サービソロジー
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特集:サービス人材育成 ~求められる人材像とその能力育成方略~
ICTサービス事業を支える人材育成
川上 るり子池本 荘司川瀬 訓範
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2016 年 2 巻 4 号 p. 24-29

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1. はじめに

NECでは,ICTサービス事業の本格展開とともに,システムエンジニア(以後,SEと記す)にサービス関連スキルを修得させ,サービス人材として育成してきた.具体的には,リスクマネジメントスキルと標準化によるシステム運用効率化スキルを中心に研修体系を整え,サービス人材の育成を進めてきた.本記事では,SEを主たる対象として,サービス人材に必要なスキル状況とその育成状況を紹介するとともに,さらなるサービス事業の推進に必要と考えているサービス人材スキル育成課題について,現場からの私見を述べる.

2. サービス事業とサービス人材スキル

2.1 サービス事業への取り組み

NECは通信・コンピュータ機器製造事業から,ICTシステムインテグレーション事業(以後,SI事業と記す)へと事業展開し,2000年頃より,ICTサービス事業を立ち上げてきた.もちろん2000年以前も,受託計算情報処理サービスや付加価値通信サービス,通信機器やコンピュータ機器の保守サービス等,SI事業に付随するサービス事業を営んでいたが,サービスそのものを中心とする事業領域に参入したのは2000年前後となる.当時の市場では,ROE(Return On Equity),ROA(Return On Asset)等経営資産の効率化,システム設置環境のエコ化,セキュリティ強化,ICT技術要員の不足等からICTサービスへの需要が高まっていた.NECではこのようなニーズの高まりから,顧客向けデータセンターを建設し,顧客向けに開発したICTシステムを自社資産として保持し,情報システム運用を顧客に替わって行うICTアウトソーシングサービス事業を開始した.

ICTサービス事業は,その開始時,これまでの事業で培ったノウハウや豊富な経営リソース(精密機器製造工場の建設ノウハウ,ICT機器やシステム開発能力,豊富なSE要員等)を活かせる有望な事業領域として期待されていた.当初の課題認識は,開発要員から運用要員に転換するSEのモチベーション維持や情報システムの構築・販売からICTサービスに移ることによる投資回収の長期化等が懸念される程度で,サービス事業遂行について明確な課題は認識されていなかった.

ところが,サービス事業を本格的に開始すると,プロダクト販売事業を主体とした事業文化,事業組織や人材がサービス事業と異なるために発生する事業上の問題が明らかになった.そこで,SEとは異なるICTサービス事業を担う役割であるサービス人材を定義し,その育成に取り組んできた.もちろん,サービス人材には,SEとしてのスキル,ノウハウも必要不可欠ではあるが,SEの育成はすでに多くの企業で行われているため,本稿ではSEのスキルとは異なるサービス人材のスキルとその育成についてNECの経験を述べる.

2.2 サービス事業リスクマネジメントスキル

NECが従来から営んできた通信・コンピュータ機器製造事業やSI事業の核とICTサービス事業(以下,サービス事業と記す)では様々な相違があるが,SI事業の核となるSE人材とサービス事業の核となるサービス人材の,スキル面から見た3つの相違について述べたい.1番目の相違はリスクマネジメントスキルである.SI事業では,事業者が顧客要求に最適なシステムを開発・インテグレーションするのに対し,開発されたシステムの利活用は顧客側の分担である.SI事業者の責務は顧客要求に最適なシステムを納期内に提供することであり,SI事業者のシステム納品後のリスクは,通常,システム開発・インテグレーション上の瑕疵対応に限定される.そして,開発・インテグレーションのための投資はシステム納入時に回収する.一方,サービス事業の場合,事業者はシステム導入後にも顧客のサービス利用に合わせてサービスを提供し続ける.サービス事業では,顧客のサービス利用に関するリスク,環境が変化する中でも継続的にサービスが提供される期待,長期にわたる投資回収に関する事業リスクを想定する必要がある.

SI事業を担ってきたSE人材をサービス人材に転換する場合,上記の拡大した事業リスクをマネジメントするスキル(サービス内容や顧客に合わせたサービス事業リスクの想定力,リスク対策の立案力,日々のサービス提供時のリスク発現管理力と対応策の実行力,サービス提供環境の変化に伴う新たなリスク想定と対策立案力等)の修得が必要であった.NECでは,サービス事業の拡大に伴い,「サービスアカデミー」を立ち上げ,このスキルを持つサービス人材の育成を進めてきた.

