サービソロジー
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特集:サービス人材育成 ~求められる人材像とその能力育成方略~
サービス産業の発展と飛躍を支えるサービス経営人材の育成を目指して
斎藤 敏一
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2016 年 2 巻 4 号 p. 30-33

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1. はじめに

株式会社ルネサンスは,1979年10月,大日本インキ化学工業株式会社(現DIC)の健康スポーツ事業を柱とする企業内ベンチャーとして発足した.筆者は,実質的経営者としてその舵取りを行って来た.

幸い2003年のジャスダック上場から東証2部,1部と順調に成長して来たが,サービス産業経営に関しては社内の幹部教育もままならない状態であった.様々なサービス産業の経営者に会っても,ごく一部の海外MBAの取得者を除くと似たりよったりで,経営者になる為の教育を受けている人はほとんどいなかった.一方,日本能率協会や日本生産性本部等の民間教育機関では経営者教育の講座なども開講されているものの,サービス産業の経営者や経営スタッフにとっては,敷居も値段も高いという状況だった.1999年,経済同友会に入会した後は「サービス産業の活性化」について訴え続けてきたこともあり,政府のサービス産業活性化の施策実行活動に関与することとなった.2006年7月の財政・経済一体改革会議において「経済成長戦略」が策定され,産学官によるサービス産業生産性協議会の発足が決定された.これを受け,経済産業省に設置された「サービス産業のイノベーションと生産性に関する研究会」が発足し,筆者も委員として参画することとなった.

2007年4月,この研究会で協議会の基本構想がとりまとめられ,同5月,サービス産業をはじめ,製造業,大学関係者,関係省庁など幅広い関係者の参加の下に,サービス産業生産性協議会が設立された.同協議会では幹事会の下に7つの委員会が準備され,人材育成委員会の委員長に筆者が就任することとなった.

2. サービス産業生産性協議会人材育成委員会での議論と試行

同委員会は,5名の有名大学教授,10数名のサービス産業業界団体役員,社員教育に実績のある企業の役員など20名位が名をつらね,経済産業省の担当課員も事務局として加わった.

2007年度3回にわたり開催された人材育成委員会では,「スタッフ人材」と「経営人材」について検討を進めてきた.委員への個別ヒアリングも実施し意見を集約したところ,スタッフ人材は業種によって習得すべき技術に違いがあるが,経営人材の育成にはある程度業種横断的な共通項があるのではないかとの意見が出された.また,スタッフ人材の育成は各業界団体で既に行われている場合が多く,企業内でも現場に即した教育は行われているとの意見もあった.そこで,企業の枠を越えた共通的なスタッフ人材育成については,別途経産省で実証事業をすることとなった.そして2008年度,当委員会では「経営人材育成」にしぼって検討することとなった.

当時,民間教育機関による経営人材育成プログラムが数多く提供されていたが,必ずしもそれらが産業界,特にサービス産業界のニーズに合致しているとは限らない現状があった*1.当委員会では,サービス産業界が求める経営人材育成教育と現状とのミスマッチを明らかにすることにより,サービス産業界で求められる経営人材育成に関わるニーズを具体化することを目的として活動することとなった.具体的には,既存の経営人材育成プログラムによって,サービス産業の人材の育成ができるのか,あるいは不十分な点は何かを議論のスタートとし,サービス産業の実態を重視しながら,サービス産業界が求める経営人材育成教育と現状とのミスマッチを明確にし,最終的には,サービス産業に適合する経営人材スキルの要件を明らかにすることを目指すこととなった.

経営人材に求められるのは「知識」と「知恵」であり,「知識」は様々な方法で身につけられる.しかしながら,「知恵」をいかにして身につけるかについては適当なモデルがない.そこで,次世代の経営人材を対象とした「志の高い人が切磋琢磨する場」として,経営の「知恵の場」と命名された人材育成カリキュラムを設定することとなった.そして,関心テーマに分かれたグループごとに,優れた経営実績のあるサービス産業経営者等を講師として招き,その経験を追体験するなどの手法により,グループワークを行うことが提案された.「知恵の場」ではサービス産業生産性協議会の成果を活用し,以下のような視点を念頭に置いたセミナーを開催することとなった.すなわち,新産業創造を支える経営人材に求められる要件とは何か,または,スタッフ人材の価値を高めるマネジメントのプロとは何か といった視点を念頭におきながら,「知恵の場」の実験を行った.

実験セミナーでは,人材育成委員会の委員長や委員である,筆者,西本 甲介メイテック社長(当時),ロイヤルパークホテル南常務(当時)が講師を務め,2009年11月・12月,2010年1月の3回行った.実施後,30名程度の参加者のアンケートを分析したところ,会費は1回5,000円程度,開始時間は平日の18時以降などの希望が出された.これらを取り入れ,「知恵の場」は

  • ① 半年5回で1期
  • ② 5人の講師の内,4人は現役のサービス産業経営者,1人は学識経営者
  • ③ ファシリテーターは毎回同一人によって行う

などの骨格が提案された.

