グランドチャレンジワークショップは,2014年の函館での国内大会のプレイベントとして,明治大学・戸谷 圭子先生と産業技術総合研究所・本村 陽一氏の発案によって企画されたものを発端としている.当時,サービス学会が発足したものの,経営学系,工学系,実務系の研究者がそれぞれに研究課題を設定し,お互いに異分野課題の重要性や困難性が分からない状況にあった.また,それぞれの分野ごとに個々に問題設定を続けていたのでは,サービス学会としての文理融合,産学連携が進まないのではという懸念もあった.そこで,文+理,産+学の研究者が集まり,合宿形式で深い議論を行って,サービス学会として取り組むべき課題を提唱しようという構想に至ったのである.2014年のワークショップでは複数のグループに分かれてディスカッションし,グループごとの提案を理事メンバー等で審査し,最終的に2つの課題が選定された.第1は,京都大学の原 良憲らの提案による「サービス・ケイパビリティ」で,次点で選ばれたのが産総研・持丸らの提案による「製造業のサービス化」であった.2つの課題とも興味深い課題ではあるが,グランドチャレンジ課題として学会員が挑戦できるレベルまでのブレイクダウンが十分ではないということから,それぞれSIGとして活動し,グランドチャレンジ課題へのブレイクダウンを進めることになった.
翌2015年の金沢での国内大会でもプレイベントとして第2回グランドチャレンジワークショップが企画され,2つのSIGでの研究課題のブレイクダウンの状況が報告された.第2回ワークショップでの議論を踏まえて,各SIGでさらに1年間の議論を進め,今回,神戸大会のプレイベントとして第3回のグランドチャレンジワークショップが開催された.
1900年にパリで開催された国際数学者会議においてDavid Hilbert博士が「数学における23の未解決問題」を提示し,20世紀の数学研究を方向付けたのがグランドチャレンジの起源と言われている.一方,工学系では,もう少し具体的でコンペができるような課題設定をグランドチャレンジと呼ぶことが多くなってきた.たとえば,ロボカップ(ロボット実機やシミュレーションによるサッカー試合)や,米国DARPAのグランドチャレンジ(市街地や砂漠を具体的に設定したロボットカーレース)などが典型例である.サービス研究は,企業,顧客,社会などのステークホルダーとの関係性が研究の中核であり,これらの関与を除外(もしくは仮想化)した問題設定は,サービス学の課題として意味をなさない可能性が高い.そういう意味では,ロボット工学のような制約条件下でのコンペ形式の問題設定が難しい状況にある.とは言え,「サービス・ケイパビリティ」や「製造業のサービス化」というお題目を掲げて,『この研究が大事です』と言うだけでは,学会の研究の方向付けとして不十分でもある.「サービス・ケイパビリティ」や「製造業のサービス化」という大きな研究課題に対して,どのようなアプローチでアタックしていくか,その課程でクリアすべき具体的な問題は何であるのかをブレイクダウンしなければならない.数学のグランドチャレンジよりは具体的で,ロボカップのようなコンペ形式にこだわらない問題設定で,文理融合・産学連携でアタックするべき課題を提唱するのが2つのSIGのミッションである.
2016年3月27日(日)に,有馬温泉・有馬グランドホテルにて第3回のグランドチャレンジワークショップが開催された.16名の会員が集結した.必ずしも人数バランスが良いとは言えないが,男性・女性,大御所・中堅・若手,経営系・工学系・実務系に漏れなく参加いただけた(写真1).温泉をゆっくり堪能する時間も惜しんで,濃密な議論が展開された.詳細は次章以降でそれぞれのSIGごとに紹介する.ワークショップの議論を基に,神戸大学での第3回国内大会2日目(3月29日)の午前中に企画された特別セッションで,さらなる議論を行った.これらの一連の議論を通じて,2つの大きな課題に対するアプローチとサブテーマ案が採択された.
