サービソロジー
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特集:RISTEX 「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」(3)
共創的デザインによる環境変動適応型サービスモデルの構築
貝原 俊也新村 猛藤井 信忠
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2016 年 3 巻 2 号 p. 2-9

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1. はじめに

レストランサービスなどに代表される外食産業は,季節や天候だけではなく周辺施設におけるイベント開催などにも強く影響を受け,店舗来客数の時間的変動が大きい.過去の実績データから日毎の人員配置等を計画する際には,変動への余裕を持った計画とならざるを得ず,店舗内厨房とレストランフロアの運用が非効率なものとなっている.これらの環境の変動に対して,柔軟に適応可能な外食レストランのサービスモデルの構築を目的とした.本研究では和食レストランを対象とし,サービスモデルの構築を目的として,まず,厨房の構造的配置である厨房レイアウトと,人員の時間的配置である人員レイアウトの2点に着目し,それらの共創的デザイン手法の確立を目指した.

ここで厨房レイアウトは,セル生産にヒントを得たモジュール型レイアウトを採用し,生物指向アプローチ*1を用いて変動に対する頑健性を有したプロアクティブレイアウト(1)を提案した.また人員レイアウトは,POSデータから得られる注文データとそれに基づく必要作業量を入力データとし,社会指向アプローチ*2(2)による最適化アルゴリズムを用いて,効率性と迅速性のバランスの取れたリアクティブ人員レイアウト(2)を構築した.レストランサービスにおける厨房レイアウト・人員レイアウト計画の結果をサービス現場へと適用し,顧客の待ち時間による定量的評価とヒアリング・行動観察によるシステム参与者の主観的評価を用いて,従業員満足度(ES)と顧客満足度(CS)の変化を評価した.

そして,サービス最適設計ループにおける観測・分析・設計・適用の各段階を円滑に実施し,サービス現場への適用を通じ相互に影響を及ぼしあう厨房・人員レイアウトをスパイラルアップすることによって共創的に構築した.

また,その具体的な達成目標として,従業員満足度の向上により導かれる顧客満足度の向上について検討した.さらに,非効率の解消による企業利益(すなわち経営者満足度:MS)の向上を目指した.その際の重要なファクタが労働生産性の向上である.

最後に,汎用的成果の創出として,有形財の生産を伴う他のサービス業やサービス業化が求められている製造業も視野に入れ,共創的デザインを基本コンセプトとする新たな価値創造を目指したサービス価値創成システムにより,サービスモデルの実証的な追求を目指した.

2. 研究の概要

2.1 研究アプローチの概要

本研究では,モノを介したサービス全体の新たな価値創造プロセス高度化を視野に,対象としてまずは外食産業におけるレストランサービスに着目した(4).レストランは,食事を作る厨房と顧客へと提供を行うレストランフロアから構成されるものとし,本研究では,サービス現場の革新に基づいた従業員満足向上や新たな価値提供による顧客満足向上,さらに企業利益(経営者満足度)の向上を対象として研究を推進した.この取組み概要を以下の図1に示す.

図1 レストランサービスを対象とした研究内容の概要図

2.2 検討すべき課題

本研究で対象とするレストランサービスにおいて,主たるコアサービスは食事の提供であり,物理的な財を介してサービスが提供される.しかし,物財とはいえ品質が継時的に減少するという特徴を有するため,長く在庫できないなどサービス財の特徴も有している.現状のレストランサービスにおける問題は市場環境の変動が激しく,来店顧客数や注文内容は季節変動や天候の影響を受けることである.例えば豆腐料理を例としても,夏は冷や奴などが数多く出食するが,冬の主力メニューは鍋物などに利用される豆腐などとなる.また比較的動向が捉えやすい季節変動だけでなく,より短期の変動である天候の影響も受け,季節の変わり目などは天気の影響によって日毎の注文構成が大きく変わることもある.さらには,周辺施設でのイベント開催などの影響によって顧客層が大きく変化する場合もある.

以上はレストランの外部環境の変動であるが,レストランの内部環境にも変動を有している.レストランにおけるサービスの提供方法は労働集約的であり,フロア従業員が顧客から注文を受け,厨房において職人が食事を生産し,フロア従業員が食事を提供するというように全てのサービスが従業員の手を介して提供されている.特にフロア従業員はアルバイト・パート雇用の場合も多く,サービス提供技量に差があったり教育途上である職人なども含まれていたりと,レストラン内部の変動も無視できない.以上のようなレストランを取り巻く内部・外部の変動要素に起因し,解決が望まれるサービス提供の非効率性があった.

