サービソロジー
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特集:製造業のサービス化 ~国際動向~
アメリカにおける製造業のサービス化動向
菊池 一夫
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2015 年 2 巻 3 号 p. 4-9

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1. はじめに

アメリカ合衆国の実質国内総生産に占めるシェアにおいて,製造業は1988年にピークを記録して以降1990年代初めまで連続的に下降した.しかし1993年以降には,再び急速にそのシェアを回復した(1).こうしたアメリカ製造業復活の背景の1つとして,「製造業のサービス化」が挙げられる.Brown et al. (2)によれば,パルプや紙,トラックに至るまで,多くの製造業者は競争に対応するためにサービスを拡張する意思決定を行っているという.これらの企業は,自社の中核能力を基盤にして,製品ライフサイクル全体を視野に入れてビジネス機会の創造を試みている.それでは,以下にアメリカ合衆国における製造業のサービス化の諸事例を取り上げてみよう.

たとえば,シスコは据え付け,メンテナンス,ネットワーク・デザインのサービスを提供し,高品質の製品サポートを保証し,電話会社や企業とのリレーションシップを強化した(3)

Baumgartner and Wise(4)は,アフターサービス市場の拡大を受けたGEとボーイングの事例を紹介している.GEの輸送機器システム事業部門はGEキャピタルと連携し,鉄道会社が列車を購入する際にファイナンスを実施した.そしてGEは列車設備施設の運用,運航スケジュールの調整,貨物列車の補修と売却などのサービスを実現した.一方,ボーイングは航空機購入の際のファイナンス,空港拠点での部品供給,ロジスティクス管理からパイロット養成などにまでビジネスの対象を拡張した.

また情報技術の進展によって,製品がスマート化する諸事例もある(5).GEは発電タービン事業における遠隔モニタリングと遠隔診断に投資し,それを用いて故障が生じる前に技術者を派遣するサービスを提供し,課金に成功した.さらに同社はこの遠隔モニタリングから継続的に収集できる情報を利用して,顧客の部品の在庫を管理し,機器の状況を知らせるデータベースを構築した.

HPはプリンターの消耗品であるトナーの販売を行っているが,低価格の競合品の出現で売上を減らしつつあった.これに対抗するために,HPのプリンターの機種はトナー残量を検知し,残量が一定水準になると,新しいトナーを注文できるようになっている.

最後に,顧客の活動の連鎖(a customer-activity chain)に沿ってビジネスを拡張したイーストマン・コダックの事例を紹介する(6).従来,デジタル技術が進展するまでは,顧客が写真のプリントを注文した時点で顧客への同社の関与は終わっていた.しかし同社は,デジタル写真を利用して顧客が記憶を管理しシェアするのを支援する,という新たなサービスによって顧客との接点を増やすことができる方法を見出した.この一環として,イーストマン・コダックはOfoto Inc.を買収した.Ofoto Inc.は写真のプリントを顧客が簡単に注文できるオンライン・プリント・サービスを提供している.消費者はOfoto Inc.でオンラインアルバムを作成でき,グリーティングカードの注文や,CDで写真のアーカイブを作成し,フレームなどの商品を購入できた.これによってOfoto Inc.は2年間で2万人以上の顧客を獲得し,顧客の基盤は月あたり13%の割合で増加した.さらにコダックはOfoto Inc.を買収しただけではなく,小売店に3万台のキオスクを設置した.それは,消費者がプリントするためにデジタルカメラのメモリーカードを利用するからである.

上記のような製造業のサービス化の諸事例は,消費財分野で一部見受けられるものの,産業財分野で語られることのほうが多い.それは顧客の使用する製品・システムの複雑化やネットワーク化への組織的な対応が背景にあると推察できる.

さて,こうした諸事例を俯瞰的に捉えようとする場合,先進国におけるアメリカ合衆国の製造業のサービス化を位置づけていく必要がある.ここではNeely(7)が2008年に発表した研究を紹介しよう.25ヶ国の10,028企業を対象にした彼の研究において,アメリカ合衆国のサービス化した製造業の比率は59%,フィンランドは53%,シンガポールは49%,マレーシアは46%,そしてオランダは40%となった.これらの国は他の国と比べてサービス化した製造業の割合が高いとNeelyは述べている.加えてアメリカ合衆国の製造業は1社平均で3種類のサービスを提供しているという.