2.3 ICTサービス提供の効率化スキル

2番目の相違はシステム運用の標準化による効率化スキルである.市場ニーズの高まりに合わせてサービス事業を立ち上げたが,情報資産のサービス化やデータセンターサービスだけでは,NECがSI事業で培ったノウハウを有効に活用したサービス事業にならない.NECでは,情報資産化やデータセンターサービスに加えて,システム開発・インテグレーションノウハウを活かし,より広範な顧客ニーズに対応するため,システム運用や保守もサービスメニューに含んだサービス事業を展開している.

システム運用や保守業務は,各々の顧客要求に基づいて開発されたシステムを,各々の顧客要件に合わせて運用,保守する.単純にそれぞれの顧客要件に合わせてシステム運用や保守サービスを提供すると,顧客ごとにサービス提供用のリソース(システム環境,サービス管理システム,運用チームなど)を要し,サービスコストが高くなり,適切な価格でサービス提供できなくなる.そこで,システム運用を中心に,サービス提供を標準化し,効率化を進める必要がある.

NECでは,サービス提供を3つの領域に分けて標準化展開している.1つ目の領域は,システム運用サービスを提供する場合に多くの顧客で共通化できる,基盤(サーバマシン,ネットワーク,OS等)システムの運用サービスの部分である.2つ目の領域は,個々の顧客によってサービス内容やサービス提供方法が変わる領域である.この領域でも,サービス仕様,運用手順書等の記述方法,サービスメニューの構成方法やサービスリソースの調達方法等について標準化を進め,サービス提供の効率化を進めている.3つ目の領域は,サービス事業を遂行する事業プロセスの標準化である.1つ目と2つ目の共通領域も個別領域も,標準化を進めるためにはサービス戦略策定(企画)・サービス設計段階から標準化に取り組み,サービス導入・サービス提供時に,標準に沿った業務遂行が必要である.したがって,3つ目のサービス事業プロセスの標準化に沿って,共通領域と個別領域の標準化が進められる.

上記のように,SI事業では対象としていなかった領域の標準化を進めるスキルがサービス人材には必要となる.もちろん,標準化は効率化だけでなく,品質向上にも効果をもたらす.また,サービス事業に必要となる標準化を進めるスキルは,事業プロセスの初期段階から提供段階にわたり,多くのサービス要員が身につけるべきスキルである.

NECでは,ITIL®*1をベースに,標準サービス事業プロセス体系「サービス版APPEAL」を開発し,この標準をサービス要員に展開している.「サービス版APPEAL」は,サービス事業プロセスをいくつかのフェーズに分けて標準化したフレームワークである.そして,このサービス要員の担当フェーズごとに「サービスハイスクール」という名称の研修群を立ち上げた.また,共通領域のサービス標準化や自動化を進めるために,クラウド技術やセキュリティ技術の研修コースを用意している.個別領域については,運用手順書や運用作業の標準化を,サービス品質改善研修として進めている.

このようにNECでは,「サービス版APPEAL」によって,サービス事業のライフサイクルプロセスを定義し,そのプロセスを担う人材タイプとそのスキルを明示し,「サービスアカデミー」および「サービスハイスクール」を中心としたサービス人材育成研修を実施している.そして,サービス人材のキャリアパスを作成し,各要員の成長目標を明確にした人材育成プロセスを形成している.

2.4 顧客ニーズ変化への対応スキル

さて,サービス人材に必要なスキルに関する3番目の相違は,継続的に顧客ニーズの変化を察知し,対応するスキルである.サービス事業では相当な投資を長期的に回収するため,一旦サービスを提供すると,サービス事業要員の関心は当該サービスの継続的提供に集中する傾向がある.しかし,サービスを利用することによって,顧客のサービス利用環境が変わり,当該サービスに対する顧客のニーズも変化する.したがって,サービスの継続提供のためには,顧客ニーズの変化に合わせてサービス内容を変化させる必要がある.どのように顧客ニーズの変化を察知し,それに合わせて,サービス内容の変更や新サービスの立ち上げをどのように行うか.そのためにはどのようなスキルが必要か.現状では具体的なスキル定義や育成方法は試行錯誤の状態にあるが,これからのサービス人材には,継続的な顧客ニーズ変化への対応スキルが重要と考える.

3. サービス人材育成への取り組み

3.1 NECのサービス人材研修体系

NECでは,ハードウェアの製造,ソフトウェア開発,SIやサービス等の異なる事業に応じた要員育成が必要である.そこでNECの研修は,全従業員が対象となる「共通研修」と,職種に応じた「専門研修」で構成される.「共通研修」では,全社への浸透を目的にしたものから,昇格時に受講するものまで多様に揃えている.また「専門研修」は,各専門分野のプロフェッショナルを目指すための研修群である.サービス人材を育成する「サービスアカデミー」と「サービスハイスクール」研修は専門研修である.ここでは,「サービスアカデミー」,「サービスハイスクール」の概要について説明したい.