まず1番目は,厨房レイアウトの非効率性である.これまでの厨房の構成は,刺身・揚場・焼場・洗場などのように機能単位でレイアウトが構成され,各職人は担当する持ち場を有しており基本的に持ち場を移動しない.機会損失を最小化するために,ほぼ最大需要量を想定して厨房は設計されているため,変動があり需要が少なくなった場合などは,職人の稼働率が低下するという不具合がある.本研究では,本来職人は全ての機能を担当できるいわゆる多能工である点に着目し,機能単位で並べたライン型のシステム構成を取るのではなく,セル型システムにおける「屋台システム」のように完結した複数のセルが存在するようライン構成を変更した.そうすることにより,来店顧客数や注文の変動に対して,中長期的な視点から柔軟にシステム構成を変更して厨房パフォーマンスを調整することができる.そこで本研究では,生物指向アプローチによる厨房レイアウトの構成手法を提案し実装を試みた.

2番目は,時間的な人員レイアウトの非効率性である.日毎の短期的視点からそのパフォーマンスを最大化するためには人員レイアウトの改善を行う必要がある.そもそも閑散期にも繁忙期と同じだけの人員を確保しておく必要はなく,厨房レイアウトを機能的に変更するだけではなく,人員レイアウトも柔軟に変更する必要がある.また,厨房だけでなくレストランフロアにおけるフロア従業員も同様に,来客数の変動にあわせて動的に変更する必要がある.製造業の生産現場においては,機械やロボットの稼働・停止を調整することで比較的容易に生産能力の調整は可能であるが,人を介したサービス現場では,従業員の能力の違いや従業員同士の相性,OJTでしか学べないことなども多いために,入店間もない従業員の教育の面からはベテラン従業員との組合せが必要など,考慮しなければならない点が多い.そこで本研究課題では,社会指向アプローチによる人員シフト作成手法を提案し,問題に取り組んだ.

以上の現状を踏まえ,本研究では生産性革新統合的モデルの構築にむけて,

  • (1)厨房レイアウトのプロアクティブな設計手法
  • (2)人員レイアウトの設計手法
  • (3)共創的デザインに基づくサービスモデル

の課題について着目し,研究開発を進めた.

2.3 共創的デザイン

まず,厨房レイアウトのプロアクティブな設計手法については,厨房レイアウトを従来の刺身・焼場・揚場・洗場などのような1本のライン型システムとして構成するのではなく,複数の完結したセル型システム(厨房セル)として構成した.図1の概要図は一例として2つのセルから構成されている厨房のイメージであり,繁忙期の場合は2つの厨房セルをフル稼働させて職人も最大数使用し,厨房の最大パフォーマンスが発揮できるようにする.一方,閑散期には1つの厨房セルのみを稼働させて効率的に作業が行えるようにするだけでなく,1つの厨房セルに多能工である複数の職人を配置することで厨房の料理提供能力を調整可能となる.本研究では,効率的なセル型の厨房レイアウトを明らかにすることを目的とし,従業員の作業動線の最小化による労働負荷の低減と作業者間の労働負荷の均質化,さらには注文量に対する職人の稼働率最大化,すなわちコスト最小化も同時に目指した.厨房レイアウトは日毎に変更するというものではないため,比較的中長期的な変動に対する頑健性を有したプロアクティブなレイアウト作成を目指した.

次に人員レイアウトは,厨房およびレストランフロアを対象に人員レイアウトの適応的構成を目的とした.季節変動や天候,周囲施設のイベント実施状況などに起因して生じるレストランの外部環境変動,アルバイト・パート従業員の過不足によるレストランの内部環境変動に対して,提供サービス品質の安定による顧客満足度向上と,従業員の希望に従う勤務シフトの提供やモチベーション向上に伴う従業員満足の向上を実現する人員レイアウトを可能にする.また,厨房作業の効率化の帰結として,バックヤード従業員を顧客接点に投入することで,顧客に対する新たな価値創造を実現するサービス提供を試み,顧客満足度の向上へつなげる.レストランフロアにおいては,アルバイト・パート従業員が大部分を占めるため,提供サービスの品質を維持しながら従業員の都合を最大限勘案する人員レイアウトを実現する.厨房・レストランフロアの両対象においては,OJTによる新人教育も重要な要素となるため,熟練従業員と新人を提供サービスの品質を維持しながら組合せることで教育を推進する人員レイアウトも重要になる.これらの人員レイアウトは日毎,あるいはレストラン運用段階においても修正は可能であるため,短期的な変動への適応策として用いる.