2. 製造業のサービス化の背景

前述の諸事例のように,製造業者がサービス化に取り組む背景は何であろうか.Kumar(8)やBrown et al.(2)は,主に産業財市場を中心に,製品のコモディティ化が進行していることを指摘している.そこでは競争相手が新製品の特徴を迅速に模倣してしまい,製品差別化への努力は無駄になってしてしまう.その結果,賢い顧客は,顧客企業に対して単に「製品」を提供するだけのブランドには十分なプレミアム価格を支払わなくなり,価格圧力は増大することになる.要するに,顧客が交渉パワーをもつことで,製造業者は価格設定の自由度を失っていく.このように,コモディティ化に直面する製造業者は戦略的な選択肢を十分に持ち合わせなくなる.したがって,このようなコモディティ化の圧力を緩和させ,跳ね返すことが求められる.そのため,製造業者の中には製品とサービスを組み合わせて,ソリューション提供型の企業に変革しようと試みるものもいる.

こうした製造業者が提供するソリューションにはサービスが含まれているために,顧客がそのサービスに参加し,顧客自身がリソースを提供して製造業者と価値共創を行う.そのため時間が経つにつれて製造業者と顧客は密接に協働するようになり,顧客はロイヤルティを確立するのである.このことは顧客にとっても供給先を変更しづらくする.ソリューションには製品とサービスの結びつきが必要となり,ソリューションの販売には大きな収益を生み出すものと期待されている.この点でBaumgartner and Wise(4)は,製造業がサービスを中心とした川下事業から得る売上は,製品を中心にした川上事業から得る売上の10倍から30倍になると主張している.

3. 製造業のサービス化の要件とその取組上の課題

それでは,「製造業のサービス化」とは何かについて確認していこう.この領域の先駆的な研究者のVandermerwe and Rada(9)によれば,企業は顧客に焦点を置いて,製品,サービス,サポート,セルフ・サービス,そして知識を組み合わせ,“束”,すなわち十分な市場パッケージを提供しているとして,こうした動向を「ビジネスのサービタイゼーション(Servitization of Business)」と命名した.彼らはビジネスのサービタイゼーションを,① 企業のトップ・マネジメントの問題であり,② 顧客がその駆動因であり,そして,③ 競争上のツールである,と位置づけている.

しかし,製造業によるサービス化への取組みは容易でバラ色なものとして捉えてよいのだろうか.製造業のサービス化が進んだ場合,次のことが考えられる.たとえば製品を製造し販売するビジネス・モデルと,顧客に一定期間,サービスの提供を行うビジネス・モデルではその収益構造が大きく異なると予想される.したがって,サービス部門と他部門との対立と調整,必要とされるスキルをもつサービス人材の確保といった問題などが生じると予想される.この点で,多くの製造業者がサービス化という新たな領域に自社をシフトさせていく際,十分に準備をしていないために数多くのトラップにはまってしまうとBrown et al.(2)は警告を発し,組織変革とのかかわりから以下の3つの課題を挙げている.

  • (1)   販売員には,製品の売上目標を達成するためにデザインされた報酬計画が課せられており,その構造の中にサービスを組み込むことが難しい.
  • (2)   製品を開発し,販売することに従事する従業員は,サービスを開発し市場導入するのに求められる顧客企業のオペレーションに関する深い知識をもっていない.
  • (3)   製造業者の複数の部門がサービスを提供することに責任を有しているにもかかわらず,一貫したサービス品質レベルを保証することが難しい.つまり,顧客にソリューションを提供するにあたって,企業全体としてのオペレーションが上手く機能するように,各部門間の協働が求められる.

