世の中には,ものづくり学は製造業優位説,サービス学はサービス業優位説を解くので相容れないと考える人が少なくないが,大きな誤解である.ものづくり論は,たとえば全ての商品をサービスと捉えるサービスドミナントロジック(SDL)と全く矛盾しない.ものづくりとは,単にものを変形することではなく,設計情報を創造・転写・発信する経済活動の全体を指す広義の概念だからである.
すなわち,広義のものづくりとは「付加価値の流れづくり」のことであり,その付加価値の源泉は設計情報にある.設計とは物財やサービスといった人工物の機能と構造の関係を示す情報であり,製品機能と製品構造は一般に,「製品機能=f(製品構造,操作,環境)」という因果関係で結ばれる.そして機能設計情報が無形媒体に体化した状態を別名「サービス」と呼ぶ.これに対し物財は,構造設計情報が有形媒体に体化したものであるが,設計情報が媒体に転写された人工物だという点は同じである.
また上記の「操作」は企業と顧客が共同で行い得るが,企業が行えばサービス業,顧客がセルフサービスで行えば消費活動である.いずれにせよ顧客の満足体験は,製品の機能と顧客の人生が交差するところで発生する.よって新製品や新サービスの開発は,潜在顧客の人生への洞察から始まり,上記の因果連鎖を遡り,設計空間において「コンセプト設計→機能設計→構造設計→工程設計」の順に翻訳する形で行われる.次に現実空間では,工程で構造設計情報が製品に転写され,それが使用・操作を通じて機能設計情報(サービス)に変換され,その機能が顧客の人生の中でサービス体験として評価される.
このように,ものづくりとは「良い設計の良い流れ」で顧客満足・利益確保・雇用安定を生み出す経済活動のことであり,その究極の目的はサービス(セルフサービスもプロのフルサービスも含め)である.実際,「東京大学ものづくり経営研究センター」(MMRC)では,製造現場の流れ分析のみならず,スーパー,郵便局,病院,旅館,情報処理,金融など様々なサービス業態における「良い設計の良い流れ」づくりの研究や産学連携を10年以上進めてきた.
労働力不足への対策やサービス業の実質賃金向上が喫緊の課題となりつつある今日,サービス業の現場に「良い設計の良い流れ」をもたらすためにも,サービス学とものづくり学の交流と協働はますます重要となろう.
東京大学大学院経済学研究科ものづくり経営研究センター長