前述のようにNECでは,これまでSI事業を遂行するためのスキルを有するSE人材を,サービス人材に転換させる必要があった.そこで,サービス事業を遂行する高度サービス人材を育成するための専門研修プログラムとして「サービスアカデミー」研修群を開発し,2008年4月から開始した.「サービスアカデミー」はサービス事業における各分野の第一線で活躍しているエンジニアやスタッフを講師とし,形式知化できないスキル,ノウハウの獲得も含めた育成を行っている.

サービス人材は,情報システムのライフサイクル全体を意識してビジネス展開するために,システム開発・運用に関する技術知識やスキルだけでなく,「サービス」を継続的に提供する知識やスキルとして,サービスマネジメントスキル,サービスプロジェクトマネジメントスキル,ヒューマンスキル等が必要となる.

「サービスアカデミー」の立ち上げ当初は,講義・演習,ケース演習,ならびに事例研究を通して,サービス事業に関する知識だけでなく,ヒューマンスキル,サービスマネジメントの応用スキル等を修得するために,毎週1~2日間を半年間受講するカリキュラムであった.

図1  サービス人材に求められるスキル修得研修

講義・演習は,サービスマインドの醸成といった意識変革,サービス事業の理解,顧客との関係を密接にする人間力強化,サービス事業特有の事業管理,リスクマネジメント等を学習するカリキュラムである.ケース演習では,サービスマネジメントの応用力を養うために,ワークプレース・ラーニング(現場による経験からの学習)を疑似的に経験することを重視したカリキュラムとした.

写真1  サービスアカデミー受講風景

事例研究は,講義・演習とケース演習を通して学習したことを活かし,受講者自身が関わったサービス提供を題材に課題を抽出し,課題解決策を通して受講者それぞれが独自の提案や管理方法を模索し,論文作成と発表を行う研究カリキュラムである.「サービスアカデミー」は,現在も継続しており,受講者と育成者からの意見を吸い上げつつ,内部環境や外部環境の変化に対応したカリキュラム内容に,変更を加え続けている.

一方,サービス人材の拡大にあたり,まずSE人材にサービス事業の基礎を理解させるため,ITIL概要の修得を促進した.これにより,サービス事業に携わる要員全員がITIL用語知識とICTサービスのベストプラクティスを共有し,ICTサービスで顧客ビジネスに価値を提供する意識を持つようにした.

また,サービス提供の遂行スキルの展開では,NECのサービス事業の方法論「サービス版APPEAL」に基づき,サービス事業の標準プロセスとプロセス遂行方法を修得する「サービスハイスクール」研修群を開発した.本研修では,受講者に,まず,サービス事業に関わる営業,SE,運用等の全職種の要員が共有すべき,サービス事業の全体像を理解させ,そのうえで、各要員が各々担当するサービス事業プロセスの各フェーズ(「企画・提案・契約」,「設計・構築・移行」,「提供(運用)」)のSI事業と異なるポイントを説明している.

3.2 サービス人材のキャリアアップ

NECは,ビジネスにおける最大の経営資源は「人」であり,顧客価値を提供できる高度な専門性を備えた人材の育成が重要と考え,「NECプロフェッショナル認定制度(NEC Certified Professional:以後,NCPと記す)」を導入している.認定者は,2014年3月時点で約13,000名である.NCPでは,営業,サービス,SE,ソフトウェアなど人材カテゴリーごとに,4つの階層(アソシエイト,スペシャリスト,プロフェッショナル,上級プロフェッショナル)に区分している.さらに,人材カテゴリーごとに事業プロセスの各フェーズを担当する人材タイプを設定し,それぞれの人材タイプごとに達成目標となるスキルや業績の水準を定義している.

サービス人材は,NCPの中でサービス・SE系人材カテゴリーのサービス系サブカテゴリーに含まれ,プロフェッショナル階層では8つのサービス人材タイプを設定している.サービス事業要員はサービス人材タイプとその階層を合わせて,それぞれの成長目標として,成長・育成を行えるようにしている.

図2  NCP認定制度の人材タイプとバリュー体系

4. 今後への展開(サービス事業人材育成の課題)

ここまで,NECのサービス事業における人材課題とその解決のため「サービスアカデミー」と「サービスハイスクール」研修等の育成施策について述べてきた.ただし,サービス事業のためのプロセスやスキルは,外部環境の変化やサービス工学の発展とともに変化するため,それとともに育成の仕組みも対応させなければならないと考える.