また前述のように,本研究では,上記2種類の厨房・人員レイアウトプロセスについて,それぞれを共創的にデザインする新たな手法の提案を行った.その概要を図2に示す.

図2 共創的デザインによる厨房・人員レイアウト設計プロセス

ここで提案する共創的デザインに基づくサービスモデルの構築について,今回対象とする外食産業での取組みは,抽象的に見ると,顧客が欲する多様な有形財を,効率良く迅速に生産し提供するというビジネスになっている.このビジネスモデルは,決してレストラン固有のものではなく,有形財を提供する旅館や中食,レンタル業といった他のサービス産業にも展開可能である.さらにこれからは,その価値創造の追求が求められている製造業においても,優れたモノを製造し販売するという交換価値よりも,むしろ製品を顧客が使用する段階における使用価値に注目し,本レストランサービスと同様のアプローチを実践することが重要な課題となる.その際,厨房を製造フロア,レストランフロアを販売店にそれぞれ対応させ,様々な環境変動に適応的に対応するために,製造フロアレイアウトと人員レイアウトを共創的にデザインするという新たなアプローチの検討にも取り組んだ.そして,外食産業と同様に,従業員満足度を高めながら顧客に対する新たな価値創造を実現する新しい環境変動適応型サービスモデルの構築を試みた.

ここで本研究では,上記の共創的デザインをサービス現場へ適用することで,図3に示すような顧客満足度(CS),従業員満足度(ES),経営者満足度(MS)のスパイラルアップの実現を目指した.それぞれの具体的な内容は以下のとおりである.

図3 目指すCS, MS, ESのスパイラルアップ

  • i) 顧客満足度 (CS)
  • -厨房とフロアの非効率の解消により,注文から提供までの待ち時間を短縮
  • -需要変動に適応した厨房の生産体制により,混雑時など時間帯に関わらず安定した品質の料理を提供
  • -厨房スタッフをレストランフロアへ展開し,新しい接客サービスを提供

  • ii) 従業員満足度 (ES)
  • -厨房スタッフの多能工化と人事制度の多能工化に見合った改善により従業員のモチベーションと技術を向上

  • iii) 経営者満足度 (MS)
  • -労働生産性の向上によるコスト縮小
  • -非効率の解消による企業利益の向上

3. 課題解決のためのアプローチ

本章では,前章で示した課題を解決するための具体的方法論について概説する.

3.1 厨房レイアウト設計手法

本研究では,我々が従来より提案する厨房レイアウト設計手法(4)の有効性検証のために,2店舗の実データを用いた現状レイアウト,厨房レイアウト改善案のシミュレーション結果を元に実店舗の厨房レイアウトを変更し,設備稼働率向上を試みた.ある実店舗の改造前と改造後のシミュレーションにより求めたレイアウト案を図4(a) (b)に示す.

図4 実店舗における店舗レイアウト計画

得られたシミュレーション結果を元に,現状レイアウトにおける調理ジャンル別の問題点を検討し,設備別生産能力を増強し,厨房面積半減による作業動線短縮などの問題解決を志向した調理場レイアウト改善をこの対象店舗において実施した.

ここで,シミュレータによるレイアウト改善が料理の料理提供時間を実際に改善したのかを確認するため,現状レイアウト,レイアウト改善直後,レイアウト改善2か月後の3回にわたり,料理ジャンル別の料理提供時間を計測した.計測期間は各1週間,対象はすべての料理である.注文受注時刻はPOSシステムで記録された受注時刻の印字を用い,調理完了時刻は配膳係がPOSと時刻同期を取った時計を参照して伝票に記入して,調理完了時刻から注文受注時刻を差し引いて料理の料理提供時間を求めた.

そして,計測によって得られた料理提供時間とPOSの注文データを元に料理提供時間データベースを作成し,料理ジャンルごとの料理提供時間平均値,最頻値,標準偏差を求めた.その結果,現状レイアウトにおける実際の料理提供時間は全体で平均7.16分,最頻値5.00分(標準偏差0.16分),レイアウト改善直後の料理提供時間は全体で平均7.21分,最頻値5.00分(標準偏差0.15分),レイアウト改善2か月後の料理提供時間は全体で平均6.53分,最頻値5.00分(標準偏差0.14分)であった.表1にその詳細を示す.

