していると報告されている.Fisk教授はこの極端な格差を踏まえ,既存のサービスリサーチのほとんどが,限られた人々の生活にしか向けられてこなかったとし,もっとより良い社会(に貢献する研究)を目指せるはずだと主張された.

同教授は,グローバルなサービスシステムの欠陥がBoPを産み出しているし,その改善が,彼らにとってだけではなく,世界中にとっての益となると語られた.具体的には,BoPに関係する世界的な問題として,病原菌の蔓延,アラブの春やタイのクーデターなどの暴力の連鎖や難民問題などの社会的不安を挙げられ,それらを取り除くことは,人類にとってよりよい社会を継続的に構築していくことに繋がると話された.そしてその実現のためには新たなサービス理論が必要であるとされた.例えば既存のS-Dロジックは,互恵的な交換の必要性について説明しているが,支配と服従により,常に搾取される立場にあるBoP層の人々にとっては交換は不平等なものとなっている.そこで,この交換という概念を見直す,新たな理論の必要性を語られた.

図8 新たなサービス理論の必要性

同教授は最後にサービスデザイン研究を含む,多くの研究者と共同して,全人類のニーズを対象としたサービス研究のムーブメントを起こしていく必要性を呼びかけられた.その一環として,2014年からリードされている,主にBoPを対象としたサービスリサーチネットワークをご紹介された.詳細は図9を参考にされたい.ご興味のある方は下記URLから参加が可能である.

http://tinyurl.com/BoPServiceResearchNetwork

図9 BoPへの取り組み

6. おわりに

今回の講演では,「システム」をキーワードとしたFisk教授のサービスデザイン研究の現在とこれからについて話されたとともに,最近特に力を入れておられるTSRの視座について紹介された.時間的な限りもあり,やや概要的な説明ではあったものの,その後のラウンドテーブルも含め,いまだ理論的な枠組みや研究の乏しいサービスとデザインに関する取り組みの今後について熟考するよい機会となった.

本フォーラムにご参加頂いた翌日,Fisk教授は京都を観光され,筆者も同行した.その道すがら筆者の拙い研究の話にも耳を傾けて下さる教授のお人柄と,フォーラムと合わせて改めて貴重な時間となったことに,末筆ながら感謝の意を表し報告を終えさせて頂く.

著者紹介

  • 佐藤 那央

京都大学大学院情報学研究科博士後期課程.京都大学デザイン学大学院連携プログラム一期生.2009年3月早稲田大学理工学術院先進理工学研究科修了.4年間メーカーにて研究開発職に従事した後,2013年4月京都大学経営管理大学院入学,2015年3月同修了.2015年4月より現所属に至る.

*1  詳しくは参考文献(3)を参考にされたい.

*2  詳しくは参考文献(4)を参考にされたい.

参考文献
  • (1)  犬田 充,行動科学 (2) : ミラー.J.G.の一般生命システム論の一評価, Journal of the Faculty of Political Science and Economics, Tokai University 31, 1-14, 1999
  • (2)  R. Pフィスク,S. Jグローブ,J. ジョン,小川孔輔・戸谷圭子 監訳, サービスマーケティング入門,法政大学出版局 2005
  • (3)  Lia Patrício, Raymond P. Fisk, João Falcão e Cunha, and Larry Constantine, Multilevel Service Design:From Customer Value Constellation to Service Experience Blueprinting, Journal of Service Research 14(2), 2011
  • (4)  Nelson Pinho Gabriela Beirão Lia Patrício Raymond P. Fisk, Understanding value co-creation in complex services with many actors, Journal of Service Management, Vol. 25 Iss 4, 2014
 
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