そこで,上記の3つの諸課題を検討していく素材として,本稿ではアメリカ合衆国でのIBMのサービス化の成功事例を検討していく.IBMを事例として選択した理由は,同社がコンピュータ分野ではリーダー企業であり,かつアメリカ合衆国において製造業のサービス化に成功した先駆的企業だからである(10)

4. IBMの事例

ここではIBMの事例について,先行研究(8) (11) (12)をもとにして要約していく.IBMは,市場におけるリーダーの地位を占めていたが,1990年代に苦境に陥った.小規模で俊敏な企業がIBMの市場を少しずつ侵食していったことがその背景にある.1993年にIBMの会長兼CEOになったLouis V. Gerstner, Jr.(以下,ガースナーとする)は,マッキンゼー,アメリカン・エキスプレスそしてRJRナビスコを渡り歩いた経験があった.特にアメリカン・エキスプレスに勤務していた際にはIBMとのかかわりを持ち,同社の内部志向的な組織文化に問題を感じていた.

IBMが技術的なリーダー企業であった時には,研究開発部門は新たなものを開発しようするが,企業外の技術に注目しようとはしなかった.また営業担当者は,販売に焦点を当て研究開発部門がつくり出したものを売り込んでいった.こうした企業文化は島国根性的なものになり,すべてのことを自分たちで行おうとするIBM方式によって,同社の企業文化は手続き重視,自部門優先といった内向きなものになっていた.当時のIBMの従業員はコンピュータの作動については知っていたが,顧客に何をしてあげられるのかについては十分に理解していなかった.そこでガースナーは顧客との接触を優先させ,自らが顧客や従業員と会うだけでなく,従業員にも顧客を積極的に訪問することを促していった.ガースナーが顧客との対話を通じて理解したことは,顧客がハードウェアとソフトウェアを統合させる専門知識をもっていないことであった.しかし,顧客はこうした問題解決を求めていたにもかかわらず,ITの専門家の不足と目まぐるしい技術変化から対応しきれない状況になっていた.

ガースナーはこうした状況を打開し,顧客に統合されたソリューションを提供するために,当時,社内で進んでいたIBMの多様な事業を分社化し,売却するための計画を中止した.彼は,顧客が知覚するIBMのブランド価値が高いことと,垂直的に統合された製品とサービスを顧客に提供できるところに同社の優位性を見出していた.IBMはデータベースや優れたサービスとアプリケーションを結びつけるメインフレームを有していたので,eビジネスに対応できる製品をもっていたのである.これによって分社化を危惧する従業員から支持を得た.

そしてガースナーは,IBMがこれまでの成功体験にこだわらないように,コミュニケーション担当副社長,マーケティング担当副社長,そして最高財務責任者として外部から専門家たちをIBMに招聘した.これによって,これまで組織の各部署で個々に実施されていたブランド戦略やマーケティング戦略を統一的に実施すると同時に,企業の財務体質の強化を図っていった.

同時に,IBMが好業績を好む組織文化になるように彼は変革を試みた.1993年9月にガースナーはIBMに新風を吹き込むため,新しい基本信条を制定した.これは経営の原則であり,市場への対応能力を高めていくことを述べたものである.IBMの経営は次第に,手続き重視の経営から,顧客を重視する基本信条に基づいて経営がなされるようになった.その中で「勝利,実行,チーム」が重視され,業績管理制度として制度化されていった.

ソリュ-ションの提供は組織にとって重要な意味をもっている.しかし組織がそれを実行できない場合,ソリューションの効果は減衰してしまう.“顧客にとって効果的なソリューション”を販売するためには,顧客の重要な課題を販売員が診断し,顧客の要求に適合したソリューションを提案し実行できることが求められる.成功するためには,顧客と企業の能力への洞察が販売員には求められる.ガースナーは従業員にソリューション・ビジネスの重要性を訴えるとともに,チームワークを重視した業績管理制度を導入した.報酬制度を固定給から変動制へと移行し,ストックオプション制度を導入した.こうした制度を導入した背景には従業員が他部門と協力して業績をあげることを促し,企業業績に敏感に反応する株式市場という外部の視点を導入する狙いがあった(12)