表1 実際の料理提供時間

表1を見ると,改装直後の平均料理提供時間は煮物,寿司・造りを除いて悪化し,全体としても悪化している.一方,改装2か月後の平均料理提供時間は寿司,造りを除いて改善しており,全体としても改善されている.レイアウト改善直後の料理提供時間が悪化した理由は,従業員の習熟要因が大きいからだと考えられる.材料や道具の配置,作業動線など,多数の作業環境が変更されたため,従業員が新しい配置の記憶,動線の習熟など,様々な対応をしなければならない.その結果,料理をするための時間が現状レイアウトよりも長く必要となり,料理提供時間が一時的に悪化したと考えられる.レイアウト改善直後の料理提供時間を改善するためのトレーニング手法開発や,レイアウト改善案作成に対する従業員の関与など,様々な改善手法を検討しなければならない.

改装2か月後の料理提供時間は全体として改善されているものの,煮物,寿司・造りの平均料理提供時間は改善されていない.既に述べたように,煮物は料理の種類によって料理提供時間が規定される.また寿司・造りは機械による生産工程がないため,料理提供時間は調理師の技術力および注文される料理の種類によって規定される.これらのジャンルの料理提供時間を改善するためには,従業員のトレーニングや繁忙期に熟練調理師が出勤するシフトスケジューリングの改善などを併せて導入する必要があることが分かった.

ここで,シミュレータを用いた厨房レイアウト改善が顧客満足向上(CS)に資するのかについて考察を行う.飲食店において,料理提供時間を短縮することが顧客満足向上に資することは多数の研究で実証されている.表1を見ると,改善直後は料理提供時間の平均,最頻値ともに悪化しているものの,改善2か月後には平均料理提供時間は改善され,かつ標準偏差も縮小されている.料理提供時間の改善は,温かい料理の提供と急ぐ顧客に対する迅速な料理提供などが可能になるため,料理に関する顧客満足度は向上したと推定できる.しかし,顧客満足度は料理提供時間だけで規定されるわけではないため,接客の作業性改善や従業員のホスピタリティ向上などの対策を併せて講じる必要がある.

さらに,このシミュレータを用いた厨房レイアウト改善と経営者満足(MS)( =人時売上高)向上との関連性を考察する.表2に,厨房レイアウト改装前,改装直後,改装2か月後の人時売上高の前年比核を示す.

表2 人時売上高の改善

この表が示すとおり,改装直後の人時売上高は前年対比102.9%であるものの,レイアウト改善前の104.2%を下回っている.既に述べたように,従業員は改善前の厨房レイアウトにおけるオペレーションに習熟しているため,レイアウト改善によって効率的な生産環境が整ったとしても,道具や素材の配置の記憶,新しいレイアウトに対する慣れなど,新しい設備レイアウト環境に慣れるために一定の期間が必要である.そのため,厨房レイアウト改善直後はいったん作業効率が低下し,結果として人時売上高が低下したと考えられる.

一方,改装2か月後の人時売上高は前年対比119.4%と大きく改善している.道具や素材の効率的配置,新しいレイアウトに対する慣れ等,作業性改善阻害要因を克服した結果,厨房レイアウト改善の効果がストレートに人時売上高に反映されており,今回の厨房レイアウト改善が,経営者満足度に大きく貢献していることが確認された.

3.2 人員レイアウト設計手法

人員シフト計画は一般的にスタッフスケジューリングと言われており,各スタッフの勤務が公平となるように労働条件やスタッフの希望等を考慮したスケジュールを作成することである.人員シフト計画の作成には作成者の負担を軽減するために様々な科学的・工学的手法が用いられている.例えば病院勤務の看護師を対象としたナース・スケジューリングは,看護の質を守るとともに看護師の労働負荷を十分考慮しなければならない.また,必要人数に対する看護師の数も十分ではないことから非常に多くの制約が存在し,解くことが困難な組合せ問題として多くの研究がなされている.

これに対し,飲食店では非正社員を多く雇っており,人数の制約に関してはナース・スケジュールと比較し余裕がある.しかし,非正社員が数多く存在することにより,その希望勤務時間を考慮してスケジュールを作成することが必要であり,その調整が困難であると考えられる.顧客が満足できるように各時間帯に十分な従業員の確保が必要なだけでなく,サービスの質を維持するために従業員が満足して働ける状態にしておくことが望ましい.その一方で,経営者の観点からは,支出を最小限に抑えるために顧客に十分なサービスが行き届く最小の従業員数で店舗を運営することが望まれる.