サービス・ケイパビリティとは,サービスにまつわる利害関係者間の調整や資源の制約を考慮し,バランスよく価値創造を遂行する能力(よい塩梅にする能力)のことである.サービスにおける収益性,事業持続性,顧客関係性など,一部の目標のみを追求しすぎると,全体が機能しなくなる事例が数多く見受けられる.このような課題解決のためには,利害関係者,制約のある資源,異なる効用等をうまく結びつけて活用する能力促進や,応用展開可能な理論的基盤が必要である.我々は,研究・実践両面での幅広い波及効果があげられると期待し,サービス学のグランドチャレンジ課題として活動を進めている.
ものづくりに比べてサービスを直接の研究対象にすることは,相対的に人(従業員,顧客等)の振る舞いやそれに基づく期待・評価等の比重が高まることを意味する.また,サービスの特性から,場所や時間に基づく事業も多く,利害関係者も複雑である.このような状況を鑑み,サービス・ケイパビリティの概念とその理論的基盤の構築や,成功/失敗事例の蓄積等は,サービス産業の生産性向上や競争能力強化に寄与できるアプローチである.
第3回のグランドチャレンジワークショップにおいては,文理融合・産学連携でアタックするべき課題を再度明確化するために,サービス・ケイパビリティの能力向上要素について,多面的に議論がなされた.図1に示すように,良い塩梅にするための向上要素として,資源・業務の許容能力や価値の発現力などが必要とされ,インプット,アウトプット,プロセス,アウトカムの各々のケイパビリティに集約されるとの整理が行われた.
また,このような研究活動を遂行し成果を社会に還元することを念頭においたサービス・ケイパビリティ課題解決アプローチについても議論を行った.具体的には,図2に示すようにサービス・ケイパビリティのサブテーマとして,
の2つを設け,SIG活動等を通じて遂行していくこととした.ただし,このままでは2つのテーマ間に距離があるため,「良い塩梅の類型化と横展開」を設け,ここに向けた議論を意識してもらうことで両者をつなぐことも必要との認識を得た.
このような研究活動のマイルストーンをおくことにより,<塩梅のケーススタディの集積>⇒①構造理解⇒<塩梅の類型化>⇒②モデル化・定式化・方法論の構築⇒<塩梅の仕組みと理論の構築>⇒③理論を基に演繹的に説明⇒<塩梅の横展開>⇒④新たな塩梅のデザインとマネジメント⇒<塩梅の変革>⇒①さらなる構造理解⇒…というサービス・ケイパビリティ課題解決アプローチの精緻化を行った*1.
今後は,多くの事例を集積することによる塩梅のマネジメント(たとえば,提供者側の最適解を目指す論理と,顧客側の理想解を目指す論理との間で,現実解を求める裁定)の解明が必要である.このような事例の整理を踏まえて,サービス要素間のマッチング手法や,レベニューマネジメントなど制約条件のある最適化手法をはじめとしたサービス・ケイパビリティの理論的基盤の探求を進めていくことが重要となる.
製造業のサービス化SIGでは,サービス(単数形のservice)を,モノ(複数形のgoods)とこれに付帯するサービス群(複数形のservices)からなる統合的なソリューションであると位置付けた.すなわち,製造業がサービス化するということは,モノを中心としたビジネスに,モノに付随したサービス群(たとえばアフターサービスやセールス)を加えることを意味するのではない.顧客に対する総合的なソリューションを提供するためにモノとサービス群からなるサービス(単数形のservice)を構成することがサービス化の本質であると考えている.
製造業のサービス化の背景には,製品のコモディティ化や低価格化への対応(付加価値)という産業的側面だけでなく,大量生産・大量廃棄を低減するという環境的側面,IoTによって製造業が直接顧客接点を産み出しうるという技術的側面がある.この背景の中,多くの製造業は,すでにアフターサービスやセールスというモノに付随したサービス群を実施している.これをサービス(単数形のservice)に移行させていくことが,このグランドチャレンジ課題の目標である.SIGでは,この目標達成のためのサブテーマを1年間議論してきた.ワークショップでは,それをベースにさらなる議論を進めた.