経済産業省とサービス産業生産性協議会の話し合いにより,翌年度からの正式な「知恵の場」の実施は経済産業省の委託事業とすることが決定された.

3. 「知恵の場」

2010年度,経済産業省から「知恵の場」の委託事業が公募された.対象サービス業は情報通信業,卸売・小売業,飲食業,宿泊業,医療・福祉業,教育・学習支援業,サービス業(他に分類されないもの)にフォーカスすることとなった.その結果,対象サービス業のスタッフに対してホスピタリティの普及・研究・教育事業を行っていた,NPO法人日本ホスピタリティ推進協会(JHMA)主催で「知恵の場」を行うこととなった.「知恵の場」は以下の手順で行われた(図1).

図1  「知恵の場」各回のタイムテーブル

2010年と2011年の「知恵の場」は東京のみで開講したが,毎回40名以上の参加者があった.その後は,経済産業省からの要請もあり,2012年度は東京で2期,福岡で1期開催し,2013年度はそれに関西1期が加わり,2014年度まで年4期の開催が続き,開催回数と参加者を拡大させてきた.2012年度から経済同友会が後援団体に加わり,また,2014年度からはサービス産業生産性協議会も協力団体に加わり,産業界からの支援体制も整った.

2015年からは,事業も定着したということで経済産業省は後援に切り替わった.産官学で取り組み,民間に移管した成功例と言えるだろう.

なお,2013年度より次章で述べる新しい教育の取り組み,「サービス・フロンティア・ジャパン経営者フォーラム」を始めることとなった為,2015年度からの「知恵の場」は,東京・福岡・京都で年1期ずつの計3期の開催とした.本プログラムで重要な役割を担う講師を産業界から招へいした,2013年度「知恵の場 東京 第5期」を例にすると以下の通りである(表1).

表1 「知恵の場 東京 第5期 2013年」講師一覧
第1回 KCJ GROUP 株式会社
代表取締役社長兼CEO 住谷 栄之資 氏
第2回 リーダーシップコンサルティング 株式会社
代表 岩田 松雄 氏
第3回 日本交通 株式会社
代表取締役社長 川鍋 一朗 氏
第4回 法政大学大学院 政策創造研究科
教授 坂本 光司 氏
第5回 株式会社 モスフードサービス
代表取締役社長 櫻田 厚 氏

4. サービス・フロンティア・ジャパン経営者フォーラム

「知恵の場」を続けていくうちに,サービス産業経営者でもある熱心な受講者(今や講師になってもらっている人もいるが)の中から,サービスマネジメントやサービスマーケティングの講義を系統的に受けてみたいという希望が出てきた.そこで,「サービス経営戦略の最前線(フロンティア)」に関する勉強会を組織することとなった.月1回土曜日の午前中3時間を使い,1年間にわたり12コマの講義を受ける場を企画した.幹事は筆者と若手のサービス産業経営者数人で,事務局をMS&Consultingに,講師は一橋大学大学院 国際企業戦略研究科の藤川 佳則准教授に依頼した.

第1期(2013年度)は約30人の受講者が集まり,以下のようなカリキュラム(表2)で1年間のレクチャーを行った.第2期(2014年度)は,第1期を終了した会員の内で希望者にはアルムナイ(同窓)会員となってもらい,新たな会員も含めて約40人でほぼ同じカリキュラムで開講した.

表2 サービス・フロンティア・ジャパン経営者フォーラム 第1期2013年度カリキュラム(第2期2014年度もほぼ同様)
第1回 イントロダクション:サービスマネジメント概要
第2回 サービス・ドミナント・ロジック,サービスイノベーション
第3回 サービス・グロバリゼーション
第4回 シンガポール サービス業経営者合同セッション
第5回 製造業のサービス化
第6回 サービスマネジメントとマーケティング
第7回 サービスマネジメントと人的資源・オペレーション
第8回 サービスマネジメントと戦略論
第9回 サービスマネジメントとCSV(共通価値)
第10回 サービスマネジメントと知識創造理論
サービス経営者としての決定的瞬間

第3期(2015年度)からは,レクチャーテーマに関連して実績を上げているサービス産業の経営者に,1時間程で実践事例を講演してもらった上で,大学教員がそのテーマについて解説するという方法をとった.時間帯も土曜日ではなく,火曜日の18:15~21:00に変更し,大学教員も藤川准教授に加え,東京工科大学大学院 アントレプレナー専攻の澤谷 由里子教授,筑波大学 システム情報系 社会工学域の岡田 幸彦准教授に加わってもらい,以下のようなカリキュラムで行なってもらった(表3).