以上のような従業員,顧客,店舗経営者が満足しているかを表す指標をそれぞれ従業員満足度,顧客満足度,経営者満足度とし,ここではこの3つの要素を合わせてサービス満足度と定義する.本研究ではサービス満足度の向上を目的とし,このような立場の異なる組織間の多目的な効用による均衡解を導出するメカニズムとして,社会的交渉ベースの最適化手法である組合せオークション(5)を用いた新しい人員シフト計画手法を提案した.提案手法の概要を次の図5に示す.

ここで組合せオークションとは,価値に依存関係のある複数の品物(財)を同時にオークションの対象とし,複数の財の組合せに対する入札の中から入札値が最大となる入札の組合せに財を配分するオークションである(6).組合せオークションには,各入札者がどのように入札するかを決める入札決定問題と,主催者がどのように財を配分するか決定する勝者決定問題がある.入札決定問題は入札者の主観で入札が作成され,勝者決定問題では主催者の主観で入札の組合せが決定される.

図5 人員レイアウト計画手法の概念図

本研究では,入札者を従業員,主催者を経営者,財を各従業員の勤務シフトとし,入札を効率良く作成するために入札決定問題の前段階として入札値最大化問題を解く.入札値最大化問題は,各従業員が希望勤務シフトに一番近い勤務シフトを作成し,従業員満足度向上を意味する.その近傍から入札を生成し(入札決定問題)勝者決定問題を解くことにより,一定の従業員満足度を維持したまま経営者満足度を向上することが期待できる.このように,入札決定問題と勝者決定問題を目的の異なる主体が個別に解くことで,サービス満足度向上という多目的構造の問題を解くことを試みている.以下の図6に,本システムの使用イメージを説明する.まず,ある従業員が希望するシフトを上に,最終的に本手法によって決定されたシフト(太枠)を下にそれぞれ示す.

ここでまず,この店舗の勤務時間帯は10時から深夜1時までとする.そして勤務条件として,1日の勤務時間の上限は8時間,下限は2時間であり,次の勤務までに12時間を休まなければならず,また1週間の勤務時間の上限が40時間であるものとする.そして,各曜日・時間帯ごとに,今までの実績から必要な従業員数が制約として与えられているものとする.このような状況下で,まず上図は,ある従業員の希望シフトを示しており,濃いグレーの『1』の時間帯は勤務希望,薄いグレーの『-1』は希望はしないが勤務は可能,『0』は勤務不可ということを表す.そして,複数の従業員(15名)のそれぞれの希望シフトから計算されたこの従業員の最適なシフト計画が下図の太枠で示されている.

図6 得られたシフト計画の一例

このような各従業員の希望に基づいたシフト計画が自動的に計算され,15名の従業員に示されることになる.この規模の週間シフト計算は1秒以内で計算でき,従業員・経営者・顧客それぞれの満足度を考慮した適正な労働投入量の実現が実現できることが確認された.

3.3 共創的デザインに基づくサービスモデル

本研究では,サービスの特性の1つである同時性が顕著に現れる労働集約型サービス産業において,需要変動に対応して投入労働量を弾力的に投入することで投入労働量のロスを最小化することのできるレイアウト設計が主たる目的である.このようなアプローチによって労働生産性が向上し,MSが向上することは可能であると思われるが,サービス品質にとって重要な要素であるESを改善するとともにサービスの付加価値を最大化することが求められる.また,MS向上(投入労働量の最小化)およびES向上(サービス品質の最大化)によって顧客満足が向上し,サステイナブルなサービス生産性向上を実現する循環構造を創出することが求められる.

ここで図7に,サービス科学で開発されたシステムをマネジメントサイクルに組み込み,経営者,部門管理者,サービス提供現場の各階層においてサービスを持続的改善するためのサービス価値創成システムの概念を示す.この図に示されるように,サービス価値創成システムは3つのループで構成される.第1のループは,日々変動する需要に合わせて最適な労働投入量を決定するためのサービス需給改善ループである.労働集約型対面サービス産業では,サービスを提供するための適正従業員数の配置がサービス品質,顧客満足度の向上にとって重要な要因となる.そのため,POSデータを元に顧客の需要予測を行い,最適投入労働量のシミュレーションを元に継続的に人員シフトの改善を実施することで,機会ロス削減と顧客満足との両立を図る.このループは1日単位の短期的情報循環であるとともに,店長など現場管理者の業務改善ループである.