これに加えて,組織機構の改革については,産業グループ体制の確立が挙げられる.かつてのIBMでは,同じ販売員が,ある日は小売業者に,また別の日には銀行にコンピュータを販売していた.これは顧客の専門家というよりはむしろ製品の専門家になっていたことを意味する.また,ソリューションの提供者は多様な部門からの支援を得られることを保証しなければならない.しかし変革前の同社の権限は製品担当者および地域別(国)の担当者に集中していた.このようなIBMの組織構造は,顧客,特に多国籍企業へのソリューション提供に対して障害になっていた.こうした状況下でIBMの事業領域は競争相手に浸食されていった.そこでガースナーはIBMがリードすべき14の産業分野を決め,各セクターを担当する個々人を任命し,1995年の半ばに産業別グループ体制をつくった.そしてIBM系列企業のトップの多くには,顧客企業に対して十分な知識をもち,リーダーシップを発揮できる人物が外部から招かれ,IBMの地域(国)担当者と製品担当者と対峙していった.この結果,製品と地域(国)の担当者は,産業セクターの担当者が開発するソリューションの供給先になっていった.地域(国)担当者の中には産業セクター担当者への報告を拒否し,同社を退職する者もいた.こうして,社内の製品事業部に販売する振替価格やソリューション開発に産業セクター担当者がリーダーシップを発揮できるように,産業セクターに基づいた新たな調整プロセスをIBMは3年以上かけて確立したのである.ここでガースナーはマッキンゼーでのコンサルタントの経験から,組織と戦略を統合させる重要性を認識していた.そのため彼は複数の事業部門を調整させるように努力し,事業部門同士の縄張り争いを解消していった.早い時期にこうしたことを成功させ,従業員の信頼を得ていった.

またガースナーは世界規模で,問題解決,アプローチ,スキルの規定,知識の習得と普及を実行するために,高度な知識をもつスタッフを多く採用し,研修しなければならないことを感じていた.そのため,1996年にサービスがIBMの優先事項であることを示すために,IBMグローバル・サービスを設立している.同社は,事業部門からサービス事業を独立させ,切り離したものである.同社の設立は,企業内の各事業間の情報共有を促進させ,顧客へのソリューションの提供を可能にさせた.IBMグローバル・サービスは,サービス事業を一元化しフロント・エンド・システム,プランビング(顧客はさまざまな供給業者から製品を購入するので,そのためのシステム統合)そしてアウトソーシングの3領域に焦点を絞り,大規模な顧客をターゲットにした.IBMグローバル・サービスは2002年までに364億ドルのビジネスへと成長し,IBMに収益面で貢献した.

その一方で,IBMはコンピュータ・ハードウェアを販売することを中止しなかった.むしろハードウェアを売る理由を変更したのである.顧客への対応ではIBM製品が適切であれば自社の製品を用い,そうでなければ他社の製品を用いて顧客の問題を解決した.ソリューションを販売できる企業は顧客の問題を解決することに集中する.そのため,製品のモジュール化を進めていった.それは自社製品だけでなく,他社製品でさえも簡単に統合できるからである.1999年にIBMの経営幹部は,ビジネス・パートナーとして承認された競争相手の製品と,IBMの製品やサービスとを組み合わせることを行った.IBMはSAPなどの多数のソフトウェア企業とパートナー関係を構築し,IBMグローバル・サービスは既存顧客に対しては優れたサービスを提供し,かつ魅力的な顧客にアクセスできるようになった.IBMは多様な供給先からの技術を組み合わせて,特定の顧客企業のニーズを満たすシステムを構築できるようになった.これを裏付けるために,IBMはコンサルティング業務においてIBM製品の販売ではなく,サービス業務の目標達成度合に応じてボーナスが支給される制度を導入した.

またソリューションを提供するにしたがって,IBMは,これまでの付帯サービスのコストをメインフレームの価格に含めていた方式から,サービスを分離して複数年契約を締結する方式に切り替えた.その結果,個別にサービス料金を徴収することに成功した(8)

IBMの連結ベース売上高は,ガースナーの就任前である1992年の645億ドルから,2001年に859億ドルへと増加した.純利益は1992年の-50億ドルから2001年の77億ドルへと上昇した.1992年の売上構成では,ハードウェアは338億ドル,サービスは150億ドル,ソフトウェアは111億ドルであった.それに対し2001年ではハードウェアは257億ドル,サービスは350億ドル,ソフトウェアは129億ドルそして技術は80億ドルであった(12).ガースナーはIBMを情報技術のサービス提供業者として再興させたのであった.

