2016 年 3 巻 2 号 p. 54-55
サービスデザイン/マネジメント/エンジニアリング(以降SDME)ワークショップのテーマは,人・社会・技術による新たな価値創造である.
その背景には,従来の製造業中心のGoods-Dominat Logicから,サービスを中心に経済活動を包括して捉えるService-Dominat Logicへの思考の移行がある.さらに,サービスには,おもてなしや暗黙知といった人間の能力,および,人間の能力と交代するビッグデータや人工知能技術(AI)等のITが深く関わっている.今後,潜在的価値の解明と活用が急がれる領域である.
サービスの新たな価値創造を実現するための迅速な産官学連携がSDMEワークショップの使命である.
2016年2月5日,産業技術総合研究所にて,第1回SDMEワークショップが開催された.
開会のご挨拶 | 人工知能技術(AI)の活用 サービス学会事業担当理事 本村陽一 氏 |
講演Ⅰ | 潜在価値を見出すエスノグラフィ手法 芝浦工業大学 平田貞代 氏 |
取組紹介1 | 中小企業製造業サービス化エコシステム 芝浦工業大学 平田貞代 氏 |
取組紹介2 | 食サービスの高度経営人材育成 立命館大学 井澤祐司 氏 |
講演Ⅱ | これからの外食産業と人材育成 ロイヤルホールディングス(株) 代表取締役社長(肩書当時) 菊地唯夫 氏 |
閉会のご挨拶 | 違和感を集合知に サービス学会事業担当理事 田嶋雅美 氏 |
本会議は,サービス学会,産総研人工知能技術コンソーシアム,NTTデータ経営研究所による共催で今後も継続される.
表1に第1回SDMEワークショップのプログラムを示す.3章以降に各講演内容を紹介する.
ワークショップ開会の挨拶と共に,今まさに人の能力と交代する勢いで進化する人工知能技術(以降AI)の研究と活用に関する議論から始まった.
ビッグデータの各機関における分散,AIを活かす人材の不足,AIの収益やリスクに関する業種間での配分の争いといった問題がAIの活用を妨げている.そこで,AIサービスアーキテクトの育成,運用の標準化と技術のモジュール化を促すAIクラウドの構築,異業種間の共同事業の先行等の対策が進んでいる.
また,産業技術総合研究所は2015年5月に人工知能研究センターを設立し,大学や研究機関に散在する専門家達を兼業制度により集結させた.人工知能研究センターが注力する取り組みの1つに,ユーザーモデリングがある.利用者の日常生活から購買行動,および,サービスやプロダクトの設計から提供までのビッグデータに基づき,利用者と供給者の両者の価値の最大化を図る.ユーザーモデリングにより価値創造の時間短縮が可能となれば,IoTの次の形態であるCyber Physical Systemの実用も期待できる.
1つ目の講演として,文化人類学における代表的な調査手法であるエスノグラフィについて筆者が解説した.エスノグラフィは,調査者が人々の生活に直接入り込んで体験することにより,数値化が難しい情報の本質や情報の見えざる構造を理解する質的な調査分析方法である.
エスノグラフィは,近年,マーケティング,デザイン,組織改革といった目的で産業界での適用や成功事例の普及が進み,顧客や従業員の潜在価値を把握する点でサービス業に役立つと認められている.さらに,エスノグラフィは,従来,定量分析を重視してきた製造業や先端技術の産業における価値創造にも大きな効果が期待できる方法である.関心がある方は,芝浦工業大学大学院MOTにて実習を受講されたい.
経済産業省産学連携サービス経営人材育成事業に採択された芝浦工業大学大学院MOTは,中小企業製造業に焦点を絞りサービス化を促進するエコシステム(循環型教育の仕組み)の構築を開始した.
製造業サービス化の代表事例といえば,シーメンスやSAPによるスマートファクトリー,小松製作所のKOMTRAXといった大企業の取り組みが知られている.しかしながら,日本の企業の大多数は製造業を営む中小企業であり,このままでは国際競争に対する遅れが心配される.AIやCyber Physical Systemといったキーワードが飛び交うなか,中小企業の製造業のサービス化に必要な知識を整備し経営人材を育成する地道な取り組みも重要であろう.
具体的には,中小企業の製造業が先送りしてきたITリテラシーの向上,大企業の事例の分解に基づく中小企業に応用可能なプラクティスの抽出,産学連携や異業種交流による共同プロジェクトの体験等を進めている.
経済産業省産学連携サービス経営人材育成事業に採択された立命館大学は,食科学部設置を進めている.
日本の産業構造において,食はサービス業と考えられがちであるが,食の製造,流通などにも食に関する産業がある.そう捉えれば,世界における食の市場規模は,アジアを中心として2020年には3倍近く増加すると予測されている.しかしながら,日本の食サービス業の生産性は著しく低い.にもかかわらず,特に対策は取り組まれていない.
食科学部は,フード・カルチュア,フード・マネジメント,フード・テクノロジーの3つのコンセプトに基づき,食科学者を輩出する.外食,食品,ホテル,流通・航空エネルギーを代表する日本企業各社との連携,ル・コルドン・ブルーをはじめとする国外企業・団体との国際連携に基づき,国内外のフィールドワークやインターンシップを通じ世界標準のビジネススキルを修得できる学部を構築する.品質は高いのにビジネスには弱い日本の食サービスの競争力の強化をめざす.
2つ目の講演では,ロイヤルホールディングス(株)のサービス経営の具体例について紹介された.CEOである菊地氏は,金融業界での経歴を活かし,独自のマネジメントを実施している.
ロイヤルホールディングス(株)には,ロイヤルホスト等のレストラン,てんや等のファストフード,空港や病院等との契約によるコントラクトフード,リッチモンドホテルといった多種の形態の事業がある.
マネジメント改革は,増収減益と減収増益が数年単位で繰り返される傾向に気づいたことから始まった.その背景に,新店が売上を伸ばすと既存店の売上が減り,その回復のために既存店を縮小するという対策,つまり,成長しない構造があることを突き止めた.
そこで,増収増益のために,事業形態別にブランド構築,成長,収益確保,専門性といった異なる目標と戦略を明示した.例えば,ロイヤルホストはブランド構築を最優先するため既存店の改築等の再投資に傾斜,てんやは成長促進のために多店舗展開に注力した.
経営は複数の様々な環境要因に影響を受ける.したがって,短期的な変動に合わせてマネジメントを変えるより,人口推移等の長期的な変動を予測して先手を打つ方が読み間違えは少ない.例えば,生産量÷従業員で生産性を計る場合,従来は分母の正社員数を減らして生産性を向上する企業が多かったが,労働力と原材料が減る今後は,逆に従業員を維持し生産量を増やすマネジメントへ変える必要がある.需要への対応より供給の不足の方が経営を致命的にする恐れがある.
こうしたデータに基づく洞察は,ベストプラクティスとしてサービス経営を担う人材に広く伝えたい.
サービス学には,理論を裏付けるエビデンスが不足している.大学は調査数を増やし分析を深め,企業は実態を説明する力をつける必要がある.
自分とは異なる領域に対する違和感がありながらも各専門家が交わり,分かり合える言葉で議論し,切磋琢磨することを願う.SDMEワークショップは,“産学官の違和感をサービス学の集合知に変えていく”ことを目標として継続していく.
〔平田 貞代(芝浦工業大学)〕