表3 サービス・フロンティア・ジャパン経営者フォーラム 第3期2015年度カリキュラム
テーマ 経営者スピーカー 教員担当
1 イントロダクション
-サービスマネジメントの現在
サービスの経営・工学・科学のいまの全体像をとらえる. 岡田・澤谷・藤川
2 サービス経営と戦略論 ハイアールアジア 株式会社
代表取締役兼CEO 伊藤 嘉明 氏
藤川 佳則
3 サービス経営と組織論 キュービーネット 株式会社
代表取締役社長 北野 泰男 氏
藤川 佳則
4 サービス経営とイノベーション 株式会社 CUUSOO SYSTEM
代表取締役 西山 浩平 氏
藤川 佳則
5 サービス経営とマーケティング 株式会社 パーク・コーポレーション
代表取締役 井上 英明 氏
藤川 佳則
6 サービス経営とリーダーシップ 楽天 株式会社
代表取締役副社長執行役員 平井 康文 氏
澤谷 由里子
7 サービス経営とIT 日本アイ・ビー・エム 株式会社
執行役員 研究開発担当 久世 和資 氏
澤谷 由里子
8 サービス経営と意思決定 東北大学総長特別補佐・特任教授
元ゴールドマン・サックスAM
代表取締役社長 土岐 大介 氏
岡田 幸彦
9 サービス経営とオペレーション イーグルバス 株式会社
代表取締役社長 谷島 賢 氏
岡田 幸彦
10 サービス経営とグロバリゼーション 株式会社 公文教育研究会
前代表取締役社長 角田 秋夫 氏
藤川 佳則
11 ラップアップ
-サービスマネジメントの現在
マルチサイドプラットフォーム,エコシステムなど,様々な事業体を巻き込むサービス価値創造の未来について考える. 岡田・澤谷・藤川

受講者が所属する企業の中には,常勤取締役全員を受講させ社内の役員教育に当てる会社も出てきた.副読本や事前課題も多く,サービス産業の他社の役員と一緒に受講することにより緊張感も増し,業種を越えたネットワークが築けるなどと好評だった.

5. まとめ

既存の民間教育機関の変革を待ち切れず,また大学の社会人大学院教育カリキュラムにもなかなか産業側から注文がつけにくい為,サービス産業経営者自身が手作りで始めた経営者育成教育事業だが,受講者の中には,企業を発展させて世界に進出する経営者が出てきたり,役員から社長に就任したりする方が出てきている.

サービスマネジメントやサービスマーケティング等の教育については,毎年カリキュラムを改善していけばニーズに合ったものに近づいていけるだろうし,このような先行事例を踏まえて似た試みも様々な団体で行われていくであろうと思われる.既に,2014年度からの3年間にわたる文部科学省の「高度人材教育の為の社会人学び直し大学院プログラム」選定事業で全国15大学のモデル事業がスタートし,2015年度からは経済産業省サービス政策課による「産学連携サービス経営人材育成事業」も全国17大学で開始されている.

大学と産業界がお互いに協力し,各々が考える育成手法で切磋琢磨するのは良いことだと思う.ただこれは製造業にも言えることだが,「イノベーションを起こす為の教育」が日本では根本的に欠けていると考える.スティーブ・ジョブズを始めとする欧米の天才達や日本にもいる何人かの天才的経営者は,教育など受けなくともすばらしい経営実績を残すことはできる.しかし,普通に優秀な経営者達が既存の産業でイノベーションを起こし,全く新しいビジネスモデルを創り上げる為には,最低限の教育を受けさせて育成することも必要だと思われる.

製造業のサービス化も叫ばれている今日,製造業・サービス業を問わず「イノベーション人材」の育成教育を始めることが次の課題ではないだろうか.残念ながら,新しい風は西欧から吹いて来る.まずはそれらの諸説を自らのものとし,大学と産業界が協力してイノベーション塾のようなものを創る必要があるのではないだろうか.筆者は「サービスデザイン」と「サービスケーパビリティ」の理解とさらなる深耕に期待している.その為には,論文執筆の為の拙速な理論化を急ぐより,産業界とタイアップした実践手法作りが先ではないだろうか.膨大な現実のサービス産業における事例収集・整理の先にこそ真理があるのだと思う.少なくともサービス学は産業界との協力なくしては成立しない.学会と産業界のさらなる協力が期待される.

著者紹介

  • 斎藤 敏一

株式会社ルネサンス 代表取締役会長.1967年京都大学工学部合成化学科卒業.現DIC株式会社入社.スイス連邦工業大学留学.79年社内で健康スポーツ事業を創業,82年現株式会社ルネサンスを設立.92年代表取締役社長に就任,08年より現職.スポーツクラブ事業を中心に現在132ヶ所の施設を経営している.2007年より公益社団法人スポーツ健康産業団体連合会会長.2007年よりサービス産業生産性協議会幹事.2001年より公益社団法人経済同友会幹事,2010年4月より同・サービス産業活性化委員会委員長.2013年よりサービス学会監事.

*1  日本における民間の教育研修プログラムについては,委員会としてそのパンフレットを収集して,内容と研修費を調査して発表した.

 
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