以降,サービス事業とその人材育成のための今後の課題についていくつかのポイントを述べたい.

4.1 継続的なサービス事業プロセスの形成

4.1.1 サービス創出プロセス

NECのサービスプロセス標準「サービス版APPEAL」も同様であるが,一般にICTのサービス事業は,企画・提案・契約,設計・構築・移行,提供(運用)のフェーズがある.新サービスの創出は,主に企画,設計フェーズが中心であり,事業創造プロセスと同様と考えられる.今後,事業創造プロセスの研究がさらに進み,このプロセスに関わる人材育成の手法が確立されることを期待している.

サービス事業では,新サービスを創出するにあたり,継続的に利用するリソース(特に人的リソース)を検討しなくてはいけない.リソースは,新サービスの分だけを考えればいいのではなく,既存のサービスも束ねた事業としてのリソースを計画し,調達する必要がある.特に人的リソースではスキルやモチベーションは容易に得ることができないため,必要な時に必要なだけ活用するというわけにはいかない.そこで,リソースシェアとリソーストランジションを行うリソース計画が必要となる.新サービスの開始において,需要が減っている既存サービスのリソース転用,またはリソース共有を計画する必要がある.しかし,現状ではまだ,サービス事業のリソースシェア・トランジション計画の方法論は確立されていない.方法論が確立されていない中,サービス人材にはリソース計画を策定・変更できる能力が求められる.また,一般には新サービスの立ち上げチーム(組織)と既存サービスの提供チーム(組織)は異なることが多い.こういった場合のチーム間のコミュニケーション連携とチーム(組織)を越えたリソースマネジメントを上手く行える能力もサービス人材に求められる.

4.1.2 サービス廃止プロセスの準備

サービス事業は,企画・提案・契約,設計・構築・移行,提供(運用)のフェーズを進み,最後の提供から再び企画に戻り,これらの活動をサイクルする.しかし,新サービスを創造して運用するまでの1週目と,そのサービスを改善する2週目以降のサイクルは異なる.また,サイクルから外れてサービスを廃止するプロセスについて言及するフレームワークは少ない.

提供しているサービスを突然廃止すれば,そのサービスを利用している顧客に大きな影響をあたえてしまう.故にサービス開始前にリスクマネジメントによって,継続的にサービス提供できる事業計画を立案する必要性を前述した.しかし顧客の事業環境が変化し,これとともに既存サービスの利用が減少し,サービス提供が効率的でなくなった場合,サービス事業者は円滑なサービス廃止を検討する.ところが,サービスを廃止するためには,サービス提供先のすべての顧客にサービス廃止を周知し,顧客の合意を得る必要がある.顧客の合意を得るためには,顧客の事業活動を継続させるための代替手段の用意する必要がある.また,サービス廃止後の当該サービス用のリソースを廃棄または他サービスへ転用する計画を立案し,実施する必要がある.現在,サービス廃止プロセスの遂行は現場で各々の状況の下で個別に実施している場合が多く,今後の適切なプロセスや方法論の確立やその遂行能力の明確化と育成が望まれる.

4.1.3 標準化とOne-To-Oneの両立

さて,サービスでは標準化による効率化が重要である一方,多様化した顧客ニーズへの対応も必要である.一見,これら2つのことは相反するように見えるが,ICTこそがこれらを両立することができる可能性を持っているリソースである.これを実現するICTサービスは,多様化した顧客ニーズに合わせて複数のサービス選択肢を用意する一方,サービス提供のバックグラウンドを標準化してコスト削減と品質向上に取り組むことが求められる.

サービス人材は,この仕組みを設計・構築・運用することが求められ,前述の標準化を進める能力に加えて,多様なサービスを提供するための下記の能力が求められる.

  • ●   顧客ニーズを的確にとらえる能力
  • ●   ICTを利用して自動化を進め,多様なサービス提供を効率化する能力
  • ●   リソースシェアを考慮したサービス設計する能力

これらのノウハウについては,従来から求められている能力であるが,適切な方法論を確立して,その遂行能力を強化する必要がある.

4.2 人材のポートフォリオ管理

リソース計画を適切に行うためには,人的リソースも含むリソースを適切に把握する仕組み,つまりリソースポートフォリオが必要である.特に管理が難しい人的リソースを管理するためには,人材ポートフォリオが必要となる.