この議論に基づいて,新たに2つのサブテーマを設定した.第1は(A)サービス化パターンモデルと測定尺度の研究である.(A-1)サービス化のさまざまなパターンを分類し,その特徴を整理できる新しいモデルを研究するとともに,(A-2)自社がサービス化パターンのどこに位置するかを測る尺度を開発する.モデル開発においては,必ずしもGEやシーメンスのビジネスモデル(顧客のビジネス代行)を最終目標とすることにこだわらず,新しい方向性を示すモデルの提案を期待する.ここでは,例として図3のような価値源泉と収益源泉を踏まえたサービス化のパターンモデルが議論された.従来の研究ではビジネスモデル(収益源泉が製品であるかサービスであるか)が重視されていたのに対して,サービスモデル(価値源泉が製品であるかサービスであるか)をあわせて考慮するモデルである.
第2のサブテーマは(B)サービス化促進手法の研究とした.(B-1)サービス化のパターンを移行する際の障壁を明らかにし,どのパターンを目指すべきかの戦略決定を支援する研究と,(B-2)目指すサービス化のパターンに向けて移行を推進するための技術や方法論を提供する研究である.障壁としては内的障壁(組織内部人材のマインドセット・スキルセット,ビジネス評価制度など)と外的障壁(顧客意識,サプライヤーなどを含めたエコシステムの問題など)があり得る.サービス業態ごと,サービス化のパターンごとにこれらの障壁を整理する研究が期待される.さらに,それらの障壁を乗り越えサービス化を促進する方法として,教材開発やビジネス・人事評価のための尺度開発の研究,社内障壁を乗り越えてきた事例やサービス事業を中止した事例などの事例研究が考えられる.
これらのサブテーマを図4のように整理した.第1のサブテーマは,(A)サービス化のパターンを整理するモデルを提案し,そのモデル上での位置を知るための尺度を開発する研究である.第2のサブテーマは,(B)そのパターンを移行する際の障壁と自社の持つ組織能力(ケイパビリティ),環境要因を勘案してサービス化戦略立案を支援する方法の研究とその移行を推進するための手法の研究となる.研究手法としては,既存のサービス化研究を俯瞰するReview研究,サービス化パターン間でのコスト・収益シミュレーション研究などの理論研究,尺度測定技術など技術開発研究と事例研究が想定され,経営系,工学系,実務系が連携して取り組むことが望まれる.
さらに,より大局的な視点から製造業のサービス化のもたらしうる社会的影響を研究することも必要となろう.上記のように環境的,産業的側面から注目されているサービス化であるが,同時に二極化などの社会的影響をもたらすかも知れない.サービス化という手段を絶対善と前提するのではなく,その影響についても議論を進める必要がある.
2014年の構想から2年,2つの課題採択,その後のSIG活動,ワークショップ,本大会での特別セッションでの議論を経て,「サービス・ケイパビリティ」と「製造業のサービス化」について,サービス学会としてアタックしていくべきアプローチの枠組みと具体的な課題案がまとまってきた.各SIGでは,課題設定の背景とアプローチの枠組み,グランドチャレンジ課題,想定される研究例などをとりまとめ,近日中に学会Webサイトで公開することになっている.そして,2017年の第4回国内大会(広島)では,それらのグランドチャレンジ課題にアタックした研究のオーガナイズドセッションを企画することを考えている.このオーガナイズドセッションでの発表演題から,グランドチャレンジ課題を対象にした特別賞の贈賞も検討している.是非とも,会員の皆さんに,グランドチャレンジ課題に関心を持って取り組んでいただき,その成果をオーガナイズドセッションで発表いただきたい.
京都大学経営管理大学院教授.1983年東大(院)・工・修士課程修了.京都大学博士(情報学).サービス・イノベーションに関する教育研究に従事.『日本型クリエイティブ・サービスの時代 - 「おもてなし」への科学的接近』(共著),日本評論社,2014年など.
産業技術総合研究所人間情報研究部門長.1993年,慶應義塾大学大学院博士課程生体医工学専攻修了.博士(工学).専門は人間工学.人間の身体特性,行動と感性の計測とモデル化,産業応用研究に従事.