図7 サービス価値創成システム

第2のループは,顧客嗜好分析に元に,顧客ニーズに適合したサービスや商品を設計するためのサービスコンテンツ改善ループである.顧客の嗜好は人によって異なるだけでなく,同一顧客であってもサービス利用状況や同伴者によっても異なる.そのため,POSデータの定量分析だけでなく,ベイジアンネットワークなどを活用した非正規的・非線形な顧客分析やインタビューやアンケート,CCE(7)などの質的分析を元にサービス,商品設計を行う.このループは数か月ないし1年単位の中期的情報循環であるとともに,商品企画部長など部門長の業務改善ループである.

第3のループは,来店顧客やサービス形態の変化に応じてビジネスモデルや設備などのサービスのファンダメンタルズ自体を変更するための長期的なサービス環境改善ループである.長期間にわたる来店客数や購買データなどの内部データ,経済環境なコーザルデータから当該ビジネスモデルのKPIを求め,サービス再設計を行うとともに,内部に蓄積されたビッグデータを元にシミュレーションを実施し,設備レイアウトの変更を行い,顧客満足と生産性向上との両立を図る.このループは数年単位の長期的情報循環であるとともに,CEO,COOなど経営者による業務改善ループである.

ここで本研究では,サービス環境改善ループ,サービス需給改善ループの構築を行った.サービス環境改善ループ形成のため,多額の投資を必要とし,経営者満足指標である人時売上高を決定づける厨房レイアウト改善のため,顧客の需要や投入労働量を現場で計測,本社でデータベース化してシミュレーションを実施した.さらに,その結果に基づいて経営層の意思決定を経た厨房レイアウト改善投資を実行してその効果性を検証した.また,価値創成ループは情報循環システムのみならず,経営システムと有機的に連携してその効果性を上げる必要がある.そこで,厨房における新しい生産システムが従業員に要求するスペック(多能工化,高稼働率)に合わせて賃金単価を変更するとともに,社員のみならずパート社員に対しても業績連動型賃金人事制度を導入し,設備レイアウト変更に伴う人時売上高改善を図った.その結果,従業員満足,人時売上高ともに改善し(既述),サービス環境改善ループの有用性を確認することができた.

4. おわりに

本論文では,有形財の生産が関与するサービス産業の代表例として外食産業に着目し,共創的デザインによる厨房・人員レイアウト設計プロセスを新たに提案し,提案手法を実店舗へ適用することで,従業員満足度(ES)の向上により導かれる顧客満足度(CS)の向上,さらに非効率性の解消による企業利益(すなわち経営者満足度:MS)の向上が可能であることを示した.汎用的成果の創出として,有形財の生産を伴う他のサービス業やサービス業化が求められている製造業も視野に入れ,共創的デザインを基本コンセプトとする新たな価値創造を目指したサービス価値創成システムの概念について提案を行った.

 謝辞

本研究は,JST-RISTEXの公募研究「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」により進められました.3年間のご支援に対し深謝いたします.

著者紹介

  • 貝原 俊也

京都大学大学院工学研究科修士課程修了.三菱電機(株),神戸大学大学院自然科学研究科助教授,同大学大学院工学研究科教授などを経て同大学大学院システム情報学研究科教授となり現在に至る.社会指向型マルチエージェントシステムによるシステム最適化理論と,その生産・サービス・社会システムなどへの応用に関する研究に従事.Ph.D.(Imperial College London).計測自動制御学会,システム制御情報学会,精密工学会,日本機械学会,電気学会,スケジューリング学会,CIRP, IFIP, IEEEなどの会員.

  • 新村 猛

がんこフードサービス株式会社取締役副社長,立命館大学客員教授,産業技術総合研究所人間情報研究部門客員研究員.サービス工学,人的資源管理を研究.博士(工学).

  • 藤井 信忠

神戸大学大学院自然科学研究科博士後期課程中退.日本学術振興会特別研究員(DC1),神戸大学工学部助手,東京大学人工物工学研究センター助手,同客員助教授,神戸大学大学院工学研究科准教授を経て,同大学院システム情報学研究科准教授となり現在に至る.博士(工学).自律分散型生産システム,サービス工学など,人工・社会システムにおける価値創成に関する研究に従事.精密工学会,日本機械学会,経営工学会などの会員.

*1  生物指向アプローチとは,生物のもつ進化メカニズムや環境への適応能力を取り入れた手法のこと.ここではシステム最適化手法として適用されている.

*2  社会指向アプローチとは,多数の意思決定主体より構成させる社会が一般に有する頑健性や合理性を取り入れた手法のこと.ここでは,やはりシステム最適化手法に適用されている.

参考文献
 
© 2019 Society for Serviceology
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