サービソロジー
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第2回 グランドチャレンジワークショップ2015
丹野 愼太郎
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2015 年 2 巻 2 号 p. 46-49

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1. はじめに

2015年4月8日(水)~9日(木),満開の桜の下,石川県金沢市の金沢歌劇座にてサービス学会第3回国内大会が開催された.大会に先立つ7日(火),“第2回グランドチャレンジワークショップ2015(以下,WS)”が石川県能見市の旅館まつさきにて行われ,その結果を受けて,大会2日目午前のセッションでは,昨年度から活動を続けているグランドチャレンジワークショップSIG (Special Interest Group)の発表が行われた.

グランドチャレンジとは,ある学問領域において“非常に重要であるが解くことが難しい共通課題を設定し,その課題に広く研究者が挑戦するイベント”である(人工知能分野やロボット分野などでのグランドチャレンジがよく知られている).サービス学会グランドチャレンジワークショップは,サービス学におけるグランドチャレンジの設定を目的とするWSである.

2回目となる今回も,大学,企業,研究機関や工学,経営学など,幅広い分野から20名を超す参加者が集まった(写真1).

写真1 ワークショップ参加者

2. 提案発表

本WSでは,前回の成果発表会で採択され,SIG活動を行っている2つのテーマを中心に,それらの内容を深める提案を行う形で議論がなされた.前回採択されたテーマの1つは,サービス学のフレームワークとしてのサービス・ケイパビリティ(代表:原 良憲氏 京都大学教授,3.SIG報告を参照)をベースとするもので,消費者側のニーズ知識不要論や提供者側の感性依存による開発への批判の両方を克服する“サービスイノベーションの方法論”に関するものである.もう1つは,製造業のサービス化(代表:持丸 正明氏 産業技術総合研究所(以下,産総研,3.SIG報告を参照)人間情報研究部門長)であり,製造業がサービス化する際に発生する阻害要因を,社会システムが構造的に持つ問題として解決を図る“サービス開発(エコシステム)方法論”に関するものである.以下に発表の一部を紹介する.これら発表された提案は,今後,個別に深く議論される予定である.

  • (1)サービス開発方法論(サービス・ケイパビリティ)

ある組織が運用しているサービス・システムに工学的手法を導入するとき,次の3つが阻害要因と考えられる.

  • ① 導入そのものが困難(既存システムからのプロセス変更を伴う)
  • ② 共創すべき利用者の理解やフィードバックが得にくい
  • ③ サービスの要素を分解したときにそれぞれを評価する方法がない

サービス・システムを主体として捉えた場合,旧システムから新システムへ移行する際にコンフリクトが起きたとき,新旧システムの間を調整するための第3のシステムが必要となるが,このような考え方によるサービス開発の方法論の提案をグランドチャレンジの課題としたい.

  • (2)主客一体で進める共創(サービス・ケイパビリティ)

主客一体とは,大家族のような共存在感情がある状態で,偏在的自己は他と混ざりあい,局所的自己は混ざることなく共存していることをいう.例えるならば,2つ以上の卵を器に入れると白身の部分は他と混ざるが黄身は混ざらないことと同じ状態である.

近年,ライフスタイルや価値観の多様化が進む中,生活者は自分の生活を設計する能力が求められる一方,企業や行政は生活者にどのような経験価値を提供するかが課題となる.しかしながら現状は,双方の間において相互理解が進んでおらず,課題の解決には至っていない.

そこで,生活者と企業・行政が2つの卵のように主客一体となることが可能になれば,相互理解が進み課題の解決につながるのではないかと考えた.このような考え方(試みとして実施したワークショップの事例紹介)に基づく成功事例の創出をグランドチャレンジの課題としたい.

  • (3)サービス価値推移におけるサービス・サスティナビリティの視点 -サービス持続可能性研究を目指して-(サービス・ケイパビリティ)

経済システムは社会システムの一部であり,貨幣を媒介した交換だけではなく,コミュニケーションを介した交換行為も含む活動,即ちサービスと捉えることができる.また,経済システムのアウトプットは,消費者の要求の全てを満たすというよりも,コミュニケーションをとることで消費者にとって重要なニーズを特定し,それを満たすべきである.

これを持続的に行うためには価値共創の視点が必要となる.その際,

  • ① サービス・プロセスで生じたネガティブ要素にどのように対応すべきか
  • ② サービス・プロセスで使用するリソースを未来のため,あるいは他者のためにどのように残すべきか
  • ③ 現在の価値共創システムが外的刺激で破壊されないようにどうあるべきか
  • ④ 価値共創参加意欲をどのように高めるべきか

などを考える必要がある.

企業および地域をフィールドとして現在研究中であるが,消費者・企業・地域の三者価値共創モデルをベースに,持続可能性を追求したサービス活動をグランドチャレンジの課題としたい.