5. IBMの事例のまとめと議論

まず,これまでに検討した事例をまとめていこう.IBMの組織変革において特筆すべきことは,ガースナーによる強力なリーダーシップとコミットメント,顧客に対して統合したソリューションを提供するためにIBMを分社化せず,市場志向型の組織体制へと変革したこと,そしてサービスを優先させるべくIBMグローバル・サービスを設立したことである.したがって本事例は,先にVandermerwe and Radaが挙げた3要件,すなわち,①トップ・マネジメントの問題,②駆動要因としての顧客,そして③競争上のツールのすべてに該当するように思われる.

次に,Brown et al.による3つの課題と本事例を対応させていく.まず(1)の報酬計画について,ガースナーは営業部門とサービス部門を分離し,後にIBMグローバル・サービスを設立した.それは,一定期間の契約を基礎とするサービス事業のビジネス原理が,製品の営業部門における報酬制度や財務管理などの点で大きく異なるからである(12).同様に,IBMはコンサルティング業務のボーナスについて,サービス業務の目標達成をベースにした点が挙げられる.

続く(2)の従業員のスキルや顧客に対する理解の問題については,ガースナーは従業員を顧客のところに積極的に訪問させ,学習させた.そして彼は新たな経営の基本信条を提示し,それに基づいて経営を行うことで,従業員のマインド・セットを顧客中心のものに変えていった.これに加えて,顧客に優れたソリューションを提供できるようにサービス部門を強化し,その後,IBMグローバル・サービスを設立して人材を育成し,サービス事業を3領域に集中した.顧客のオペレーションを理解するには時間やコストがかかるため,大規模な顧客をターゲットにしたことで,知識をベースにした経営資源の効率的な活用と蓄積を図ったといえよう.

最後の(3)の部門間協働の問題については,ガースナーがチームを重視した業績管理制度を導入した点が挙げられる.加えて,製品と地域(国)を基盤とする事業部門があった中で,産業セクターの組織をこの伝統的な組織の上に設置した.こうした組織の改編は,多国籍企業として顧客に対して多様な製品と国を横断する調整努力を可能にさせたのであった.

また上記の組織内の部門間協働に関する議論を超えて,新たに着目すべき点として組織間の関係が挙げられる.ビジネス・パートナーとの関係では,IBMはソリューション開発にあたり,自社がもつ知識とビジネス・パートナーがもつ知識をうまく結合できる能力をもっている.ここから,ソリューション型企業はネットワーク企業ともいえる.ソリューション型企業はモノに着目するのではなく,プロセスを強調し,知識に注目する組織を構築している.つまり,ソリューション型企業は,顧客に関する学習,ビジネス・パートナーとの学習,そして従業員の学習に着目する.こうしたことができてはじめて,企業は利益の扉を開けることができるのである.

6. インプリケーション

本研究は,ガースナーによって率いられたIBMの事例を取り上げて,その組織変革プロセスを検討した.そこでは報酬制度の設計,サービス部門の強化と分離,産業グループ体制の確立およびネットワーク型組織の構築の意義が理解できた.もちろん本事例をもって,製造業のサービス化のプロセスを普遍的に語ることはできないし,すべきではない.そのためには他の製造業におけるサービス化の諸事例を収集し,サービス化へのパスについて今後,注意深く検討していくことが望まれる(13).同様に望まれるのは,製造業のサービス化と財務的成果との関連性の解明である.たとえば小規模な製造業のほうがサービス化は上手くいっており,大規模な製造業はサービス化に問題を抱えている傾向があるという指摘もある(7).さらに財務的成果にかかわって,サービスの価格をどのように設定していくかという問題が提起される.そこでは顧客に受け入れられる価格,かつ製造業にとってサービスのコストを上回る利益をあげられる価格設定の研究を行っていく必要があるだろう.

その一方で,私たちは本事例から教訓を得ることができるだろう.それは,組織の中に潜んでいて,従業員はそれに慣れ親しんでいるために通常の業務では感じることができないが,一旦新しいことに挑戦しようとする時に私たちの前に突如として現れて,立ちはだかる“何か”である.その“何か”とは,変化への恐怖であり,これまでのやり方を変えることへの躊躇であり,自己を守ろうとする本能から生じるものであるかもしれない.この“何か”とは,製造業のサービス化という組織変革において,多くの企業が克服しきれない「慣行」である.こうした組織の中に潜む「慣行」に抗い,抵抗を緩和し,自らの組織がカスタマー・セントリックなものに向かっていく必要性を従業員や顧客に絶え間なく説き,日々変革を進めることこそ,現代の経営者に求められる課題なのである.