ICTのサービス事業では,ICT技術分野(たとえば,ネットワーク,データベース,基盤ソフトなど)ごとに専門技術者が必要である.かつ,サービス人材としては,開発だけでなく,利活用技術,継続運用技術,保守・改善技術も要求される.そこで,サービス事業を企画し,開発・運用する技術を持つ人材の有無やレベルを把握したい.しかし現状は,人材のスキル把握が各々の技術で専門化されており,統合的にサービス技術に通じる人材の把握は現場の経験や記憶に頼った対応が多い.したがって,現場で実際の個々の要員にどのような知識とスキルを修得させるかという人材育成計画を十分に行うためにも,人材ポートフォリオが必要となる.

サービス技術や方法論の発展に合わせて,人材ポートフォリオを作成・維持することは難しい課題であるが,サービス人材の育成とサービス事業を効果的かつ効率的に進められる人材ポートフォリオとはどのようなものであり,どう維持するべきかを検討している.

4.3 サービス事業変革マネジメント人材の育成

2.4で述べたとおり,顧客ニーズの変化を把握する能力は,サービス人材に求められる重要な能力である.以下は十分な検討を経ていないが,サービス事業に従事している立場からの私見として述べる.

まず,サービス要員はサービスの継続的な提供に集中するため,顧客ニーズの変化に疎くなる傾向がある.SI事業では,新規受注のために顧客ニーズの変化を期待している.一方,サービス事業では,サービス提供過程で顧客と密着しているため,顧客の業務環境や顧客ニーズの変化がとらえにくい面もある.自分の子供の成長には気づきづらいが,よその子供の成長(変化)には驚くことがよくあることと同じである.しかし,顧客の環境は日々変化しており,顧客ニーズも変化している.継続的にサービスを提供するためには,顧客ニーズの変化を把握し,既存サービスと整合させながら対応をマネジメントしなければならない.

では,サービス事業での顧客ニーズの変化対応スキルとはどのようなもので,どのように育成できるか.現状ではこの課題に対し,まだ人間中心設計やサービス工学等から,新たなサービス事業プロセス,サービス事業人材タイプ,その育成方法,キャリアパスについて,試行錯誤に入った段階と考えている.

さて,変化する顧客ニーズを把握できれば,課題は解決できるのであろうか.「人は変化を嫌う(ヘンリー・フォード)」ものである.ICTサービスに限らず,これまでの活動が大きく変更されるが場合,これまでの活動を維持したいために抵抗する.よって,サービス提供やICTに関する技術だけでなく,新サービスを作り,改善を続けていくためには,変化を受け入れる文化を推進する変革型リーダシップ(またはフォロアシップ)が求められる.今日,多くの業界で求められている変革型リーダシップはサービス人材にも同様に求められていると考える.

4.4 モチベーションマネジメント

NECのようなSI系のサービスベンダーでは,サービス(システム運用)系の要員の方が開発系の要員よりもモチベーションが低くなる.理由として,「情報システムの開発は,システム完成というゴールがあり,これに向かってモチベーションを持って活動するが,システム運用は完成というゴールがない」,あるいは「正常に稼働させて当たり前で,障害の発生時には顧客から大きなクレームを受けるという減点方式の評価が行われる」といった意見を聞くことがある.今後は,サービス事業やサービス提供に関する科学的な方法論,合理的なサービス事業プロセス,プロセス遂行スキルの明確化を進め,サービス系要員のモチベーション向上につながる施策を検討していきたい.

5. おわりに

ICT事業におけるサービス人材育成について述べてきたが,多くのサービスに共通することもあれば,ICTサービス特有の課題や施策もある.昨今,多くのサービスがICTに大きく依存しており,多くの読者のサービス事業にも同様のICT技術を持ったサービス人材が必要と考えている.現状,サービス事業の研究は発展過程にあり,今後,必要な人材スキルの明確化と人材育成方法がより発展することを期待する.

著者紹介

  • 川上 るり子

NECマネジメントパートナー株式会社人材開発サービス事業部,2009年4月より,ITサービスマネジメント関連研修の研修企画,運営,実施に従事.

  • 池本 荘司

日本電気株式会社プラットフォームサービス事業部,エクゼクティブエキスパート,1973年より,企業向け情報システムの販売・構築業務に携わり,2003年より,サービス事業に従事.

  • 川瀬 訓範

日本電気株式会社プラットフォームサービス事業部,シニアエキスパート,2011年より,サービスデリバリ事業部でサービス事業に従事.

*1   ITIL®は,AXELOS Limitedの登録商標. ITILは,ICTサービスマネジメントのベストプラクティス集.

 
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