  • (4)サービス学ロードマップの更新と体系化(サービス・ケイパビリティ)

今まで取りまとめられてきたサービス学のロードマップを思考整理ツールとして利用することを提案したい.科学の本質は,何らかの研究対象を客観的なものとして観測し,仮説モデルを作成することであるが,今存在していない未来のモデルをどのように作るかが問題となる.

そこで,本ロードマップを思考整理ツールとして利用することで,具体的に何を計測値としてモデル化を進めていくのか,それによってどのような仮説モデルが出来上がるかといった研究の特徴づけが可能となり,分類と体系化につながると考えている.

  • (5)自動車部品製造業のサービス化の課題(製造業のサービス化)

近年の自動車に対する消費者の意識や行動が,以前と比べて明らかに変化している.具体的には,車の所有からシェアへの変化,環境や安全に対する意識の変化,自分から他人への運転者の変化といったことが起こっており,既存のビジネスモデルでは対応できない.このような課題に直面している自動車部品製造業が注目したのが,“移動困難な人をサポートする”サービスである(事例として,あるタクシー会社と協業することで新たな市場を創造・拡大し,そしてビッグデータには表れにくい地域に根差した情報に価値を見出す仕組みを紹介).

このような社会や価値観の変化に対応したビジネスモデル変革をグランドチャレンジの課題としたい.

  • (6)PSS*1コンサルタントからの「製造業サービス化」研究への要望(製造業のサービス化)

近年の製造業が置かれている状況として,

  • ① 技術進展による製品のコモディティ化
  • ② 生産者都合の顧客価値モデルの崩壊
  • ③ グローバル化による今までの価値モデルの崩壊

が挙げられる.この状況を好転させるには,少なくとも顧客を含めた価値共創ビジネスモデルへの転換が必要である.

製造業の多くでは,「サービス化が動き始めてからそれを推進する技術」はあるが,「サービス化を起動するための技術」がまだなく,この点が課題と考える.この課題を解決するためのサービス化研究は必要不可欠であるが,学主体の研究では現場のリアリティが不足しがちであり,また産主体では体系化・一般化が不十分になりやすい.

そこで産学連携・文理融合による「組織のサービス化を起動させるための技法の開発」をグランドチャレンジとして提案したい.

  • (7)製造業のサービス化に必要な営業組織(製造業のサービス化)

あらゆる企業において,営業活動は企業活動の根幹をなすものであり,営業組織は顧客との接点を任されている重要な組織の1つと考える.

近年,営業プロセス管理システムを導入するなど,収益向上を目的に組織的に顧客接点での活動情報を共有化する企業が増加しているが,活動の管理は基本的に営業担当者が個人的に行っている.そのため,多くの活動情報は共有化されることなく埋もれてしまい,組織としてサービス活動を含めた提供価値が見えづらい.

このような営業組織が,企業としてサービス化を志向している製造業の阻害要因と考え,営業組織に視点を当てたグランドチャレンジを提案したい.

3. SIG報告の発表

サービス学会2日目のグランドチャレンジWS発表会では,前回のグランドチャレンジWS成果発表会で賞を受けた2つのSIGが,この一年間の活動の成果報告を行った.

  • ●   サービス・ケイパビリティSIG報告

本SIGは,原 良憲氏(代表,京都大学),西野 成昭氏(東京大学),生稲 史彦氏(筑波大学)の3名を主メンバーに構成され,研究会を2回開催した.

本SIGで対象とするサービス・ケイパビリティとは,「利害関係者や資源の制約を解決し,上手く結びつけ活用する能力」である(図1).このようなサービス経営資源の活用能力を規定すると,個性を持つ利害関係者や,独自性ある資源を上手く結びつけることの優劣が,サービス価値の創出や生産性に影響を与えているといえる.すなわち,サービス提供の早い段階で利害関係者や資源の適切な組み合わせ(マッチング)が分かれば,その後のサービス提供はスムーズに進み,最終的な成果を高めやすくなる.換言すれば,ミスマッチを防ぎ,不必要な労力を避け,利害関係者が正しく努力できるようにすることが,サービス・ケイパビリティの重要な要素である.

図1 サービス・ケイパビリティのイメージ(発表資料より引用)

この概念をサービス学のフレームワークとして客観的に形式化する手段として,“メカニズムデザイン(2007年ノーベル経済学賞受賞)”の応用を検討した.具体的には,効率的学校選択制度に見られるDeferred acceptanceアルゴリズムに代表されるような安定マッチング理論の枠組みをサービスに応用できないかというものである.サービスは,受け手を含む様々な構成要素が合わさる(マッチング)ことで,その場で価値が生まれ,消費されるという考え方もでき,サービスの問題はマッチングの問題と捉えることも出来るのではないだろうか.例えば,レストランでの食事というサービス行為をマッチングとして捉えた場合,顧客,料理,座席,ウエイター(ウエイトレス),といった多くの要素があり,これらを組み合わせたときにサービスが生産・消費されることになり,レストランでのサービスが成立する.このことから,サービスについて様々なレベルでマッチングとして書き表すことができ,サービス学フレームワークのベースになるのではないかと考えている.今回,SIGとして提案したい課題は以下の3つのレベルから成っている.