7. まとめ

本事例研究から理解できることは,ビジネスとは顧客に対するソリューションの提供であるといえる.つまり,ソリューションを顧客に提供するという点で,製造業のサービス化への取組の目的は,サービスそれ自体を革新するというよりはむしろ顧客が特定の仕事をより上手く行うことを支援することにある(14).製造業者は単にモノをつくっている事業者ではなく,製品やサービスの提供を通じて,顧客自身が能動的に行うビジネス活動・消費活動を促進し,支援する企業であるともいえる.この意味からすれば,たとえ“第二次産業”に属していても,製造業者は「サービス提供業者(service provider)(15)」なのである.今,私たちは私たち自身の思考を縛る産業分類の考え方から解き放たれる時を迎えているかもしれない.

著者紹介

  • 菊池 一夫

明治大学商学部教授,博士(商学).商業経営論担当.2001年4月松山大学経営学部専任講師,2003年4月 松山大学経営学部助教授,2009年4月 明治大学商学部准教授,2012年4月 明治大学商学部教授(現在に至る),2014年4月~2015年3月 ビクトリア大学経営学部訪問研究員(カナダ).

参考文献
  • (1)  経済産業省(2002年3月),「サービス経済化の課題と雇用問題について」Retrieved from http://www.meti.go.jp/report/downloadfiles/g20313cj.pdf
  • (2)  Stephen W. Brown, Anders Gustafsson, and Lars Witell (2009 June 22),“Beyond Products: More Manufactures are Branching out into Service Business,”Wall Street Journal, Retrieved from http://www.wsj.com/articles/SB10001424052970204830304574131273123644620
  • (3)  Byron G. Auguste, Eric P.Harmon, and Vivek Pandit (2006), “The right service strategies for product companies,” The McKinsey Quarterly, No.1, pp.40-51.
  • (4)  Peter Baumgartner and Richard Wise (1999), “Go Downstream: The New Profit Imperative in Manufacturing,” Harvard Business Review, Vol.77 No.5, pp.133-141.
  • (5)  Glen Allmendinger and Ralph Lombreglia (2005), “Four Strategies for the Age of Smart Services” , Harvard Business Review, Vol.83 No.10, pp.131-145.
  • (6)  Mohanbir Sawhney,Sridhar Balasubramanian and Vish V. Krishnan (2004), “Creating Growth with Services,” MIT Sloan Management Review, Vol.45 No.2, pp.34-43.
  • (7)  Andy Neely (2008), “Exploring the financial consequences of the servitization of manufacturing,” Operation management Research, Vol.1 No.2, pp103-118.
  • (8)  Nirmalya Kumar (2004), Marketing as Strategy, Harvard Business School Press. Boston.
  • (9)  Sandra Vandermerwe and Juan Rada (1988), “Servitization of Business: Adding Value by Adding Services,” European Management Journal, Vol 6, No.4, pp314-324.
  • (10)  Andrew Davies, Tim Brady and Michael Hobday (2006), “Charting a Path Toward Integrated Solutions,” MIT Sloan Management Review, Vol.47 No.3, pp.39-48.
  • (11)  ダグ・ガー著,渡会圭子訳(2000),『ガースナーの大改革-こうして巨象は蘇った』徳間書店.
  • (12)  ルイス・V・ガースナー・Jr.著,山中洋一・高遠裕子訳(2002),『巨象も踊る』日本経済新聞社.
  • (13)  Max Finne, Saara Brax and Jan Holmström (2013),“Reversed servitization paths: a case analysis of two manufactures,” Service Business, Vol.7 No.4, pp.513-537.
  • (14)  Lance A. Bettencourt and Stephen W. Brown (2013), “From goods to great: Service innovation in a product-dominant firm,” Business Horizons, 56(May-June), pp.277-283.
  • (15)  Christian Grönroos (2007), Service Management and Marketing, Third edition, John Wiley & Sons limited.
 
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