  • ① アルゴリズムレベル:主として研究者を対象とした課題であり,全体最適と有限資源を考慮したマッチングのアルゴリズムを提案してもらう
  • ② アプリケーションレベル:主として実務家を対象とした課題であり,①について応用可能な実サービスの対象の提案,さらには実サービスにおける最適なマッチング表現の提案をしてもらう
  • ③ インターフェースレベル:①のマッチングアルゴリズムを保有し,かつ②につなげられる汎用性の高いインターフェースの仕組みを提案してもらう

これらの課題をコンペティション形式で,多くの実務家や研究者に挑戦して頂くことを検討している.これらを深く議論したのちに考えられる応用可能性として,実サービスへの応用,マッチングアルゴリズムの水平展開やサービス基礎理論の構築が考えられる.そして将来的にはコンペティションで提案されたアルゴリズムやインターフェースをデータベース化して,実社会に広く利用されるような形が出来上がることを目指していきたい.そのための準備として,今年度はさらにSIGメンバーを募集し,SIGの中で試験的なコンペティションを開催していく予定である.

  • ●   製造業のサービス化SIG報告

本SIGは,持丸 正明氏(代表,産総研),戸谷 圭子氏(明治大学),渡辺 健太郎氏(産総研),貝原 俊也氏(神戸大学),日高 一義氏(東京工業大学),谷崎 隆士氏(近畿大学),内平 直志氏(北陸先端科学技術大学院大学),藤川 佳則氏(一橋大学),澤谷 由里子氏(早稲田大学),木見田 康治氏(首都大学東京)に加え,大川 真史氏(株式会社三菱総合研究所),小松原 聡氏(株式会社三菱総合研究所),石黒 周氏(株式会社グランドデザインワークス),赤坂 亮氏(日本電気株式会社),赤坂 文弥氏(日本電信電話株式会社)の実務家をあわせた15名で構成されている.また,ワーキンググループ(以下,WG)は,SIGメンバーの中から持丸 正明氏,戸谷 圭子氏,渡辺 健太郎氏,貝原 俊也氏,木見田 康治氏,石黒 周氏,赤坂 亮氏,赤坂 文弥氏の8名で構成されている.

全SIGメンバーによる会合は2回,WGメンバーによる活動は5回実施した.WGはサービス化のステップをモデル化し,阻害要因を特定するために製造業のサービス化を現在進めている実務家を招聘する形で行われた.SIG活動やWGを通して,グランドチャレンジの課題として以下の3つを設定した.

  • ① サービス化の功罪:企業・顧客・従業員・社会的視点,短期・長期的視点,マクロ・ミクロ経済視点,国内・海外視点,基盤的価値・知識感情的価値など多角的に捉えたとき,その企業にとってのサービス化の意義についての研究
  • ② サービス化モデルの類型及び尺度開発:製造業の業種による類型モデルの違いや新たなビジネス形態の整理,産業分類の見直しについての研究
  • ③ サービス化の阻害要因と対策:企業,従業員,顧客,社会という視点から見たときの阻害要因,あるいはその対策についての研究

グランドチャレンジの結果から得られた知見を,サービス化を志向している実際の企業と共に運用し,その結果の考察・分析などを行い,研究を深化させることを考えている.また,産業の実態を表していない現状の産業分類について,新たな産業分類をサービス学会として提言が出来るのではないかとも考えている.

今年度のSIG活動予定として,グランドチャレンジ課題をより具体化するとともに, WGを中心に,引き続き製造業のサービス化を進めている企業や,サービス化を志向している企業のヒアリングを行い,サービスモデルの類型化,製造業が自らの状態を把握するための尺度開発,サービス化を進めるための手法や技術の開発を整理し,取りまとめる予定である.

著者紹介

  • 丹野 愼太郎

1978年7月1日生まれ.2001年同志社大学工学部物質化学工学科卒業,2013年同志社ビジネススクール修了(経営学修士).日本エア・リキード㈱で営業に従事,関連会社役員を経て,2014年12月に産業技術総合研究所入所.現在,製造業のサービス化における研究等に従事.

*1  Product-Service Systemの略.ヨーロッパ諸国を中心に起こった,物理的な製品(モノ)と行為的 な製品(サービス)を組み合わせたシステムにより,製造業の付加価値向上を実現する取り組み.

 
© 2018 Society for Serviceology
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